不穏な気配
先週はすみません。来週ももしかしたら遅れてしまうかもしれませんがご了承ください。
「おおー、すげえな!」
エメラルドグリーンに輝く海にたくさんの船が行き交う海港都市が目に入った。
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「おいおい、マジでここか?」
「えっと…ここがクロード様たちの別荘なのでしょうか…」
「別荘というより、砦と言った方が正しいと思うんだが…」
「…私もそう思うのです。」
何のことを言っているのかというともちろん別荘についてであるのだが、その別荘というのは名ばかりで、実際は、どう見ても砦であったのだから仕方がない。ディラレンス達もどうやらそう思っているようで苦笑いしながら馬車を降りた。
「実はここにきた理由もこの砦が作られた理由とだいたい一緒でして、この時期になるといつも群れになって町に来るんですよ、海魔が…」
海魔…それは海の魔獣のことである。それが群れになって押し寄せてくるのだ。それも、毎年毎年。その為、危険度がそれほど高いわけではないのだが、領主であるディラレンス自らがもしもの時の保険としてここメーカに毎年くるのだ。
なので本来、ソフィアを連れてくることは無いのだが、いずれ連れていかなければならないので、童がいる今のうちに連れてこようかなと思っていた為、そこまで強く否定しなかったようだ。
そうして一行が中に入ると、砦みたいでも別荘は別荘だった。床にはカーペットが敷かれ、壁には装飾、天井には輝石が使われていて常に明るくなっていた。
「セヴァス、童を各自の部屋に連れて行け。あと、ここの使用人との顔合わせも。」
「かしこまりました。」
そうしていると曲がりくねった廊下を過ぎ、ホールのようなところに出た。そして、そこには眼鏡をかけた黒髪の女性が待っていた。
「おかえりなさいませ、主様。そして、いらっしゃいませ、お客様。」
「む、良いところに来ましたね。フェル、すみませんが皆さんをお部屋に案内差し上げてください。」
「わかりました。では、皆さんこちらへ。」
「では、童さんはこちらに…」
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あれから長い廊下を歩いて五分、やっと童は自分の部屋へとついた。
「ここが童さんのお部屋でございます。前はウィズが使っていました。では、荷物を置いてこちらに来てください。」
「あ、はい。…っ!ちょっと待ってください。」
童は部屋に入った時に感じた違和感が気になり、魔力の波紋を飛ばしたのだ。すると、化粧台の引き出しの中に魔力の残り香を捉えた。慌てず、ゆっくりと開くと引き出しを開けると、
「?なんだこの鍵?セヴァスさん知ってますか?」
「?はて、初めて見ましたが…やはり、ウィズの忘れ物でしょうな。ウィズの気配がほんのりと残っているのを精霊が感知しているようなので…」
「やっぱりか…まぁ、後ででいいか。」
「よろしいですか?」
「あ、はい。すみません。」
慌ててセヴァスの後を追った童は咄嗟に鍵を持っていった。そして、香ばしい香りのする部屋の扉を開けるとそこには……
「ここが厨房でございます。」
「ここが…って!スケルトン!?なんで!?」
「あぁ、こちらのスケルトンは…」
「ん?なんだ、お前?」
童の声を聞きつけて、厨房の奥から褐色の肌に青い髪色の兄貴っぽい男がナイフを持って歩いてきた。その目は不審者を見る目だったが、童から見たらそちらの方が怪しいのだが…
「童さん、自己紹介を、」
「え、あー、えーと…新しくソフィア様の専属のメイドとなりました、加賀 童と申します。」
「っーこたぁ、ついにアイツやめさせられたのか!いやー、よかった!よかった!アイツ毎日、毎日夕方になるとここにきてつまみ食いしにくんだよ。だから困ってて、いやーよかった!よかった!」
「…ウィズさん…」
「…だから、毎度同じ周期でどっかに行ってたのか…私の修行を放っておいて…」
「俺はここの料理長…つっても俺一人しかいないんだが…まぁ、ニクラスだ。このスケルトンは俺が呼び出した。」
「ニクラスさんは料理人であり、死霊術師なんですよ。」
「なるほど…」
「そういやセヴァスさん、香辛料を持って来てくれはしないか?」
「了解しました。」
扉をガチャリと開き、セヴァスは廊下を左に進んでいった。
「いや、別に今行かなくてもよかったんだが…」
「あ、そういえば…」
そう言って童はポケットから何かを取り出して、ニクラスに見せる。不思議そうな顔をしたニクラスに童が「これ、ウィズのものっぽいんですけど、知りません?」と聞くが、どうやら知らないようだった。
「わかんねえんだったら片っ端から鍵穴にさせばいいじゃねぇか。」
「まぁ、それはそうなんですが…」
「っーか、敬語はやめてくれ。むず痒い。」
「いや、でもセヴァスさんも敬語では……」
「この人がそんなこと聞くと思うか?」
「あ、うん。」
童は察した。きっと何度も辞めてくれと言ったのに聞いてくれなかったのだろう。
「本当、この人といい、この人の娘といい…はぁ。」
「え、セヴァスさん、娘いたんですか!?」
「?あってねぇのか?フェルだよ。フェル。」
「え、あ、あの人!?…全然気づかなかった。いや、でもフェルも出来る人っぽい感じがしたな。」
「まぁ、たしかにそうだな!」
「童さん、次行きますよ。」
「今行きます!では、また後で!」
「おう!仕事頑張れ!」
「何の話をしていたのですか?」
「いんや、別に?」
廊下まで見送ったニクラスはスッと目を細めてセヴァスの後ろ姿を見て、こう呟いた。
「恥ずかしがってやがる…ありゃ、聞いてたな。」
〜翌日〜
「ふぁ〜、よく寝たのです〜。」
気持ちいい太陽の光に照らされ、大きな欠伸をしたソフィアはよく寝たとは言っていたものの、まだ眠そうな顔をしていた。鳥の鳴き声がどこからか聞こえるほどのどかな朝に、ソフィアは何処か安心感を感じていた。するとコンコンっと扉をノックする音が聞こえた。
「ソフィア、起きてるか?」
「お父様、起きているのですよ。何かあったんですか?」
「いや、そういうわけではないのだが…とりあえず着替えてくれ。朝食ができた。」
「わかったのです。すぐに行くので、先に行っていいのです。」
「わかった。焦らなくていいぞ。」
「ハイなのです!」
ソフィアはパパッとパジャマを着替えて、食堂へと走っていった。食堂のドアを開けると、そこには、いつもの家族に加え、ディティール、ヴィン(これでも公爵家の次男だった。)も席に着いていた。因みにレックスとクリスと使用人は別の部屋で食事をしている。
「お、遅れて申し訳ございませんのです!」
「いえ、大丈夫ですよ。」
「いや、こちらも今来たところではある。そう畏まるな。おい、ディラレンスなんだその顔は!」
「いや、何でもないです。」
するとコンコンっと扉をノックする音が聞こえ、フェルが入ってきた。
「皆さま、料理をお持ち致しました。」
フェルが料理をカートに乗せて持ってきた。全ての料理に蓋がされている。全ての料理をテーブルに置いて、蓋を開けると、温かい湯気が顔にかかる。香辛料の香りが食欲を妙にそそらせる。だが、これは貴族の料理であって、料理が普通こんな出来立ての料理の筈がないのだ。
「おい!何でこんな出来立ての料理なんだ!毒味はしないのか!?」
「?いえ、毒味はもう致しました。この蓋の魔道具が蓋を開けるときに、出来立ての料理とほぼ同じ状態にするらしいです。…ウィズさんから王都で流行っているとくれたのですが…無いのですか?」
「そんなの無いですよ!」
「ねぇよ!そんなの!」
「また、またウィズかよ…」
「あらあら、別荘には送ってあるのに本家には送らない…あらあら、ふふふ、どう致しましょう。」
「母様、殺気が漏れているのです。」
「あらあら、私ったら…」
素早いツッコミ×2に、ウィズのやらかしに頭を掲げるクロード家当主、そしてウィズの嫌がらせ的な行為に溢れ出る殺気を放つ母とそれをなだめる娘。
〜朝から混沌としているクロード家の別荘の食卓の少し横の部屋〜
「なんか、騒がしいな…」
「いいじゃねぇか!元気がないより!」
「まぁ、そうなんだけど…」
「「ニクラスさん!?何ですか、これ!?めっちゃくちゃ美味いんですけど!?」」
隣の(ウィズのせいで)騒がしい食卓に文句を言いたげな童にニクラスが豪快な笑みを浮かべ、そう言うと、今まで黙々と食事をしていた騎士2人がハモリながらニクラスに詰め寄った。
童は騎士だから食べている時間も勿体無いからと黙々と食事をしているのかと思っていたがどうやら違ったらしい。童は胃袋を掴まれた男騎士2人を見て、苦笑いを浮かべる。対するニクラスはニヤニヤしながら「そうか?そうだよな!美味いよな!俺の飯!」と嬉しそうに言っていた。勿論、男騎士2人はコクコクと首を縦に振っている。
「まずな、これは日呼鳥の唐揚げだ。これな、少しだけ手間をかけてやるだけで断然美味しくなるんだよ。軽く説明すっと、
まず、肉を一口大の大きさで、出来るだけ均一に切る。
次に囲草(葉が袋状になっている草、ジッパーでの応用可能)にさっき切った肉、すりおろしたクアー(日本でいうニンニク)、リビラー(日本でいう生姜)、白鉱石(塩)と黒鉱石(胡椒)、豆だれ(醤油)そして酒を入れる。そして、これを揉む!こうすっことで味がしっかりと染みるんだ。そして、更に!
〜長いので以下略〜
っーことよ!」
「おお〜!」
結構長く話していたニクラスの話を結構食い気味に聞いていたレックスとクリスは実は料理人を目指していたらしい。こんなことをしている数分前、
〜港にて〜
「はぁ、はぁ、っく、急がなっく、ては、はぁ、はぁ、」
そこには荒い息を整える暇もなく必死の形相で街を走る1人の新人騎士がいた。名をベル。彼は急がなくてはならないとても大事な用があった。彼は新人ではあるものの、センスと直感だけなら小団長にも劣らないほど優秀であった。だからこそ、彼は仲間たちに今、左手で握りしめている書簡を彼らの代表として託されたのだ。ドクン、ドクンと心臓が今までの比ではないほど脈打っている。彼の頭が正常に機能していたのなら、「小団長の地獄のトレーニングより厳しい」と断言していただろう。
だが、そんなことすら考える暇もなく、彼は1秒でも早く目的地までたどり着こうとしていた。大通りは人が多いと体が勝手に方向を転換する。狭い路地を走り抜けていくと、にゅるりと影から何かが現れた。その“何か”が何であるか理解することはできなかったが、本能が警鐘を鳴らす。反射で上に飛ぶ。
刹那、先ほど前でいた空間を黒い鞭のようなものが切り裂く。地面が抉れる。影たちが空中では逃れられまいと再度鞭を打つ。放たれた三つの鞭は一つは直線に、残りはそれぞれ壁に当たるごとに跳ね返り、更に先端が描いた軌道に鞭が残ったため張り巡らされたワイヤーのようになり、行く手を阻む。
だが彼は直線にきた鞭を剣で受け流し、更に受け流した反動を利用して更に上へと飛び、建物の屋上へと飛び移る。そして、何事も無かったかのようにまた走り出す。
彼の瞳からはもう光が消え始めているがそれでも走る速度は増すばかり。彼からは例え、自身が死のうとも絶対に使命を果たすという信念が感じられた。
あと、二百メートル程というところで再び警鐘が鳴る。無意識の内に宙返りして、剣を振るう。何かが剣に当たった感触がする。矢だ。影という概念でできた矢だ。力を入れて弾くことができても斬ることが出来ない。ベルは剣で軌道をずらし、辛うじて避ける。
「…なぜ、死なん。我が魔術を受けているというのに…まさか、全て弾いているのか!?ありえん、魔術師でもない貴様が…いや、そうか、それは…気力か!」
この世界は三つの要素で構成されている。
一つは物質的要素…これは物質を持っているものを指すのではなく、科学的な物、世界の法則などを指すものである。
もう一つは魔術的要素…これは魔力を利用して世界の法則、つまり科学的要素に干渉し、法則を捻じ曲げる力を指すものである。
そして、最後に精神的要素…これは生命の強固な意志が魔術的要素に干渉し、不安定なものを打ち消す力を持つものであり、気力がこれに当たる。
簡単に言うと魔術的要素は科学的要素に強く、精神的要素は魔術的要素に強く、そして物質的要素は精神的要素に強い傾向があると言うことだ。
つまり、今の彼は魔術師との戦闘に特化した騎士だと言うことである。
「だが…それも長くは持たない…」
影からもう1人細長い男が現れる。
「そうだな、こちらは殺さずとも時間さえ稼げれば問題はないのだ。《Το σκοτάδι πιάνει》」
詠唱が完了すると同時に影から鎖が飛び出す。ベルは今までと同様に剣で軌道をずらそうとする。だが、同じ手が何度も通用するはずがない。ベルが次の鎖を弾こうとするが、直後、背後に引っ張られる。見ると先程軌道をずらしたはずの鎖が足に絡みついている。その一瞬の隙を敵が逃すはずもなく、更に鎖に絡みつかれ、唯一の武器である剣を手放し、地面にたたきつけられた。
「まさか、新米騎士のこんな男が気力を扱う素質を持っているとは…まあ関係ないがな。どうせこいつは死ぬのだからな。」
そういってベルの方へと近づこうとするが、先ほどの細長い男が手で制止する。
「…近づくのは…危険、だ。」
「…確かにそうだな。だったら…これを使うか。」
男はそういってベルが落とした剣を拾う。
「俺たちをてこずらせた褒美にお前の相棒で殺してやるよ。じゃあな。」
剣を上に上げ、狙いを定め、投げる。剣はベルの方へと直線で進む。ヒュンヒュンと風を切る音がベルに迫る。消えそうな意識の中、ベルは死を悟った。そして刃がベルの頭を切り裂く。……はずだった。
『カンッ』と鈍い音が波紋のように響く。顔を上げるとそこには一人の女性がいた。その女性はまだ若そうであったが、全くと言っていいほど隙を感じられない。女性はこちらを向き、右手を上げて振り下ろす。すると今度は『キンッ』と音が響き、影の鎖が断ち切られる。よく見ると、女性の右手には食用のナイフが握られていた。どうやらその小さなナイフで切断したらしい。そして、女性は剣を手放してもなお、ベルが離すことのなかった書簡を手に取り、こう言った。
「お届け物はクロード家の使用人である私が確かに受け取った。」
(あぁ、俺は任務を遂行できたのか…)
そう思った途端、体に力が入らなくなり、ゆっくりと瞳を閉じた。
「…今はゆっくりと休んでいてくれ。さて、お前ら。死ぬ覚悟は出来てるか?」
そういった瞬間、女の気配が変化し、右眼が金色に輝き、男たちを貫く。そして、
「《魔力炉・解放》。」
「な、なんだ!?お前は!この魔力は!?」
「…ただの魔術師さ。」
そうして魔術戦が始まりを告げた。