第三十二話 これは猫です
元キングレッドのアカオに乗って金剛寺がやってきた。そして学校前は騒然となった。当たり前と言えば当たり前だ。
「落ち着きなさい! 私を誰だと思っているの!」
「だ、誰だって言うんだ!」
「金剛寺 玲香よ!」
アカオの頭の上に立って、玲香が叫んだ。アカオは凄く大人しい。下手したら猫よりずっと大人しいかもしれない。
「お、おい金剛寺って……」
「確かあのサバイバルロストでちゃっかりグループのランクが上がったというあの?」
「そうだ金剛寺グループのあの金剛寺 玲香だ!」
「何か釈然としませんわ!」
ちなみに金剛寺グループは棚ぼた企業としてネットでも有名である。
「でも、その金剛寺が頭の上に乗っているということは」
「金剛寺のペットなのかそれ?」
「そうよ! 世界にただ一頭しかいない、伝説の魔獣! アカオよ!」
「なぁ、伝説の魔獣ってなんだ?」
杉崎が首を傾げながら聞くが答えられるものはいなかった。何故ならそんな話は初耳だからだ。
「その伝説のなんとかってのはようわからんけど、金剛寺ならライオンの一匹や二匹飼ってても不思議じゃないか」
「てかアカオって何か急に親しみやすくなった気がするな」
「金剛寺さんアカオに触ってもいい?」
「勿論いいわよ!」
腕を組み金剛寺が誇らしげに許可した。途端に男女問わずアカオに殺到しモフりだした。アカオが大人しいこともあり一気に人気急上昇である。
「こらーー! お前たち校門前で何を騒いでいるんだ!」
「やば、体育教師の鬼瓦が来たぞ!」
鬼瓦は毎日校門の前に立って生徒を観察してる教師だ。このご時世に竹刀を持って歩き回るという、各方面に喧嘩を売ってそうなことを平気でやる男だが別に悪い教師ではない。
「て、な、なな、なんで学校にライオンが!」
しかし、そんな鬼瓦でも流石にアカオの姿には驚いたようである。
「ライオンではありませんわ! 魔獣ですわ!」
「ま、魔獣? えい何を意味のわからないことを! 金剛寺これはお前のライオンか!」
金剛寺がやたらと自信満々に答えると、鬼瓦が彼女を見上げて怒鳴り散らした。彼女はそんな先生を見下ろしながら得意気に語る。
「紅蓮の王にして最強最悪の魔獣アカオですわ!」
「ガウ……」
「何かだんだん設定が盛られてない?」
意気揚々と口にする金剛寺の姿に若干呆れ顔を見せる鈴木。そして当のアカオはなんだかなぁ、という顔をしていた。
「そもそもライオンでも目をつけられているのに、最強最悪の魔獣だともっとまずいだろう」
杉崎の言っていることはわりと正論である。
「とにかくちょっと下りてこい金剛寺!」
「なんですの?」
「なんですのじゃないだろう!」
その後、アカオから下りた金剛寺はメチャクチャ鬼瓦に怒られた。
「まぁそうなるよな……」
「でもアカオちゃんどうなるんだろうね?」
説教を食らっている金剛寺を眺めながら杉崎が目を細めた。花咲が若干不安そうでもある。
「なんだお前らこんなところで何してるんだ?」
「矢田先生」
そんな時、海渡たちに声をかけてきたのはクラス担任でもある矢田だった。
「何だ金剛寺の奴、鬼瓦に怒られてるのか?」
「それが……」
佐藤が矢田に事情を説明した。ふむ、と先生が顎に手を添え一考し、そしてスタスタと2人に近づいていく。
「なんだこれ、金剛寺の猫か~? 随分と立派な猫じゃないか?」
「へ? な、何を言っているの! これは猫ではありませんわ! 究極魔獣――」
「ね・こ、だよな金剛寺?」
「はい、猫です。ちょっと逞しく成長した可愛らしい猫のアカオです」
「ガウッ!?」
矢田に頭を掴まれギリギリと力を込められたことで青い顔をした金剛寺があっさり猫だと認めた。勿論猫ではなく、アカオも驚いているがしかし見た目は獅子でも既に中身は猫みたいなものである。
「よし、猫なら問題ないな。さっさと行くぞ」
「はい先生」
「ちょっと待ってくださいよ矢田先生!」
金剛寺とアカオを引き連れてスタスタと校内に向かおうとする矢田。海渡達も後に続くがそこで鬼瓦から待ったが掛かった。
「どうかしたか鬼瓦?」
「いやいやいやいや! ありえないですよね! これで猫はありえないですよね!」
なんてこと無いように問いかける矢田だが、鬼瓦はあわてた顔で否定した。どことなく矢田に対しては対応が丁重な気もする。
「何がだ? ちょっと大きなだけの猫だろ?」
「猫に鬣はありませんから! それに肌も赤いし何より大きすぎる!」
「そういう猫がいてもいいだろう? 何だ鬼瓦、猫差別か?」
「冗談じゃない! 寧ろ俺は猫派ですよ!」
「猫派だったんだ」
「知っても誰も得しない情報だな」
「で、でも私は意外に思ったよ!」
どうやら鬼瓦は猫派の猫好きだったようだ。本当にどうでもいい情報で海渡も杉崎もそこまで興味はなさそうだが花咲は少しだけ親近感を抱いたようである。
「ならいいじゃないか。猫ってことで」
しれっと答え、矢田はそのまま先に進もうとするが鬼瓦は引き下がらない。
「いやいや、幾ら矢田先生がそう言っても」
「そういえば鬼瓦、私と飯に行きたいと言っていたよな?」
「え?」
ふと、矢田が思い出したように言った。鬼瓦の目が丸くなる。
「考えてやってもいいぞ」
「よし、これは猫だな。う~ん立派な猫だ。通ってよし!」
すると鬼瓦があっさり手のひらを返し結局猫ということで話がついた。こうして金剛寺はアカオ同伴で学校に入っていいことになったのだった。
「矢田先生は流石だな」
「でも先生、結局ご飯に一緒にいくことになったね」
杉崎が感心し、海渡はそれでいいのかな? と思い尋ねた。
「うん? あぁ問題ない。丁度今月金欠だったからな。一食分浮くから行ってもいいかなと思ってたんだ」
「せ、先生逞しい……」
圧倒されたように佐藤が言う。基本控えめな自分ではそんなこと出来ないなと思っているようであり。
「海渡くんをお昼に誘うのも出来ないし……」
「え? 何か言った?」
「な、なんでもな、な、なんでもないよ!」
慌てて右手をバタバタと振って否定する佐藤だ。
「でも先生、そんなこと言って本当は鬼瓦が気になってたりとか?」
「絶対にないな。鈴木あとで指導室な」
「えぇええぇえ!」
どうやら不用意な発言を鈴木はしてしまったようだ。
「あ、矢田先生おはようございま、て! な、何ですかそのライオン!」
「ライオンではない猫だ」
「えぇ……」
すれ違いざまに挨拶しようとしてきた先生が仰天した。猫だと言われるも当たり前だが戸惑いが見える。
「底高先生おはようございます」
「うん? あぁ佐藤くんかお早う」
するとまじまじとアカオを見ている先生に佐藤が礼儀正しく挨拶する。このあたりはやはり委員長だなと思う海渡だ。
そして海渡は先生に目を向けて小首をかしげた。眼鏡を掛けた中年の先生である。
「……ところで、こんな先生いたっけ?」
「おいおい忘れたのか? 確かに定年退職した先生に代わって最近赴任してきたばっかりだけどさ」
「現代文担当の底高先生だよ~」
杉崎と鈴木に言われてそういえばいたかもなと思い出す海渡である。
「あはは、仕方ないさ。私は影が薄いってよく言われるからね」
自嘲気味に語った後、底高は改めてアカオを見て。
「でも、どうするんですかこのライ、いえ猫。流石に授業中、教室には居られないですよね?」
「ガウ?」
あはは、と指で頬を掻きながら底高が疑問を口にした。確かにアカオはデカい。教室に置いておくわけにもいかないだろう。
「あぁそれなら、お~い鬼瓦!」
「はい! 矢田先生!」
矢田が窓から校門前にいた鬼瓦に呼びかけると猛ダッシュで飛んできた。まるで従順な犬である。
「鬼瓦、猫好きなんだろう?」
「そりゃもう、鬼瓦と書いて猫と呼ぶ程に!」
「初めて聞いたぞそんなの」
半眼で杉崎がツッコんだ。
「なら今日からアカオ担当な。学校にいる間、世話を頼んだぞ」
「……え? え? いや、流石にそれは……」
「ご飯どうしよっかなぁ」
「不肖鬼瓦! しっかり務めさせて頂きます!」
こうして鬼瓦がアカオの世話を買って出てくれたおかげでとりあえず学校での問題は解決したのだった――




