第九十二話 解かれた封印
「僕の右手がシャベッターーーーーー!」
『落ち着いてシンキチ』
「てかその名前で呼ぶなよ! 僕の名前は鳳凰院 凍牙だーーーー!」
鳳凰院が抗議する。どうやらシンキチという名にはあまり触れてほしくないようだ。
『ごめん空藤 新吉』
「だから何で本名知ってるんだよーーーー!」
鳳凰院が目をむき出しにして声を上げた。そう彼の本名は空藤 新吉なのだった。鳳凰院 凍牙という名前とは全く関連性がないのである。
『せやかて空藤』
「何で急に関西弁!? てか、お前、僕の右手どうしたんだよ!」
『……く、喰ってしまったよ』
「おかあちゃぁあああぁああん!」
シンキチが涙を流して叫んだ。ちょっと情けない。
『ごめん嘘。ジョークジョーク。軽いミギテカンジョーク』
「何そのわけのわからないジョーク! てかジョークとか言うの!?」
喋りだした右手は意外と気さくな奴だったのだ。
『とにかくシンキチ。今は戦いに集中して』
「あ、そ、そうだった!」
「「「「「ガギィガギィ」」」」」
シンキチが見ると周囲を多くの餓鬼に囲まれていた。本当にこれで勝てるのか心配な様子も見せており。
「ぼ、僕で本当にダマルク、お前の力を扱えるのか?」
そして不安そうに右手に問いかける。
『大丈夫。自分を信じて。この凍える炎を扱えるのは封印を解いたシンキチだけだ』
「せめて凍牙と呼んでくれよ」
『……シンキチだけだ!』
「そんなに嫌なの!?」
右手に宿った伝説の第七天魔獣神ダマルクは意地でも鳳凰院 凍牙の名で呼びたくないようだ。
「逃げちゃ駄目だ逃げたら駄目だ! こうなったらやってやる。いくぞダマルク!」
そしてシンキチはシンキチで覚悟を決めたようでありダマルクに決意を述べる。
『かましてやれシンキチ!』
するとシンキチに向かって一斉に餓鬼が飛び込んでくる。身構え迎え撃つ姿勢をとりつつ。
「だから僕をその名で呼ぶなーーーー鳳極天氷!」
「「「「「「ガギャギィイィィイイ!」」」」」」
シンキチが右手を前に突き出すと餓鬼共が纏めて上空高く吹き飛ばされた。あまりに見事な吹っ飛び方であった。これが漫画なら見開き1ページで吹き飛ぶ様子が描かれそうな程の激しい吹き飛び方であった。
そして氷漬けになった餓鬼共が地面に落下し粉々に砕け散った。
「お、おいおい瞬殺だよ」
シンキチがわなわなと震えながら呟く。まさか自分の中にこれほどまでの力が宿っているとは驚きの事実であった。
「は! そうだ。力に目覚めた僕が皆を助けないと! 大きな力を得たなら責任を全うしないと!」
そしてハッとした顔になり。皆の状況を確認する。封印が解けたことで絶対に護る、自分が皆を護るという使命感が生まれたのだろう。
「ふぇぇええんこないでくださいこないでくださーーーーい!」
シンキチが首を巡らすと、先ず委員長が目についた。何故か委員長は叫びながらガスコンロにフライパンを乗せて料理を始めていた。どうやらパニクってしまっているようだ。
そして卵やら小麦粉やら様々な材料をつかって紫色の謎の物体を生み出していた。そしてそれを器用に餓鬼の口の中に放り込むが。
「ガギィ(パタン)」
「ガベシッ(ボンッ!)」
「ガキブッ!(グチャッ!)」
するとある餓鬼はそのまま倒れ動かなくなりある餓鬼は頭が弾け、ある餓鬼はバラバラにミンチになってくたばってしまった。
「何であの子ダークマター召喚してるの!? こわ!」
その光景にシンキチは目玉が飛び出んばかりに驚いた。まさかただ料理しているだけの女の子が餓鬼を倒すとは思いもしなかっただろう。しかも効果はかなり凶悪だ。漂う匂いだけでも餓鬼の寿命が尽きていく。
「臭! 何これ臭! なんて危険なもの作ってるのあの子! 何あの子! あぁ観客にも被害が!」
空中で静観を決め込んでいたピエロが叫んだ。そして観客にも確かに被害者が出ていた。委員長が作った謎の物体が爆発し飛び散った破片が観客に襲いかかったからだ。
一部の物体はまるで意志があるかのようにうねうねしており、観客にまとわりついていく。
観客も餓鬼ゆえ不死身だから死にはしないがだからこそ最悪だった。何度でも何度でもその料理という名の化け物に蝕まれ苦しみ続けることになるのだから。
『あれこそが委員長の必殺技! 永遠に続く地獄の晩餐だ!』
「何でそんな必殺技持ってるの!」
右手のダマルクの解説にシンキチも驚きを隠せない。
「くっ、だけどこっちは大丈夫そうか。ならそうだ真弓が!」
シンキチは彼女が心配だった。つねに父親からの連絡を迷惑がっているような彼女が果たして醜悪な餓鬼に対応できるのかと。
そうだ! 今こそ自分が護る時! そう決意する。
「キャーー何かすご~い! キャー!」
しかし、真弓が射った矢はどういうわけかレーザー光線のように変化し餓鬼共を射抜いていっていた。おかげで全く敵を寄せ付けておらず真弓に関してはどことなく楽しそうである。
その様子にシンキチの瞳の温度が下がった。何かこう色々と肩透かしを食らった感じがあるのだ。
「……な、なら菜乃華は!」
「すごいすごい! これが妖刀オニイサマヨの力なんだね!」
『うむ、そうであるぞいもうと、いや我が主菜乃華よ』
「……何か向こうでは刀が喋ってるーーーーーー!」
シンキチが驚いた。心底驚いた。まさか自分だけが特別かと思えば、菜乃華などは喋る妖刀をもっていたのである。
「くっ、あっちも何か格好良さそうだぞ! 菜乃華の持ってるオニイサマヨ一体どんな刀なんだ! ダマルクは何か知ってるかい?」
若干悔しそうな顔でシンキチがダマルクに問いかける。
『そんなことよりお前、何どさくさに紛れてさっきから菜乃華のこと呼び捨てにしてるの?』
「へ?」
だがその問いには答えず、右手の蒼い炎がより大きくなり般若の如き顔が浮かび上がった。
「い、いや、今そんなこと関係なくない?」
『なくないな。さぁ、ド・ウ・シ・テ?』
ダマルクの炎がより大きくなり余波で更に多くの餓鬼が凍てつき砕け散った。
「ひぃいぃいい! ごめんなさいごめんなさい! 今後気をつけますぅぅうぅうう!」
シンキチが平謝りし、ダマルクの怒りも収まったようだ。本人からすればなんで名前ぐらいでそこまで怒るのかわけわからないだろうが。
「え~と他の皆は?」
気を取り直してシンキチは先生やここで一緒になった竜藏と赤井も確認するが全員十分餓鬼と戦えていた。
そして特に美狩の動きは洗練されておりつい魅入ってしまう。
「でもあの子、特に武器ももってなさそうなのに腕を振るだけで餓鬼が切り刻まれるなんて、一体どうなってるんだろう?」
確かに美狩は刃物のような類は持っていない。だが腕を振るだけで次々と餓鬼が切り刻まれていった。
『あれは糸を武器として使用してるんだ。目に見えない程の細い糸を特殊な力で刃物のように扱っている』
「……へ、へぇ――」
ダマルクがあっさり答えてくれたのでシンキチが相槌を打った。だが、瞳には微妙な感情が宿っており。
「え、えっと、そういうのわりとあっさりバラしちゃうんだ」
『何かまずかった?』
「いや、何となく」
何となくまだ読む前に漫画のネタバラシをされてしまったような微妙な感情を覚えるシンキチなのだった。
「てか、俺助ける必要なくね!」
『今更気づいたのかシンキチ』




