79:ただいま
更新できました。
今回おまけ話があります。
「あ、シェラ。おかえり」
久しぶりに執務室を開ければ、亜麻色のふわふわした髪が先に目にいった。優しいたれ目がこちらを見ており、ふわっと微笑んでくれる。数日不在の予定が少しだけ日が伸び、ここに来るのもかなり久しぶりな心地になる。であるのにいつもと変わらない穏やかな様子である同期に、シェラルドは苦笑した。
「ただいま、ヨヅカ」
自分の席に座れば、用意してくれていたのかコーヒーを出してくれる。城に帰ることは前もって伝えてはいたものの、ここまでくれば準備が良すぎる。頭の回転が速いというかなんというか。と思いつつも、シェラルドはありがたくいただいた。
「それで、どうだった?」
「うん?」
「向こうで何があったかは報告を受けてるけど、シェラ的にはどうだったの?」
「そうだな……色々、あったな」
一言では言い表せられないくらい濃い数日を過ごした気がする。目まぐるしい展開に自分でも驚いているくらいだ。するとヨヅカはくすっと笑う。
「フィーベルさんと、無事に結ばれたんでしょ」
「ああ……。結婚する」
「おめでとう」
「ありがとう」
「これで本当に花嫁になったわけかぁ。長かったような短かったような。僕も嬉しいよ」
「だいぶやきもきさせたようだしな。感謝してる」
拳を向ければ、ヨヅカも拳を合わせてくれる。
「で、手も出したの?」
「……お前な」
「さすがにご両親がいるところでは無理か」
「…………」
「あれ? その手前まで行った?」
「ヨヅカお前なぁっ!」
思わず勢いよく立ち上がるが、ヨヅカは「はははっ」と笑いながら距離を取る。先を予想して動いたのだろう。シェラルドが怒ることを分かってて言ってきたのがタチが悪い。
「そういえばフィーベルさんは?」
ヨヅカは動きながら聞いてくる。
余裕そうのが腹立たしい。
「クライヴ殿下のところだ。さっき一緒に報告に行ったが、他にも色々話したいことがあるんだと」
「そう。それにしても面白いことになったね。帰ってきたらみんなくっついてるんだから」
「みんな?」
「ヴィラとエダン殿、イズミとアンネ殿も結ばれてたよ」
「は!?」
それは知らなかった。
いつの間に。
「クライヴ殿下、改めて色々とありがとうございました」
フィーベルは深々と頭を下げる。
それを見た主人は苦笑する。
「お礼の言葉はたくさん聞いたよ」
「全然足りません。私を拾ってくださったのは……全てご存じだったからですよね」
「そうだね」
あっさり認めてくれる。
「……私や、母のために」
「それもあるけど、自分のためでもあるよ」
「?」
「好きになった女の子を助けたかった。それが一番大きいね」
ユナのことだろう。
遠くを見やるクライヴの顔は穏やかだ。いつもと変わらないように見えたが、ユナのことを想っているからかもしれない。フィーベルは自身の制服のポケットから、あるものを取り出す。
「これ。ユナ殿から預かったものです」
「ユナ殿から?」
白い封筒に赤い封蝋印。アルトダストの紋章が入ったものだ。実は国に帰る前、一度アルトダストに寄り、改めて挨拶をした。その時ユナから、たくさんの謝罪と感謝があった。フィーベルは全て受け止め、また会えるのを楽しみにしている、と伝えた。
その時に、クライヴ宛の手紙を託された。本当は送ろうとしたそうだが、フィーベルが国に帰るならばその時に渡してほしいと言われたのだ。
クライヴは受け取り、すぐに封を開ける。
手紙に目を動かし、しばらくしてからふっと微笑む。
「文通しませんかって」
互いのことをもっと知るために、文通しないかとユナが提案してきたようだ。クライヴは子供のように無邪気な表情をしている。嬉しいのだろう。
妹姫であるエリノアも、氷の王子ことカイン第一王子と文通を続けている。二人とも互いに国を行き来し、交流を深めている。遠い国同士、気軽に会うことは難しいが、手紙なら何度もやり取りできる。互いのことを伝えることができる。
「何を書こうかな」
クライヴは笑みのまま呟く。
様子を見るに、ユナがクライヴに真っ直ぐ向き合おうとしているのが伝わる。ユナに手紙を託された時も、少しだけ頬が赤くなってきたような気がした。前よりはクライヴのことを意識しているからだろう。
二人の関係も、おそらくより良好になるはずだ。
フィーベルも自分のことのように嬉しくなった。
と、はっとする。
「あの、実は。相談したいことがありまして」
「相談?」
「その……両親と、じっくり話をすることができたのですが」
「うん」
クライヴはしっかり目を合わせてくれる。聞いてくれようとしてくれている。それをありがたく思いつつ、国に帰る馬車の中の出来事を思い出す。シェラルドに母から言われたことを伝えたのだ。
シェラルドは話を聞いてくれた上で、フィーベルの意志を尊重すると言ってくれた。結婚を承諾したものの、場合によってはどうなるか分からない。それが申し訳ないと伝えれば、でこぴんされる。
結婚はするのだから、期間はさして気にするなと言われた。フィーベルの両親からすでに許可はもらっているので、確かにその件に関しては気にしなくていいかもしれない。
クライヴにも相談すると伝えたら、それがいい、と笑ってくれた。きっと分かってくれる、だから不安に感じなくていい、と手を繋いでくれた。
おかげで今、そんなに緊張していない。
「母から、しばらく一緒に暮らさないかと、言われまして」
「ああ……」
クライヴは机の上で手を組んだ。
「まぁそうなるよね」
思ったより呑気な声色。
フィーベルは思わず「え?」と聞き返してしまった。
「本来なら一緒に暮らすはずだったのに、色んな理由で手放さないといけなかっただけだから。そりゃあ一緒に暮らしたいって思うよ」
「……で、ですが」
「もしかして僕が反対すると思った?」
「いえ、そういうわけではなくて……。仕事のこともありますし」
「仕事は他の者に任せられる。フィーがいないから成り立たないなんてことにはさせないよ。仕事というのは助け合ってやるものだからね。僕だっていない間、マサキに全部任せていたし」
「……胃に穴が開きそうでしたが」
側に立つマサキが半眼になる。
クライヴはくすくす笑う。
「優秀な部下がいてくれると助かるね」
「無茶だけなさらなければそれでよいです」
マサキは溜息をついた。
今回かなり無茶した主人に対し、思うことはあるのだろう。クライヴが国に戻ってからはお説教があったかもしれない。マサキはクライヴと付き合いが長いため、クライヴのことをよく理解している。と共に、唯一彼を怒れる存在だ。クライヴは自分の思ったままに動く。それを許す代わりに命が危ないことは二度とするな、と言っているように聞こえた。
「話を戻すけど、僕はフィー次第だと思ってるよ。どうしたい?」
「!」
父に、シェラルドに、そしてクライヴにも問いかけたが、みんな同じ返答だ。全てはフィーベルが決めていいと。そう言ってくれるのをありがたいと思いつつ、迷った答えを出してしまう。
「……分からないんです。自分がどうしたいのか」
「うん」
「両親と過ごしてみたい気持ちもありますが、また皆さんと一緒に過ごしたい、仕事をしたい気持ちもあります」
両親の存在はかけがえのないものだが、フィーベルはここで多くの人と出会い、多くのことを学び、それなりに思い出ができた。アルトダストに行き、久しぶりに帰ってきて、国の空気を懐かしく感じた。帰ってきたのだと、ほっとできた。
帰国してからすぐクライヴに報告に来たので、他の人にはまだ会っていない。アンネやヴィラ達にも会いたい。そんな気持ちもある。
クライヴは頷いた。
「そう。じゃあしばらくはこちらにいたんでいいんじゃないかな」
「……いいんでしょうか」
「もちろん。今の素直な気持ちを、フィオ殿に伝えればいい。無理に来てほしいわけではないだろうし、フィオ殿だってフィーの気持ちを尊重するよ。しばらくこちらで過ごしながら、やっぱりご両親と一緒に過ごしたいと思ったら、行ってあげたらいい。自分の気持ちに、素直になったらいいよ。今自分は何がしたいのか、どうしたいのか。常に自分の心を肯定してあげて」
「クライヴ殿下……ありがとうございます」
相手の言葉に、ふっと心が軽くなる。
自分の意志で決めていいということは、自分が本当に望んでいることをすればいいのだ。単純なようで、なかなか迷いがあると、その考えまで至らなかった。でもこうして教えてもらえて、自分の心に従えばいいのだと、分かった。
「フィオ殿に手紙を書いてあげたらどうかな」
「はい、そうします」
「魔法具の『伝書鳩』を使えばいいよ。あれを使えばすぐに届くから」
するとマサキが目を光らせる。
「殿下。フィーベル様がその魔法具を使うのはいいとして、あなたは使い過ぎないで下さいね」
「どうして?」
「どうせ毎日でも書こうとするでしょう」
「よく分かったねマサキ。そのつもりだったんだけど」
「駄目です。業務に支障が出ます」
「そんなことないよ」
「ユナ殿も毎日は困ると思います」
「困らせたいって言ったら? 困る彼女を見るのも嫌いではないんだよね」
「嫌われますよ」
「それは……嫌だなぁ」
クライヴは苦笑した。
フィーベルもそのやり取りに思わず笑ってしまう。するとクライヴがこちらに優しい笑みを向け「フィー。改めてシェラルドとの結婚、おめでとう」と言ってくれた。
「! ありがとうございます」
シェラルドと一緒にクライヴに帰国したことを報告する際、結婚のことも伝えた。嬉しそうに祝してくれ、マサキも珍しく穏やかな表情をしていた気がする。改めてお祝いの言葉を言われると、少し照れくさい。
「こうなってくれること、僕は最初から望んでいたから嬉しいよ」
「クライヴ殿下のおかげでシェラルド様に出会えました。本当に……何から何までありがとうございます」
「さっきは好きな子のため、と言ったけど、大事なフィオ殿の娘だもの。幸せになってほしいと思っていたよ」
「クライヴ殿下……」
「さ。他のみんなにも会いに行っておいで。アンネもヴィラも、フィーが帰ってくるのを今か今かと待っていたから」
「はい」
フィーベルは深くお辞儀をした後、その場を離れる。ドアが閉まったことを確認した上で、クライヴはマサキに顔を向けた。にっこりと笑いながら。
「僕の言う通りだったでしょう?」
マサキはしらっと視線を逸らす。
「どうなることかとは思いましたけどね」
「マサキはずっと、フィーの血筋を心配していたよね」
マサキもフィーベルの身分や状況を知っていた。幼少の頃よりクライヴの傍についていたこともあり、様々な事情もよく知っている。もちろんクライヴの魔法のことも。ずっと傍で、共に支えてきた。
「あの方はフリーティング王国の王女でもありますから。国によっては王族の血筋は重宝されるものです。血を引いているからこそ、王族のしがらみがないか心配しておりました」
一番気になっていたのはそこだ。
そのせいで、フィーベルとシェラルドは結ばれないのではと思った。二人の気持ちが同じになっても、周りがどう思うか分からないと。だから二人が傷つかない方法はないか、気にしていた。
「フィーの父上が普通の方だから、その辺は大丈夫なはずだよ。霧の民の長だったことで、王族を助ける力も持っている。ファイ殿も、フィオ殿のために結婚はしていなかったようだけど、婚約者はいたそうだし。今後フリーティング王国はさらに発展するだろう」
「思えばユナ殿が一番血筋のことを気にされていましたね」
「気にしてしまう環境で育っていたからね。でも大丈夫。兄妹が傍にいるから」
ユナの幸せを願うユギニス、そしてシュテイが彼女をこれからも支えるだろう。他にもユナの事情を知っている者がいる。きっと彼女はこれから、もっと皆に愛される。愛されていたことを知る。隣で守ってくれる兄妹がいるのだから。フィーベルとフィオのことは解決した。もう何も、彼女が気にしないといけないことはないはずだ。
「もちろん僕が一番、彼女を愛するけどね」
にっこりと極上の笑みでクライヴは言う。
クライヴが昔からユナのことを一途に想っていたこともマサキは知っている。ユナのために魔法を使ったことも、現国王であるハーネルトは「よくやったな。さすが私の息子だ!」となぜか嬉しそうにしていた。この国の王族が一度しか使えないという魔法。それを愛する人に使ったことが父としては嬉しかったようだ。
クライヴが魔法を使った報告をハーネルトと王妃であるキャサリンにした時、ユナのことを思い続けていたこと、もし彼女と心が結ばれたら、結婚を認めてほしいと伝えていた。まずはユナが承諾してくれるかという話ではあるが、国に来た時はぜひ会いたいと、二人は頷いてくれた。今まで浮いた話が一切なかっただけに、クライヴの本気が伝わったのだろう。
幼い頃よりユナを救うために彼女が喜ぶことを考え、フィーベルのことも助けた。彼女の存在があるから、今のクライヴがいるといっても過言ではない。
マサキは苦笑しつつ深く息を吐く。
主が幸せであれば、臣下はそれで嬉しいのだ。
~おまけ話「手紙」~
『クライヴ殿下
私のことをずっと覚えてくださったこと。ずっと好意を寄せてくださったこと。願いを叶えてくださったこと。助けてくださったこと、とても感謝しています。あの時は言えませんでしたが、とても嬉しく思いました。私のような存在を肯定してくれる人がいるなんて、思ってもいませんでした。正直に言うと、戸惑いの方が大きいです。ですが、クライヴ殿下のことを、もっと真剣に考えてみようと思っています。そのためには、互いのことをより知る必要があると感じました。お忙しいとは思いますが、よければ文通をいたしませんか。好きなもの、好きなことを、どうか教えてほしいです。フィーベルの様子も知りたく思います。クライヴ殿下のことを知り、考え、はっきりと分かった時、改めてお返事をしたいと考えております。
ユナ』
『ユナ殿
手紙ありがとう。ぜひ文通しよう。とても丁寧な手紙を書いてくれたけど、僕との個人的な手紙だ。もっと砕けて話してくれると嬉しいな。君はアルトダストの大事なお姫様だ。僕と身分も変わらない。いつもみたいに冷たく言ってくれてもいいんだよ。僕はどんな君のことも好きだから。何年経っても君への想いは変わらない。だから安心して。今の君も十分素敵だけど、僕の知らない君を知りたいと思っていたりする。なんだか夢みたいだな、こうして君と個人的に関わりが持てるなんて。思えばアルトダストでは命を助けてくれたよね。改めて僕に魔力をくれてありがとう。君のおかげでは僕はこうして生きていると感じているよ。君に触れて、キスをして、それを思い出す度に君に会いたくなる。触れたくなる。今すぐお忍びでアルトダストに行こうかな。君を抱きしめたいな。勝手に触れて怒る君の顔が見たい。顔を赤らめて照れる君の顔を見ながらキスをしたい。こうして言葉にするとあれだね、本当に会いたくなるね。長くなってしまったから好きなものや好きなことは次回書くよ。フィーベルは元気だよ。ちゃんと様子も手紙に書くようにするからね。それじゃあ僕の愛しのお姫様。これから何度でも君に想いを告げる。今日も愛してる。またね。
クライヴ』
「…………」
ユナは手紙を見て渋い顔になる。
というのは見せかけで、本当は顔が熱くなっている。何とも言えない気持ちになっている。フィーベルに託した手紙は無事にクライヴに届いたようだが、まさか彼から届いた一通目の手紙でこんな気持ちにさせられるとは思わなかった。薄々分かっているつもりではあったが、あの王子は積極的過ぎないだろうか。
「……キザだな」
「っ!? ユギニス殿下っ!」
後ろから声が聞こえ、身体がびくつく。
いつの間にかユギニスが手紙を覗いていた。
彼は手を腰に当てて不満そうな顔をする。
「ユナ、いつになったらお兄様と呼んでくれるんだ」
「……すぐには無理だと前にもお伝えしました。ずっと側近としてお仕えしておりましたから……ではなく、勝手に見ないでください」
「あいつからの手紙だろう。一体どんな言葉を書くかと気になってな……。にしても遠慮がないな」
「それは同感です」
「……まぁ俺が何か口出しする権利はないが、その、一つだけ言いたいことがある」
「はい」
「…………クライヴは、いい男だとは思う」
「え」
「それは、間違いない。ちょっとこう、兄としては色々思うところはあるが」
「…………」
「文通、いいんじゃないか。もしクライヴのことで困ったことがあったら、なんでも言ってくれ」
ユギニスはふっと微笑み、ユナの頭をそっと撫でる。
そしてそのままどこかへ行ってしまった。
まさかユギニスがクライヴのことを認めるとは。以前から彼のことを弟のように可愛がっていた。よく知っている相手だからこそ、そう思ったのだろう。
ユナは改めてクライヴからの手紙を見る。
そっと手で撫でながら、本当に毎回愛の言葉をくれるのだろうか、と、そんなことを思ってしまった。一回で溢れるような愛をくれるのに、今後ともその愛が来る時、自分は受け止められるのだろうかと、少しだけ不安に思っているところはある。だが彼のこれまでの行動と言葉を思えば、本当に自分を、想ってくれている。それが、嬉しくないわけではない。
ユナは早速、返事を書くことにした。
自分でも気づかないほど、優しい顔をしながら。




