曰く、使用人は兵士である。
ちょっと最近用事があるので、投稿遅れるかもしれません。すみません。これも今日書き終わりました。これからも出来れば見ていただけると嬉しいです。
「貴方がソフィア様の新たな専属メイドでしょうか?」
「はい。」
童の体に緊張が走る。今、童の前にはメイド長である青髪の女性が立っていた。細く鋭い冷酷な瞳は童をじっくりと観察する。そして、さらに細められた瞳はまぶたによって外界を写さなくなった。
「………?あれ?あのぉー、どうしたんですっうわ!」
質問しようと話しかけた瞬間、カッと瞳が開いた。そして、また閉じる。
(この人…寝てやがる!)
すると、後ろの方から誰かがかけてくる音が聞こえた。
「ちょっ、姉様!起きてくださぁい!新入りが困っているじゃありませんか!本当、メッですよ!」
「!大丈夫よ!もう眠気なんてないわ!だから、だからもう一回やって!」
「姉様!怖いです!怖いです!わかりました、やりますからぁー!」
息を切らしながらなんとか姉の暴走を止めた茶髪のメイドはさっきとは打って変わって恥ずかしそうに躊躇っている。
「……えっと……メッですよ?」
「うちの妹が可愛すぎる件!ぐはっ!」
「姉様!姉様ぁー!」
鼻血で床、壁、天井の順に汚したメイド長はどうやら重度のシスコンのようだ。対する、謎の茶番を見せられた童はというと…
「は?」
それでも茶番は終わらない。
「姉様!死なないで!姉様が居なくなっては私は…私は……どうすればっ!くっ、私の治癒魔術では……」
「悲しんでいる妹の姿も可愛すぎる!ウボォア!」
「いやぁー!姉様ぁー!っどなたか!っどなたか!治癒魔術が得意な方はいらっしゃいませんか!?」
「なんだなんだ?」
「はぁ、またですか…」
「あぁっと、私一応治療できるけど…」
「!本"当"でずが!お"願"い"じま"ず!姉"様"を"っ"!姉"様"を"っ"!助"げでぐだざい"!」
「わ、わかった。わかったから、ちょっと離れて!鼻水、鼻水ついてるからぁ!」
またかと言いながら、集まってくる使用人たち。重度のシスコンによって更に重症になるメイド長。年頃の女の子でありながら、姉を救うために必死にすがりつくメイド長の妹。いきなりのことで混乱している童。
これが日常化してしまうのかと童が思ったとき、コツコツと妙に響く足音が聞こえた。
「如何されましたか?」
廊下の奥からすごく有能そうな執事らしき白髪の老男がコツコツと向かってきた。すると泣きじゃくれた妹メイドが今後は執事にすがりつく。
「ゼヴァ"ズ様"!姉"様"が!姉"様"が!」
「なるほど…また、ヒルデさんですか…皆さんは各自の仕事に戻ってください。ここは私がなんとか致しますのでフランさんも仕事に戻ってください。」
そう言ったあと、倒れたメイド長の耳元でボソボソと何かを囁いた。すると、パッと立ち上がり、「早急に完遂してまいります!」と小刻みに震えながら脱兎のごとく仕事に逃げていった。
「あなたが童さんでございますね。では、仕事を説明しますのでこちらへどうぞ。」
そうして、セヴァスに教えられた童は、8年間ポンコツな教師に教えられたせいか、驚くほどわかりやすかった。しかも、スパルタ教師に教えられたせいか、仕事がとても楽だった。部屋の掃除は魔術で、この世界の文字(発音は日本語)は日本からの頭脳ですぐ覚えて、ソフィアの身支度は凛のお世話と同じ要領で行い、計算は持ち前の頭脳で速攻処理できる。まさに、童にとって最高の職場であった。
1ヶ月が過ぎた頃、
「精が出ますね、童さん。こんな朝早くから起きられ、仕事をしてくださるなんて…他の使用人たちに爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいでございますなぁ。」
朝、童が庭の花に水をやっているところ、セヴァスがそう言って歩いてきた。まだ日が昇る少し前であり、空はまだ薄暗かった。
「いえいえ、朝起きがこんなにも気持ちいいと気づかせてくれたのはセヴァスさんじゃないですか。」
「そう言われますと、この老いぼれ、嬉しい限りです。」
そう話していると、ガシャガシャという音と共に「誰か!誰かいらっしゃいませんか!」という声が聞こえてきた。何事かとセヴァスと童はさっと門の方へ走っていくと、鎧を着た騎士がゼェゼェと息を切らしながら深刻そうな表情で門の前に立って叫んでいた。
「何事ですかな。」
「あ、はぁはぁ、ゲホッゲホッ、」
「少し落ち着け!」
そういいながら童が治癒魔術をかけると「ありがとうございます。」とお礼を言ってハッとした顔をした。
「あの!実は、森に魔獣が大量発生して、こちらに向かってきているとの報告が、あり、急いで領主様にお伝えしにきたのです!」
「なるほど、して数は?」
「あ、えっと、およそ五千ほどです。」
「視認した魔獣は?」
「えっと、その、確認されていたのは確か亜竜種レベルから歯牙小獣レベルです。」
亜竜種、それは竜に似た姿という意味ではなく、竜の次ぐらいに強いという魔獣たちを指し、歯牙小獣は小型の魔獣を指す。
「なるほど、わかりました。フール!」
セヴァスがそう叫ぶとポンッと小さな精霊が現れた。そして何処かから取り出した紙にさっと書いて「これをディラレンス様に渡しなさい。」と言うと、精霊はコクコクと首を縦に振り、ディラレンスの方へと飛んで行った。どうやらセヴァスは精霊使いだったらしい。
「さて、私たちは足止めにでも行きましょうか、」
「え、あの、あなた方は使用人なのでは?」
「?はい。そうですけど?」
「では、応戦しても足手まといなのでは…」
「騎士殿、何をいってらっしゃるのですかな?使用人というものは兵士なのですよ。」
「え?」
「では、童さん、そろそろ行きましょうか。あぁ、そうそう、書き忘れておりました。騎士殿、場所はどちらの方角ですかな?」
「えぇっと、あっちです。」
「ありがとうございます。では、」
そう行ってセヴァスと童は屋根から屋根に飛び移りながら、騎士が指差した方へと走り出した。そして、残された騎士はと言うと、
「使用人ってそんな職業だったのか…」
間違った常識を持ってしまった。
________________________________________
「童さん、私は左側をやりますので、貴女は右側を!」
「了解です!」
「来なさい!ヴェッツァ!」
セヴァスがそういうと、先程とは異なる精霊が現れた。そして精霊が輝いたかと思うと、地面が揺れ、槍が魔獣たちを貫いていく。そして撃ち漏らしをセヴァスが素手で心臓をもぎ取る。
「んじゃ、こっちも。魔術式・第一(弾丸)・第二(加速)・第三(散弾)・第四(同時射出)・第九十九(爆発)セット!、ショット!」
童の周りに魔法陣が展開され、そこから弾丸型の爆弾が撒き散らされる。そして、
「ア"ッ!」
火の粉が木々に引火した。
〜5分後〜
そこが先程まで木々の生い茂る森林であったと誰が思うだろうか。周りを森林に囲まれたそこは上空から見たらきっとぽっかりと穴が開いているように見えるだろう。そこには黒く焦げた魔獣の死骸の山と白い灰、そしてそこに立ちつくす二人の人間だけだった。
「童さん、」
「は、はい。」
「次からはもう、森で燃えるような魔術は使わないでください。」
「は、はい。」
セヴァスの笑顔の圧が童を押しつぶさんとする。そうしてこの日の夜、街では討伐祭が行われ、ディラレンスは後処理に、童とセヴァスはいつも通りに仕事をしていて、結局、祭に参加したのはソフィアとヒルデ姉妹だけだったのだと。
※この後、童がしっかりと元の自然豊かな森へと戻しました。
そして、一年が過ぎ、
「父様、母様、本当に行ってしまわれるのです?」
「あぁ、仕事で視察に行くことになってな…何、直ぐに帰るから公爵令嬢として、しっかりと…」
「本当は、レンス寂しいのよ。昨日の夜なんて如何にかして視察を無くそうとしていたんですもん。」
「…もうやめてくれ……」
「あはは…」
「ディラレンス様、どうせソフィアもいつかは視察に行く日が来るのですから今の内に連れて行った方がいいのでは?」
「まぁ、一理あるが…向こうには2日も止まるのだぞ。宿泊する準備ができていないだろう。あー、もうこんな時間だ。早く行かなきゃ。」
過保護(本人は過保護ではないと供述している)であるディラレンスはソフィアを領土の外へ出したがらない。だから、視察などの時は一緒に行けないように当日に伝えている。だが、童は抜け目ない。
「準備ならここに。」
してやったり的な顔でディラレンスを見て嘲笑う。それでも過保護はどうしても連れて行きたくない。
「な、なら…もし、そう!もし山賊にでも襲われたら?私達だけならともかく、ソフィアを危険な目に合わせるなんて」
「近づく前に蹴散らしますが?」
「そんなこと…あ、いや出来るな…」
「では心配ごとは何もありませんね。」
「あ、いや、しかしだな…」
何か反論は無いかと悩んでいると、追い討ちの言葉がディラレンスを崖へと追いやる。
「ディラレンス様、もう出発しないと間に合わないのでは?」
「あ、ええと、その…」
「レンス、家族旅行みたいでいいじゃない。行きましょう!」
「父様!」
「家族、旅行!わ、わかった。俺の負けだ…行こう、家族旅行……」
こうして、クロード初の家族旅行が始まった。
〜馬車にて〜
「童様、魔術を見せてください!」
「あぁ、いいぞ。そうだなじゃあ、あっちに打つからよく見ていて。」
「はい!」
童が指で指したところをソフィアは真剣に見つめる。さらに、童の魔術に興味があるのか、ディラレンスや、セレンテシアもチラチラと覗いている。
「ゴホンッ、えーでは魔術式・第一(弾丸)・第二(加速)・第二十七(鎖状化)・第九十四(捕縛)、セット」
童が中指・薬指・小指を握り、親指を上に向け、人差し指を狙いに定める。人差し指の先に魔法陣が多重に展開される。そして…「ショット。」と発射の呪文を一言唱える。魔法陣が光り輝く。すると、同時に指で指した場所も輝く。
「さすが童様なのです!」
「ほぉー、あれほどの魔術をこの速度で発動するとは…」
「セヴァスさん、いま光った方に向かってください。」
「わかりました。」
「ありがとうございます。」
セヴァスは、童に言われた通りに手綱をひいて、光った方へと馬を向かわせた。そして、そこにはいかにも盗賊らしき者たちが光り輝く鎖に捕縛されていた。
「おい、テメェラ!」
「なんで盗賊が捕まっているのだ?」
「?言ったじゃないですか。近づく前に蹴散らすって。」
「それにしてもとおすぎるではないか!」
「まぁ、はい。そうですね…」
「テメェラ!なんなんだよ!さっさと放しやがれ!というよりか、無視すんじゃねぇ!」
「ソフィアにも今度教えてあげようか?」
「いいのです?!」
「あぁ。じゃあ、来週の日曜日はどうだ?」
「おい!だから!無視、すんじゃ!」
「分かったのです!」
「おい!」
「うっせぇ!」
「へぶし!」
「あのぉー」
「ん?なんだ?囚われてる人。」
「囚われてる人って…」
童に話しかけてきたのは牢に囚われた金髪のお嬢様のような見た目の女性だった。
「えぇーっと、実は盗賊の格好をしている皆さんは本当の盗賊ではなくってですね…わ、私の従者なんです!」
「ん?あれ?貴女…いえ、貴女様は!」
ディラレンスは何かに気づいたかと思うと土の上にもかかわらず頭を下げた。セレンテシアも夫の行動によって気づき、同様に頭を下げた。
「も、申し訳ございません!勘違いとはいえ貴女様の従者を傷つけてしまうとは!誠に申し訳ございません!ディティール様!」
その名を聞いて、ソフィアたち(童以外)も頭を下げた。そう、童以外!
「?えーっとすみませんがどちら様でしょうか?」
「ッ童様!」
「童!とりあえず頭を下げてくれ!お願いだから!」
「テメェ!ディティール様を知らないなんてどういうことだ!それでもこの国の民かよ!」
「遠方から来たのでよくわかりません。」
「童様!このお方は我が国の第三王女なのです!」
「え、あ!も、申し訳ございません!知らなかったとはいえ、無礼をお許しください!」
「あ、いえ、私どもが山賊に間違われるような格好をしてしまったのも悪いのでお互い様ですよ。」
「あの、ではどうしてこんな事を?」
「はい、実は…」
ディティールの声は震えていて、たどたどしく話していたが途中から山賊のボスのような格好をしていたヴィンが詳細を説明してくれた。どうやら、ディティールは許嫁である隣国の王子のことが好きなまた別の国の王女が密かに暗殺者を送り出したという情報が流れ、急遽クロード家に避難することになり、ディティールの名案?で山賊を模すことになったのだと。しかし、そんなことは伝わっていない。ただ伝わるのが遅かったのか、それとも…
「内通者がいるかもしれないということですね…」
「ちっ、もしかしたらとは思っていたが…しかし良かった。空回りするところだった。というか、あんたらどこ行くつもりだったんだ?」
「はい、仕事でメーカに視察に行くことになっております。…内通者がいる前提での提案なのですが、我が家にいるよりもメーカの別荘にいた方が安全かもしれませんのでどうでしょう、メーカに行くのは。」
「そうだな、あれほどの腕の傭兵が」
「メイドですけど?」
「は?何言ってやがる。メイドがそんな強く…」
「メイドですけど?」
「わ、わかった。ゴホン、あー、このメイドがいるなら安心そうだからそうさせてもらおう。よし!オメェラ私服に着替えやがれ!レックスとクリスは俺と一緒に!オメェラはクロードの家に行け!あと、フィール!お前はディティール様の影武者だ!」
「…はい。」
フィールと呼ばれた黒装束の少女がディティールの背後に現れた。
「いいか、やばいと思ったらすぐ逃げろ!オメェラは俺の大事な部下だ!…死ぬんじゃねえぞ。」
「はい!」
「んじゃ、ディラレンス、紹介状を頼む。」
「いや、私が連れて行くので先に行って下さい。何、そんな顔すんなソフィア、直ぐに追いつくから。」
「おい!そうすっとディティール様に何かあったらどうすんだ!」
「ほんの少しも待てんのかあんたは…はー、ったく…ハイ!」
童はいきなり大声を出しながらヴィンの顔の前で手を叩く。一瞬、びくっとしたヴィンだがフラフラとした足取りになり遂には倒れてしまった。これは手を叩くことによって、通常は介入することのできない他人の意識のセキュリティを弱め、催眠をかける簡易魔術である。因みにこの魔術は簡易的なものであるため成功率は20%であり、そのため童は9連続でかけ続けていた。
「んじゃ、行ってくるわ。」
「あぁ、さっさと戻ってこいよ。」
「わかってますって。」
そう言って童はディティールの近衛騎士達を連れ、元の道を引き返していった。それを見送ったあとクロード家とディティールとヴィン(まだ寝ている)はメーカに向かっていった。道中、ディティールはソフィアの視線を感じた。びくっとしながらも何か話の題材はないかと思考していた。
「ソフィアさん、あの方は?」
「ソフィアとおよび下さい、ディティール様。で、あの方とは童様…私の専属メイドのことなのですね。」
「そ、そうです。」
「童様はですね、強くてかっこよくてユーモアがあって、……すごいのです!」
「な、なるほど。」
「ディティール様!」
「ひゃい!」
「無礼かもしれませんが…わ、私と友達になって欲しいのです!」
「え、あ、は、はい。」
「本当ですか!嬉しいのです!」
「あ、」
いきなりの大声に驚いたディティールはつい返事をしてしまい、やってしまったという顔をしていた。それに気づかないソフィアは舞い上がっており、目をキラキラさせてディティールを見つめていた。だが、王族という立場のせいで友達など皆無だったディティールはどう接すればいいかオドオドしている。すると、
「ただ今戻りました〜」
「あ、童様!私、今しがたディティール様とお友達になりました!」
「え?え、え!?」
「おー、そうかそうか。ディティール様、ソフィア様とよろしくお願いしますね!」
「いや!なんで貴女がいらっしゃるんですか!だ、だってさっきまで近衛騎士達と一緒にクロード領に行ったはずでは!?」
「なんでって…そりゃあ頑張って走ったから?」
もともと驚き易かったディティールは有り得ないことをしたソフィアとそれが普通という表情をしているクロード家を見て、キャパシティオーバーして脳がオーバーヒートしてしまった。レックスとクリスも魚のように口をパクパクさせていた。ついにはボンッと思考回路が爆発して倒れてしまった。
「おーい、大丈夫か?あ、こりゃダメだ。もう少し寝かしといたら大丈夫そうだが。」
「どうしてしまったのです?」
「さぁ?」
「おい、みんなそろそろだぞ。」
ディラレンスがそういうと、木々で覆われていた視界がパァっと開けた。そして、視界の先には…
「海なのです!」
「おおー、すげえな!」
エメラルドグリーンに輝く海にたくさんの船が行き交う海港都市が目に入った。