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叱咤とこれから

「どの面下げて帰ってきた、お前の居場所などもうここにはない」


父の書斎に呼ばれ開口一番、ある程度予想していたものの心に深く突き刺さる。


「お前にどれだけの金と時間をかけたと思っている。我が公爵家の面汚しめ」


私の返答など最初から求めておらず、反論でも言おうものなら口答えするな、これだかお前はと何倍にも膨れて返ってくる。


今までであればあの呪文が来るまで嵐が過ぎるのを待つようにじっと身を固めて待つしかないのだがもうそれも期待できない。



「幸いティナがいたからいいものの…はあ、ティナは言われずとも自分の役割を理解しておるというのに」


「婚約破棄の原因として挙げられた悪事は全てデタラメなのです。ティナが何のためかは分かりかねますが、殿下に嘘をついた他にありません」


私は恐る恐る縋るように反論したが当然のように聞き届けられなかった。


「そんな事は聞いておらん!そんな様だからあの馬鹿王子一人誑し込めんのだ」


無実を証明さえ出来れば元に戻れるのではと一抹の希望を抱いていたのだがやはりそうはいかないようだ。


理由があれどなけれどどうでもいい、婚約者で、未来の王妃である事以外は。


私自身の事などどうでもいいのだ。そんな事は昔から分かっていたはずではないか。

期待なんてしていなかったはずなのに、どうしてこうも胸が重く沈むのか。


今度はティナの顔が浮かんでくる。

なんの柵もなく両親から愛されて、見た目だって私と違って華やかで愛らしい。

二物も三物も持っているようなティナが何故こんなことを仕出かさなければならないのか。


たった一筋しかない私の生きる道を突如として攫っていくのはどういう理屈があっての事なのだろう。




私が口を挟んだせいで父の怒りはヒートアップしたが、幸い私はティナへの懐疑的な思考に乗っ取られていた為、そんな父の声は遠く薄らんでしまっていた。


「兎も角だ、妹に劣る姉などいらん。自室に籠り出ることは許さん。今後一切、私の視界に入るな」




最後にそう言われると書斎を追い出された。







父に言われた通り自室に戻ってきた。

扉が閉まった瞬間張り詰めていた緊張が解け床に崩れ落ちてしまった。


「アネッサ様?!大丈夫ですか?!」


床は厚手の絨毯が敷かれておりレースが重ねられたドレスのお陰もあって痛みは気にならない程度だ。

すぐさま駆け寄って助け起こしてくれたのが私の侍女であるネロ。


彼女は私が10歳の頃から身の回りの世話をしてくれている。

私の5歳年上で、初めは女中であったがレイモンド王子との婚約が正式に決まった折に侍女に昇格したのだ。

いつも後ろに控えてくれていて頼りどころのない私にとって姉のような存在である。


「これから…どうしたら良いのでしょう。お父様からは自室から出ないようお言い付けられましたが、レイモンド王子殿下の婚約者でもなくなった私はこの先どうすればいいのでしょう」


「沢山の事がお有りで大変お疲れになったでしょう。カモミールティーを用意してございますのでまずは湯汲みを。湯の温度を少し下げておりますので本日は長湯に致しましょう。全ての心労という垢を落とせるよういつもより丁寧に磨かせて頂きます」


私はゆっくりと視線を上げ窓の外をみた。


暗闇の中に独りで在りながら堂々と輝く三日月が、矮小で無価値で無意味な私を指を指すように照らして嘲ているようだ。

こんな心の有り様では何も考えても事態は好転しないだろう。


休もう。


休んでから、今後のことはそのあとで。

今はともかく何も考えたくない。



ふぅ、と小さく息を吐き、


「もう就寝前の勉学の時間を設けなくても良いものね。ええ、お願いするわ。叶うなら今日の記憶を排水口の渦としたいわ」





最悪の日だと思っていた今日が序章に過ぎなかった事を後日思い知らさせるのだった。



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