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episode.3 目覚めの日

「あ、起きましたねー」


 目覚めのアラームはまったりとしたおっさんの声だった。こんなので1日が始まると思うともう1回寝たくなる。


「いや寝ないで!?」


 おやすみー、ともう一度布団を被ろうとした時慌てたおっさんの声が聞こえた。

 

 えぇ、だってまだ夢でしょこれ。

 冴えないおっさんの声をアラームにするほど僕は人間辞めてない。

 つまりこれは夢。いっつあどりーむわーるど。


「先輩。ねぇ先輩、寝ないでください」


 と思ったら、僕のアラームに相応しいとびきり美少女の声が聞こえた。


 むむ、これは現実だ。

 こんなキューティーでプリティーな声は夢かと勘違いしてしまうが、これは現実だ。

 僕の耳は間違えない。青春ラブコメは間違っても、僕の耳だけは間違えない。


「…………」


 おはようございます、と爽やかに挨拶しようと思ったら乾いて掠れた音しか鳴らなかった。

 

 ゔゔん”、ごっほごっほ。ゔゔ。


「…………」


 うん、やはりだめだ。

 やり直しても産まれたばかりのゾンビのような声しか出ない。


「あ、お水ですな。私としたことが失念しておりました。すぐとって参ります」


 よく見たら白衣を着ていて、医者と思しきやや肥えたおっさんは僕の様子を見てすぐに席を立った。

 おっさんがいなくなって、狭い部屋には僕と筒森さんの2人きり。ナニが起こっても不思議ではないシチュエーションだ。


「……女の子、助けたそうっすね」 


 内心ウキウキとしていると、そんな僕とは正反対に筒森さんは少し下を向きながら話しかけてきた。

 唾を飲みまくってやや潤いが戻ってきた喉を贅沢に使う。


「そう、だよ。無事か、どうかは、わからないけど、助けようとは、した、よ」


「無事ですよ。擦り傷を除けば怪我ひとつしてないそうです。あの事故での被害者は先輩のみっす」


「おお、そか。それは、よかった」


 擦り傷も怪我に入るんじゃ……と思ったが、どうやら女の子は大丈夫らしい。

 僕もあんまり怪我をした感じはないからプラスマイナスゼロだ。なんなら死ぬはずだった女の子を救えて大きくプラスになっているはず。


「あの…………なんで先輩はあの子を――――」


「たっだいまぁ! いやぁ遅くなってしまった遅くなってしまった! 申し訳ないね!」

 

 ばごおおん、と思い切りドアを開いて水を取りに行っていたおっさんが部屋に入ってきた。医者なのに患者を気遣う欠片もないのかこいつは。

 てか、おいこの野郎。筒森さんがなんて言ったのか聴き逃したんだけど。


「……あれ、なんかいい感じの雰囲気だった? 僕、邪魔しちゃった感じ?」


「あっ、いえ。全然大丈夫です。そこまで大事な話ではなかったので」


「そ、そう? ならよかったけど」


 するとおっさんは僕の方へと寄ってきて、手に握っていたペットボトルを差し出してきた。

 有難く頂戴して仄かに桃の香りがする天然水を喉に流し込む。


「先生? これってどういう状況なんですかね」


 端の方へと移動した筒森さんを一瞥してどうやら話はまた後でということを確認すると、水を飲んでクリアになった頭ですら少し理解しかねる状況を単刀直入に聞く。

 僕の記憶はと言えば、あの摩訶不思議な赤い雪が降っている光景が最後だ。

 ここは十中八九病院でおっさんは医者なんだろうけど一応それも確かめておきたい。


「ん、そうだね。なにから説明しようか、って言ってもそんなに複雑なことではないよ。まず、ここがどこだかわかるかい?」


「まあ、病院じゃないですか?」


「では自分の名前と年齢は?」


「春海生真。19歳、大学1年生」


「ふむ。彼女のことはわかるかな?」


「筒森侑生。バイトの後輩です」


 1行で完結する質疑応答を複数個。まるで取調べでも受けているような感じだ。


「なるほど。記憶の欠陥はなし、と。体も動かせているようだし問題はない感じだね」


 おっさんはカルテかなんかを書いてるのかスラスラとペンを動かしてなにやらメモった。

 あの、僕の質問には何一つ答えてもらってないんですが……。


「ああ、そうそう。君の質問に返すのを忘れていたよ。いやいや失敬。医者としてまずは患者の状態を確認しなければならなかったからね」


「いえ、覚えてくれていたなら大丈夫です」


「ふはっ。私はまだ認知症(アルツハイマー)ではないんだが。ではまず君がここに運ばれてきた原因だが、単純に言うと大量出血だ」


「大量出血?」


「そう、大量出血だ。君は足と頭を酷く怪我したんだよ。覚えてはいないかい?」


 言われてみれば、今まではいろいろと考えることがありすぎて意識してなかったけど、なんだか頭と足が重いような気がする。

 それに、あの赤い雪。あれも血の影響によるものだと考えればなるほど、納得できる。


「覚えてはいないですけど、なんとなく理解はできました」


「そうか。まあそこまで頭が回るなら大丈夫だと思うが、一応頭と足のリハビリを受けときなさい。右足に関しては後遺症が残る程の怪我だと思うほどだったのだからね」


「は、はあ」


「ではここいらで私は失礼させていただくよ。こんなに可愛い彼女さんがいるんだ。ゆっくり喋るといい」


 おっさんは、よっこらせ、と重そうに腰を上げてその体型から想像できるようにゆったりと部屋から出ていった。

 ある意味で破天荒な人だった。あんなに話をしたのは筒森さんを除けば久しぶりだったかもしれない。

 ……あと、まだ彼女ではないです。


「そういえば筒森さん、さっきの話の続きなんだけど」

     

 ふと思い出した内容を口にする。

 おっさんが出ていった扉に注いでいた目を筒森さんのほうへ向けると筒森さんは顔を手で覆って体を小刻みに震わせていた。

 

「ぷっ。ふふ、あははははは」


「え、なに急に!? 怖っ! え、怖いんだけど!」


「だ、だって……ぷふっ、先輩ってば3日も寝ていたんすよ? いつもいつも『休みが欲しい休みが欲しい』って言っていた先輩にとってはいい機会だったんじゃないかなって思って……ぷーくすくすくす」


「う、うっぜぇ」


 誠にむかつく後輩だ。

 ちょっと重い体に鞭を打ってでも今すぐこの部屋から叩き出してやろうか。



 ――まあでも、多分これは彼女なりの気遣いだろう。



「来週にはバイトに戻るよ」


「……そうっすね。では月曜日に来てください。私と同じ時間にシフト入れるように店長に頼んどきますから」


「うへぇ、復帰早々の当番が筒森さんと一緒とか大変そうだなぁ」


「……なんかいいましたかぁ?」


「なーんにも。ただ、僕の看病をしている筒森さんを想像して、筒森さん可愛いなーって思ってただけだよ」


「なっ! 別にたまたまです。たまたま! 先輩のような人は私ぐらいしかお見舞いに来る人がいなそうなんで哀れみで通ってただけです」


「通ってた? ふーん、そうなんだぁ」


「ああもう! 先輩戻ってきたらレジ全部やらせますからね!」


「照れ隠し? 照れ隠し?」


「もう! 私もう行きますから! はい、さようなら!」


 そう言って物凄く顔を朱色に染めた筒森さんは病室から出ていった。

 勢いよく閉められた扉と筒森さんの声が病院に木霊する。


「ふふ」


 だから自然と僕の口からも笑みが漏れた。




 ――そんな愛らしい彼女(筒森さん)に僕は恋をしている。

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