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別視点です。
「広いところに出たな……ここは?」
「待て、奥に見えるドラゴン……なんかヤバイ予感がする」
「うん……ここからでも感じられる。魔力の量がおかしい……」
「つまりあれが光剣を守る龍神、というわけだな」
俺たちはついに辿り着いた。辿り着けた……。
長かったようにも感じるし、来てみればそんなに時間がかかってはいなかったようにも思う。ドラゴンや魔物、魔族を退けるのが大変で、その緊張感で。体感した時間が一体どれほどだったのかがわからない。ずっと洞窟内だったから空が見えないのも拍車をかけた。
そう、俺たちは今、空中ダンジョン《ドラグティカ》、その最深部に足を踏み入れたのだ。
発端は我が王国一の冒険者パーティと名高い【閃く双電】の帰還だった。
他と比べても圧倒的な堅固さを誇る【閃く双電】の前衛二人の鎧を、見るも無残な鉄くずと変えて討伐失敗の報告をしにきたのだ。
聞けば帝国の勇者がドラグティカに行き、魔物二体にボロボロにされて戻ってきたという噂を冒険者たちがしていたのを耳にして、興味本位で挑んで被害が増えることを危惧した【閃く双電】が討伐に出たらしい。そして返り討ちに合い、運よく全員で戻ってくることが出来たらしい。
帝国の勇者たちは人間だと言っていたらしいが、冒険者の間では魔物ではないかと広まっていた。【閃く双電】も魔物だと判断したらしい。理由は、どう見ても魔術メインなのにその腕力が明らかに人のそれではなかったからということだった。
万物に宿る根源の力“深力”を取り込み続ければ魔術師でも身体能力だけは伸びると言われているが、ドラグティカで相対したモノはそんなに深力を貯め込めるとは思えないほどの少女だったそうだ。それを聞けば俺だって魔物だと思う。
ともあれ、【閃く双電】が手酷くやられた相手。全員生存しているとはいえ、安易に手を出せる相手ではない。だが馬鹿はどこまで行っても馬鹿。彼我の力量差など考えずに金、或いは名声に易々と飛び付く。それでなくとも何千年も前から龍神はそこに居て、光剣を守っているのだ。つまり勝てる人間は今の今まで出てきてはいないということだ。実際に光剣があったとして、手に出来るとしたらそれこそ英雄になれるほどの人間だろう。【閃く双電】なら或いは、と思わないでもないが、それ以下の勇者・冒険者にはまず無理だろう。
だがそんなことはお構いなしと、【閃く双電】が帰ってから既に二つの勇者パーティが敗走してきた。幸いどのパーティも今のところ死者は出なかったそうだ。だからと言ってこれからもそうとは限らない。ならばその前に光剣を手にするしかない。言ってしまえば【閃く双電】と同じ理由にはなってしまったが、俺たちも挑むことにした。
俺たちは【閃く双電】ほどの力は恐らくは無い……のかもしれない。名声は確実にあちらの方が上だ。実績も。だが実力で負けているとは思っていない。あいつらは強い。それは確かだ。だが、戦いと言うのは相性もある。今回の敵が【閃く双電】にとって相性の悪い敵だったのではないだろうか? と思うのだ。
【閃く双電】は魔術師二人が攻撃の要でありそれで問題がないほどの圧倒的火力を持っている。前衛二人も突破は難しい。少しの人数差やそこそこの魔法程度は跳ね返す力を持っている。だが、ドラグティカで遭遇した二体の魔物は、どうやらいきなり魔術師を攻撃することが出来たらしい。それでは攻撃も出来なければ前衛も虚を突かれるし余計に攻撃に回ることは頭から抜け落ちていただろう。その時点で既に絶望的状況だと思う。良く生きて戻れたものだ。
それと比べれば俺たちは剣、弓、魔術、治癒。バランスのいいパーティだ。
後衛を先に狙われたとしても、遠近攻撃は多才。加えて回復も手早く出来る。間違いなく俺たちの方が相性で言えばいい相手だ。【閃く双電】が負けたからと言って俺たちが負ける理由にはならない。俺たちが終わらせる。龍神との戦いも、魔物との戦いも――
そう平和を願う意志を燃やしてここまで来たのだ。
道中は一言で言えば熾烈だった。ドラゴンは聞いていたほどには居なかった。見かけた個体もそこまで好戦的ではなく、むしろ何処かへ行けと言わんばかりに軽く威嚇するような視線を向けてくる程度。魔物も弱い。外でよく相手にするから問題ない。数は多いし疲労も感じたがそこまでではない。
問題は魔族――。
強い。硬い。ただ振った程度では剣も魔法も通らない。苦労して会得した技を使ってようやく外殻に多少傷をつけられる程度。それを何度も重ねて漸く倒すことが出来た。そんなやつらを何体倒しただろうか。来る前から覚悟はしていた。だが、本当の意味で死の覚悟をしたのは魔族と戦ってからだった。外で魔族と戦ったことはもちろんある。だがここの魔族の強さは一回り二回りは違うのではないかと感じた。光剣に辿り着かせる訳には行かないと、“混沌”も重点的に強い魔族を湧かせているのではないかと思えるほどだった。
それほどの魔族が前にはどれだけいるのか。もしかしたら後ろにも――。
そんな精神状態で漸く辿り着けたのがここだった。この最奥部、龍神の居る場所。
正直なところ、既にもう帰りたかった。だがそれを思うたびに、ここからが来た目的であることを思い出し奮起した。
そう。俺たちは止まるわけには行かない。帰るわけには行かない。これ以上被害を出すわけには行かない。戦うんだ。そして手に入れる。光剣を。
それを思いだし、周囲へ気を配る。
仲間に疲労は見えるが一先ず折れている様子はない。
改めて周囲を見れば、一際異彩を放つドラゴンが奥に。そして……あれは人だろうか? いや、わかっている。人に見えて、あれが魔族なのだろう。全身黒く、そして洞窟内の僅かな光を反射するような光沢の外殻。……だがどう見ても人間の少女に見えてしまう。確認したほうが良いだろうか。誤って人間を攻撃してしまうのは最悪だが、先手を取られて後衛を狙われるのはその後の戦況に大きな影響を与えてしまう。
そう長くない間悩んだ結果、皆に短く確認を取ってから声をかけることにする。
「君は人間かい?」
「……」
答えは帰ってこない。
「返事がなければ撃つ」
「……」
仲間に合図し、弓を射る。
ぱぁん
少女の目の前で矢が弾かれる。よく目を凝らすと少女の前にもう一人の少女。いや、二体の魔族がそこに居た。
気付いた瞬間、後ろから呻き声がした。
振り返るとそこには、もがき苦しむ魔術師の二人の姿があった。
なんだ? 何がどうなっている?
よく見れば、暗くて見づらいが、体に何かが巻き付いているらしいのが見える。
よくわからないが剣で斬りつけようとしたその時、視界は認識できなくなり、俺は床に転がっていた。辛うじて意識は飛ばなかったが、周囲を確認するために倒れながらも顔を上げた。相手の体は黒くて見づらいが、弓を捨て、短剣で斬りかかろうとした仲間が蹴り飛ばされたようだ。
そこで遅れて気付いた腹部の鈍痛、体を飛ばされ地面に当たったであろう箇所の痛みで俺も蹴り飛ばされたのだという考えに至る。
まずい。非常にまずい。蹴り一発で内臓が破裂したのではないかというほどの痛み。遠くまで飛ばされ転がったという事実。剣も弓も飛ばされ、未だ絡み取られている魔術師、治癒術師の二人。戦闘が始まって10秒そこらで既に大勢が決したこの状況。誰一人として助からないであろうことはもう四人の共通認識となっているだろう。
浅かった。馬鹿だった。金や名声に釣られて挑む馬鹿が居ると思った。だが、馬鹿はそれだけではなかった。万全かどうかなど最早関係ないほどの力量差があった。戦いにもなっていない現実が眼前にあった。後悔した。恐怖した。俺たちは一体何故、道中の魔族にも苦戦するのに龍神に、その前に居る魔族二体に勝てると思ったのか。
逆転の手立てを考えることすら止めていた頭が、近づいてきた魔術師型の魔族を認識するが早いか、俺はそいつに捕まれ引き摺られていた。
「は、なせ……」
それが精一杯の抵抗だった。腕も上がらなくなっていたようだ。
自分の体の状況に今更ながら驚いていたら、体が宙に浮く感覚。遂に脳も神経もおかしくなったのだろうと思っていたら、視界が揺れ、俺は放された。
投げられたのだと気付き、地面に落ちた衝撃によって俺は意識を手放した――。
気が付いたらベッドの上に居るようだった。
どうやら俺たちは生きて帰れたらしい。
後で詳しい話を仲間に聞いたところ、俺は来た道に投げ捨てられたらしい。恐らくは魔物や魔族の餌にでもしようと思ったのではないかとの事だった。
魔術師型の魔族が投げるのに意識を向けた瞬間、後衛二人を捕えていた魔法が解けたらしい。近接型の魔族が蹴り飛ばしたもう一人の仲間を俺と同じく通路に投げ込んだことで、他の二人も続いて通路へ逃げ込んだ。勝ち目は皆無だと判断した二人は《テレポート》で逃げることに成功したようだった。幸運だった。全滅は免れないと、そう思っていたのに。
歩けるようになって数日後。
勇者の間では慎重に、冒険者の間ではほとんどの者がドラグティカの攻略を諦めたような雰囲気を感じた。良い事だ。無駄死にが減るのなら俺たちの愚行も無駄では無かったのだと、そう思えるから……。
誰が呼んだか、あの魔族たちは通称で呼ばれるようになっていた。
魔術師型の方は“動かぬ災禍”。近接型の魔族は“背理の拳”、と――。




