第二十九話 虎島の選択
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海渡の話を聞いた虎島は鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔のまま固まった。
『ちょっとまってください! 今何か勇者様凄いことを言いましたよ! それもう個人情報的にアウトですよ!』
「神界にそんなものないじゃん」
女神から泡を食ったような声が聞こえてくるが海渡は全く気にしなかった。
「め、女神様の声? ということは、それはやっぱり本当なのか?」
「うん」
ようやく立ち直った虎島に海渡はあっさりと肯定する。女神が色々とうるさいが今は虎島との話が大事だ。
「……景が異世界転生、はは冗談みたいな話だが。そうか……なら幸せにやってるんだな。なら、良かった――」
虎島がまるで自分に言い聞かせるように口にして、どこか寂しく笑ってみせた。
「……虎島の幼馴染は確かに異世界転生した。ただ、転生した先はこっちの世界とは時の進み方が異なるんだ。だからこっちの世界からみて今その幼馴染は15歳になる」
「え? じゅうご、15歳だって!?」
「そう。それでも今の虎島よりちょっと下かな? でも向こうでは15歳から成人だからね。冒険者として活動しているんだって」
「ぼ、冒険者だって? 本当に何から何まで驚きだ。まるでファンタジーじゃないか」
「それが異世界だからね。ただ、彼女恐らく君のこと忘れてないよ。記憶を持ったままというのもあるだろうけど、きっとその子にとってかけがえのない存在なんだろう」
海渡は転生した景のことを事細かに教えてあげた。だが虎島は不機嫌そうな顔になり。
「海渡がそんなに意地が悪いとはな。そんな事をいま俺が聞いてどうなるってんだ。今でも景は俺のことを思ってるから元気出せとでもいうなら、それは余計なお世話が過ぎる……聞くなら転生の話だけで……」
「いや、俺は虎島に選んでもらおうと思っただけなんだ」
肩を落とす虎島へ海渡は更に続けた。え? と虎島の目が海渡に向くが。
「ここからはお前次第ってことだ。別にただ転生したよって報告したかったわけじゃない。お前が幼馴染と同じ異世界に行きたいかどうか、これはそういう話さ」
「え? お、俺が異世界にだって!」
『ちょっと待ってくださーーーーい!』
海渡が虎島に選択を迫ると、虎島は目を剥き驚き、そして女神の絶叫が轟いた。
『な、何言っちゃってるんですか勝手に! そんなちょっと引っ越してみる? みたいなノリで異世界行きを薦めないでください!』
「あぁここからが大事だし丁度良かったよ。何せこの話は女神様の協力が必要だし」
『は、はい?』
女神はちょっと怒っているようにも感じられるが、海渡は構うことなく女神に頼ってみせた。
戸惑った女神の声がして、虎島はキョトンとしている。
「別に俺が転移させてもいいけど、それだと手続き上問題有るよね?」
『当たり前じゃないですか!』
「だから女神様から向こうの神様に話を通してあげてよ。勿論虎島が望むならだけど。その上で転移させてあげて」
『ちょ、ま、待ってください勇者様! 私は協力するなんて一言も!』
「報酬」
『……え?』
「俺の願いを聞くという報酬。それを虎島が望むならここで使うよ。それでいいよね?」
『え、ええええぇえええええぇええええ!?』
女神の仰天する声が響き渡る。まさかここで海渡が報酬を持ち出すとは思わなかったんだろう。
『で、でも理由もないのにそんな異世界に送るなんて……』
「俺への報酬って理由があるじゃん」
『えぇぇ……』
女神が困った声を漏らした。
「……女神様、俺からも頼む! そういうことなら、どうか俺を景のいる異世界に送ってくれ!」
すると話を聞いていた虎島が女神に頭をさげてお願いし始めた。もっとも女神はこの場にいないので傍から見るとちょっとおかしな光景かもしれないが。
『……それはつまり、貴方は異世界に行きたいということですか?』
「あぁ。そうだ、俺はまた景と会いたいんだ!」
『……ですが、貴方にだって地球に大切な人はいるでしょう? 家族のことだって……』
「俺は小さい頃捨てられて孤児院で育ったんだ……だから家族はいない」
『そう、なんですね……』
女神は少し言葉を詰まらせた。その境遇を気の毒に思ったのかも知れない。
『ですが友だちとか……』
「俺の友だちはかつてのデスゲームで死んだ。だから、だから――」
虎島の言葉がそこで止まった。そして、海渡を見て、あ、と漏らした。
そして目を伏せる。家族はいないかつてのクラスメートも失った。だが、皮肉なことだがそのデスゲームを通して、虎島は海渡たちを大切な友と既に思っていたのだろう。
そこに迷いが生じているのだろうが。
「虎島、後悔のない選択をしろよ。それに皆のことは大丈夫だ。きっとわかってくれるさ」
「……海渡――あぁ、そうだな。俺はもう二度と後悔はしたくない。だから――」
◇◆◇
「ちょっと急なお知らせだが虎島が3ヶ月ほど学校を休学することになった。何でも亡くなったとされていた幼馴染が生きていたとかいうファンタジーな理由で海外に行く必要がでたからなようだ」
「「「「「「えぇええぇえええぇええ!」」」」」」
突然の発表にクラス全員が驚きの声を上げた。相変わらず矢田先生はどこか適当でもあるが。
そしてこれが虎島の後悔しない選択だった。異世界まで幼馴染に会いに行く。そして可能なら連れて帰る。
ただ、それも簡単なことではない。虎島は海渡に何から何まで頼りたくはなかった。だから無理を言って異世界に対応できるようある程度鍛えてもらってから行く道を選んだ。そのための3ヶ月でもあった。
「……ほら、挨拶しとけ」
「あぁ、ありがとう先生」
矢田先生にお礼を言ってから虎島が前に出てきてしっかりと伝える。
「実は今先生が言ったように例のサバイバルロストで死んだと思っていた幼馴染が生きていてな。ただ遠い外国で見つかったらしくて手続き上どうしても俺が行かないといけなくなったんだ。それで暫くの間休ませてもらうことになった――」
虎島の挨拶が終わると、鮫牙は、せいせいしたぜなどと悪態をついていたが、多くの生徒は彼との暫しの別れを惜しんだ。
それは勿論、杉崎たちにしてもそうだった。
「急で驚きだよ!」
「本当、びっくりしたわね」
「それにしても生きていたって凄いな。いったいどうやって助かったんだ?」
「え? あ、あぁ、あれだ。銃弾を受けたところにたまたまお守りが入っていてな」
「お、お守り? お守りで銃弾が防げるものなの?」
「お、お守りには五円玉が入ってたんだよそれで!」
「なるほど、納得だね!」
佐藤はわりとあっさり納得した。
「でも首輪もあっただろ? よく大丈夫だったな」
「それはほら! 五円玉のおかげで一時的に仮死状態ってのになってたんだ。漫画でもよくあるだろう? それで首輪が死んだと判断して機能停止したのさ!」
「あぁ、確かに漫画でみたことある!」
「なるほど仮死状態か、それなら納得、出来る、か?」
「仮死状態なら俺もなれるしね」
「なれるのかよ海渡!」
「親戚の従兄弟が送り人やってたことがあったからね」
「あ、なるほどそれで!」
「委員長受け入れるの早いな」
とはいえ色々とかなり無理のある説明な気がしたが納得はしてもらえたようだ。
「それで海外っていったいどこで見つかったんだ?」
「え? あ、あぁイブリスタ島のナロッパというところでな」
「イブリスタ島、ナロッパ? 聞いたことない……」
「ち、小さい島だからな」
虎島がごまかすように笑うと、海渡がスマフォを取り出し。
「ほらここだよ。地図にもあるよね」
「おお、本当だな……」
「本当に小さいんだね」
杉崎と佐藤が地図に載った島を見て驚いていた。勿論、これは海渡が細工したのだが。
「でもどうしてこんな島に幼馴染さんがいたの?」
「そ、それはほら、サバイバルロストって無人島でやってただろ? 景は仮死状態から目覚めた後、え~と、い、筏! そう筏を作って島を出て漂流してたところをその島に暮らす人に助けてもらったんだよ!」
「そうなんですね」
「そ、そうなんだよ」
汗をダラダラ流しながら説明する虎島である。だがなんとなく整合性が取れている気もしたのでそこにツッコミは入らなかった。
「でも暫く寂しくなるね」
「まぁ、海外といってもBINEでやり取りできるから暫くはそれでいけるだろう」
「え!」
花咲が眉を落とすが杉崎はスマフォを取り出して明るく返した。だが虎島は当然驚く。そこまで考えていなかったのだろう。
「何だできないのか?」
「そ、それは……」
「出来るよ。無線も飛んでるからネットもバッチリだしね」
「ふぁ!?」
返答に困る虎島だったがなんてことないように海渡が答えたので、変な声が漏れた。
「なんだそうか。なら離れててもやり取りできるな。向こうの写真とか送ってくれよ」
「うん、私も見たい!」
「私も興味あります」
「お~ほっほ! 私に真っ先に送りなさい!」
「な、何で金剛寺まで……てか――」
寂しい雰囲気から一変。虎島が幼馴染を迎えに行くという島に皆の興味が移ったことで、海渡に耳打ちする虎島であり。
「お、おいあんなこと言って大丈夫なのかよ?」
「問題ないよ。後で異世界対応スマフォ渡すから」
「そんなものまであるのかよ!」
こうして色々と戸惑うことも多かったようだが、虎島が一時休学するということで盛大な見送りを受けることとなり虎島は皆と最後にカラオケに行ったり遊び歩いたりと濃密な時間を過ごしたのだった――
虎島「アイルビーバック」
金剛寺「な、なんですのその、あ、アイブ、ピー、バックって!」
矢田先生「よし金剛寺あとでちょっと職員室来い」




