優秀な商人さんだこと。
「……ッ」
隣にいる商人の子が息を呑むのを感じる。
それもそうだろう。
安全な拠点と聞いて来たらよく知るドラゴンよりも巨大なそれが目の前に在るのだから。
ま、厳密にはアレクはドラゴンではないけどね。なのでセーフ。とはいかない。
顔面蒼白といった様子で何かを口にしようとしているようだけど、押し出すことが出来ないでいるらしい。
アレクがどんな奴か多少知っている身としては、ここまで怖がらせてしまっていることに罪悪感を覚える。早いところ恐怖心を拭い去ってあげなければ。とはいえ、どうやって払拭しようかと思っていると。
「大丈夫。怖くないよっ」
スフレが商人の子に抱き着いて宥めていた。
さすがにそれでドラゴンが目の前にいる恐怖から立ち直るのは難しいだろうと思ったけれど、商人の子は抱き着かれたことで衝撃を上書きされたのか、観察する余裕が生まれたようだ。別にこちらを見ても動く様子も獲って食べようとすることもないと判断すると少し落ち着いたようだ。
それでいいんだ……。
スフレは流石だ。
ボクは何か問題があったとき、いくつか解決策を考えてより良いものを選ぼうとするのが癖になっている気がする。
そんなとき、スフレは既に行動を起こしていたりする。
どうしてそんなに判断が早いんだい? と聞いてみたことがある。返ってきたのは、『思いついたことが悪いようにならなそうだったらそれでいいかなって思って……』という少し恥じらいつつの返答だった。そのあとに続いた、『あっでも、思いついたことが良くなるかどうかわからないときは、ウィンちゃんに相談するようにしてるよ!』という、えへへと微笑みながらの言葉に納得したり、考えての行動だったことに安堵したり、頼ってくれることに欣悦したりした。じゃなくて!
行動の結果がどう転ぶかなんて考えてても完全には読めないのに、最初に思い付いた1つしか考えていないとはいえ、行動に移すまでが早いことにいつも後から驚かされる。そしてそういうときは大体それで上手く行っているから二度驚くことになる。
今回だって、もたもたしてたら《テレポート》でもう帰った後だったかもしれない。
取引してもらえなかったかもしれないし、最悪ドラゴンの前に突き出されるところだったとか悪評を広められていたかもしれない。……そう考えるとちょっと危なかったのかも。先に説明しておくか、あるいはもっと綿密な対処法を考えておくべきだったかもしれない。でもなくて! いや反省は大事だけど!
スフレが作ってくれた平穏な場所であるという空気を完全なものにしないと!
「あいつはボクたちでも倒せるくらいだし気にしなくていいよ。魔物じゃないから命は取らなかっただけ」
「……たおし、たんですか?」
「うん。かわいそうだから傷は治してあげたけどね。ちょっと待ってて」
そう言いながらアレクのもとへと歩いていき、小声で「変な動きはしないように。面倒なことになるから。あとあの子に話しかけるのもだめだから」と注意を入れておく。
そしておもむろにアレクの前足にげしげしと拳を当てる。
「ほら、こうしても攻撃もされないし食べられもしない。大きな岩があるとでも思っておけば平気だよ」
「そうはちょっと思えませんが……わかりました。ここで大丈夫です」
物分かりが良すぎじゃない?
逆の立場だったらボクはここで話すの絶対に嫌だけどな。アレクを初めて見たとき帰ろうかと思ったもん。光剣を護っていると聞いて、それを見てみたいからという理由がなければ普通に帰っていたと思う。
つまりドラゴンを前にして残る理由がある、ということ? そこまで商売がしたい?
であれば良きお客さんになって興味を継続させなければ。この子を逃がすわけにはいかんのだ。
「じゃあ早速だけど――」
ボクたちの欲しいものは沢山ある。けれど、一刻も早く欲しいもの、まずはそれだけを用意できるか聞いてみた。つまり、ここ《ドラグティカ》と、地上の安定した往復手段である。毎回飛び降りるのは嫌なのだ。無理なのだ。精神的にも肉体的にも。あといつか死ぬ。また、海の上では前回の方法では降りられないというのもある。
「ここと地上を直接行き来する魔法具は残念ながら心当たりがありませんが、《テレポート》が使えるということでしたらそれをサポートする魔法具はいくつかご用意出来ますよ」
おお! 小さいのに立派な商人じゃないか!
商会に在庫があるにせよ入手する伝手があるにせよ、このくらいの年頃の子が用意出来ると言い切るのはなかなかすごいことに思える。もしかして商会でも高い地位にあったりするのだろうか? あるいは見た目が若く見えるだけ?? 思えば、この子のことは《天外魔法》が得意だということしか知らない。
改めてその身なりをまじまじと見れば、上着こそ確かに仕立ては良さそうだけど全体的にはやはり地味なのだ。ここでは暗くてあまりよく見えないが、全身白や淡い茶系の色で統一されていた。強いて言えば、髪をまとめるのに使われる動物の毛のようなものだけが、鮮やかな赤い色をしていて印象を残していた。
上着はローブというには短く、膝上までを覗かせている。スカートやズボンといったものは見えず、すらっと伸びる白い足だけが見える。上着を脱いだらちゃんとスカートか短い履物を履いていたりするんだろうか? 見ているこっちが不安になる短さだ。
靴は歩きやすさを重視したようなもの。邪魔にならないようまとめられた髪。そして背中の鞄。
服の質はいいから商人と言われればそう思えるけど、装いはおよそ探索用といった感じだ。高い地位にある人の娘だとかそういった雰囲気は感じられない。
でも地位とか聞くのは流石に憚られる。そのうち話の流れで聞けそうだったら聞くとしよう。とりあえずは――
「ボクたちとしてはひとまず安心出来る答えが聞けて非常に喜ばしいのだけれど、そろそろ名前を伺ってもいいかな? 商人さんと呼び続けるのもお互い気まずいだろうしね」
「すみませんでした! 私、フィーネっていいます!」
「フィーネさん。よろしく」
「フィーネで大丈夫です」
「フィーちゃん!」
「あはは、それで大丈夫です」
そんなこんなで多少打ち解けたボクたちは、ここと地上とを行き来するための魔法具の詳細について聞くことにする。
「簡単なのは近場の街の情景を魔力で記録した石を使うことですけど……。お二人がここにどのくらい滞在するのかわかりませんから、いくつも必要になる場合結構お金が嵩んでしまうかと。ただ、私の作る記録石は、自分で言うのもなんですがかなり鮮明に情景を読み取れますので、ドラグティカのこの速度でなら二、三日離れた程度では問題なくテレポートで行き来出来ると思います。滞在期間によっては一つか二つ購入していただければ問題ないかと」
「それほど優秀な記録石ならそれはそれで欲しいけれど、いつまでここにいるかは決めてないから、滞在期間はわからないんだよね」
「そうなりますと、記録石では少し期待に沿えない形になってしまいますね。頻度は応相談ですが、私を往復に使っていただくというのもありますけど……」
「あー……うん、それはちょっと申し訳ないかな? 君も忙しいだろうし」
何日かに一度、あるいは日に何度か送迎してもらう。考えなかったわけじゃないし特に必要な道具や魔力の消費もないけれど、地上との行き来については自分たちのタイミングで自由に行えるようにしたい。突然地上に行きたくなることもあるのだ。あるのだ……。
「でしたらこちらはいかがでしょうか?」
そうして鞄から取り出して見せてくれたのは手のひら大の木彫りの鳥であった。
辛うじて鳥とわかるような趣で、羽などは精巧には彫られておらず、簡単には折れないように丈夫さを重視している造りになっている。これはこのままではただの置物でしかない。
「ボク、《シーユニバース》は使えないんだよね……」
《天外魔法》に属する魔法。
物体を操作してその物体の周囲を視覚情報として脳に伝達する魔法。
一度訪れた街に対してや情景を記録した石を使って《テレポート》をする場合と同じで、《シーユニバース》によって得られた視覚情報をもとにその場所へ《テレポート》で移動することも可能である。
魔法とは自分が欲する効果を具体的に思い浮かべられるかというイメージ力と、それを実現させる魔力があるかどうかで発現する効力のほとんどが決まる。《シーユニバース》で操作する物体は何も鳥でなくても良い。蝶々でも蝙蝠でも構わない。なんならその辺の石ころでも構わない。だけどイメージ力が魔法の効果に大きな影響を与えるので、飛ぶことを意識しやすい飛ぶ生き物を模ったものを使うのが基本である。想像力豊かな人や慣れてる人は石が飛ぶのを想像してその辺の石を使えば良い。決まりなどない。期待した効果が得られればなんでもいいのである。
「大丈夫ですよ、手持ちはさすがにありませんが、商会には継承の書の在庫はもちろんありますので、さっと行って取って来れます」
「うーん、お金が……」
「ウィンちゃん、買おうよ! 便利な魔法だし地上との行き来がすぐに出来るようになるよっ!」
えー? うーん……
魔法や技を覚えられる継承の書は高いのである。
知識だけでなく技術も売るのだし、当該の魔法や技を使える人、とそれを傍から観察し記録石のように紙に情景を移す人、読み取り用の魔法陣の刻印等手間もかかる。その上、魔法や技を問題なく継承出来るかは買って試してみるまで判らないので、信頼できる使い手から仕入れなければならない。仕入先も絞らるし有名な魔法使いから買ったりしなければならないので付加価値も考えると安く仕入れることなど難しいのである。当然売るときもさらに値を上乗せせざるを得ない。継承の書が高価なのは必然と言える。
ボクたちは行き当たりばったりな旅を続けていたのでそんなに懐事情がよろしくないのである。
《テレポート》よりももっと簡単で使える者が多いとはいえ《シーユニバース》の継承の書が手の届く額かは分からなかった。《テレポート》のほうが難しい魔法であるが、需要があまりにも多い人気魔法なので、供給量もそれはもうすごいのである。そういうわけで需要の割に《テレポート》の継承の書は法外な値段とかではなくむしろお手頃価格だったりする。それも他のものと比べればという話で、高価なのには変わりないけれど……。
なので、簡単な魔法だからといって安いとは限らないのである。
「お手持ちが不安でしたら、この場での物品の買取も出来ますよ」
「買取と言ってもアレしかないなぁ」
そう言ってボクは少し後方の岩陰に置いておいた黒鋼石を1つ持ってきて見せる。
魔族を倒して手に入れたものだ。
「ええーっ! これ、黒鋼石ですよね? しかもこんなに大きいなんて珍しいですね……」
「まぁこれ魔物のものではなくて魔族から採れたやつだからね」
「すごいなぁすごいなぁ……。魔族産の黒鋼石、高値で買い取らせて頂きます! ぜひお売りください!」
「じゃあついでに全部お願いできる?」
少し歩いて岩陰へ案内する。
ここでは魔族狩りくらいしかすることがないし魔力を高めるために深力を求める意味でも魔族を狩っていたので大量に黒鋼石を手に入れていたのだ。
「あわわわ、さすがに今持ってる分のお金じゃ足りないので《シーユニバース》用の木彫刻と一緒にお店から取ってきますね!」
こうして目の前から消えたと思ったらすぐ戻ってきて全部買い取ってくれた。
相場より少し高目な買値だったような気もするけど魔族なんてあまり相手にする機会がなかったから自信はない。
でもここで採れたことを言ったらちょいちょい買い取りに来ますからぜひ私に売ってください~と請われたので了承した。ボクたちも地上にいちいち売りに行かなくて済むので助かる。売値も安定するしね。
そして《シーユニバース》の継承の書と木彫りの鳥を買った。
『今後、次話投稿されない可能性が極めて高いです。予めご了承下さい。』
とのお言葉をなろうさんから頂きました。どうも、お久しぶりです。
まとまった時間が取れたら一気に書き溜めて区切りのいいところまで書いたら投稿しようと思っていたのですが、まとまった時間などこの世に存在しないのだと気付いたのでこれからは休憩がてら小説を書く時間を作ってちょくちょく書き進めて投稿したいと思います。
とりあえず、あまり多くは無いのですが書き溜めてある分を日に一話ずつ上げていこうと思います。
長期間開いてしまったことに関してですが、趣味で書いてるので謝罪はしません。その代わり、ここまで読んでくださった皆々様に感謝を。
待っててくれた方も、今回読み始めたよという方も、ありがとうございます。良ければまた読みに来てやってください。
最後に、フィーネちゃんのデザイン画を上げておきます。