そんなことが僥倖なのかい?
空中ダンジョン【ドラグティカ】――
ダンジョンとか言いつつ、実は生命体(?)らしい。
この最奥に来るまでの長い道程の中、何体もの魔物や魔族、ドラゴン達が犇めいていたここは、どう見ても洞窟にしか見えないのだが。
アレクによると、どうやら“こいつ”も空気中の魔素を吸収して、戦闘などで削れた部分を修復しているようなので、魔法生物なのではないかということだった。
ちなみに意思のようなものは今のところ感じ取れたことはないらしいので、生物のカテゴリに含んでいいかはよくわからないそうだ。
「ねーねーウィンちゃん~」
「んー?どうしたんだい、スフレ」
「ん~~好き好き~~~」
「ボクも好きだよー、スフレ~」
スフレは何かとスキンシップを取りたがる。
ボクもやぶさかではない。
こんなかわいい耳としっぽをくっつけて猫なで声で寄って来られたら、押し返すなんて土台無理な話だ。膝枕の一つや二つ、すぐにしてあげちゃう。
……守らねば。
ボクは何度目かの誓いをひっそりと心の中で立てた。
さっきから、何か不愉快な視線を感じるが、気にしない。
「なんだこのかわいい耳は~。くりくり~」
「んにゃは~、くすぐったいよぉ」
ドでかいため息のようなものが聞こえたりしたが、たぶんブレスを吐く練習をしているのだろう。得意技にも練習は必要だからね。えらいね。
『……普段からそんな感じなのか』
「失礼な奴だな。いくらスフレが甘えん坊だからって、場所くらい弁えるさ。ここが暇すぎるだけだよ。お前、こんなところでよく独りで耐えられたね。精神状態おかしいんじゃないの?」
『横暴な物言いが過ぎるであろう……。普段の行いを問うただけで何故ここまで責められねばならぬのか…… む』
近くに佇んでいたドラゴンもどきがのそりと頭を持ち上げた。
「来たのか」
『そのようだ。日に二度も人間がここを訪れるとは珍しい』
「まぁお前は知らないかもしれないが、ドラグティカの石を持ち帰って売ってる商人もいるんだよ。行きたい場所の所縁のモノがあれば、行ったことがなくてもテレポートで飛べたりするからな。安くはないが、金のあるパーティならここに来やすい時代になってる」
『成程な。しかしこの地に足を入れても我の元まで来られる人間はそうはいない。それが二度というのはやはり稀有な事なのだ。もうじきここに現れるであろう。お主たちは岩陰にでも身を隠すが良い。』
帰れ、とは言わないんだな。
「えーっ! アーちゃん、スーたちも戦うよぉ、友達だもん!」
ボクも戦うのは確定なのか。スフレが戦うならもちろんそうするけど。
でも勇者が光剣を手にするのを邪魔するのって、人類の敵ということになるのでは?
安易に決めていい事柄ではない気がする。
『我は元々、剣を授けるに値する力を持つ者かどうかを見定めるためにここに居る。討たれるために居るようなものなのだ。加勢などされて勝つことに意味はない。我が負けるときが来たのであれば、それはその時が来たというだけに過ぎぬ』
それを聞いたスフレは渋々といった表情でとぼとぼと岩陰に身を隠す。
それでも見届ける気はあるようで、ひょっこり顔を出している。
「《リターンステイト》」
そう唱えて、ボクはアレクの傷や魔力の損耗を修復していく。
ボクは呪術師だ。だからといって《回復魔法》を習得しちゃいけないわけではないのだが、なんとなく習得していない。自覚はあるのだが、ボクは結構ひねくれている。
パーティには必ずと言っていいほど《回復魔法》を習得する者が含まれる。
当然だ。戦闘になればダメージを受けるし、それを治すのは必須と言えよう。
そして人には寿命がある。あれもこれもと様々なスキルに手を出す時間はない。
ボクがどれをメインに据えるかと考えたときに、今、体系化されているスキルの中で、一つ目に付くものがあった。
《奈落魔法》
響きは不穏だがなんてことはない。
最初に別系統の魔法として《奈落魔法》が確立されるきっかけになった魔法が、《ダークミスト》という黒い霧を発生させて目眩ましをする魔法だったから、それっぽいイメージで付けられただけだ。視界を妨げるだの、刺激臭を発生させるだの、地味で使いどころがいまいち浮かびにくい魔法が多く属している。
当然、一般的にはすこぶる不人気なスキルだ。というよりは、他のスキルの優先度が高いのだ。より役立つものを取りたがるのが普通だから。
でもボクはひねくれているので魅力的だと思った。なにせ今知られている《奈落魔法》は、最初に《ダークミスト》を発現した者がほとんど一人で記したようなものなのだ。役に立たないかもしれないけど、未知の魔法を発現できたらきっと面白い。そう思って、ボクはこの《奈落魔法》を選んだ。
それに魔法の系統が違っても、概念は異なるが効果は似ている魔法というのがちらほらあったりする。今使っている《リターンステイト》がそれだ。
これは治癒魔法ではないが、怪我などを直すことができると言える。概念としては、対象の状態を巻き戻すような魔法だ。どれくらい前の時間まで戻せるかはボクもよくわかってないが、大体の場合、戦闘前の状態程度には戻せるから十分使い勝手がいい。
修復には時間もかかるし、戦闘中での回復目的ならやはり《回復魔法》を素直に使う方がいいと思うけどね。
『何をしているのだ』
「ボクとスフレがお前をかなり消耗させてしまったからね。体力と魔力が万全でないと、勇者を見定める役目なんて務まらないだろう? そんなことにも気が付かないなんて。こんなポンコツが世界を担う大役に就いてていいのかね」
『……礼を言う。確かに万全でなければ意味のない戦いであった。』
「お前良い奴だな。これだけ馬鹿にされるようなことを言われても悪態もつかずに礼だけ言うなんて。」
『その通りだと思ったのでな。』
ふむ。調子狂っちゃうな。
「もういいかな。頑張れなんて言わないからね。勇者がそこの剣を手にした方がボクたちにとってもいいのだろうからね。だけど……」
だけどなんだろう。
何を言いたいんだボクは。
かけるべき言葉なんて持ち合わせてはいないだろうに。
ボクは少し考えてから無難なことだけ口にした。
「お前の話をもう少し聞けるのなら、ボクにとってはそれもそれでいいかな。」
そう言って岩陰に歩を進めようとするボクにアレクが言う。
『最期になるかもしれぬから言っておく。お主らと話せたこと、誠に僥倖であった』
「……そうかい」
ボクは今度こそ振り返らなかった。
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