生者から骨者へ
久しぶりに書いてみました:( ;´꒳`;):
──ようやく生まれた。
妾の悲願を叶える神子が。
妾が地獄の底……この悍ましき【根の国】に封印されてから既に幾星霜。
神々の忌々しき封印を解き放てし神子がついに生まれた。
しかし、会いたいが故に、逢えぬが運命。
数多の運命の楔をその手で断ち切り、神子よ、必ずや妾の下へ──
☆☆☆
まただ。また、あの夢を俺は見ている。
その夢とは、烏の濡れ羽色の長い髪に切れ長の目が妖艶な天女の……いや、天女というよりもっと美しいな。
例えるならば、そう……女神と言うべきか。日本神話に登場するような美しい羽衣に身を包んだ女神の夢だ。
幼少の頃から何故か俺は、何日かに一回は必ずその女神の夢を見るのだ。
……と言っても、決して清楚な感じではないし、ましてや神々しいなどとは程遠い。
なにせ、胸元ははだけていて魅力的な谷間がこれでもかと見えているし、下半身に視線を向ければ、羽衣の布地が薄いのか太腿が透けてあらわとなっている。
日頃の欲求不満の現れなのか、そんな女神が夢の中で俺を誘惑してくるのだ。
つまり、すんばらしい夢である。俺の息子も暴発しようというものだ……!
そんな女神が誘惑してくる夢だが、その夢を見ると、起きた後に必ず激しい倦怠感に襲われる。
しかも、全身が嫌な汗でびっしょり濡れていて、まるで蛇に睨まれた蛙のようでもあった。
何かの呪いであろうか。
呪われるような事はした覚えがないんだが……
ともあれ、もう起きる時間だ。
ジリリリと、けたたましく鳴る六時を指した目覚ましを止め、俺は寝汗にまみれた体をベッドから起こす。
「ははは、すんばらしい夢のはずなのに、ホント毎回毎回、まるで悪夢を見たような気分だよな。さて、今日も年下の上司の小言を聞く為に出社するか」
それでも何度もそんな夢を経験すればもう慣れたもので、俺は独り言を呟いた後、いつも通りにベッドから降りる。
次いで、汗で濡れた部屋着を洗濯物入れへと脱ぎ捨て、小さな浴室へと入った。
熱めのシャワーを浴びれば、夢の事など忘れてスッキリ気分爽快だ。
シャワーを終えた俺は、バスタオルで体を拭いて下着やスーツなどを身に纏う。それだけで出勤準備は完了だ。
仕事の資料を入れた鞄を持って靴を履き、ドアに鍵をかけてから家賃3万円の安アパートから出ていく。
フル充電されたスマホは、もちろんスーツの内ポケットに入れてある。仕事の必需品だ。
これで忘れ物はないだろう。
髪のセットを忘れてる?
自然乾燥でサラサラヘアーの完成だからセットの必要はない。短髪だしな。
……決して薄毛という事ではないぞ?
最近額が広くなった気がするが断じて違う!
俺は認めないぞ!!
「朝食は……いつものコンビニでいつものサンドイッチとコーヒーですますか。……早く起きればもっとマシな朝飯も食えるんだけどな」
最近薄くなってきた髪をなんとはなしに触りながら、俺はいつものコンビニへと入る。
独り言ちたように、買うのはいつもと同じ卵サラダと野菜のサンドイッチにブラックコーヒーだ。
そして、それらを会社へ向かって歩きながらぱくつき、素早く胃へと流し込んでいく。もはやルーティーンと化している。
ちなみに会社までは徒歩出勤と決めている。
俺も既に42歳だ。
さすがにこの歳になると健康を意識し始めてるのだよ。……体重はいっこうに減らないがな。
それでも、会社まで歩いて1時間で着くから徒歩出勤を続ける事が出来ている。
それ以上時間が掛かるならあっさりとやめてるだろうな。
ん? 俺の名前?
そういや自己紹介がまだだったな。
俺の名前は【大和 武尊】。
そう、日本神話だか古事記に出てくる英雄と同じ名前だ。
これで見た目もイケメンなら何も問題無かったんだが、残念ながら俺の容姿はチビでデブでブサイクと三拍子揃ったブサメンだ。
不名誉にも豚人間とあだ名された事もある程である。
ハゲてないだけまだマシだな。
しかしそうなると当然、年齢イコール彼女いない歴という事になり、そして当然の帰結として童貞という答えに辿り着く。
30歳時の魔法使いを通り越し、童貞のまま40歳を超えた俺はもはや神か仙人か?
まぁそんな都市伝説はさておき、つまりは完全に名前負けな訳だ。キラキラネームを付けるなと親に言いたい所存である。
しかし、こんな冴えない俺でも特技の一つもあるもので、幼少の頃から他人には見えないものが視えたりする。
例えば、幽霊とか守護霊だとか……神様だとか。
ようするに、俺は霊感が強いんだろうな。かと言って除霊は出来ないが。
「除霊が出来ねぇんじゃこんな特技があってもクソの役にも立たねぇけどな。それに……はぁ、またか。今日もまたあの三柱の神どもがくだらない喧嘩をしてやがる。俺にしか視えないとは言え、鬱陶しいから喧嘩は俺から見えない場所でやってくんねぇかなぁ」
会社に向かう道すがら、晴れ渡る空をふと見上げる。
視線の先では、荒ぶる男神と厳つい女神と影の薄い中性的な神の三柱が晴天を縦横無尽に飛び回って喧嘩をしていた。
毎日そんな喧嘩を見せられれば、温厚で有名な俺の口からもさすがに愚痴がこぼれるというものだ。
俺の見ている前で神々の喧嘩は激しさを増し、荒ぶる男神の両手からは激しい雷と暴風が、厳つい女神の両手からは太陽と見まごう炎の塊が、中性的な神の両手からは全てを飲み込む闇の波動が迸っている。
激しくも恐ろしい強大な力の奔流を目の当たりにして、まるで中二病の世界に迷い込んだかのような錯覚を俺は受けてしまった。
「現世の人間に影響はねぇからいいけど、ホント、鬱陶しい。つか、あんなのが現世に影響あったらこの世界は終わるな、ははは。……は? ──なッ!? ────ッ!!」
突然だが、青天の霹靂という言葉がある。
その意味は、快晴では雷が発生する事が有り得ない所から、実際には起こり得ない事が起きた時に使われる言葉だ。
そう……本来なら有り得ない事象が起きた時などに、だ。
それは────正に青天の霹靂だった。
現世には影響しないはずの荒ぶる男神の手から放たれた雷撃が、有り得ない事に俺の体に直撃した。
更には、厳つい女神の放つ巨大な炎塊と、中性的な神が放った闇の波動も同時にだ。
雷とは言うなればプラズマだ。
プラズマの温度は瞬時に一万度から二万度に達すると聞いた事がある。
そのプラズマだけでも俺を殺すにはオーバーキルなのに、それ以外にも灼熱の炎塊に闇の波動が俺に直撃したのだ。
結果──
──俺の体は痛みを感じるよりも速くこの世から消滅していた。
つまり、俺は42年の短い生涯に幕を閉じてしまったのだ。
☆☆☆
「真っ白な空間にいるって事は、やっぱり俺は死んだんだろうな。だが、この後の展開を望むなら、まさかの異世界転生なんて事があったりして欲しいところだよな?」
気付けば、俺の体は真っ白な空間に浮かんでいた。
立ってる感覚がないし、自分の体を見下ろしても浮いてるようにしか見えないんだから、間違いなく真っ白な空間に浮かんでるはずだ。
そして浮かんでるという事は、この空間はあの世とこの世の境界的な場所だろうな。
そんな空間に浮かんでるからこそ、趣味のラノベで読んだ異世界転生なんて言葉が口から出てくる。
趣味がラノベを読む事だから、40歳を過ぎても彼女の一人も出来なかったのだろうか。それともやっぱり体付きか?
ははは、分かってるさ。
豚人間に喩えられる程、俺の容姿が醜いからだよな。
……もう死んだんだから関係ないけど。
「こういう時ってやっぱり裸になるんだな……。それにしても、死んでまで醜く太った体を見たくなかったなぁ……はぁ」
──なるほど、確かに霊格が似ている。
だからこそ、今回お前がわざわざ選ばれたのか……──
「えッ!?」
改めて自分の体の醜さにため息まじりに辟易していると、不意に心の中というか頭の中……いや、違うな。
俺が浮かぶこの白い空間に響き渡るような神々しい声が聞こえてきた。
そして、
『すまんなぁ。姉弟喧嘩で気が昂って、まさか現世に影響を及ぼす程荒ぶるとは思わなかった。いや、うっかりしたぜ』
『本当に申し訳ない。馬鹿な弟の頭が脳筋で』
『姉さんも弟も他人事じゃないよ? ごめんね、君。本来なら君は今日死ぬ運命じゃなかったんだよ。でも、もう死んじゃったんだから許してね? せめて地獄に落ちないように祈ってあげるからさ』
俺を殺した荒ぶる男神、厳つい女神、中性的な神の三柱の神々が突然白い空間内に現れ、そして神に有るまじき言葉を述べやがった。
まるで馬鹿なチンピラのようなセリフである。もう一度小学校からやり直してこいと言ってやりたい。
それはともかく、中性的な神の聞き捨てならないセリフに俺は文句を返した。
「いや、ちょっと待って!? うっかりって何!? それに、人の運命を勝手に変えちゃったらさ、普通は天国に連れてってくれるとか勝ち組な人生に生まれ変わらせてくれるとか、ラノベみたいに異世界転生とかさせてくれるんじゃないの!?」
俺的には異世界転生でイケメンに生まれ変わり、剣と魔法の才能MAXな上でスローライフを堪能しながらのハーレムを希望したい!
『……つか、めんどくせぇし?』
『人間なんて虫以下だからそんな必要ないでしょう?』
『地獄に落ちないように祈ってあげるって言ったんだから納得してよね?』
「勝手に人の命を奪っておいてなんたる言いぐさ!?」
俺の言葉に、何と三柱の神々は揃いも揃って否定の言葉を吐きやがった。
いくら神とはいえ、俺の命を弄ぶのもいい加減にしろと言いたい。
(しかし本当に神なのかコイツら? セリフがあまりにもバカバカし過ぎる。
……実は悪魔だったりして?
いや、幽霊とか守護霊とかと比べると圧倒的なまでに霊圧が高いし、そもそも悪魔とは神聖さが違う。
言うなれば、コイツらは神格とでも言うべき凄まじい存在感を放っていやがる。
となれば、だ。コイツらはやっぱり神で間違いないだろう)
……などと俺が考えていると、
『ほう? 我らが神かどうかを疑うとは。やはり人間は虫けら以下ですね。このまま輪廻転生の輪から外れて消滅させた方が良いのかも』
『おぉ……! 姉者はいつも厳しいのぉ』
『ほら、君も早く謝って! このままだと魂の全てが消滅しちゃうよ!』
厳つい女神から恐ろしい事を告げられた。
厳つい女神のその言葉に、さすがに畏怖する荒ぶる男神と、俺に早く謝罪するように諭してくる中性的な神。
どうでもいいが、力関係で言えば厳つい女神が一番上なんだろうな。どうやら長女らしいし。
力関係はともかくとして……しかし心を読むとか。
…………。
……やっぱりコイツら神か!
い、いかん! 神だとしたら、このままだと俺は本当に消滅しちまう!
平身低頭謝って、何とか許してもらわんと……!
天国や異世界転生云々の前に、せめて普通に生まれ変わりたい!
「ホント、あなた様達が神じゃないかもって疑ってすんませんっした! 金輪際、二度と疑いません! 神様万歳! 輪廻転生万歳! 創造神様万歳!」
俺は心から謝った。と同時に、神達をひたすらヨイショした。
既に死んだ身とは言え、輪廻転生すら出来ずに消滅するなんて真っ平御免だ。
とにかく、俺は全裸の霊体で空中土下座を披露してまで謝りまくった。五体投地が出来れば間違いなくしていただろう。
すると、俺の謝罪が通じたのか、それとも祈りが通じたのか、より威厳のある声が白い空間に響き渡った。
『ほほぅ……。ワシの事まで讃えるとは出来た人間よのぉ! この数百年、ワシを讃えた人間は居らんかった。うむ、気に入った! お主の希望はこのワシが叶えてやろう!』
言葉と同時に姿を現したその声の主は、厳つい女神を始めとする三柱の神々よりも大きく、そして存在そのものの格が違った。
見た目は白髪と長い白髭の好々爺然とした姿だが、その恐ろしさは桁違い。
仮に消えろと言われたら、それだけで俺の魂は消し飛んでしまうだろう。
気付けば俺は、空中土下座のままガタガタと震えていた。
(しかし不思議だ。俺はこの好々爺然とした神を讃えたつもりはないのに、コイツは突然この場に現れた。という事は、もしかして創造神か? いや、しかし……)
ガタガタと震えながらもそこまで考え、俺はふと気付く。
明らかに上位神たるこの好々爺は、俺の希望を叶えると言った。
つまり、異世界転生でウハウハが叶うかもしれないって事だ。
俺の想像通りの創造神ならばそれくらい造作もないだろうし。
俄然希望が湧いてきた。
それに言うだけはタダだ、全ての希望を言うだけ言ってみよう。
「あ、ありがとうございます! だ、だったら、剣と魔法の世界に転生させて下さい! 出来る事ならイケメンで、剣の才能持ちで、全属性の魔法が使えて、無限の魔力持ちで、更にハーレムを築いてのスローライフをお願いします!!」
ふ、ふふふ……!
言った! 俺は言ってやったぞ!!
全ての希望が通るとは思わないが、何個かの希望は叶えてくれるだろう。
それだけの力があるはずだ、この好々爺然とした上位神が創造神ならばな!
『貴様……! 俺様が黙ってれば調子に乗りおって!』
『やはりゴミ虫以下の存在! この私が直ぐにも消滅させてあげましょう!』
『あ〜あ。もう知らないよ? いくら父様が希望を叶えるって言っても、【天照】姉さんと弟の【素戔嗚尊】を怒らせちゃったら、この僕……【月詠】の力を以てしてももう止められないからね?』
俺が希望を述べた瞬間、突然怒りを顕にする荒ぶる男神を始めとする三柱の神々。
何が彼らを怒らせたのか、俺にはまったく分からなかった。
もしかして、また俺の心でも読んだのだろうか?
そんな事を思う間にも、荒ぶる男神……スサノオの両手からは雷と暴風が迸り、厳つい女神……アマテラスの頭上には太陽そのものといった炎塊が顕現し、中性的な神……ツクヨミはスサノオとアマテラスを止められないと言いながらもその体からは漆黒の闇の波動がじわりじわりと溢れ出している。
俺を死に追いやった究極の力だ、そんなものを魂の状態で受ければ間違いなく俺は未来永劫生まれ変わりも無く消滅するだろう。
恐ろし過ぎる!
『静まれいッ!! 落ち着け、お主ら! ワシが叶えると言ったのだ、それをよもや蔑ろにする気か……?』
しかし次の瞬間、好々爺の上位神が三柱の神々を一喝した。
好々爺神のその圧倒的な威圧に、俺の魂は消し飛びそうになる。
しかしその効果は抜群で、三柱の神々はそれぞれの力を収め、好々爺神に対して膝をつき頭を垂れた。
『滅相もありません、【伊邪那岐】様。このアマテラス並びにスサノオ、そしてツクヨミの三貴神、創造神であり全能神であるあなた様から生まれた故、あなた様には従います』
代表して謝罪の口上を述べたアマテラス。
スサノオもツクヨミもより深く頭を垂れた事から、二柱もアマテラスに同意なんだろう。
『うむ、善き哉善き哉。それでは願いを叶えてやるとするか。名前は……ふむ、ヤマトタケルか。………………あやつを思い出す良き名前じゃな。まぁそれはよい。剣の才能となると、武神であり雷をも司る【建御雷】を呼ばねばな。魔法の才能はアマテラスが光属性、スサノオが風と水属性、ツクヨミが闇属性じゃから……ふむ、炎属性の【加具土命】と土属性の【大山津見】を呼べば事足りるのぅ。後はイケメンとスローライフか。まぁ、コヤツらの権能を与えれば容姿は良くなるじゃろ。スローライフに関しては……ぬふふ、楽しみにしておれ。タケミカヅチ、カグツチ、オオヤマツミ、これに出よ!』
『『『はっ!』』』
『直ぐに現れるとは重畳。では……アマテラス、スサノオ、ツクヨミ、タケミカヅチ、カグツチ、オオヤマツミよ、その方らの権能をそこなヤマトタケルへと与えよ。その後、【高天原】から【葦原中国】へと転生させる。転生先はいつもの場所で決まりじゃ!』
『了解しました。しかしいつもの場所となると……なるほど、葦原中国に幾つかある迷宮の内の一つ、それも最難関の【奈落】の最下層ですか。そこに送るという事は、あの呪いをかけるという事。ふふふ、ゴミ虫以下のコヤツの願いを気前よく叶えた理由を理解しました。さすがはイザナギ様、その遠謀深慮に脱帽です』
ボソボソと呟くアマテラスはともかく、好々爺神……いや、創造神イザナギの呼び掛けに新たに三柱の神々が現れた。
空間の歪みもなく瞬時に現れるとは、さすがは神である。
新たに現れた神々を俺は順に見ていく。
まず一柱目の神は、武神と呼ばれたタケミカヅチで、体に雷を纏っているがまるで貴公子のような容姿をしている。すんごいイケメンだ。
二柱目は炎が燃え盛るような人型の容姿をしたカグツチで、まるで炎の巨人である。燃え盛る炎なので顔は分からない。
最後の三柱目はオオヤマツミと呼ばれる神で、見た目は巨大な岩から手足をかたどった細い岩が生えてる容姿だ。カグツチ同様顔が分からない。
その三柱にアマテラス、スサノオ、ツクヨミを加えた六柱の神々が創造神イザナギの命に従い、俺に向けてそれぞれの力の波動を放った。
恐らく、イザナギが権能と呼んだ力だ。
それぞれの権能の色なのか、色とりどりの光に包まれる俺。
その瞬間、波動を浴びた俺の霊体の内側から凄まじいまでの力が溢れ出してくるのが感じられた。
力の授与に伴い、俺の霊体の周りに新たな肉体が形成されていく。
鏡が無いため顔の善し悪しは確認出来ないが、見下ろすお腹がシックスパックな事からきっとイケメンだろう……と希望的観測を持つ。
「ありがとうございます! これでいよいよ異世界に転生ですね! 精一杯楽しんで、理想的な人生を謳歌させていただきます!」
俺は心の底からお礼を述べた。
理想を叶えてくれたんだから、心からのお礼は当然である。
ホントは早く異世界に行きたくてウズウズしてたのは内緒だ。
俺のお礼に鷹揚に頷いた創造神イザナギは、それからゆっくりと異世界についての説明をしてくれた。
ホント、すんばらしい好々爺だよな、このイザナギって神様は。
異世界に行ってからも敬おうかな?
『うむ、これからお主は葦原の……いや、【アース】と呼ばれる世界にて転生を果たす。そこはお主の希望通りの剣と魔法の世界じゃ。しかもお主の予想通り、文明レベルは中世ヨーロッパと同じ程度な上、魔法があるから銃火器などは存在しない世界じゃ。もちろん魔物や魔王と呼ばれる存在も居る、お主の想像通りにな。ちなみにじゃが、世界の広さはこの高天原……いや、エデンか? おぉ、なるほど、お主達の呼び方によると地球か。その地球の十倍の大きさじゃ。大地の形も地球とほぼ同じじゃから迷う事もなかろう。それでは新たな人生を楽しむがよい。おっと、最後にワシからも贈り物じゃ』
「はい! って、うわわわわ!?」
創造神イザナギの言葉の後、イザナギから放たれた黒い波動を受けた俺の体は、突然どこかの大空に投げ出された。
恐らくは、アースと呼ばれた異世界の空であろう。
一瞬で異世界に送るあたり、さすがは創造神かつ全能神といったところか。
送られる直前のイザナギから放たれた黒い波動が気になるところだが、きっと異世界を生き抜く為の加護や祝福の類だろう。
そんな事よりも、これから俺が生きる新たな世界の事に意識を向けるべきだ。
そして、俺は何とか地上に視線を向ける体勢を整える。スカイダイビングのあの体勢だ。
すると、確かにイザナギが言っていた通りに地球の大陸と同じような形に見える。
そう、学校の授業で習う、地球の世界地図のあの形だ。
「こ、これ、大丈夫だよな? 地上付近でゆっくりになって、無事に着地出来るんだよな? ……魔法、使ってみようかな?」
上空からの自然落下の最中、俺はその事を考え恐怖を覚えた。
しかし神の力は偉大だ、きっと無事に着地出来るだろう。
出来なかったとしても、俺には神々から与えられたチート能力がある。
魔法の力を駆使して着地すれば良いだけさ!
……などと考えていた俺は、神々の思惑にようやく気付いた。
ヤツらがアッサリと力をくれた理由が理解出来たのだ。
神々の与えてくれた魔法の力とは、肉体が無ければ使えない。
つまり、俺は神々から与えられたチート能力を使えない事が判明した。
魔法を使うには、どうやら魔力器官なるものが必要らしい。
この時点で俺の異世界への夢は終わりを迎え、希望は絶望へと変わる。
それは、凍える寒さから始まった。
「あれ? さ、寒いぞ? 異様に寒い……!」
次いで、暑さ。更に痒み、そして痛みへと変化し、神経を抉るような激痛へと変わった。
「ぎゃああああッ!? 痛い痛い痛い痛い痛いッ!! ま、魔法を使えば────つ、使えない!? ぐああああッ!!」
神経を抉るような激痛の理由を自らの目で確認出来たのは一瞬だけだった。
俺の新たな肉体はドロドロに溶けて無くなり、全身は瞬く間に骨だけとなっていく。
溶けた肉体はと言えば、空中で見るも無惨に散っていた。
視界がそこで途切れた為、骨まで分解したのかは分からない。
しかし、神経を抉る激痛だけは終わらない。
地獄があるとするならば、正に地獄でしか味わえない苦しみであろう。
つまり……あの神々は戯れで俺を殺し、戯れで俺に希望を与え、そして戯れで絶望へと俺を突き落としたのだ。
イザナギに対する敬う気持ちは一瞬で反転していた。
(ぐああああッ!! 痛い痛いッ痛いッ! ッ──ッ!!)
絶望を感じる激痛の中、一瞬だけ痛みが遠のいた。と同時に、遠くでカシャンというような乾いた音が鳴ったのが聞こえた。
しかし痛みが遠のいたのは一瞬だけで、直ぐにあの神経を抉るような激痛が全身を走った。
その後も絶え間なく続く激痛に気を失う事も出来ず、いつしか俺は、気が狂えば楽になれるのにと考えるようになっていった。
☆☆☆
あれからどれだけの時間が流れたのか。
切ない事に、俺の精神は狂う事なく正気を保っていた。
しかし、正気を保つ精神とは違い、俺の時間の感覚は既に狂っている。
骨と化したあの時から一分が過ぎたのか、それとも一日なのか。いや、一ヶ月は経っているのかもしれない。
……もしかしたら一年以上経ったのか?
ともあれ、神経を抉るような激痛は未だに俺の体を蝕んでいる。
(ぐぅううう……。いつまでこの痛みに耐えればいい? いつになれば俺はこの痛みから解放される?)
完全に骨と化している為に声を出す事は出来ず、俺はただ考える事しか出来ない。
それに、動けないのはもちろんの事、骨だから当然何も聞こえず、何も見えない。
激痛を感じるだけが今の俺の世界と言えた。
しかし、そこで不意に疑問を覚える。
完全に骨だけになっているのに、なぜ俺は考える事が出来ているのか、と。脳だって当然失われているのに。
その考えに至った時、イザナギのジジイが言っていたセリフが頭をよぎった。
『スローライフに関しては……ぬふふ、楽しみにしておれ』と、アイツは確かにそう言っていたはずだ。
つまり、この状況こそがあのジジイが言っていたスローライフという事になる。
(ふ、ふざけるな! しかも骨だけって……それじゃスケルトンに転生しただけじゃねぇか! つまりあれか? この痛みに耐えて、スケルトンとして永遠のスローライフをお過ごしくださいって事か!? 死ぬにも死ねねぇなんて冗談じゃねぇ!! これじゃ地獄の亡者と変わらねぇじゃねぇか!!)
イザナギが言っていたスローライフの意味に思い至り、だんだんと心に怒りが湧いて来る。
あまりの理不尽さに、俺は心で怒りの叫びをあげずにはいられなかった。
そのおかげなのか、わずかの間だけ俺は激痛を忘れる事が出来た。
──神子よ。聞こえるか、妾の神子よ──
怒りで激痛を忘れたその時、俺の心に誰かの声が響いた。
不思議に思った次の瞬間、いつの間にか悍ましく蠢く肉壁に囲まれた広大な空間に居る事に俺は気付く。
その広大な空間の中心に、ソイツは居た。
ソイツはおどろおどろしい肉の茨で身体中を縛られており、その肉の茨に生えた鋭い棘がソイツの身体に深く刺さって絶え間なく血を流している。見るからに痛そうだ。
しかしソイツの顔に俺は見覚えがあった。
前世で俺は確かにソイツの顔を見ている。
ソイツは──夢に出て来たあの女神そのものの顔をしていた。
どうして女神はこんな恐ろしい場所で縛られているのだろうか。
これではまるで封印されているかの様である。
前世ではこの女神を夢で見ていた事から、俺は今も夢を見ているのかもしれないと感じた。
(こ、ここはどこだ? まさか夢なのか? だから目が見えるんだな、きっと。という事は、だ。いつの間にか気を失ったのか、俺は。……となると、もしかしたら今までの事は全て夢で、目覚めればいつもの日常に戻れるって事か?)
──ようやく繋がったか、神子よ。神子が葦原中国……アースに堕ちてから既に100年……ようやっと見つける事が出来たぞ──
(な? 繋がった? え? 100年!? ゆ、夢じゃないのか? は? え? 100年も激痛に苦しんでたのか!?)
──混乱するのも分かるが、残念ながら夢では無い。彼奴の呪いに囚われた神子が、何かの拍子に呪いを一時的に打ち消したおかげで、妾と神子の魂を僅かな時間じゃが繋げる事が出来たのじゃ──
どうやら夢ではなく、今までの事は全て現実だったらしい。夢であってほしかったと切に思う。
……が、しかし、気になる情報も女神から伝えられた。
骨だけになった体も、神経を抉るような激痛も、女神は呪いだと言うのだ。
となれば、呪いをかけたのはあの神々……いや、イザナギのジジイで確定だ。
何せ、希望から絶望のドン底へと叩き落としてくれたんだからな。
そう思えば、改めて俺の心に怒りが湧いてきた……!
(やっぱりこの激痛は呪いなのか! ふざけやがって、あのクソジジイ!!)
──怒るのも分かるが、ともかく時間がないゆえ手短に言うぞ?
これより神子に妾の力を与える。あらゆる死を司る妾の権能じゃ。
その力を使い、アースのどこかの迷宮に封印された【水蛭子】を探し、そしてその封印を解きヒルコの力を得るのじゃ。それこそが全てを解決する鍵となる──
(全てを解決する鍵?)
──ヒルコはのぅ、妾が最初に産んだ子じゃった。可愛くてのぅ……。しかし、初めての子であった為、妾は力を込め過ぎたんじゃな。あの子の権能は神をも喰らって我が物とする恐ろしき力じゃった。その恐ろしき力はすぐさま彼奴の知るところとなった。すると、その力を恐れた彼奴はまだ幼かったヒルコの体を消し去り、そして彼奴自身によって迷宮の奥底に魂を封印されたのじゃ。
この根の国のどこかに封印されたなら助けられたのじゃが、さすがに次元の違う根の国からではアースに封印されたヒルコを助けるには力が及ばなかった──
(神をも喰らう力か。なるほど……つまり、アンタの代わりにそのヒルコってヤツを見つけて封印を解き、そんでその力を俺が得ればいいって訳だな?)
──さようじゃ。さすればその呪いを解く事も出来る上、神々をも殺す事が出来るであろう。神々に復讐したいのであろう? ヒルコの力は、正に神子にとっては必要不可欠となる力なのじゃ。
じゃが、それでも彼奴……伊邪那岐を殺す事は出来ぬ──
(神を殺す事が出来る力なのにイザナギは殺せないっていうのか!?)
何だよ、それ!?
絶対無敵のチートの権化なのか、あのジジイ!!
いや待て、まだ焦る時間じゃない。
女神の話はまだ続いてるんだ、最後まで聞こうじゃないか。
──うむ。彼奴を殺すには妾の復活が絶対条件じゃ。
じゃからこそ、何万年掛かっても良い……必ず根の国へ、そして妾の下へと辿り着き、そして妾の封印を解いて欲しいのじゃ──
(わ、分かった……! だけど、何万年って……俺の寿命が尽きそうだけど……)
──大丈夫じゃ。彼奴の呪いは永遠に魂に影響を及ぼす呪い。つまり、神子の寿命は永久とも言えるのじゃ。
その上、妾の権能をも与えるのじゃ。魂さえ消滅しなければ、神子は永遠を手に入れた事になるのじゃよ──
(え、永遠の寿命……)
──む、そろそろ時間が迫っておるようじゃ。力を与えるぞ、神子よ。
妾の力を神子に与えたら、封印が解かれるまで妾は目覚めぬ眠りに就く。じゃから、頼んだぞ神子よ。必ず妾の下へと辿り着くのじゃ……!
はぁああああ!!──
(まだ聞きたい事が──ッ!? うわぁああああ!!)
巨大な女神が気合いの声をあげると、その体からは黒銀の光が放たれた。
すっぽりと黒銀光に包まれる俺。
すると、その黒銀光が次第に圧を伴って俺の中へと流れ込み始める。
その黒銀光のあまりにも巨大な力の奔流に耐えられず、俺の意識はいつの間にか闇に落ちていた。
☆☆☆
どれ程意識を失っていたのか。
骨と化した俺の体を絶えずに襲う激痛に、急速に意識が戻ってくる。
しかし、あの巨大な女神は夢だったのか。
いや、夢にしては妙にリアルな感覚だった。
俺は、女神との邂逅を改めて考え始めた。
(夢……? いや、夢じゃない。あの女神との邂逅は確かに現実だった。じゃなければ、女神から得た情報を覚えてるなんて有り得ねぇ。それに、あの力の奔流……。俺に宿ったあの力を感じられるのは、間違いなく現実だった証だ。その証拠に、何も見えなかった俺の目が視界を取り戻していやがるし、更に、骨だけの体なのに動かす事が出来るようになってやがると来たもんだ。正直、すげぇ力だぜ。
────とにかく、俺はあの女神さんから力を得た。だったら、俺はあの女神さんの願いを叶えてやらなきゃいけねぇ。となれば、こんな所で痛みにへこたれてる場合じゃねぇ。さっさと立ち上がって、目的を果たす為に歩き出すんだ!)
思考の時間に終止符を打ち、俺は女神の願いを叶える為に動き始めた。
……が、与えられた力がまだ上手く馴染んでないからか、俺は立ち上がる事さえ四苦八苦する。
それでも、カチャカチャカチャとぎこちなく骨の体を動かして、俺はようやくその場で立ち上がった。
そして、見えるようになった視界で自らの体の状態を確認する。
すると、関節部に鈍い黒銀光が見えた。
更に良く見てみると、一つ一つの骨の表面にも黒銀の光が纏われている事が分かった。
(なるほど、この光が骨の体を動かしてる力の正体か。鏡があれば確認出来ると思うが、眼窩の中も目玉の代わりに黒銀の光が灯ってんのかな? まぁそれはいいか。……くそ、やっぱり動くと余計に激痛になりやがる。だが、伊達に100年間も激痛に苛まれてた訳じゃねぇ……! これくらい屁でもねぇぜ! ……ともあれ、あの女神さんが言ってた通り、ヒルコってのを見つける事から始めるとするか。その前に、先ずはこの力を使いこなせるようにならねぇとな……! じゃねぇと、イザナギのクソジジイに復讐なんぞ夢のまた夢だぜ)
その後、俺はその場で体の動かし方を確認し、視力のピントの合わせ方の練習をした。
生の肉体とは違うから慣れるまでが大変だったが、それなりには動かす事が出来るようになった。
視力も、かなり良くなった気がする。
(なるほど。体を動かすのも視力のピントを合わせるのも、全てはしっかりとイメージする事が大切って事か。理解したぜ。とりあえずはこんなもんか? さてと……どうやらこの場所は六畳くらいの小さな空間みたいだな。お、ちゃんと扉があるじゃないか! 出れなきゃシャレにもなんねぇからな。じゃ、行くとするか)
こうして、俺はふざけた神々の戯れにより殺され、そして創造神イザナギの呪いによってスケルトンとして異世界のアースに転生させられた。
それも、常に激痛に苛まれるというオマケ付きで。
そして今、俺は女神から与えられた力によって、創造神イザナギに復讐する道を歩み始めた。
その道はとんでもなく険しいだろうが、必ず俺は辿り着いてやる。
その為にも先ず目指すべきは、女神に教えられたヒルコの封印を解く事である。
そして、ヒルコの力を得るのだ。全てはそこから始まる……!
(待ってろよ、イザナギのクソジジイとその取り巻き共め。女神を封印から解放し、必ずお前らをぶち殺してやる……!)
神々への殺意を胸に秘め、俺は決意も新たに目の前の扉を開くのであった。
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