働き者だね……。
早速継承の書を開いて魔法陣に手を当てる。
するとこれを書いた人が《シーユニバース》を使っている時の情景が脳裏に浮かんでくる。使ったことがないのにするすると効果や使用感が伝わって来て追体験をしている感覚になる。
良かった。ちゃんと《シーユニバース》の情報が入っていた。
ちゃんと、というのは騙されることもあるということ。
別の魔法の情報が入っていたり、全然関係ない情景を記録してあったり……。
商人は自分が使えない技や魔法の継承の書も取り扱わなければならないけれど、中に何が入っているかは確認出来ない。自分が使用した形になってしまうからだ。
確認のためには、すでにその技や魔法を覚えている人が触れれば一応確認が出来る。けどその作業にも伝手や人件費がかかる。なので信頼を積み上げてその工程を省いても買ってくれるお得意様を抱えることが大事なのだ。それはどちらにとっても良いことだから。
けれど、余程の馬鹿でない限り商人はそもそも騙したりなんかしない。そんな商人は居たとしてもどうせ続かない。真摯な対応が結局次の利益に繋がるから。
商人を騙った詐欺ももちろんあるけれど、そういう客の不安を取り除くために一見の客には丁寧な対応をする商人が多いので滅多に引っかかることはない。商人と客それぞれ不利益を被らない形での契約書をしっかり作る商人もいれば、前金を頂いて継承の書を渡す商人もいる。方法は多岐にわたるが、後々を考えれば少々商人に不利な形でも構わないと思っている商人もいるみたい。低リスクで信用が買えれば安いものということなのかな。商売でそれはいいのかなとも思うけどボクは商人じゃないし不利益被るのもボクじゃないのでどうでもいい。
そして今回、ボクはフィーネから買うにあたって特別契約書を交わしたり前金を払ったりせず普通に買った。
初対面だし信用なんて別になかったけれど。
理由はいくつかある。
まず最初に、フィーネが《天外魔法》しか使えなかったこと。それは戦闘で魔法を使う者よりは魔力がだいぶ少ないであろうことが推測できる。《テレポート》は魔力の行使を始めて転移先のことを思い浮かべるために普通の魔法よりはタイムラグが出来る。魔力の動きがあった時点で《マナドレイン》で魔力を吸い尽くす。それで飛べなくなるし、突如襲い来る疲労感でポーションもまともに飲めなくなるだろう。つまり逃げられない。逃がさない。
同じく魔力の動きがあった時点でスフレも口を抑え込みに入って詠唱を阻害するだろう。
そしてそもそもの話なのだけれど、こんな魔物やドラゴンがそこら辺にいる空中ダンジョン《ドラグティカ》に記録石を作るために訪れる詐欺師なんぞいない。命を捨てに来るようなものだし、魔物やドラゴンをものともしなかったりここへ来る能力があるのなら詐欺などしていない。
なのでフィーネはスキルやしていたこと、服装等から商人である可能性が高いと思った。そして逃げられるような相手でもないと思った。実際は普通にいい子なだけだった。
《シーユニバース》をちゃんと覚えられたと思うので、試しに使ってみることにした。継承の書の中身はちゃんとしていたので、ここで魔法が使えなかったらボクが悪いということになる。魔力には自信があるし、《天外魔法》についても、この魔法を使うにあたっては問題のない程度の理解度はあると思っている。
「じゃあ使ってみるね。……《シーユニバース》!」
ボクは自分の目による視界と木鳥から送られてくる視界が重なったら気持ち悪そうなので最初から目を閉じている。実際に木鳥が浮いているかどうかを見ることは出来ない。
それでも木鳥から視える視界は動いている。浮いていく。
「これ、飛んでるかい?」
「うんうん、飛んでるよっ! かわい~!」
「ちゃんと飛んでますねぇ」
この木鳥、ずんぐりむっくりしていてだいぶ丸い感じのやつにした。丈夫そうだったから。こんな体型の鳥が実在したらそいつは絶対に飛べないであろう。
旋回してくるくるあたりを見回してみる。
スフレとフィーネ、目を瞑った自分がちらちら見える。
中々制御は慣れが必要そうだけど、とりあえずは使用に問題ないかな。
ゆっくりと着陸させる。
「ありがとうフィーネ。どちらも問題なしみたい。本当に助かった」
「いえいえ、ご期待に沿えたようで何よりです! うちは食糧も取り扱ってるので何日かに一度立ち寄ってお役に立てればいいんですけど、いきなりこの部屋に飛んでくるのは……」
わかる。
アレクが大人しくしてるのも半信半疑だろうし、魔物や魔族が入り込んでこないとも限らない。と思っているんだろうな。実際のところ、この部屋の奥にあるのは光剣なのでそんじょそこらの宝剣と違い、完全に魔族や魔物は近寄れない。
でもそれをフィーネに教えるわけにはいかない。
このドラゴンが実は龍神と呼ばれる存在であり、それをボクたちが倒したということは魔物を生み出す“混沌”を滅することが出来るようになるということ。
そしてそれをしないのであれば、人類に仇なす者と思われても仕方ない。というより見方によっては完全にそうなのである。
この部屋に転移してきていきなり魔物や魔族が居たら……
それを追い払い倒しているはずのボクたちが死んでいたら……
「わかった。フィーネの不安は尤もだね。だったら、フィーネが入り口に来たことに気付ける魔法具があったら売ってくれないかな?」
「そんな都合の良いものあるのかな?」
「ありますよ。極微弱な魔力でも感知して、それを離れた送信先の魔法具に伝えるものが。貴族様の邸宅では普通に使われています。全く魔力がない人なんていませんから、魔力の弱い人でも直接触ることで感知してもらえます。あとは侵入者の警戒にも使われてますね。触れなくても強い魔力には反応しますから。さすがにダンジョンに使おうとする冒険者の方は初めて見ましたけど……本当に買うんですか?私が来たことを知るためだけに買うなんて割に合わない気がします……」
でもこれはフィーネが今後再訪するしないに関わらず欲しい魔法具だったし買おうと思っていたものだった。
これがあれば外出時でもフィーネが来たことを気付けるし、フィーネじゃない奴らが来ても気付ける。
――つまり、光剣目当ての勇者や冒険者だ。入り口に設置すればアレクとの戦闘が始まる前に帰ることが出来るだろう。
そしてまだ欲しいものがある。
「ここでフィーネと売買出来るのはとても助かるんだ。少しの出費は痛くない。フィーネの安全も確保したいしね。外出時にも気付けるように、ここに設置する分と持ち歩く分とで二つ欲しい。それと別で欲しいものがあるんだけど、魔力に反応する照明がいくつか欲しいんだ。ここは暗くて滅入っちゃうからね。普通に過ごせる程度には明かりが欲しい。」
もっと欲しいものは色々あるけどひとまず最優先で欲しいのはこんなところだろう。
「魔力感知の鈴の携帯用、ですか……。そんな使い方をされる方、見たことないのでご用意出来るかどうか……届くものがあると良いのですが。照明の方はすぐにご用意出来ます。」
「あーいや、何度も往復させるのも悪いからまた今度でも」
「いえ!全然へーきです!私、日に何十回もあちこち飛び回ったりしますから。商人と言ってますが、商談等は他の大人の方にお任せしていて、主に商品を運ぶのをお手伝いしているんです」
「……え? そんなに魔力あるの? というかそんな頻度で《テレポート》を使ってたら気持ち悪くならない?」
「もう慣れちゃいましたから。全然平気ですっ!」
無理に元気にふるまっているようには見えない。けれど、これは異常なことだ。
確かに《テレポート》は便利だ。
商品を大量に移動することに使えたらとても儲けが変わってくるだろう。
でもそれは“使えたら”の話だ。
商人で《テレポート》が使えるのは珍しい。日に何度も使えるのは珍しいとかいう話ではないだろう。それを大量の商品をあちこちに運んでいる? 馬鹿げている。そこら辺の勇者や冒険者より魔力の消耗が激しいだろう。
一従業員にさせる仕事量ではない。ましてこんな子供にさせるのは ――まさしく異常と言えるだろう。
同じことを考えていたであろうスフレが口を開く。
「慣れちゃだめなことだよ……」
ボクもそう思う。
けれど、ボクの口からは何も出てこなかった。
どう声をかけるのが正解なのか分からなかった。
声をかけるべきなのかも分からなかった。
理由を聞いていいものか。
聞いたところで改善出来るのか。
今のボクたちは関わればむしろ汚点になり得る存在である。気安く深入りすべきでない。
「いいんです。大変ですけど、別に力仕事ではないですから、体力的にはそんなに疲れないんです。気持ち悪いのは、まぁそうですけど」
その後、断ってはみたけどなんとなく売上を上げたいらしいことを感じ取ったので、魔力感知のベルと照明を取りに行ってもらい、買い揃えることが出来た。
「それでは、またよろしくお願いしますね!」
「うん、こちらこそよろしくお願いするね」
「フィーちゃん、またねーっ!」
そうして小さな働き者の少女が地上に帰るのを見送った。
10話ほど毎日投稿すると思いますが、それ以降はのんびり更新になると思うのでのんびり自分のペースで読んでいただけたら幸いです。




