第六十二話 悪餓鬼
『あんたが直接連絡を寄越すなんて珍しいな』
「少々厄介なことが起きていてな」
日本国内にあるとある地下研究室から、デッド博士が我鬼に向けて通信していた。勿論外からは一切の傍受不可能な特殊な機器を利用してのものである。
「私が資金稼ぎのために行っているデッドチャンネル。お前もデッドバトルで稼いでいるあれだが、その有力チャンネルがどんどんと潰されていっているのだ。ここ数日の間にデッドクッキング、デッドチャイルド、そしてその後敢えて依頼し向かわせたデッドスポーツも潰された。それらは恐らく全て一人の高校生の手によるところが大きいと私は踏んでいる」
『は? 高校生だって? 何の冗談だ?』
「冗談ではない。そこで色々調べた結果わかったのだが、その高校生――伊勢 海渡はサバイバルロストの生き残りのようだ。しかもあの運営にトドメをさした時のな」
『――へぇ、それは中々面白そうじゃないか』
博士の話に我鬼が興味を示す。
「ふん、何が面白いものか。そいつ絡みで結局私が戯れで貸してやったキングレッドも奪われた。しかもそれを取り戻しに向かわせたブラックエンペラーと強化人間の男も何故かペットにされたり飼育係をやらされたりしとるのだ」
『散々じゃねぇか。ギャハハ、これは傑作だな』
「笑い事ではない。とにかく、このままでは私の面目も丸つぶれだ。だからこそお前に頼んだ」
『なるほどな。しかし折角細胞をわけてやったのにその体たらくとは、随分となさけない話じゃねぇか』
挑発的な目を向けてくる我鬼に博士が鼻白む。
「だからこそ貴様に任せるのだ。餓鬼族の貴様なら間違いないだろうからな」
『はっは、ま、こっちは欲望が満たせればいいがな』
「なら更に一つ情報を与えておいてやろう。海渡という小僧絡みで委員長とよばれている少女がおる。お前好みの女だ、こいつを狙えば必然的にこの小僧と関わることが出来るだろう」
『それは楽しみだ。女はやっちゃってもいいんだろう?』
「好きにしろ。それならそれで面白いしな」
『かかっ、そりゃ楽しみだぜ』
そして我鬼は博士から受け取った情報をもとに佐藤委員長とその家族を拉致し――今、とある廃工場の中にいた。
「ど、どうしてこんなことをするんですか! パパとママを解放してください!」
「自分のことより両親か。なるほど、正しい心の持ち主ねぇ。ケッ反吐が出るぜ」
縄で縛られた佐藤を見下ろしながら吐き捨てるように我鬼が言った。我鬼は灰色混じりの黒髪を立ち上げたようなヘアースタイルが特徴的な男だった。鋭角な瞳に牙が生え揃ったような口と全体的に獰猛な印象を受ける。
「ヘッド、さっさとやっちゃいませんか? こっちはもう辛抱たまりませんよ」
「へへ、委員長ってのも勿論だが、そっちの母親もかなりいけてるじゃねぇか」
「美魔女って奴か。しかもおっぱいでけぇ」
「つ、妻と娘を妙な目で見るな!」
眼鏡を掛けた男性が訴えた。佐藤の父親だ。雰囲気的にはかなり生真面目なビジネスマンといった様子がある。
「落ち着けよ。俺は律儀だから約束は守るんだよ。処刑はきっちり1時間後だ」
「はは、そんなのあってないようなもんでしょう」
「全くだ。その海渡ってガキがいる場所からここまで一体どれだけ離れてるか」
「新幹線や飛行機を使っても1時間じゃ絶対につきませんよ」
悪餓鬼のメンバーが口々に言う。確かに位置的にはとても1時間で着く距離ではなく、その上場所を一切教えていない。みつけられるわけがないのは我鬼にもわかっていた。こんなのはただの見せしめみたいなものと思ってもいた。
「調子に乗った馬鹿に身の程を教えてやるのが目的なんだ。別にこようがこまいが関係ないさ」
「き、君たちいい加減にしたまえ! こんなことして警察が黙ってないぞ!」
「そ、そうです。日本の警察は優秀なんです! こんなことしたってすぐに捕まるわよ!」
佐藤の両親が叫んだ。すると我鬼がニヤリと口角を吊り上げ。
「ふ~ん警察ねぇ」
『犯人に告ぐ! 今すぐその家族を解放するんだ! お前たちは完全に包囲されている!』
その時、廃工場の外から警告の声が聞こえてきた。
「け、警察だ! これで助かる!」
「あ、貴方良かった……」
「これで、もう逃げられませんよ。お、おとなしく自首してください!」
警察が来てくれたことで、佐藤の両親が安堵し、委員長は悪餓鬼のメンバーへ説得を試みた。すると、我鬼が唇を噛み。
「ば、馬鹿な! 警察がこんなに早くくるなんて!」
「ヘッド! どうするんですか!」
「流石に警察がやってきちゃどうしようもありませんぜ!」
「うわぁ~どうしよーー! もう終わりだーーーー!」
悪餓鬼の面々が慌てだし、我鬼に関しては頭を抱え身悶えた。その様子に佐藤の父が嘆息し。
「落ち着きなさい。幸い私達はまだそこまでのことはされていない。これならきっちり罪を認めればすぐにとはいわないが、まだやり直せる」
「やり直せる……本当にか?」
「あぁ、君たちはまだ若い。いくらでも――」
「俺達はこれまで三桁を超える人間を殺し、女もさんざん犯しまくった挙げ句にぶっ殺してその肉を食ったりしてきたが、それでも俺はやり直せるのか?」
「……え?」
佐藤の父が動揺する。
「どうした? 教えてくれよ。こんな俺でも許されるのかなぁ? この国ちゃんの法律様とやらはこんな俺にも優しい言葉をかけてくれるのかなぁ? 散々極悪非道な真似して一家全員纏めて惨殺したり、泣き叫ぶ父親の前で母娘をさんざん仲間とやりまくったあと生きたまま解体して残った父親に喰わせてげぇげぇ吐きながら涙する姿を笑いながらみてやって、その動画をネットにアップしてたような俺でも許されるのかい? この国はそんな俺にもチャンスを与えてくれるぐらい生ぬるくて優しいのかよ? なぁ教えてくれよ! どうなんだよ!」
だがその問いに父親は答えなかった。母親も血の気が失せた顔で黙りこくっていた。
「カカッ、答えられねぇか。そりゃそうだろうな。だけど安心しろよ。俺は捕まらねぇ。さっきのも嘘だよバーカ。さーてと、手始めに国家権力様に喧嘩でも売ってやろうかねぇ」
そして我鬼が工場から出ていき、取り囲む警察の前に姿を晒した。
「やぁどうも、国家に従うしか能のない犬畜生ども」
「な! き、貴様か! 警察にあんなふざけた動画を送りつけてきたのは!」
正面に立っていた警察官の一人が我鬼に向けて詰問した。周りにいる警察官も身構えいつでも動ける準備が出来ている。
「あぁそうだぜ。あれは悪餓鬼のヘッドやってる俺様が送ったんだ。気に入ってもらえたかい?」
「ふざけるな! あまり警察をなめるんじゃない」
「え~だってぇお前ら警察って許可がでないと銃も撃てない腑抜けどもだろ? そこで雁首並べているのも、結局何も出来ないだろう?」
「――あんなデッドチャンネルなんてもの見せつけておいて、本当に何も出来ないとでも思っているのか! いいか一度しか言わないからよくき」
「聞かねぇよ馬鹿」
「「「「「「「「「「――ッ!?」」」」」」」」」」」
正面の彼が全てをいい切る前にその首が飛んだ。くるくると回転する頭に警官隊の視線が奪われる。
「だから駄目なんだよ雑魚が!」
その瞬間、我鬼が手刀を振るうだけで二桁に及ぶ警官の頭が飛び、更に同体が輪切りにされていった。
「ひっ、な、なんだこいつは!」
「う、撃て! 今すぐ!」
「で、ですが発砲許可が!」
「命が掛かってるのに許可とかバカじゃねーの?」
ニヤリとほくそ笑み更に我鬼の拳が足が警官達の命を次々と刈り取っていき――結局5分も掛からずその場は血の海に染まった。警官たちのばらばらになった肉片が手足が、頭が、その辺に散らばっている。
「お~い終わったぞ。あいつらつれてこい。警察が来れば大丈夫って幻想ごと――ぶっ壊してやるよ」
「へへ、流石ヘッドだ! おい、とっととこっちこい」
「な、娘に何を!」
「うるせぇお前らもだよ!」
そして佐藤委員長とその両親が外に引っ張り出されてきた。我鬼がそんな家族を下卑た笑顔で出迎えながら両手を広げてこう叫ぶ。
「はっはー! どうだ。これがお前たちの頼った国家権力の成れの果てだ! どうだ? 夢も希望もありゃしないだろう? カカッ、てめぇらを助ける組織なんていやしねぇ。全部俺がぶっ殺してやるからな!」
「……え?」
自信満々に告げる我鬼。だが、その光景をみた佐藤が怪訝そうな声を発した。
「どうした? 驚きすぎて声もでねぇか? そうだよなぁこんなバラバラになった肉片見たら」
「いや、ヘッド、その、殺した警官っていうのは、い、一体どこに?」
「は? 馬鹿かおまえ。どこに目をつけてんだ。見ての通りここに……は?」
仲間に指摘され、顔を歪める我鬼。そして後ろを振り返り自分の殺した骸を確かめようとしたが、そこに転がっていたのはボロボロに崩れた土人形ばかりであり。
「な、何だと! ば、馬鹿な! 俺は確かに!」
「言われたとおりきてやったぞ。いい夢見れたかよ――悪餓鬼」
そのとき、彼らの頭上から声が落ちてきた。我鬼が視線を上に向けると、廃工場の屋根に立つ一人の少年――海渡の姿がそこにあった。




