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やっちゃったな。

 この広い空間の入り口から人の影が四つほど入ってくるのが見えた。


 ボクたちが今いる空中ダンジョン【ドラグティカ】は洞窟のようになっており、ほとんど一本道だが大量の魔物が点在している。

 壁や天井には淡い光を放つ鉱石らしきものが顔を出しており、薄暗くとも物体の姿かたちが見える程度の明るさはある。


 でもやっぱり空が見たいな。アレクもそれはもう長い間見ていないだろうし、きっと見たいことだろう。

 アレクが勝ったら天井ぶち抜こうかな。

 アレク曰く、【ドラグティカ】は一応魔法生物らしいと聞いたが、痛覚などはあるのだろうか。意識のようなものを感じ取れたことはないとのことだが、だからといって痛みを感じないとは限らない。

 でもアレクとの戦闘でだいぶ傷つけちゃったんだよね。

 なんとなく地面を触って、「すまない」と、呟いてしまう。


「ん? どうしたの?」


 スフレに聞こえてしまった。


「んーん、なんでもない。」


 本当に何でもないときって、なんだかちょっといたたまれない。

 スフレも頭の上に疑問符が見えるかのような顔で腑に落ちない様子だし。

 別に説明して納得してもらうのでもいいのだけど、今はそんなことをしている場合ではないのだ。


 もし話をしていて、勇者パーティの誰かが聴力を高めるような魔法を使っていたり、装備を身に着けたりしていたら、ボクたちがここに居ることがバレてしまうかもしれない。

 そうなったら中立ではいられないだろう。

 なんせ勇者たちは世界のために戦っているのだ。

 つまり、ボクたちのためということでもある。


 ダンジョンの入口ならまだしも、こんな魔物ひしめくダンジョンの最奥の地で、「すみませ~ん、私たち、戦力になれるほどの戦闘力はないんです~」なんて通じるわけがない。

 もし共闘を断れば、それだけで魔物に加担したということでお尋ね者になってしまうかもしれない。

 生涯逃げ続ける生活は嫌だな~。


 冒険者は自由がモットーなのだ。好きなところに行き、おいしいものを食べ、キレイなものを観て、かわいいものに心を躍らせつつ、たまにクエストを受けたり、適度にお金を稼いだりなんかして、寝たいときに寝るのだ。

 それが冒険者なのだ。異論は認めない! 文句のあるやつはケットーだ!


 そんな風に一人盛り上がっていたら戦闘が始まっていた。



 勇者パーティの編成は、剣術士、弓術士、魔導師、治癒術師の四人で構成されているようだ。なかなかにバランスが取れている。さすがはここまで来る勇者パーティだ。強いて言えば前衛に物足りなさはあるが、剣術士の腕が立つのであれば問題はないだろう。

 ……まぁ、2人パーティのボクたちが偉そうに言えることではないけどね。


 剣術士はすぐには斬りかからず、いつでも後衛の守りに入れる距離で様子を見ている。

 かなり離れたところから弓術士の矢と、魔導師の火球が放たれた。

 ドラゴンは耐性がわかりづらいから、威力の高い魔法を選んだのだろうが、恐らくアレクは魔法生物だから普通のドラゴンにあるような耐性も弱点もないのではないだろうか。

 まぁ魔力に秀でているなら火力で押せるかもしれないが……見たところあまりアレクにダメージがあるようには見えない。

 矢も一本も突き刺さることなく硬い鱗に弾かれている。


 アレクが攻撃を受ける度に、「ぁゎゎゎ」みたいな小声が隣から聞こえてくるからあまり長引かせないでほしい。スフレの心臓に悪い。

 ボクはといえば、特段狼狽えたりはしない。別にどちらが勝っても問題ないからね。


 でも状況はもう少し詳細に知っておきたいな。どんなふうに連携を取って、誰が指示を出してるとかも気になる。何かボクたちの戦術の参考になることもあるかもしれない。


 ボクはスフレの手を取り、

 《ワイドヒアリング》と唱えた。


 スフレは一瞬驚いたようにこちらを向いたが、勇者たちの声が聞こえたらしいのを理解してすぐそちらに顔を戻した。



「だめです、矢が通りません。通りそうな場所もない。こうなったら僕も前に」

「いや、目を狙え! 目さえ潰しちまえばこっちのもんだろ」

「……やってみます。でも期待はしないでください、この薄暗さで距離感も上手く掴めません。矢の残りも道中節約させてもらったとはいえ、心もとない。目を閉じさせるか頭を振らせるかといった牽制にしかならないかもしれません」

「十分だ、魔法を打ち込む時間が稼げればそれでいい」



 スフレの手を握っていた左手が引っ張られるのを感じて、慌てて力を込めて止めようとする。

 スフレが我を忘れて走り出していたら、ボクの力では止められないからピタッと止まってくれたことに安堵する。

 だけど向けられた目を見て、ボクはひどく動揺してしまう。そんな顔で見ないで……。

 様々な感情が入り混じっているようで、ただわかるのは、今すぐ駆け付けたいという気持ちなのだろうということだけだった。


「だめだよスフレ。アレクを助けたら、ボクたちはもう地上でまともな生活は送れない。それどころか、どこに行っても命を狙われることになると思う。」

「でもっ!」

「ボクと戦うことになっても? それでも行くの?」


 ボクは勇者側に立つ。

 暗に決別を告げた。


「……ッ!」


 今にも泣きそうな顔。

 ボクがそんな顔をさせたんだ。

 ボクはずるい奴だ。

 スフレがアレクを助けに入れば、ボクは迷うことなくスフレとアレク側につく。そんなことスフレもきっとわかってる。

 でも立ち止まってくれているのは、もしかしたら本当にここで二人の友情が終わってしまうのかもしれないって。そんな、ほとんどあり得ないような不安に苛まれているのだろう。


「それに、目はほとんどの生き物の弱点だ。痛ましいけど狙うことは責められない。他に有効な手立ても無さそうだしね。彼らは命を懸けて戦ってる。()らなきゃ()られる。そして世界のために戦っているというのもある。勝たねばならないという強い意志を持ってあそこにいるんだ。わかるよね?」

「……うん」

「アレクが負けそうになっても、ボクたちはここを動いちゃいけない。それは世界を守るための前進だからね。負けたらここにお墓を建ててあげよう。勝ったら、傷はボクが必ず直すよ。いいかい?」

「わかった」

「うん、約束」


 ボクはうまく作れているのかわからない笑顔で、スフレの手を握り直し、体温を伝える。

 スフレをなだめているうちに戦況は少し進んだけど、危惧するような事態にはなっていないようだった。

 普通の弓の乱射なら(まぶた)も貫通出来ないようだし、なんなら翼で起こした風で簡単に払われてしまう。

 それに気づいたようで、強力な攻撃に切り替えたようだ。

 重力を感じさせないほどの推進力で進む高速の矢、《ソニックアロー》。あれは少々厄介だ。

 (まぶた)や腹などの比較的柔らかい部分は貫かれてしまうかもしれない。


 ボクの手を握るスフレの手に力が入る。


 アレクは矢と魔法の猛攻を受けながらも反撃の姿勢を見せる。

 電撃を帯びた衝撃波が地を這う。

 治癒術師は辛うじて剣術士が盾で守ったが、残り二人はモロにもらって後方に吹っ飛んだ。

 衝撃と痺れで上手く起き上がることができないでいるらしい。

 ここで強力な魔法の一つでも浴びせれば、皆無事では済まないだろう。

 だがアレクはそうしない。

 勇者を殺すことが目的ではないからだ。

 ここまで来られる優秀な人材を減らすのは世界の損失ということだろう。


 ボクたちに浴びせた多彩で強力な魔法の数々を思えば、面白くはないが。なんでボクたちにはあんなに容赦なかったんだ。ふざけるな。後で文句を言ってやる。


 と、心の中で悪態をついていたら、隙を突いた弓術士の矢がとうとう目を貫いたらしい。

 痛そうだ……




 ん?

 なにやら様子がおかしい。

 アレクがぐったりと頭を地面に預けて動かなくなった。 

 矢が目から脳まで到達したのだろうか?

 それにしたって魔法生物であるアレクがあれくらいで死ぬとは思えない。

 現に、光剣の封印はまだ解けていない。



「……はは、やった!」

「油断するなよ。相手は恐らく世界最強のドラゴンだ。念のため口から特大の魔法を叩き込んでくれ。俺を先頭にして近づくぞ」



 どうやらアレクの負けか。

 すまないスフレ。

 ボクが引き止めたせいで、短い間だったとはいえ、友を失わせてしまった。

 やはりボクらみたいな冒険者は、安易に友人を作るべきではないのだろう……。



「じゃあ、いくわよ。《ギガプロミネンス》!」



 瞬間、アレクの頭が爆ぜたように見えた。

 ドォォォン――


 が、しっかり形を残している。内部から高威力魔法を受けてこれとは恐れ入る頑強さだ。

 などと、安堵に似た心持ちでいると、



「グルゥゥゥ……」



 声を、聞いてしまった。

 そうだ。あいつも声を発するくらいはできるのだ。

 さっきまで普通に会話をしていたから、もうドラゴンのように鳴くイメージがなくなっていた。

 先の戦闘中では集中していたせいで気付かなかったけど、声を出していた気がする。

 ……だけど、あんなに弱弱しいものではなかったように思う。

 喉が焼けているのだろうか。

 外部からはあまり変わらないように見えるが、

 もしかしたらもう、内部は……



「もっとだ。あと三、四発は入れよう」

「えー? 魔力なくなっちゃうよぉ。もー」



 もういい。

 早く頭を斬り落として楽にしてやってくれ。

 そう願うボクの耳に、後ろの弓術士と治癒術師の声が届いた。



「これでやっと終わるのですね」

「そうですね。あの剣を国に納めれば、もう我々が戦う必要もなくなるのです」



 ……こいつら、勇者じゃないのか。

 金目当てで来ただけの冒険者?

 と思っていると、剣術士も会話に混ざってきた。



「俺も引退かな。“混沌”を倒すのなんか他の奴に任せて、遊んで暮らすわ。使命とかあほらしいよな。世界のために戦ったって死んだら終わりだぜ。やっぱ一度きりの人生、適度に楽しまなくちゃあよ」

「あなたは旅の間もずっと好き勝手してたじゃないですか。立ち寄る村々で金品を巻き上げるような勇者にあるまじき行動ばかりして」



 やっぱり勇者なのか。


 

「何言ってんだよ、勇者だからこそ、だろ。世界のために戦ってるんだ、世界にあるものは勇者のためにあると言っても過言じゃない。ありがた~く俺たちが有効活用してやるべきだ。むしろ世界平和に貢献できるって感謝してるだろうよ。あぁ~、早く良い女抱きまくりて~」

「最低です」

「……毎日のように処理してあげてたじゃないですか……」

「え、マジ? サイテー! 死ね!」

「いやそれはありがたかったけどよ。金が入りゃいくらでも良い女囲えるんだぜ? やらない意味がわかんねーよ! ……ていうかそいつしぶと過ぎじゃね? 俺が首ぶった斬るわ。さっさと剣取って帰ろうぜ。」



「《ダークモーフ》」

「え、ウィンちゃん? どこっ?」


「《デテリオレイション》《ルーズグラビティ》」


 アレクの首に向かって剣を振り下ろそうとする剣術士の腹を全力で蹴り抜く。

 剣術士は途中、弓術士を巻き込みながら遥か後方の壁に打ち付けられた。




「……ごめん、スフレ。ボクが約束破っちゃった」


 聞こえているのかもわからないスフレに向かって下手な笑顔を作り、終わりの扉を開いた。

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