第五十四話 毒が効かない?
海渡は、死坊が食べた相手を殺すために料理をつくっていたことを察した。
そこで海渡は死坊相手に自分が作った料理をたべられるかどうかで決着をつけようと持ちかけた。
死坊は不敵な笑みを浮かべながらそれに応じる。試合に負けたら海渡は自分の体を好きにしていいと約束したが、果たしてどのような料理で勝負するのか。
「できた」
そして海渡の料理が完成した。
「これが俺のブルーカリーライスだ」
「ふ~ん……見た目は普通のカレーね」
海渡が用意したのは確かにどこにでもありそうな見た目普通のカレーライスだった。じゃがいもや人参や肉もしっかり入っている。死坊もどこかつまらなそうだ。
「確かに色も紫じゃない!」
「キュッキュッ~」
「刺激臭もしてないですね」
「これなら私も食べてみたいかも」
「確かにさっきたべたカレーはやばかったし……」
「え!?」
田中の発言に佐藤が驚いていた。そしてうつむき加減に悲しそうな顔を見せた。
「私のカレー……美味しくなかったんだ」
「いや、美味しくないと言うかあれは最早毒グボォ!」
田中にキャラットのボディーブローが突き刺さった。これで中々力が強い。
「女の子相手に何てデリカシーのない。いっぺん死んでみますか?」
「もう何度も死んでるから! いや、はいごめんなさい」
結局田中は佐藤に謝り、何ならお代わりしたいぐらいだなどと言ったばかりにデスカレーをもう一度用意され死んだ。
田中のことはこの際どうでもいいとして、いよいよ死坊の実食の時が来た。スプーンでカレーを掬う死坊。するとふふっ、と不敵な笑みを浮かべ。
「貴方がこれにどんな毒を入れたのか知らないけど、悪いけど、私にも毒は効かないのよ」
「な、なんだって!?」
「キュッキュッ~~!」
虎島が驚き足下にいたスライムのミラクも緊迫感のある鳴き声を上げた。
「ふふ、実は私もある改造を受けた強化人間。おかげで地球上のあらゆる毒は私には効かない。それどころか一度たべた毒を体の中で再構築することも可能。残念だったわね。私がビビってたべないとでも思った? もう貴方の負けは確定よ!」
そして死坊がカレーを口に含んだ。咀嚼し、ごっくんと飲み込んでみせる。
「ふふ、味は普通のカレーね。でも残念、私は見ての通り平気よ」
「そ、そんな! 海渡さんがミスを!」
景が焦り始める。死坊は確かに一見平気そうであり。
「さぁこれで私の勝ちよ! 約束どおり、ど、お、り、ぐ、グボオオォォオオォオオォオオオ!」
だがしかし、勝ち誇っていた笑みが崩れ、かと思えば顔が、それから全身がみるみるうちに暗紫色に変化し、かと思えば吐血しながら椅子から転げ落ちた。
「ガハッ、そ、そんな、馬鹿、な、こんなこと、私が毒、だなんて。私はあらゆる毒が効かないはずなのに!」
「だけど、それも地球上のだろ?」
「え?」
海渡の発言に死坊が目を白黒させた。
「いい忘れていたけどブルーカリーはカレーの名前じゃない。地球には存在しない別の世界の毒の名前なのさ。ついでに言えば一緒に食べたじゃがいもも人参も肉も見た目は普通でも全部毒だ」
「な、なんです、て――」
死坊が信じられない物を見るような目を海渡に向ける。何を言っているか理解できていないだろう。
だが事実だ。じゃがいもは異世界ではキラーデビルポテトという名前で、人参は人兎参という魔物の頭に生えている人参だどれも毒性が強い。
肉にしてもヴェノムアナコンダという毒蛇の肉を使っている。
だが何より強力なのはメインで使ったブルーカリーだ。これはバーモンドという異世界のアーモンドのような香りつまりバーモント臭が特徴の毒であり、何となく青酸カリっぽくもあるが、その毒性は段違いである。
どのぐらい違うかと言えば、地球上の海が全て青酸カリで満たされたぐらいの強い毒性を誇り、まさに最強最悪な猛毒なのである。
「ば、馬鹿、な、こんな、わ、た、し、が――」
そして死坊は喉を押さえ爪で掻きむしり苦しみもがいた末に地面に倒れて痙攣し動かなくなった。
「し、死んだのか?」
「生きてるよ。肉体は」
「肉体?」
虎島が目を丸くさせる。そう、確かに強烈な毒だが、ある種の成分を隠し味として混ぜたことで肉体的には生きていた。
「ヒッ! そ、そんな、君、本当に毒を!?」
すると司会者が尻もちをつき上擦った声で問いかけてきた。
「な、なんてことしたんだい! いったい何があったのか知らんけど、殺したってあんたの死んだ母ちゃんは喜ばへんで!」
「いえ、別に母さん死んでないです」
何かよくわからないが、おばちゃん代表の株子からは奇妙な心配をされたようだ。彼女の中ではきっと火サスあたりのBGMが流れていて今は崖の上のような気分なのだろう。
「それに、毒と言ったのはちょっと脅かしただけだよ。実際はこれただのカレーだし。ほら、うん、普通に食べられる」
全員に証明するように海渡が死坊が食べたカレーに口をつけた。だが海渡は平気だ。しかも海渡だけが平気というわけでもなく、残ったカレーを食べてみた司会者やおばちゃんも美味しそうにしていた。
「うん、これは辛いものが苦手なおらでも大丈夫な味だ!」
「いやちょっと待て。あんた辛いのが苦手なのかよ!」
「おら作るのが好きなだけだ」
唐辛 新のとんだカミングアウトであった。
とは言えカレーに関しては当然秘密があった。先ず残っていたカレーはこんなこともあろうかと事前に用意していたカレーと魔法で取り替えた。
だからこれは普通のカレーである。同時に異世界の毒はこちらの世界では体内から検出されない。つまり海渡が毒をつかったとは誰にも証明されない。何より死坊がやったことの方がたちが悪いというのもある。
結局警察が呼ばれて死坊を含めた全員が逮捕された。しかし、全員揃いも揃って心ここにあらずと言った様子でまるで魂のない抜け殻のようだったわけだが。
とは言え、これで無事色々ハプニングの重なった料理大会は終了。ちなみに優勝はおばちゃんの株子となり賞金5000万円を手に入れて嬉しそうにしていた。
佐藤は特別賞として、食べないほうがいいで賞を受賞し、この大会を主催したロイヤルデニジェリアの食事券を100万円分程受け取っていた。
そして帰りは佐藤の厚意でお食事券を利用し、早速ロイヤルデニジェリアで皆を奢ってくれた。この気配りは流石委員長である――
◇◆◇
「は! 何、ここ?」
「え? 俺たちいったい……」
「確かよくわからないうちに倒されて……」
死坊が気がついた時、何故か巨大な厨房のような場所に縛り付けられていた。それは死坊だけではなく彼の仲間だった黒いシェフにしてもそうだった。
「ちょっと、どうなってるのよここは!」
「……ようこそ。待っていたわ」
「は?」
声のする方に顔を向けると、一人の少女がそこに立っていた。その顔に既視感を覚える死坊だったが。
「ハッ! 貴方1年前に料理してやった水高 伊予! な、なんで、え? それにあんた達――」
「よくもやってくれたな……」
「憎い、お前たち、絶対に許せない」
死坊は気がついた。そこにいたのはかつて死坊がデッドクッキングの生贄として殺し調理した食材たちであったことに。
「な、何よこれ! どういうことよ! あんたたち殺したはずでしょう!」
「そう、殺された。でも、何も不思議なことじゃない。お前らだって、魂の状態でここに運びこまれたのだから」
「え? た、魂ですって!」
「そうだ。そしてここは地獄の調理場」
「おまえのような罪人の魂を延々と解体し調理する場所」
「そ、そんな。じゃあ私は死んだというの! あの料理で!」
「それは少し違う。お前らの肉体は生きている。魂だけがここに運ばれた。だから肉体が死ぬまではここに残る。そして私達みたいな恨みを持つ魂に調理され続ける」
「魂が受ける痛みは肉体の痛みなど比じゃない。しかもいくらでも魂は再生する」
「くくっ、俺たちが受けた苦しみを気が済むまで与え続けてやる」
そういいながらかつて死坊達が殺した連中がノコギリのような包丁や、棘が生えた肉叩き、その他料理道具というよりは拷問具に近い品々を手に取り近づいてきた。
「そうそう、肉体が死んだ後は解放されるなんて甘いことは考えないことね。ここはまだ地獄の一丁目。苦しんで苦しんで肉体が死んだ後は、更に苦しい運命が待っているのだから」
「そ、そんな、嘘、イヤよ! 私は料理されるほうじゃないわ! 料理する方なの! 私の料理を視聴者だって待ってるの! いや、来るな! くるんじゃねぇええ! ひ、ヒィイイィイイイ!」
そして、地獄では死坊と黒いコック達の叫びが絶え間なく繰り返され続けたという――




