第六十七話 見るもの見られるもの
「ブフフ、何だこれ? なんかのイベントかぁ~?」
パソコンの画面を見ながら、男は薄気味悪い笑みを浮かべキーボードを叩いていた。カーテンの締め切った薄暗い部屋で周囲にはスナック菓子類の袋が散乱している。
そして男は油まみれの指をぺろりと舐めて、流れるコメントを見つめていた。
デッドチャンネルは彼にとって最高の娯楽の一つだった。最初は半信半疑で始めてみたが、人がリアルで死ぬ姿が見られることを知りその世界にいつしかどっぷりとハマっていた。
このチャンネルのいいところはただ見るだけではなく、ある程度金を積めば希望にも答えてくれるところだ。勿論安い金額ではないがそのあたりはデッドチャンネルを通して出来た仲間と協力したりして上手くやっていた。
かつて自分を虐めた相手などはこれを利用して全員始末させた。しかしそれだけでは飽き足らずストーカーとして訴えてきた女も粛清という名目でチャンネルを通して殺させた。
他にもとあるアイドルの推しメンが男と付き合っていることが発覚したときなどは仲間と資金を出し合い依頼して散々弄ばせた末に男ともども始末される姿を画面越しに眺めてゲラゲラ笑ったりもしていた。
自分自身が自ら手を下すことこそなかったが、間接的には数多くの殺人に関わってきた。だが、そんなものはこのデッドチャンネルに登録していれば当たり前のことだ。自分だけがやってるわけじゃない皆がやってるんだ。だから罪悪感も生まれなかった。
そんなある日だった。デッドチャンネルの公式キャラであるデッドちゃんとやらが突然ボコボコにされ倒れ画面に突然現れた手に引きずり込まれて消えたのは。
それを見てもやはり彼はクスクスと笑っていた。デッドチャンネルらしい悪趣味な演出だなと思った。
『今これを見ている連中は、何が面白くてこんな真似してるんだ?』
ふと、そんなコメントが流れてきた。それは画面を埋め尽くすコメントの中の一つでしか無いが、何故か目についた。
『んなの決まってるだろう。人の死ぬ姿がおもしろいからだよブヘラっw』
男はそうコメントを返した。それに続くように様々なコメントが画面を埋め尽くした。それは見る人によっては狂気にしか思えないだろう。
『今度賞金が掛かった連中が処刑されるのも楽しみだ。拷問方法も金を積めばある程度期待に答えてくれるしブヒッ』
『俺は自ら動いてやるよ。あの委員長ってのを散々いたぶってお前らの希望どおりやりまくってから解体して食ってやる』
『性的にも食欲的にも食うのかよwwwww』
そんなコメントを続けていると異様に巨大な文字が画面に出てきてこう告げた。
『よくわかった』
「は? 何がわかっただブヒヒ。匿名のサービスで何を言ってるんだか」
そんなことを呟きながらスナック菓子に手を伸ばす。その時だった。突如タブが追加され画面に蠢く何かが見えた。
「は?」
それを見た彼が間の抜けた声を発した。画面の中の人物は丸々としていて不摂生の塊のような外見をしていた。その男はスナック菓子を取ろうとした手を止めて、画面に釘付けになっていた。
――自分だった。
「は、はぁあああぁああああ!?」
意味がわからずモニターに顔を近づける。画面は自由にカメラが移動できるようになっていた。つまり自分の姿が360度どこからでも見れるようになっていた。だが、当然男が自らそんなことをした覚えはない。
しかも、そこにはあらゆる情報が事細かに掲載されていた。住所や電話番号といった個人情報は勿論、デッドチャンネルを含めたあらゆるサービスの使用履歴。そしてこれまで散々ネットの掲示板や検索サイト系のコメント欄に書き込んだ物も含めて全てが包み隠さず公開されていた。
「い、意味わかんねぇなんだよこれ」
その時だった。男のスマフォが鳴った。何だ? と受けてみると。
『テメェぶっ殺すぞこら!』
すぐに男は切った。だが間髪入れずにスマフォが鳴る。しかもそれだけじゃなくBINEにも死ねや殺すやこの犯罪者などのメッセージに覆い尽くされた。
男はすぐにメッセージを消し、IDを変えた。電話も解約した。だだIDを変えてもすぐにその情報がネットで公開されメッセージが途切れることはなかった。
「なんなんだよこれなんなんだよこれなんなんだよこれ……」
ふと画面を見るとわけのわからない文字で埋めつくされていた。どこかの国の言語かも知れないが理解できなかった。
だが、自分の書き込みの情報を見てすぐに理由がわかった。様々な国の過激派に対して散々身勝手な発言を書き込んできたが、それが勝手に翻訳されて向こうに送られていたのである。
じょ、冗談だろ? と戸惑う男だが、その時窓ガラスを突き破り火炎瓶が投げ込まれてきた。部屋に火が燃え移る。
「ひ、ひぃいいぃいい!」
男は慌てて部屋から飛び出した。何がなんだかわからず靴も履かずに飛び出した。そこで黒ローブを着た集団に捕まった。そしてそのまま連れ去られた。男に待ち受けているのは凄惨な未来であることに間違いはなかった。
「ちょ、ヤバイよ何よこれ!」
「お、落ち着きなってこんなの警察が何とかしてくれるって」
「警察って、私達が犯罪に加担していたようなもんじゃん!」
とある女子大生の3人もデッドチャンネルの登録者だった。この3人は特に気にいらない女の名を上げて様々なチャンネルで始末させ、それを見て楽しんでいるような女だった。
他にも自分たちも配信者として美人局をし、騙された男に生命保険をかけさせゲラゲラ笑いながら屋上飛び降りチャレンジなどをさせ金を得たりしていたような連中だった。
だがそんな彼女の本性がネットで公にされてしまった。おかげで内定が決まっていた会社からも内定取り消しされた上、スマフォからも電話が鳴り止まず、メールやBINEにも知らない相手から大量のメッセージが届き続けていた。
3人は何故こんな目にあっているのか、と動揺が隠せない様子だった。しかも最悪なのはどこにいこうと見えないカメラが常にその様子をネットにアップしており、現在位置まで地図上にはっきり示されていることだった。
「な、何なのよこれ私達が一体何したって、え?」
ふと目の前にワンボックスカーが止まり覆面をした集団に無理やり押し込まれた。手足を縛られ猿ぐつわをされ、逃げることも不可能になる。
「むぐぅむぐぅ!」
「いいざまだな糞女ども。どうやら散々好き勝手やってくれたようだが、それも今日までだ。ここにいる連中は全員、お前らの手で犠牲になった奴らの関係者だ。その落とし前はしっかりつけさせてもらわねぇとな」
女子大生3人は涙を流し首を左右に振っていた。許してと目で懇願していた。
「許して欲しいか? だが駄目だ。それに、お前らがひどい目にあうことは皆期待してるんだぜ? ほら見てみろ、こ・れ。お前らがデッドチャンネルってのでやってたように視聴者から沢山メッセージが届いているんだ。誰一人同情なんてしてないだろう? こういうのをなんて言うか知ってるか? 因果応報って言うんだよ!」
「そういうことだ。まぁ安心しろよそう簡単には殺さねぇから。お前らがこれまで与えた苦痛を何百倍にもしてその体でたっぷり味わってもらわねぇとな。これからいくとこではもっと沢山の人間がお前らの到着を待っているから、ま、精々覚悟しておくんだな」
「質問に答えてください議員! このデッドチャンネルというサイトに登録し人が死ぬのを見て喜んでいたというのは本当ですか? あの議員も貴方がこのサイトを通して殺したというのも本当ですか!」
ある男の前にはマスコミが殺到していた。彼は世間では有名な議員だったが、しかし裏ではデッドチャンネルを利用して様々な犯罪に加担していた。
「皆さんこんなデマに騙されてはいけません。良く考えて見てください。こんな情報どうやって手に入れたというのか。そんなの常識的に考えて不可能だ!」
「そんなことを言って、行方不明だった愛人とその娘が死んだのもあんたの仕業だろう!」
「それは違う! 大体彼女は愛人ではない。ただの秘書だ! 勝手な憶測で書かれて迷惑なのはこっち」
「『うぜぇ、あんな糞女始末されて当たり前だろう。そんなこともわかんねぇのかこのクソどもが』と、今そう思ってるんですか?」
「……は?」
すると記者からそんな話を受け、議員の男が固まった。
「なになに? 『何でこいつそんなことがわかったんだ?』か」
「『あのことは絶対にバレるはずがないんだ。こんなサイトのことだってしらばっくれておけば逃げ切れるに決まってる』そう考えていたのか?」
「な、何だ! 何を言ってるんだお前たち!」
「何って、心の声ですよ。あんたも含めたデッドチャンネル関係者が暴かれたこのページにほら、心の声って機能がついてる。つまり、これがあんたの本心ってことだろう?」
「ち、違う! 大体そんなものあるわけが!」
「『何でだ、心の声なんてあるわけない(汗)』か。相当焦ってますねぇ」
「ひっ、ど、どうして……」
「お、おいこの動揺の仕方まさか!」
「この心の声っての本当かよ!」
「こりゃ大スクープだぞ!」
「ち、違う! そうじゃないこんなのは!」
『見苦しい』
『さっさと認めて掴まれ屑』
『いいわけがましすぎだろw』
『死刑! 死刑! 死刑!』
『さっさと殺しちまえ!』
「は? は、な、なんだ? そんな、俺の頭に直接、嫌だぁあああぁあああ!」
「あ、逃げたぞ!」
そして議員は逃げ出した。だがどこに逃げようとその位置は常に監視され、個人情報も全て白日のもとにされ、その上心の声は常に読まれる上、逆に不特定多数の相手からは直接脳内にメッセージが流される。それがこの議員、いやデッドチャンネルに登録していた全ての人間に課された罰だった――




