第五十話 デッドクッキング
デッドチャンネルは博士にとって重要な資金源である。登録した配信者はデッドチャンネルの名に恥じない残酷で救いのない動画を配信し、それを見ている視聴者から収入を得る。
完全に非合法のサイトだが、それだけに多額の金が動く黄金コンテンツであった。
そしてこのチャンネルの特徴はある程度の間口の広さだ。勿論表の配信サイトよりは入会条件は厳しいがそれでもサバイバルロストのように金が有り余っていそうな金持ちしか入会できないという程ではない。
その分一人あたりの支払額は減るが数を集めることでサバイバルロストよりも遥かに利益が大きく膨らんでいた。
そんなデッドチャンネルでは数多の配信者が様々な工夫をこらしたコンテンツを提供している。
そして現在人気急上昇のチャンネルの1つが――デッドクッキング……。
「さぁやってまいりました鉄人の料理でSHOW! 現在のチャンピォンである水高 伊予! フレンチの女王としても名高い彼女は同時にモデルの仕事もこなすスーパーな才女だ! ただ強いだけではなくその上から目線がたまらないと評判の美人シェフでもあります!」
「ふん、貴方、相変わらずセンスの欠片もない司会ぶりね。恥を知りなさい!」
「おっと今日もまた出ました料理の女王の恥を知りなさい! 相手に勝ったときも批判もなんのそので対戦者の料理をケチョンケチョンにダメ出しした後のこのセリフに自分も言われてみたいと願う視聴者も多いとか!」
その日、1つの戦いが幕を開けようとしていた。料理バトルの番組としては視聴率も安定していて人気とされるが、その理由の1つがこのタカビーなお嬢様キャラで通っている最強の女王の存在である。
「さぁ、そんな料理会の女王に本日挑戦するのは……え~無所属? なんとどこにも属していない流れの料理人! 毒銘 死坊だ!」
「ふふふ、よろしくね」
「は? なにそれ? どこにも属さない? お話にならないわね。そんなどこの馬の骨とも知れない料理人が私の相手だなんて、恥を知りなさい!」
「おっとぉ早速今日2回目の恥を知りなさいだぁあぁ!」
司会者が興奮気味に叫んだ。伊予は挑戦者を振り向きつつ指を突きつけていた。一方で会場入りした挑戦者は坊主頭の上に黒いコック帽を被っており、その出で立ちも黒一色であった。
「何よ貴方、ちょっと不気味ね、は、恥を知りなさい!」
「うふふ、貴方かわいいわね。いい肉してるし食べちゃいたい」
挑戦者の死坊がニヤリと笑みを深める。伊予が身じろきぎし顔を歪めた。
「さ、さっさと始めるわよ!」
「はい、それではクッキングバトルスタートです!」
そして双方が腕をふるって料理を開始した。王者の水高 伊予は流石の洗練された動きで次々と料理を完成させていく。
「貴方何をとろとろやっているのよ? 恥を知りなさい!」
「うふふ……」
料理の完成間近に、死坊を挑発する伊予だが、死坊は不気味な笑みを浮かべるだけだった。
「本当わけわかんない。さぁ完成よ!」
そして一足先に伊予が料理を完成させ審査員に振る舞っていく。
「さぁ! 私の料理をお上がりなさいよ!」
「それでは」
「いただきますか」
「ふむ、これは中々旨そうね」
「この匂いは、しそですわね。フレンチにしそを使うとは中々大胆ね」
そして審査員達が伊予の料理に口をつけていくと途端に謎の光が場内に溢れ、使われた材料が踊り狂い、全員の服が程よく破けたり巨大化したり変な音楽が流れて踊りだしたりした。
「おっとこれこそが伊予の得意技リアクション料理だぁああ! 今日も料理によって素晴らしいリアクションを引き出しております!」
そして実食とリアクションを終えた審査員たちは満ち足りた顔をした後、和と洋の究極の組み合わせやらまったりとしていてそれでいてしつこくなくやら、何かもっともらしいことを言って女王を褒めちぎった。
「さぁ女王は相変わらずの強さをまざまざと見せつけてくれました。これに対して挑戦者は果たしてどんな料理で戦うのか!」
司会者が手を差し伸べ、カメラも挑戦者の死坊に向けられた。
「ふん、どうやら制限時間以内に料理は間に合ったようね。寸胴があるということは煮込みかスープってところかしらね」
「うふふ、それは見てのお楽しみ。ところで1つ確認しておきたいのだけど、審査員は私の料理をしっかり食べて審査してくれるのよね? ほら、最近はヤラセとか色々あるじゃない? 食べもしないで審査されてはたまったものじゃないもの」
「な! 馬鹿にしないで! 私は実力でこれまで勝ってきたのよ! 恥を知りなさい!」
「そのとおり。そしてそれは我々に対する侮辱でもある」
「そうよ。勿論ひとくち食べただけで判斷する場合もあるけど、全く食べないなんてありえないわ」
「どんな料理でも食べてみるまではわからんからな」
「本当に失礼しちゃうわ。よりにもよってヤラセだなんて」
「ふふ、ごめんなさいね。一応確認したかっただけ。でもこれで安心ねしっかり言質はとったもの。それじゃあ、早速料理を用意するわね」
そして死坊は料理を皿に盛って審査員の前に差し出すが。
「な、何だこれは!」
「ちょ、色が紫?」
「それに匂いも酷いぞ……」
「何かあぶくがたってるし、ちょっと何よこれ!」
「ふふ、これが丹精込めてつくった特製スープ、仙人ふぐの青酸スープダイオキシン仕立てヒ素風味よ。さぁたっぷり召死上がれ」
審査員達がざわつく。司会者も言葉を失っていた。当然その様子を見ていた伊予もだが。
「お、おい冗談だよな?」
「召死上がれ」
「いや、だからそもそも仙人フグだって猛ど――」
「召死上がれ」
無言でその言葉だけを死坊が繰り返す。とてつもない圧力を感じた。
「ふ、ふんバカバカしい。ようは毒を模した料理ということだろう? 下手な小細工だ。仙人フグもとらふぐを紛らわしくそう名付けただけ。そこまで言うなら食べてやるさ!」
そして審査員の1人がスープに口をつけた。
「ぐ、ぐ、ぎい、あ、ぶほぉおおお!」
だが、途端に審査員の顔が紫色になり喉をかきむしり大量の血潮を撒き散らしながらスープの中に顔をつっこみ、そのまま動かなくなった。
「きゃ、きゃぁあああぁあ! 死んでる! 死んでるぅ! 早く、早く警察!」
「さ、召死上がれ」
「は? え?」
死亡した審査員の隣の女が悲鳴を上げるが構うことなく死坊は料理を差し出し食べるよう促した。
女はわけのわからないと言った様子だ。
「じょ、冗談じゃないわ。何なのよこれ、ど、毒じゃないの!」
「あら言ってなかったかしら? 私が得意なのは毒料理。食べたら天国に旅立っちゃうぐらい最高の料理なの。もっとも地獄かもしれないけどね」
「じょ、冗談じゃない! こんなのやってられるか! お、俺は帰るぞ。なんだこの頭のイカれた料理人は! さっさと警察を――」
そう言って審査員の1人が席を立った瞬間、死坊の包丁が振り抜かれ空中をクルクルと回転した頭部が悲鳴を上げていた審査員のスープの中に落ちた。
「あらあら、ごめんなさいね。でも料理を食べもしないで席を立つなんて行儀が悪いわ。殺されても文句は言えないわね」
そして頭の入ったスープをみやる死坊だが。
「ま、これはこれでいいアクセントになるかもよ?」
「あ、あ、あぁあぁああ」
「ひ、ひ、う、うぶぉおおおおえええぇえええ!」
2人の審査員が死亡したことで、残った審査員は絶句し、1人は床に汚物を吐き出していた。
「きゃ、きゃぁああぁああ!」
「ほ、本当に死んでるぞ!」
「じょ、冗談じゃない!」
会場には他にも観客がいた。そしてその全員が悲鳴を上げ逃げ出そうとする。だが、轢き潰すような音や切り刻む音がし、逃げようとした観客の肉片が床に転がった。
そのそばには死坊と同じような黒いコック服を纏った集団が立っていた。その手には血に塗れた肉切り包丁や肉叩き、巨大なおろし器などが握られていた。
「あらあらまだ死合も終わってないのにお行儀が悪い子もいたものね。そんな人は当然死刑よ。決まってるわね。さぁ貴方早く食べなさい」
「無理ですぅうう! こんなの食べたら死んじゃいますぅう!」
「何を言ってるの? 貴方さっき私に言ったわよねぇ? 出された料理は必ず食べてから審査するって。一口も食べないで審査するなんてありえないって。ならせめてひとくち食べなさいよ」
「いやぁ、無理ぃ無理ぃ」
「あらあら仕方ないわねぇ」
そして死坊は女の顎を掴み、そして無理やりその口をこじ開けた。
「さぁ、召死上がれ」
「ぐうぅおおおお! うぐうぉおおお!」
スプーンを無理やり突っ込まれる。刹那、開いた口から吐血し、目玉が飛び出て、頭が爆発し脳みそが飛び散った。
「あらあら最高のリアクションが見られたわね。うふふ、流石ここの審査員は優秀よね」
満足気な笑みを浮かべた後、最後の1人に目を向ける。残った女は顔面蒼白で目を見開き、いやいやと首を左右に振っていた。
「あらあら無様ね。ところでこのまま全員死んじゃったらどっちの勝ちかわからないわね」
「あ、貴方様の勝ちですぅう! 死坊様の勝ちです最強の料理です! 貴方がキングですぅ! だから、だからゆるしてぇ」
「あらわら、そう? なら私の勝ちね。ならご褒美に、この料理を鍋ごとあげるわ」
「え、い、いやぁあぁあ!」
死坊が鍋を掴みその中身を残った女にぶちまける。するとその強烈な毒で衣服が腐り落ちていく。
「うふふ、こういうお色気も視聴者数を伸ばすには必要よね」
そう語る死坊だが、服だけではなく皮膚も肉もボロボロと崩れ落ち、最後には骨だけとなりそしてその骨もどろどろに溶け果てた。
「これで私の勝ちね」
「あ、あぁ、あぁあぁああ――」
王者の伊予を振り返る。だが彼女は床にしりもちをつき、涙と鼻水で顔もぐちゃぐちゃでちょっとした粗相までしてしまっていた。
「ねぇ、あなたさっきまで恥を知りなさいって言ってたじゃない? あれどうしたのよ?」
「ち、違うんですぅ、あれはただのキャラ付けでぇ、だからぁさっきのも別に馬鹿にしていたわけじゃないんですぅ、許してぇ」
「ふ~ん、そう。ところで勝負は私の勝ちよね?」
「は、はいぃい! 勝ちです勝ちですからぁゆるしてぇ」
王者が懇願した。泣きじゃくり、命乞いをする。
「そう、よかった。なら賞品をもらわないと」
「そ、それなら私がいくらでも! お金なら!」
「あら馬鹿ね。お金なんていらないわ。このデスゲームで負けた相手は、自分自身が賞品となるのよ。食材としてね」
「……え?」
「ふふ、貴方の肉とても柔らかそう。いいわぁ! とってもバエるわぁ! 視聴者もきっと楽しんでくれるぅ! 安心して貴方という食材を余すことなくしっかりと料理してあげるから!」
「い、いやぁあああぁあああぁあ!」
※この後、しっかり彼女は料理して家族のもとへお届けしました。
――ぎゃはっ! ザマァ!
――この女、上からでいけすかなかったんだよ
――流石デスクッキングマスター死坊はいい仕事するぅ!
視聴者の喜びのコメントが次々と送られてきた。チャンネルに登録する数もうなぎ登りである。
これがデスクッキングマスター毒銘死坊のお送りするチャンネルの内容であった。
そして、それから暫く立ち、彼はまた新たな獲物を求めて、料理対決が行われる会場へと足を踏み入れる。
「さぁ本日の料理大会出場者、続いては佐藤委員長だぁああ! 高校生ながらもそのレシピはコックなバットでランキングを総なめするほど! さぁ今日はどんな料理を見せてくれるのか!」
「が、頑張ります!」
「これは初々しくて可愛いですねぇ! そして最後の1人は流れの料理人という毒銘 死坊。果たしてその実力はいかに!」
「うふふ、そこの貴方、いいわぁとてもバエそう」
「え? そ、そうですか? と、とにかくお互いがんばりましょう!」
「おっと、どうやら死坊選手は委員長選手に興味を持ったようです。さて、本日の審査員は厳正な抽選で選ばれましたが、なんと奇しくも全員が高校生! さてその審査員は海渡君、虎島君、そして景ちゃんとイブリスタ島から日本まで留学に来ているというキャラットちゃん、あとは田中だぁあああ!」
「何で私だけ呼び捨てなんだよ!」




