78:やられたらやり返す
明けましておめでとうございます。
昨年12月は仕事が多忙で更新も年末の挨拶もできませんでした…。今はお休みのおかげで元気です。前回のお話の続きからするとタイトルがなんだか物騒ですが、そういう感じの内容です。ちなみに糖分高めの内容も含まれるため、苦手な方はご注意下さい。
今回いつもに比べるとかなり短めなのですが、区切りがいいのでここまでとしております。代わりと言ってはなんですが、久しぶりに後書きにおまけ話を書いてみました。そちらも楽しんでいただけると嬉しいです。
できれば今年中に完結できたらいいな…! と思っております。引き続き不定期で書かせていただきますが、読んで下さる方々のおかげでここまで書けております。本当にありがとうございます…! どうぞ今年もよろしくお願いします。
フィーベルはまじまじと相手を見つめる。あまりにも急なことで、信じられなかった。だがシェラルドは真剣な表情のままだ。その様子に、改めて相手の言葉が本物であると認識する。
じわじわと、なんとも言えない思いが込み上げる。本心であると分かっているのに。真っ直ぐな言葉に違いないはずなのに、フィーベルは思わず問いかけてしまう。
「……ほん、とうに?」
「ああ」
「嬉しい、です」
素直に口にする。
「……なります。私、シェラルド様の花嫁になります」
溢れたのは思いだけでなく涙もだ。
ぽろぽろと、いつの間にか大粒の涙を流してしまう。シェラルドは優しくそれを拭ってくれる。相手の手の温もりを感じながら、フィーベルは小さく笑った。
「まさかプロポーズされるなんて、思わなかったです」
「え。それどういう意味だ」
「あ、ええと。恋人になったばかりなのに」
すると「ああ……」と納得した声を出される。
シェラルドは少し考える顔になった。
「元々俺達の場合、偽でも婚約してるような感じだったからな」
伝える時期が早いだけで、気持ちは常に先を見据えていたと、少しだけ照れくさそうに話してくれる。フィーベルは頷いた。確かに、偽物が本物に変わっただけで、これからの生活はおそらく大きくは変わらない。
シェラルドはベルガモットからもらったという指輪を、フィーベルの左薬指に嵌めてくれる。きらきらと輝くルビーの指輪は本当に美しい。どの角度から見てもその色はしっかりと赤色を表現しており、両親の思いと、シェラルドの思いが伝わってくるような気がした。
「嬉しい……。嬉しいです……」
「俺もだ。ベルガモット殿に指輪を渡されてから、すぐに渡したくなった。他にも、理由はあるけどな」
「? ……わっ!」
急に腰を掴まれたと思えば、ひょいっとシェラルドの膝の上に座るような形になる。慣れない体勢にあたふたしてしまうがシェラルドは動じず、横抱きにしたフィーベルを軽く抱きしめてくる。
「あ、あの」
「フィオ殿とベルガモット殿にも、すでに結婚の許可はもらった」
「いつの間に……!?」
「帰ったらうちの両親にも挨拶してもらっていいか」
「それは、もちろん」
シェラルドの両親に会うのは誕生祭のパーティー以来だろうか。シェラルドの父には結局一度も会えていない。結婚の挨拶が初めましてということになる。いやそれよりも。まさか結婚の話までしていたなんて。そう言うと、少しだけ渋い顔をされる。
「まぁ……成り行きだ。それよりフィーベル」
「はい?」
シェラルドは余裕のある笑みを浮かべている。なぜだろうと思いながらも、笑ってくれるのは嬉しい。フィーベルも微笑み返して見つめると、いつの間にか唇が重なった。
すぐに離れたと思えば、また重なる。
何度も互いの唇が合わさる。
啄むようなキスが続いた。
急なプロポーズの次に起こる出来事に戸惑うが、すぐに受け入れている自分がいた。お互いに好意を寄せ、本物の婚約者同士になった。この行為は、互いの想いを表している。
一度シェラルドは唇を離す。
至近距離で互いの瞳が見えた。
と思えば額同士が当たる。そのままじっと見つめられる。何も言葉がない。……なんとなく、いつもと少し雰囲気が違う。フィーベルはだんだん、自分の心臓の音がうるさく鳴っているのに気付く。
ずっと見つめられていることが恥ずかしくなり、フィーベルはぎゅっと目を瞑ってしまう。するとくすっと小さく笑う声が聞こえた。
「フィーベル。口、開けられるか?」
「口……?」
意味が分からず目を開けてしまう。
するとシェラルドは自分の口を半開きにした。開けるというのはそういうことか。フィーベルは同じ形にした。また唇同士が重なった、だけではなかった。
「んっ!?」
驚いて声を出してしまうが、相手はお構いなしにそのまま続ける。唇は塞がれているものの声は漏れる。その間にも、どんどん舌を絡め取られてしまう。顔が熱い。まるで自分が自分じゃないみたいだ。弄る舌に敏感に反応してしまう。これが、シェラルドの言っていたキスのことだろうか。
想像もしていなかった感覚に溺れそうになる。刺激が強い。と同時になんだかこのまま眠ってしまいそうな心地になる。このままシェラルドの思いに包まれたら、どんなに幸せだろう。……いや、心臓が持たないほどに大きく鼓動している。むしろ危険だ。このままだと、もたない気がする。息もしづらくなってきた。
「ん、んんんっ!」
さすがに命の危機を感じ、シェラルドの胸元を握り拳で叩く。だがシェラルドは逆に抱き締める力を強め、唇を離そうとしてくれない。
「んー!?」
もしかしてずっとこのままなのでは、と頭の中で危険信号が鳴った。フィーベルは手を大きく動かした。
「……本当は国に帰ってからにしようと思ったんだ」
「え」
フィーベルに思い切り殴られたシェラルドは、頬に手を当てていた。フィーベルは謝りつつ、濡らしたハンカチを彼に差し出す。こうなった原因が自分であることを悟ってか、シェラルドは首を振りながら受け取った。自分の頬に当てる。
「だが帰ってからの方ができないと気付いた」
言われてフィーベルも考えてみる。
フィーベルもシェラルドも、それぞれ城の決められた部屋で寝泊まりしている。もちろん男女別だ。二人きりになれないわけではないが、どうしても人の目がある。別の場所に泊まるという選択肢はあるものの、互いに仕事が多忙でなかなか一緒にはなれない。ということはつまり、こんな風にはできないというわけで。
「だからプロポーズした上で、したいと思った」
「だ、で、でも、外で……」
今更ながら声を出してしまったことを少し恥ずかしく思っていた。ここは庭園で人の姿はないが、おそらく警備の者はいるはず。実は見られていた、なんてことがあれば気が遠くなりそうだ。
するとシェラルドはあっさりと言う。
「人払いは先にお願いしてる」
「そうなんですか!?」
そこまで準備してるとは思ってなかった。
シェラルドはなぜかにやっと笑う。
「どうだった。息もできないキスは」
「……! し、死ぬかと思いました」
素で言ってしまう。
すると苦笑される。
「加減ができなかったのは俺のせいだ。悪い」
「そ、そうではなくて。いや、ほんとに死にそうだとも思ったんですけど、その…………は、恥ずかしくて」
あんなにも刺激が強いものだとは思っていなかった。知らなかった感覚も知ってしまった気がする。顔を赤らめながらフィーベルは俯いてしまうが、すっとシェラルドの指がフィーベルの顎に添えられる。
「可愛いな」
妖艶に笑われた。
男性の色気なようなものを見てしまい、どきっとする。そういえば彼は自分よりも年上だった。顔立ちも整っているのだから、より色香が出てしまっている。と同時にからかわれたような気がして、反射的に反対のことを言ってしまう。
「か、可愛くないですっ!」
「俺にとってフィーベルはいつも可愛い」
「か、可愛いって言わないでくださいっ!」
突進するようにシェラルドに抱き着けば、鈍い音と共に「うっ!」と相手のうめき声が聞こえてくる。思ったより勢いがよかったようだ。だがフィーベルはしばらくそのままでいる。この真っ赤になった顔を見せるのが恥ずかしい。
「……フィーベル。俺が悪かった。謝るから、顔見せてくれないか」
「……嫌です」
「何もしない。何もしないから、な?」
シェラルドはぱっと両腕を上げる。
「…………」
シェラルドは優しい。何があってもこうやって許してくれる。と分かってはいるが、相手の言うことに素直になれない自分がいた。もしかして自分はまだ子供なのかもしれない。いや、シェラルドから見れば子供だろう。こんなことも余裕で受け流すことができないのだから。
でも今の自分にだって、できることはある。
「……目を、閉じてください」
「は? それじゃ俺、顔見れないだろ」
「いいから」
「ええ……」
納得してない様子だったが、すぐに息を吐く。
「閉じたぞ」
「……本当ですか?」
フィーベルはまだ抱き着いたままだ。
顔を下にしているから、シェラルドの様子は分からない。
「ちゃんと閉じてる」
「そう言っておいて開けてないですか?」
「……どれだけ疑心暗鬼になってるんだ」
「もし嘘ついてたら怒り……殺りますよ」
「……フィーベルが言うと全く冗談に聞こえないな……。ちゃんと閉じてる。信じてくれ」
フィーベルは恐る恐る、抱きしめる手を緩めて相手に顔を向けた。するとしっかり瞼が閉じられている。そもそもシェラルドは嘘をついたりしない。からかってくることはあるが、約束は守る人だ。と、分かってはいるものの、こう素直になんでも言うことを聞いてくれるとなんとも言えない気持ちになる。
ちょっと、困らせたくなってきた。
「フィーベル、もういいか。フィ」
言いかける唇に自分のを重ねる。
当てるだけの簡単なものだが、シェラルドはぎょっとした。
「おい、何を」
「まだ。まだ開けちゃだめです」
言いながら何度もこちらから唇を当てれば、相手の身体がびくつく。驚いているのだろう。今までフィーベルからしたことはないはずだ。ああそういえば、頬にしたことはあっただろうか。シェラルドは焦っているのか何度もやめるように言ってくるが、その言葉は口の中に消える。相手の反応に、フィーベルは満足気な顔になった。
相手は律儀に目を閉じたままで、しばらくすると互いに息が上がってくる。もうそろそろいいだろうと思いつつ、フィーベルは思わずシェラルドの唇を凝視する。そしてそっと唇をぺろっと舐めた。かつてシェラルドにされたのと同じように。
すると思い切り両腕を掴まれる。
「お前な……」
半眼になってこちらを見つめるシェラルド。
その顔は赤くなっている。
フィーベルは慌てた。
「ま、まだ。まだって」
「いつの間にそんなに煽りが上手くなった」
「えっ」
「こっちの気も知らないで」
「あ、あの」
「散々待たされたんだ。もう我慢しない」
「!?」
いつの間に動いたのかフィーベルはベンチに寝かされ、シェラルドが覆いかぶさるような形になる。フィーベルはさぁっと冷や汗が出た。やり過ぎた。それに先程まで好き勝手できたのは、シェラルドが耐えてそのままの状態でいてくれたからだ。それがない今、この後自分がどうなるのか、想像に難くない。
「ま、待ってください。ごめんなさい、私」
「いいや待たない」
「し、死んじゃいます、息が」
「上手くやる」
「そういうことではなくてっ!」
「煽るのが上手いなら受け入れられるだろ?」
少し意地悪く笑われる。
「え、ちょ」
もう塞がれる。
「んん、ん――――!!!」
唇が腫れるくらい痛い思いをすることになった。
~おまけ話(その頃のベルガモットとフィオ)~
「…………」
ベルガモットは立ったまま窓を眺めている。
ここは城の二階。現在彼は窓の近くにいるのではなく、少しだけ遠くにある窓を眺めているような状態だ。近くに行くつもりはないらしい。ここからだと空しか見えないわけだが、空を見ている様子もない。ただぼんやりと、目を向けている。
「気になるの?」
ひょいっと彼の後ろに来たフィオに、ベルガモットは驚かなかった。元々二人きりだったのだ。二人きりの時間を作れとファイに言われ(そんなことしなくても、これからいくらでも時間が取れるというのに)、今一つの部屋でまったりしている。
フィオが何のことを言っているのかは分かる。
今、娘であるフィーベルの傍には、シェラルドがいるはずだ。庭園で彼女にプロポーズをしたいのだと、人払いをお願いしてきた。ベルガモットが渡した指輪も渡したいのだと、そっと教えてくれた。きっと上手くいっていることだろう。
「……ああ」
「まぁ素直」
フィオが意外そうな顔をする。
ベルガモットは息を吐く。
「気になるだろう。大事な娘のことだ。それに、彼の気持ちも分かる」
「ふふふ。なんだか息子ができた気分ね」
いつかは義理の息子になるわけなので、それは間違っていない。フィオは楽しそうに口元を隠しながら笑っている。ベルガモットはそれを見つめた。かなりの年月が経って久しぶりに再会したというのに、彼女はあの頃と何も変わっていない。天真爛漫なところも。愛嬌があるところも。そして、変わらず美しいところも。
……なぜあの頃、手を取ることができなかったのだろう。
今更ながら悔やんだところで仕方ない。昔より今の方が力もついた。だから今なら言えるのかもしれない。昔の弱い自分に、全く自信が持てなかった。守ると伝える勇気も、なかった。だが今なら。
「……フィオ」
「なぁに?」
彼女は優しく目を細める。
これから何を言うのか分かっているかのように。
「愛している。俺と結婚してくれないか」
「…………まぁ。意外」
思っていた反応と違う。
「意外って、なんだ」
思わず困惑してしまう。
一応覚悟を決めて言ったつもりだったのに。
「まさかあなたが『愛している』って言ってくれるなんて。それらしいことをささやいてくれたことはあるけど、はっきり口にしたのは初めてだわ」
「…………俺が口下手なのは君が一番よく知っているだろう」
「ええ知っているわ。それに、私の方があなたのことが好きだったものね」
「……そんなことはない。話しただろう。俺も会った瞬間惹かれたと」
「ええ? でも私の方が好きな気持ちは大きかったわ。だって私が声をかけた時、全く関心がなさそうだったもの。私これでも美姫って他国では有名だったのよ?」
それを自分で言うのか。
とツッコミしたかったがやめておく。
実際その通りだったからだ。
噂には聞いていた。存在は知っていた。
だから信じられなかった。
まさか自分のところに彼女が来てくれるなんて。
「動じた姿を見せるのはかっこ悪いと思っていたから、平然としたフリをしていたんだ」
「まぁ。ポーカーフェイスだったわけね?」
「……そうだな」
フィオはすっとベルガモットの頬に手を添える。
「嬉しいわ……私も愛している」
「……知っている」
「あら、照れ隠し?」
「そうだな……」
ベルガモットは苦笑した。おそらくこの先もずっと、彼女には敵わないのだろうと思いながら。すっと胸元から、指輪を取り出す。新しく用意したダイヤモンドの指輪が煌めきながら、フィオの薬指に嵌まる。
二人は自然と、顔を重ねた。




