元気出してよ、ギルド長さん……。
待つこと数分、ギルド長とやらが来た。
「お前たちか、“混沌”を討滅したいとかいう五つ穴は」
なかなかに屈強、という言葉では足りない程の筋骨隆々のでかい人間がそこに居た。
「“混沌”を討滅という時点でアレだが、五つ穴というのも合わさると胡散臭さが凄すぎてどこをどう疑えばいいかもわからんな。しかもこんなちびっこの二人パーティだァ? 情報を仕入れるための何かの罠なのか?」
失礼な肉の塊だな。罠を張るならもう少し脚色して現実味ある形にするだろう。こうして疑われないようにね。
「ウィンちゃん、この人失礼だね?」
「はぁ……。罠だとして、“混沌”の情報なんて聞いて、討滅する以外に一体何の役に立つんだい?」
「まぁ……それもそうなんだが。あまりに現実離れした内容だったからちょっとな。すまなかった」
「ウィンちゃん、この人失礼だけど悪い人じゃないね?」
「わーるかったよっ!」
悪い人ではないだろう。ギルド長だしね。
「本題に入ってほしいんだけれど、情報はもらえるのかな?」
「あー……情報を渡すのは構わねぇが……実際問題、“混沌”が本当に討滅出来るなら全人類助かる話だろうよ。だけど出来るのか?」
「知らないよ。知らないから来たわけで。少なくとも現地に赴いて、出来るかどうかの調査くらいはしてみたいと考えているんだけれど」
「うーん……それに本当に五つ穴なのかも確認のために一度別の依頼をこなしてきてほしいところだが……。この街の周りには“混沌”がないから魔物も魔族もいねぇんだよな」
それは……まぁそうだろう。
実際の実力はわからないが、ある程度戦える冒険者だとしたら“混沌”なんかに行かせて無駄死にさせるには惜しい。そう考えるところだろう。だけど、結局のところそんな都合の良い依頼はないらしい。ならば仕方ないだろう。
「なら、腕倒で力比べはどうです? ギルド長さん、昔は冒険者やっててそれなりに強かったのでは?」
「おっ、わかるか。お前ら五つ穴で良い気になってるかもしれないが、俺は十の穴が開いていた。それ以上は記載された文字が潰れちまうから開けてくれなかったんだ。この意味が解るか?」
「じゃあ、力量を計れるね?」
「そうだな、よし来い、近接の嬢ちゃん」
「スフレ、身体強化はなし、だよ」
「わかったっ」
アレクの図体でも吹き飛ばせるスフレの技は流石に使えない。
「技、使わないのか? これじゃただ筋力と深力を計るだけになっちまうが」
そこそこ戦える冒険者なら魔物や魔族を倒し、根源の力“深力”を取り込むものだ。そうすることで魔力や身体能力が高まってゆく。魔法を使う場合は魔力が、近接戦闘をする場合は身体能力が、上がりやすい気がしている。気がしているだけで、別に確証もない。目に見えない力だからだ。魔力が多い少ない、身体能力が高い低いなど、主観でしかないため比べるのはとても難しい。同じ魔法を同じ回数同じ出力で放ち続ければ――とか。身体能力に関しては、深力の他に普通に筋力も関係してくる。同じ条件で計るのはとてもじゃないが無謀と言ってもいいだろう。
さて、それでは今回はどうか。
ギルド長の丸太のような腕と比べればスフレの腕はとても細い。同年代の女の子に比べれば筋力もある方なのだろうけれど、あの筋肉と比べると無いに等しいだろう。しかし純粋な深力を計ることは出来る。スフレが今までどれだけの魔物・魔族を倒してきたのか、それを計るには十分だろう。
「深力をある程度推し量れれば十分では?」
「それもそうか。嬢ちゃん頭良いな」
はいはい、はよしてください。
「それじゃあ、手、握っちゃいますね」
「おう。嬢ちゃんの力、見せてみな」
二人が向かい合い、机に肘を付け手を組んだので、そこに杖の先端を軽く載せる。
「では、ボクがこの杖を上げたらスタートです」
「はーい」
「了解だ」
「行きますよー。よーい、どん!」
……あれ?動かない。
それはそうか、力量を計るんだから。
「……ギルド長さん、力、入れてます?」
「何ィ!? ぐぬおおおおおおおおおおおおおっ」
これはあれか、スフレの勝ちってやつですか。
まぁ深力勝負になったらそうかもしれない。ギルド長さんも凄い冒険者だったんだろうなと勝手に思っていたけれど、“混沌”で魔族を出待ちして乱獲する冒険者が一体どれほどいるのだろう。そうでなくともボクたちはドラグティカに入る前から五つ穴なのだ。魔族の被害に遭う村や行商人の依頼を普通にこなしてきた。自分で言うのも恥ずかしいけれど、ボクたちくらいの年代で三つも穴が開いていればかなり優秀だ。生涯かけても二つが普通、そもそも魔族は勇者の討伐対象であって、普通の冒険者なら戦わない。逃げられない状況ならともかく、使命や正義感で旅をするわけではないのだ。
スフレはというと、魔族をメインに戦っている勇者パーティ、その前衛を技すら使わず蹴り一発で瀕死の状態まで持っていっていた。魔族と龍神の巣くう空中ダンジョン《ドラグティカ》に挑み最奥の地を踏む勇者、それと比べても深力に圧倒的な差があったというわけだ。
ギルド長がいかに優秀な“冒険者の前衛”であったとしても、届かないのも道理である。
すー……っと静かにギルド長の手の甲が机に着いた。
ギルド長は目の前で起こったこと、自分の身に起きたことが信じられないとでも言うように茫然としている。まぁこれで五つ穴の冒険者だと言うことは一先ず信じてもらえるの、かな? こんなことでは判断出来ないかもしれないけれど……。
「んー、これならウィンちゃんでも勝てるよ」
「えっ!?」
!?
今度はボクが驚く番だった。いやギルド長も一緒に驚いているが。
「どういうこと? というか、ボクの深力がどれくらいかーとかそんなことがわかるの?」
「勘だけどね? ウィンちゃんに抱き着いてるとなんだか、ぽわ~って感じるの。あれって深力なんじゃないのかなぁ」
ギルド長は呆けている……当たり前だ。ずっと一緒に居たボクでも疑問符でいっぱいだ。抱き着かれててもボクはスフレの深力の量などわからない。
それにボクは魔法しか使ったことがない。冒険者とはいえ、十の穴を頂いた冒険者のギルド長に腕倒で勝てるビジョンが見えない。
「ウィンちゃんもやってみて?」
「ボクはいいよ……腕痛めたくないし」
「……いや! そうまで言うなら君の力量も知っておいて損はない。確かにそちらの嬢ちゃんの力はわかった。技を組み合わせれば単独で魔族撃破も出来るだろうことは想像出来る。しかし君はどうだ? 前衛が一人しかいない状況で迫る魔族の相手が出来るのかな? “混沌”に向かうということはそういう状況が起き得るということだ。君の力量も知っておくべきだろう」
面倒な事になったぞ。
主張に筋が通っているのが何より面倒だ。はぁ……。
「わかったよ。では、よろしくお願いします」
「うむ、前衛の嬢ちゃん、合図を頼む」
手を合わせて改めて思うけど、でっっっっか!!!!
ギルド長、手の位置かなり低めだけどそれで力入るのかな。
「じゃーいきますよーっ。よーい、どんっ!」
……あれ?
ぜ
全然余裕だーっ!!!
「うそ……ギルド長、力入れてる?」
「ん゛ん゛――ッ! 入れてるゥ゛!」
どうやら入れてるらしい……。
どういうこと?
確かにギルド長が力を入れているらしいことはわかるのだが、それが本気かどうかはわからない。今まで取り込んできた深力が、ボクの腕はそこに在れとでも言っているかのように微動だにしない。全然押し負ける気がしないのだ。
つまりこれって、身体能力も高いということ? もし仮にこの状況が事実なのだとしたら、勇者はわからないけれど、少なくとも優秀な冒険者くらいなら物理で勝てるということだ。ボクは近接攻撃の技はまるで使えないから、実際に戦えば技の差で負けるだろうけれど、単純な力比べなら負けない……?
とん、とギルド長の腕を倒した。
「あー……えっと。どうでしょうか。“混沌”、行ってもいいですか?」
「あぁ……完敗だ……凄いな君たち」
なぜ力試しでこんな空気なんだろう。なんだかいたたまれないよ。
「む! そうか!」
「どうしたんですか急に」
「君、魔術師に見えて実は近接戦闘も出来る中衛的な戦い方なんだねッ!?」
「いえ近接の技は何一つ使えません……」
「あ……」
この話止めよう。
それから何とか誤魔化して話を進め、とりあえずわかっている“混沌”の場所が記された簡易的な地図を譲って頂けた。討滅の前例やそれに纏わる過去の記録・資料等はギルドには無いということが分かった。




