01.住宅街のアウトロー
ほくほく顔で僕はその店を後にした。
この度の収穫物はサバの缶詰にスパム缶、果物の缶詰に缶ジュース! 缶、缶、缶、缶、缶詰だ! もちろんお金は払っていない。かといって万引きしたわけでもない。これは真っ当な僕の仕事なんだ。
ここは四国西部の田舎町。
人の気配はまるでない。へし折れた電柱が横たわる。道路にはひびが入って隙間から雑草が伸びている。並び建つ民家はどれも半壊していて外から部屋の間取りが確認できる。
そこに突如と現れたるは、地域密着型の小さな商店。
看板の文字はかすれていて「オチ○○○ンポ」としか読めないけど、破れた窓から覗いてみれば、その中身は大層ご立派であったのだ。缶、缶、缶、缶、缶詰だ!
たとえ世界がこんなになっても少なからず良いことはあるものだ。
やはり“冒険者”になって良かった。危険と隣り合わせの仕事だけど、こうしてドヤ街では手に入らない高価な残り物が簡単に手に入る。売ってもいいし、もちろんこの場であれば食べてもいい。
──さてさて、どうしてしまおうか。
「よーう、いいもの拾ったな」
「ギャアアッ!」
急に声を掛けられるものだからビックリするではないか!
心臓が破裂すると思った。
「そんなに驚くなよ、人間だよ、同業者だよ。組合で顔を会せただろう?」
声の方を振り向けば、引き締まった身体つきの背の高い男性が倒壊した民家の瓦礫の上に立っていた。
「──ああ、へへ、……どうも」
名前までは知らないが、確かにその強面は知っている。彼とは出発前に九州の冒険者組合で軽く話をした記憶がある。
「お前、一人か?」
「え? ええっと……」
──あれ、何だか嫌な予感がするぞ。
「あ、いえ、他にも仲間がいますよ。おーい、みんなこっちだよー。ひとまず十人くらいはこっちに来てー」
「嘘だろ。ずっと見てたんだ。……お前一人だろう?」
嫌な予感は的中した。
「一人で外を行動するのは危ないぞ、何せ俺みたいな悪いヤツに狙われ──」
「そのとおーり!」
彼の言葉を遮るように、またも別の男の声が響く。
今度は何事かと振り向けば、そこには六名の男たちがいた。何やらナイフや手斧やら鉄パイプやらと物騒な得物をそれぞれ片手に握っている。
「……お仲間ですか?」
「それはこっちの台詞だ。お前の仲間でもないんだな?」
もちろん僕に彼らみたいなお友達はいない。
いやいやそれでも大丈夫。「ヒャッハー」と叫ばずにいるところを見るに、それほど危険な方々ではないのだろう。きっと彼らも冒険者だ。新人冒険者である僕にアドバイスしにきたのだ。
「なるほど、わざわざ新人の僕に忠告しに来てくれたんですね。ありがとうございます。そうだ、さっき缶詰とかたくさん拾ったんです。よろしければ先輩方で食べてください。あー、僕のことを気になさらずに、残さなくて結構ですよ」
僕は先ほど拾ったばかりの物資が入ったカバンを地面に置いた。普段よりも増して口がペラペラと勝手に動く。人間焦った時には余計な事を口にするものだ。
「それでは僕はこの辺で、さよおな──」
僕は彼らに背を向けてその場を後にしようとする。
「──あたっ」
だけど何か大きな物にぶつかって道を阻まれた。こんな世界になってもでっぷりと腹の出ている男が立っている。
「おっと、どちらへ行かれるのでしょうか?」
気がつけば、僕らの背後には他にも四人の男たちがいた。みんな同じような凶器を仲良く手にしている。
「へ、へへへ……。ちょっと用事があって、失礼させてくださ──、ぐむっ」
一人の男が僕の顔を鷲掴みした。顔を近づけてまじまじと見つめてくる。
「おやおや、かわいい顔してんじゃないの」
「か、かんべんしてください」
とぼけた様子でもう一人が相づちをいれる。
「知ってるか? 缶詰みたいな残り物よりも今は人間の方が高く売れるんだぜえ」
「かんべんしてください!」
次の一人がそれに補足する。
「そういえば、お前みたいのを欲しがるジジイがいたなあ……」
「かんべんしてください!!」
最後の一人はトドメを刺すようにこう言った。
「おしゃぶりには前歯は邪魔だよな、この場でへし折っておくか!」
「かげんしてください!!!!」
問答無用とばかりに顔面に一発貰った。
「ぎゃあっ!」
堪らず僕は顔を抑えてうずくまった。口の中には血の味が広がる。あんたらの言う、かわいい顔が台無しじゃないか。
「がふうっ!」
おまけとばかりに、脇腹に蹴りを一発もらった。腹の中身が口から出そうになる。
「ああ、やめっ!」
今度は情け容赦なく上着を奪われた。ポケットに入っていた色んな物をばら撒かれる。
「──なんだ、これ?」
すると、男の一人が散らばる僕の私物の中の「ある物」に目を付けた。それは僕が大切にしている四人の魔法少女のミニキャラキーホルダーだった。
「てっめ、〈闇堕ち魔法少女〉じゃないか!」
男が怒声を上げた。
「魔法少女はもういないんだよ!」
その一言でこれまで萎縮していた僕だけど一気に熱が上がった。
「返せっ!」
「イテッ! このガキ、噛みやがった!」
男の腕に噛り付き、何とか魔法少女たちを救出することに成功する。だけど多勢に無勢、そもそも貧弱な僕がこの荒くれ者たちに敵う訳がない。
頭に血が昇った男たちの暴力はより一層に過激になる。殴る蹴るの応酬に堪らず僕は蹲る。
──つらい、死んじゃいそう……。
冒険者なんてなるんじゃなかった。そのロマンあふれる名前の響きに誘われて、ついついなってはみたけど、冒険者ってこんなにも過酷だったんだ。こんなブラックな仕事だとは思わなかった。
いや、待てよ、もう冒険者はする必要は無くなったんだ。次の就職先は既に内定してるじゃないか!
そう、僕の次の仕事は変態ジジイの下の世話係。危険と隣り合わせの冒険者より安全な生活を送れるだろう。貞操の危機は何とも言えないけど。
「──おーい」
激しい怒声に怯えて身体を竦ませていたが、いつの間にかぐいっと襟首を掴まれて猫のように宙づりになっていた。
そういえばおしゃぶりに邪魔な前歯は今も健在だ。きっと今からへし折られるのだろう。
「──おーいって、聞こえるか?」
疲労感と絶望感に苛まれながら顔を向けると、血だらけの男の顔面がそこにはあった。
「ギャアアアッ!」
「うるせえな、お前叫んでばっかだな」
それは聞き覚えのある声だった。よく見ればその血だらけの顔面も見覚えがある。
「あ、え? どういうこと?」
それは最初に出会った引き締まった身体つきの男性だった。
「全員返り討ちにしてやった。どうせだからお前も助けてやったよ」
血だらけの顔を袖で拭いながら男性は言った。
確かに周囲を見渡せば十人の男たちは苦痛に顔を歪ませてうめき声を上げながら倒れていた。なんということか、彼が一人でこれをやったようだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「ほとんどあいつらの血だ。……こりゃあ、何人かヤッちまったな」
ヤッちまった、とは殺したということだろう。逆に殺さずに全員相手しようとしていたことに驚きだ。
いや、ともかく窮地を脱したことを彼に感謝せねばなるまい。
「ありがとうございます! 助かりました!」
「いや、いいよ。──ていうか話が途中だったな」
「何でしょうか?」
その男はすこぶる悪そうな顔をする。
「お前もこいつらみたくなりたくなかったら、収穫物は置いてけよ」
「御意に!」
僕は先ほど捨て置いたカバンを取って来て、うやうやしく彼に差し出した。
「ささっ、これを。好きなだけ持って行って下さい!」
彼はキョトンと間抜けた顔をしていた。
「……あー、いいの? 何か拍子抜けなんだけど」
「何を言うんですか、あなたは命の恩人ですよ。これくらい当然です!」
「あー、そう?」
彼は僕が差し出したカバンを受け取って中身を改めた。僕が必死に拾い集めた缶詰などが彼のカバンへ移動する。何も惜しいとは思っていない。命あっての物種だ。
「ほらよ、ありがとな」
ぺしゃんこになった僕のカバンが戻ってきた。ただ、それを手にした時に若干の重みがあったことに僕は驚いた。
「あれ? これって?」
ぼくのカバンの中には赤い缶のコーラが二つだけ残っていた。
「なんか悪いから、それだけ返すよ」
「い、いいんですか?」
「元はお前のだろう? それくらいはいいよ」
何とも心優しい御方なのだろうか、こんな地獄のような世界に置いて彼ほどの御仁は見たことがない。
「じゃあな、今後は気をつけろよ」
「はいっ! 本当にありがとうございました!」
彼は僕に背を向け歩き出した。僕はその大きくて逞しい背中をこの目にしかと焼き付けていた。
──焼き付けるにはそれなりの時間を要する。
「ついてくんなよ」
「いえ、向かう先が一緒なだけです!」
軽く舌打ちをして彼はまた歩みを進めた。ひび割れて歪んだ道路に足元を取られることなく悠然と突き進むその雄姿を僕は心に刻み込んでいた。
──心に刻み込むにはそれなりの時間を要する。
「何だよ、しつこいって」
「お気になさらずに!」
彼は怪訝な顔を僕に向け、ふんと鼻を鳴らす。そして一歩、一歩、行く当てのない旅を続けるのだ。果たして彼は一体どこへ行くのだろうか、だが例え彼にどんな困難が待ち受けようともその腕っぷしでものの見事に押し通るのだ。それを僕は知っている。ほんのわずかな間だけど彼の凄まじさをこの身で体感し────。
「だから何だよ! 用があるなら早く言え!」
「はい! ならば言わせてもらいます!」
すかさず僕はその場にひざまずいた。三つ指を地面に着けて頭をごちんと打ち付ける。顔を伏せつつ僕は高らかにこう述べた。
「貴方の強さに感銘を受けました! 僕を弟子にしてください!」
彼はすこぶる嫌そうな顔をしていた。
※お詫び
劇中に登場した商店名に不適切な表現があったことをここにお詫びいたします。
(誤)オチ○○○ンポ
(正)オチアイホンポ
誠に申し訳ございません。