骨者とスケルトンの記憶
忘れがちですが、主人公の名前は『ヤマトタケル』ですよ?
_:('ε' 」 ∠):_プルプルプル
「ご安心なされよ、王よ! 全ては私に……剣神と謳われたこの【カイン】めにお任せあれ!」
漲る覇気を抑えつつも、私は王へと向けて力強い言葉を放つ。
いくら覇気を抑えても、所詮王は武の素人……私の迫力に、王は若干顔色を青くする。
しかし王は……いや、さすがは一国の王か。
私に気圧されつつも、王は尊大かつ優しげな笑みを浮かべて私の言葉に応えた。
「お、おお、さすがはカインよ! 漲る覇気にその自信……剣神の二つ名は伊達ではないようじゃの! なればこそ、おぬしに世界の命運を託そうと思う。先頃、【ジャパーネ皇国】にて発見された迷宮……予言の書に記されておった【奈落】と思わしき迷宮へと赴き、その最下層の最奥にて、闇の玉座に座すとされる魔王を倒すのじゃ。そう……世界を滅ぼし、神をも滅ぼすという予言の魔王【アバドン】を!!」
「はっ! では、直ちに出立致します。必ずや吉報をお持ち致しますゆえ、期待してお待ち下され」
私は荘厳な謁見の間の中央にて国王に跪き、深く頭を垂れた。
謁見の間には国王を始め、宰相や大臣などを務める大物貴族やそれに準ずる貴族が姿を連ねている。
領地を持つ諸侯の姿はさすがに無いが、ともあれ、錚々たる顔ぶれだ。
そんな国の重鎮達に囲まれる中ではあるが、名誉ある国王直々の頼みとあって、私の心は年甲斐もなく沸き立っていた。
何故ならば、これより私は遥か東方に在るというジャパーネ皇国へと赴き、【奈落】と呼ばれる迷宮の最奥において、魔王アバドンを討伐するという難事を託されたからである。
魔王と言えば、百年に一度現れる災厄である。
今までの魔王は、世界に数多ある迷宮の中でも七大迷宮と呼ばれる、最高難易度を誇る迷宮の内の一つにて誕生していた。
魔王が誕生すると、七大迷宮は元より、世界中の迷宮から魔物が溢れ出し、人類に一斉に襲い掛かってくる事が知られている。
だからこそ災厄と呼ばれるのだ。
しかし、今までの魔王はなかばイベント的な要素が多々あった。
魔物が溢れるならば、冒険者にとっては稼ぎ時だからである。
しかも、ある程度の時間が過ぎるとどこかの村人が突然勇者に目覚め、そしてその時の魔王をあっさりと討伐するのだから、私がイベントじみてると言うのも理解出来るだろう。
だが、今回の魔王は違う。
七大迷宮にて誕生する魔王は、言うなれば人類の敵である。
それに対して、今回発見された迷宮にて誕生するとされる魔王は『世界そのものと神々の敵』なのである。
つまり、災厄などと言ってる場合ではなく、世界が滅亡の危機に瀕しているという事なのだ。
そんな最凶最悪の魔王を討伐するにあたって白羽の矢が立ったのが、世界最強の剣士と名高い私なのである。
そして、私は国王を始めとする国の重鎮達に見送られ、魔王討伐の長い旅へと一歩を踏み出した。
目指すは遥か東方の国、ジャパーネ皇国である。
愛剣である【エクスネイト】を腰に佩き、街道を東へと向かう。
道中、乗合馬車を何度も乗り継ぎ、山を超え谷を超え……時には魔物の群れを屠りながらも私は進み続けていく。
そうして二年の月日が流れ、私はジャパーネ皇国へと辿り着いた。
目的地である【奈落】まであと少しである。
ここで改めて名乗らせてもらうが、世界最強の剣士である私の名はカイン。
幼少の頃より剣に生き、剣の秘奥を修得した事で剣神の二つ名で呼ばれる事になった男だ。
私の修める流派は【真贋一刀流】と言って、真も贋も含めて全てを斬り伏せる事を奥義とする流派である。
数多くの剣士達が修めている流派とも言えるだろう。
千年続く真贋一刀流の長い歴史の中で、剣神と呼ばれるまでに到ったのは開祖と私だけである。
剣聖までは何人かが到っているのだが、その誰もが真贋一刀流の秘奥を修得できなかった為に剣神にはなれなかった。
そう、その秘奥を修得出来たのは開祖以外唯一私だけなのだ。
その秘奥とは〈龍玄斬〉と呼ばれるもので、天を舞う龍を、流れる様な連続斬りの中に表現したものだ。
私が放つ〈龍玄斬〉を受けた者は、皆等しく龍を幻視する事だろう。
秘奥はさておき、私は真贋一刀流の総本山のある国である【フラタリア王国】の国王より、予言の書に記されている魔王討伐を私は命じられた。
フラタリア王国には先頃現れた勇者が居るにも拘わらずに、である。
本来であれば勇者がその任にあたるのだが、如何せん……今回の勇者は私よりも弱いのだ。
もちろん、剣の腕前が、であるが。
ならば、パーティを組んで共に魔王に挑めば良いと思うだろうが、私には無理だったのだ。
勇者の性格は優柔不断でプライドが高く、それでいて小心者であった。
頑固一徹が服を着て歩いていると言われる私とは正反対の性格と言えるだろう。
更に言えば、私の年齢は52歳で……今は54歳になったが、勇者の年齢は当時18歳……話が合わないと断られたのだ。
剣の道をひたすら歩んで来た私にとって、今どきの若い者達の話にはついて行けない部分もあるのでその辺りは納得したが。
「まぁ、あの勇者も今代の魔王【マモン】を倒したのだから責任は果たしたと言えるな。後は私が魔王アバドンを討伐すれば、世界の滅亡に怯える未来も無くなるだろう。さて、そろそろ【奈落】へと挑むとするか」
ジャパーネ皇国内において、迷宮に潜る為の消耗品や食糧などを調達し、いよいよ私は【奈落】と思わしき迷宮へと足を踏み入れる。
気分は少年の様に少しだけワクワクしていた。
何より、誰も攻略した事がない迷宮なのだ。
栄えある初攻略者に私がなれるかもしれないのだから、自然と気分も高揚するというものである。
「忘れ物は……無いな。愛剣のエクスネイトの研ぎも完璧であるし、食糧などをしまったマジックバッグも腰にぶら下げている。よし──行くか!」
迷宮【奈落】の入口は、【不死山】と呼ばれる雄大な山の中腹にポッカリと空いていた。
つまり、スタートは洞窟からとなる。
となれば、この迷宮は下へ下へと降っていくタイプだ。
複雑な道のりじゃない事を祈るばかりである。
「──今は何階層だ? 私は、まだ生きているのか……?」
迷宮【奈落】は、私の想像を超えて遥かに過酷なものであった。
地下十階層までは出現する魔物も比較的弱い相手ばかりであった。
しかし、そこから先は魔物の強さが跳ね上がったのだ。
十階層までの強敵と言えば【オーガ】という鬼種族に属する魔物で、身の丈3m以上の体格から分かる通り、恐ろしい膂力を発揮する魔物である。
だが、オーガは鬼種族という事で人型であるが、その恐ろしい膂力に任せきりな雑な動きなので相手するのは楽であったのだ。
基本、両腕を振り回してくるか、どこかで調達した棍棒を振り回すかだけなのでな。
しかし、地下十一階層から先はレッサー種だがデーモン系やドラゴン系の魔物が出現し始め、何階層目かは忘れたが、レイスなどの霊体系の魔物までが出現する様になった。
それらの魔物の厄介な所は、魔力を巧みに使う事である。
デーモン系は放出系の攻撃魔法を操り、レッサードラゴンは有り余る魔力を身体強化に使い、霊体系の魔物は精神汚染に特化した魔法で攻撃してくるのだ。
いくら世界最強の剣士とは言え、魔法を相手に剣では分が悪い。
それでも初めのうちは対処出来ていた。
そう……あの魔物が出てくるまでは──
「くっ……ッ! さ、さすがの私も、本気で死を意識する事になるとは! こうも魔法ばかりを使われると、余計に体力を奪われる。ここから先は、より気を付ける上に、戦闘せずにやり過ごす事も視野に入れねばならんな……!」
『ほう……! この階層まで人間がやって来るとは。遥かな太古より存在するこの迷宮において、今回が初めての事ではないか?』
「──ッ!?」
『ふむ、驚かせてしまったようじゃな。儂の名は【アリストテレス】。魔法を追求し、魔道を極めし者よ。じゃが、そのおかげで人間なんてひ弱な存在から脱し、今じゃ強大な魔力を誇る不死の王──【リッチ】へと進化を遂げておるがの』
「リッチ……だと!? 古の秘儀でもって己をアンデッドに変えた化け物が本当に存在したとは……!」
──私の前に現れたのは、魔法使いのローブに身を包んだ生きたミイラであった。
そのミイラは自らをアリストテレスと名乗り、奴が無造作に放つ恐ろしい程の魔力は、正にリッチの名に相応しき凶悪さを秘めていた。
『おぬし、なかなかに博識じゃの。今の世がどうなっておるのか話を聞きたいが、スマンの……これも運命と思って諦めてくれい。──『右手より生ずるは全てを滅する原初の炎。左手より生ずるは真空を生み出す颶風。我が魔力よ……理を伴いマナとなれ。マナとなりては世界に干渉し、我が意を隈無く示す法となれ! 〈灼熱の竜巻! トルナードフレア!!〉』』
「なんだと!? ぐあああッ!!」
あろう事か、ヤツはいきなり呪文を詠唱し、そして凶悪な魔法を私に向けて放っていた。
リッチと私の間には渦を巻きながら燃え盛る紅蓮の炎が出現し、迷宮の通路内を暴れ始める。
リッチが放ったそのあまりにも強力な魔法に、私の体は燃えながら吹き飛ばされていた。
「……辛うじて生きているって所であるな。運良く地底湖の様な場所へと飛ばされたおかげである。しかし助かったは良いが、この両腕ではもはや剣は振れん。用意していたポーションでは応急処置で精一杯であるしな」
リッチとの遭遇から先、私は魔物から姿を隠して進んでいた。
ほとんど動かない両腕では愛剣であるエクスネイトを振る事は適わんし、そもそもリッチでさえ私には手も足も出なかったのだ。
そこから先の魔物にはどう足掻いても勝てる道理は無いであろう。
今の私が最下層を目指すのは、死ぬ前に、せめて一目だけでも魔王アバドンの姿を見てからという思いからである。
魔王アバドンがどれだけ恐ろしい力を誇るのかというのは、あの世への土産にはちょうど良いだろう。
「王よ……魔王討伐の志半ばにて力尽きる私をお許し下され。しかし私が戻らねば、私よりも更に強き者が後を継ぐでしょう。その為の道標を示せたのならば、私に悔いはありませぬ」
心残りがあるとすれば、国王からの頼みに応えられなかった事くらいか。
ともあれ、私は重くなる体を引き摺りながらも最下層を目指し歩き続けた。
「しかし、どれ程までに広いのだ? この【奈落】という迷宮は。それに、なんと魔物の種類の多い事か。伝説にしか存在しないと思われていた【エルダードラゴン】や【炎龍】、それに【エンシェントドラゴン】まで。このような迷宮で誕生する魔王アバドンは、本当に世界を滅ぼせるのかもしれぬな」
それからも私は魔物を何度も隠れてやり過ごし、ひたすら最下層を目指して歩みを進めていた。
リッチの魔法を受けても辛うじて無事であったマジックバッグの食糧も、あと半月は持つだろう。
という事は、私が迷宮に潜ってから既に一ヶ月半が経過しているのか。
二ヶ月分の食糧を用意すればどれだけ広大な迷宮だろうと戻って来れるだろうと思っていたが、さすがは予言の書に記されていた迷宮なだけはあるな。
自分の計算の甘さに笑いさえ浮かんでくる。
「私はまだ生きている、生きているぞ! どうした、【奈落】の化け物共よ? 見事、私を殺してみせよ!」
食糧が尽きてからどれだけの時間が流れたのか。
私の意識は朦朧としながらも、それでも鍛え上げた身体のおかげで生きながらえていた。
まぁ、かなり痩せてしまっているがね。
だが、私は自分の命の終わりを認識していた。
食糧が尽きたのはもちろんの事、どうやらリッチの魔法でやられた両腕から腐り始めていたらしい。
既に肉は削げ落ち、所々骨が露出し始めている。
恐らくはもう長くはないであろう。
私が自暴自棄の言葉を叫ぶのは、剣士ならばせめて戦いの中で死にたいなどとこの時は思っていたからである。
まだ生にしがみついていたのだろうな。
しかし、その執念の賜物なのか、それとも神々の導きなのか……私は、【奈落】の最下層らしき場所、その最奥にある広間へと辿り着いていた。
そこは闇の魔王が誕生するというには神々しくも聖なる気配に満ち溢れ、その清浄なる空気に、私の腐り落ちた両腕の痛みさえも緩和される程であった。
「……この様な場所で果たして本当に魔王は誕生するのだろうか? それに、魔物もこの聖なる気を恐れてか、まるで近寄ろうともせんではないか」
私は知らずに独り言ちていた。
それもそのはず……私が最下層に辿り着いてからこの最奥の広間に到るまで、魔物の一体にも遭遇していないのだ。
まるで、この清浄なる空気に触れれば一瞬で死んでしまうかの様に。
ともあれ、この聖なる空間であれば、私の最期の場所としては申し分ないだろう。
そう思い、私は静かに最期の時を迎えようとしていた。
しかし──
『この場であれば誰も到達はすまい。それに……ワシを殺すかもしれん彼奴にもここの封印までは解けまいて。さて……ワシにとっても可愛い【水蛭子】よ。可哀相じゃがそなたはワシをも殺す可能性があるゆえ身体を滅し、魂をこの【葦原中国】にある絶望の迷宮【奈落】の最下層へと封印する。恨むなら、そなたにその様な力を与えて産んだ【伊邪那美】を恨むがよい。名残惜しいが……サラバじゃ!』
──神々しいという言葉では足りない程の神気に満ちた眩い光が空間内に溢れ、魂の芯から震える程のその言霊に、気付けば私は涙していた。
そしてその現象は、剣神と謳われた私の最期に相応しきものだとも思った。
これぞ、正しく神の思し召しなのだと、な。
だが、その直後に目に入った光景で、私の心の有様は反転する。
神に対する憎しみさえも心に宿り始めていた。
「神よ……! この者は何の罪を犯したというのか! この様ないたいけな幼子にこの様な惨い仕打ちなど! アレは──断じて神ではないッ! アレが神であってたまるかッ!!」
私の目の前には光り輝く宙に浮かぶ球体があり、その球体の中には、胸部の一部から頭部以外を無惨にもすり潰された幼き少女の姿が浮かんでいた。
正に肉塊と表現出来る程であった。
見るも無惨な少女のその姿に、私は怒りの咆哮をあげていた。
心は既に神への憎しみに満ちている。
私が神への憎しみに体を震わせていると、突如、球体の中の少女の瞳がカッと見開く。
そして──
『ぎゃあああああああああ!!!!!!』
──少女はこの世の全てを呪う様な悲鳴をあげた。
その途端、宙に浮く光り輝く球体はどす黒い紫闇色に染まり、少女からは世界を満たす勢いで瘴気が溢れ出した。
「──ッ!! ぐあああッ!!」
瘴気に呑まれた瞬間、私の意識は闇へと堕ちていた。
『これはどうした事か。私はあの時確かに死んだはず。……そうか、神への憎しみに満ちた私の心は闇へと堕ちていたようだな。だが、これでいい。これからはこのアンデッドの身体であの少女を守ろう。幸いかどうかは分からんが、どうやらあの少女の瘴気は私に剣を与えてくれる。ならば剣神と謳われた剣技を以て、神への叛逆の使徒となろう』
しばらくした後、私はスケルトンの身体で見知らぬ通路を徘徊していた。
腰に重さを感じない事から、腰に佩いていた愛剣エクスネイトは朽ちたのだろう。
どうやらかなりの月日が経過したらしいな。
そしてここは、恐らくだが【奈落】の最下層の一つ上に出来た階層だろう。
少女のあの力ならば階層を増やすくらい造作もない。
その証拠に、下の階層から心地よい少女の瘴気を感じられる。
『おぬし……。おぬしも人間をやめたのか。まあよい……これからは【あの方】を守る我らが同志よ。よろしくのぅ。……所でおぬしの名は何という?』
背後に気配を感じ振り向いてみれば、そこにはあの時のリッチ……確か、名をアリストテレスと言ったか。
そのアリストテレスがおり、私の姿を見て、憐れむ様な声で名を尋ねてきた。
『お前は確か……アリストテレスと言ったな。私の名はカインと言う。人間の世界では剣神と謳われた剣士である。ともにあの少女を守る為、よろしく頼む』
『おお、礼儀正しいの。ならば、おぬしには一つの部屋を与える。そこでおぬしは訪れる者を殺し、そして同志に加えるのだ』
『分かった。そこで私は神への叛逆の使徒を選別しよう』
こうして私はアリストテレスの言葉に従い、それなりに広い空間を与えられた。
真贋一刀流の総本山の道場にも負けず劣らずの広さの空間だ。
『生前に心残りがあるとすれば、私の剣技……〈龍玄斬〉を伝授出来なかった事か。それも仕方なし。これからはこの場にて私が存分に剣技を振るおう。秘奥も含めて、な』
それからの私は【スケルトン・ソードマスター】として、九人の人間をこの手で殺めた。
その中には何と、年老いて強さに磨きがかかったあの【勇者アドレア】もいた。
年老いた事で性格はマシになっていたが、私との戦いでは、生来の優柔不断な性格が顔を出したが為に一歩及ばなかったようだな。だが、良い勝負であった。
勇者の他には【岩壁のガンデス】、【賢者セルディナ】、【聖女サーラ】、【大魔導マルス】、【疾風のランド】、【拳聖トーレス】、【魔女ミリア】、【騎士王ライオネル】などが百年から数百年おきに訪れた。
誰もが強敵であったが、少女の瘴気から長剣を顕現させて戦う私にあえなく命を散らし、そして私と同じ、神への叛逆の使徒となった。
こうして、私に与えられた部屋には十体の最強と呼べるスケルトンが集結した。
しかし、最後に訪れたライオネル以降はこの場に現れる者はいなかった。
少し寂しくはあるが、あの少女の安寧の為にはこれで良かったのだろう。
それからどれだけの月日が流れたのか分からんが、私と九体の同志がいるこの部屋に久しぶりとなる客が訪れた。
どれ程の力を持った人間であるのか実に楽しみである。
どれ、この私が力の程を試してやろう。
私と拮抗する程の力があれば、使徒として認めてやっても良いだろう。
──こ、これは!? 瘴気から顕現させた私の愛剣エクスネイトがかすりもしないとは……!
──グアアアッ!! 私の屈強な身体が上下に分断されてしまった!
──もはやこれまでか……! 無念と言う他ないな。後は任せたぞ、同志達よ!
──ああ……安らぎを感じる。あの少女の心地よい瘴気に包まれていた今までよりも、私を屠った青年に吸収されてしまった方が安心感を覚えるとは。
──どうした事か。消滅したはずの私の中から強烈な力が溢れるのが分かる。それに、私の剣技もどうやら青年に伝授された様だ。
──なるほど。その時は青年の力となって敵を討とう。ああ……実に楽しみであるな。
☆☆☆
(う、うーむ……。どうやら意識を失ってたらしいな。だが、俺が倒したスケルトン……カインって名前だったな。そのカインが生まれてから死ぬまでの経験を、流れ込んで来た記憶を読み解く事で夢の中で追体験出来たぞ。体の激痛はそのままだが、カインの流派の真贋一刀流の剣技や歩法……それに戦闘の駆け引きなどが俺の経験として蓄積された感がある。……試してみるか)
俺はカインの記憶を元に、カインの剣技や歩法、架空の敵を設定しての立ち回りをその場で行ってみる。
すると、カインとの戦闘前から比べると明らかに体の動きが滑らかとなっていた。
それに加え、戦闘に対する身体の動かし方を俺は完璧にマスターしていた。
なんなら、伝説の剣豪宮本武蔵と戦っても勝てるだろう。それ程までに、カインの知識と経験は凄まじいものだった。
……あのゆっくりな動きのスケルトンカインの、記憶の中の剣神って事が誇大妄想じゃなければ、だが。
ともあれ、それでもあの知識と経験は間違いなく本物だろう。
後は俺がそれを上手く使ってやれば良いだけだ。
(ふう。まぁとにかく……とりあえず、これからの戦闘は楽になったはずだ。しかし……カインの記憶の最後に変なのがあったな。まるで、俺の敵とカインが戦うみたいな事を感じてたみたいだ。つか、俺に吸収されたのに、どうやってカインが敵と戦うってんだよ!? まさかの霊体で戦うってのか? んなバカな! ……くだらない事考えてないで、次のスケルトンとの戦闘に入るか)
カインの不思議な記憶は置いておくとして、俺はカインの記憶を吸収した事によって多少なりとも戦う力を手に入れた。
正直に言って、とてもラッキーだよな。
正に棚ぼた的展開ってやつだ。
一回の戦闘でレベルが上がった様なもんだし。
しかも、あの記憶が嘘じゃなければ、世界最強だったんだろ? カインの奴は。
って事は、俺も世界最強の剣士になれたって事じゃねぇか。
あのクソジジイへの復讐に一歩近付いたって感じがするぜ。
(しかし、なんでカインの記憶を吸収出来たんだ?)
……女神さんから得た力だとは思うが、まぁ何にせよ、記憶と同時にそいつの知識や技能も吸収出来るのはありがたいよな。
名付けてソウルメトリー! ……って、厨二病か!
不意にツッコミの仕草をしてみる俺。
うむ、虚しいな。
厨二病やツッコミはともかく、女神さんのくれた力はもっと良く理解しねぇとな。
恐らくだが、アンデッド系のヤツらを俺は吸収出来るんだろう。回復や記憶も含めてな。
しかし、女神さんは自らの力の事を【死を司る権能】だと言っていたはずだ。
となれば、他にも強力な能力が使える気がする。
これからの探索は、その辺の検証も含めて進めて行くべきだろうな。
(さて、思考の時間は終わりだ。次のスケルトンは……コイツに決めたぜ! 倒すのに骨が折れるが、とにかく、俺の糧になれ!!)
俺はカインからもっとも遠くに居たスケルトンを標的に定め、先手必勝とばかりにその頭骨へと右手で貫手を放つ。
そう、吸収したカインの知識と技術を元に、自らの右腕の骨を剣に見立てて。
そして、見事に一撃でスケルトンの頭骨を砕き、その記憶と知識を俺は吸収するのだった。
……案の定、俺の右腕はポッキリ折れたがな。
お読み下さりありがとうございます!