第二十四話 約束は約束だよね?
死配人の正体は髪の毛もかなり薄くなったおっさんだった。全員どこか肩透かしを受けたような顔でおっさんを見ている。
「これがDeathデスの正体か」
「Deathだ!」
虎島が後頭部に手を添えながらやれやれと言った様子で語ると、即座におっさんが反論した。
声も何かホテルで聞こえてきたものとは違っていた。Deathを語っていたときの声はボイスチェンジャーで変えていたのだろう。これで声でも渋ければ印象もまた少し違ったかもだが妙に高い声でそれもまた威厳のなさに直結していた。
「本名は何ていうの?」
「だからDeath――」
「グルルルゥ」
「ヒッ! た、田中 太郎です……」
海渡が本名を問うも、すぐには答えなかったが、キングレッドに威嚇されあっさりと白状して、しゅんとなった。最早目の前にいるのはただの草臥れたおっさんである。
「田中 太郎って死神全く関係ないじゃん。ね、委員長?」
「う、うん。何か普通の名前だね」
そう、蓋を開けてみればデスホテルの死配人でありDeathなどと名乗っていた主催者の正体は幸の薄そうなただのおっさんだった。
「あの、私はこれからどうなるのでしょうか?」
「逮捕されるだろうね」
「えぇええええぇえ!?」
「何を驚いているんだこいつは……」
「当たり前だろうに……」
飛び上がらんばかりに仰天する田中に虎島と杉崎も呆れ果てている様子だった。
「そもそも何でこんな真似を? あんた常習犯ってわけじゃないだろう?」
海渡が語りかける。鑑定眼によって太郎の過去も丸裸になったが、特にこれといった前科もなく、隠れて罪を重ねていたわけでもない。ごくごく普通のおっさんだった。これで過去に悪事を重ねていればサバイバルロストの運営たちのようなキツいお仕置きも考えるところだが、そこまでする必要はないかなと判断する。ただわずかに残った毛根は死滅させておいたが。
「ホテルの経営が苦しくて、それで大金が稼げると聞いてつい……」
「お前……経営が苦しいのにあんな大掛かりな仕掛けつくったのかよ……」
「明らかに借金が増えるじゃないあんなの」
「しかも自爆……」
「考えなしにも程があるな。そんなんだから経営が失敗するんだろ」
「杉ちゃん厳しいね」
確かに杉崎の言葉はなかなかに辛辣だが、ホテルの経営が苦しいから、そうだデスゲームをしよう、などと考える男だ。考えが足りないと思われても致し方ない。
「うぅ、だってだって! ホテルの経営が苦しくなったとたん、女房と娘には逃げられて、従業員も全員逃げてしまって! だからつい!」
「ついじゃねぇよ。そもそも従業員も全て逃げたって、最初に泊まったホテルの奴らがいただろう?」
「あれは派遣です。ちょっとしたイベントだって募集を掛けておいたんです」
つまり派遣で来た人たちはデスゲームとは全く関係ない人たちだったようだ。知らない間にこんなものに協力させられて迷惑な話である。
「そもそもあんたが奥さんと娘に逃げられたのは、景気が良い時に散々浮気して贅沢三昧したからだろう」
「な、なんでそれを!?」
海渡の鑑定眼はそんなことまでわかってしまう。犯罪歴こそなかったがどうやら夫としては最低だったようだ。その話を聞いた少女たちの視線が冷たい。
「金があるとこんなのでも女が相手するんだな……」
「まぁ金があったから相手されていただけで貢がされるだけ貢がされて逃げられたみたいだけどね」
「散々だな全く同情は出来んが」
疑問を口にする杉崎に海渡が答えた。確かに中々多難な人生のようだがやってることがやってることだけに虎島も同情出来ないようだ。
「ところでこのキングレッドはどうしたの?」
「あ、レンタルです」
「いやレンタルって……」
次々飛び出す男の言葉に開いた口が塞がらない杉崎であった。
「とにかく、これで俺たちはゲームはクリアーしたことになるわけだし、賞金とあと皆の願いを叶えてもらおうかな」
ある程度話を聞いた後、海渡は例の約束を持ち出して田中に要求した。海渡は約束は守らせる男である。
「え、えぇええええぇ!」
一方田中は仰天していた。残り少ない毛がハラハラと散っていく。
「何を驚いているか知らないけど、そういう約束だしね」
そして海渡は皆に体を向け、何にする? と問いかけた。
「わ、私は別に……特に欲しい物もないし……」
「私もいいです。無事ならそれで」
どうやら佐藤と花咲にはこれといった願いはないようだ。こころなしか田中が安堵しているように思える。
「鈴木さんは?」
「う~ん、委員長がいらないなら私もといいたいけど、それも何か癪だしな……よし100億円頂戴」
「えぇええええぇえええええぇええ!」
田中が飛び上がらんばかりに驚いた。それによってまたも残り少ない毛髪がボロボロと抜け落ちた。勿論毛根が死滅している影響も大きいが。
「鈴ちゃん、流石に100億は……」
「ははは、ごめんごめん今のは――」
「うん、というわけで先ずは100億払って」
佐藤に窘められ、鈴木も何かを言いかけたが、その前に海渡が詰め寄り田中に100億円を要求した。
「いやいや無理です無理です! ホテル経営に失敗したのに100億円なんて!」
「でも、約束は約束だよね?」
両手を振って支払えないとアピールする田中。だが海渡は容赦なく詰め寄った。
「確かにあぁは言ってしまったけど、な、無い袖は振れないし!」
「う~ん、よわったね。肉体と魂のセットでも見たところその価値1万円ぐらいだし」
「はは、いいね1万円とは」
頭を掻きながら漏らした海渡の言葉で、杉崎が口元に手をやって笑い声を上げた。虎島も随分と安いな、なんて苦笑している。
ふたりは海渡が冗談で言っていると思っているようだが実際は違う。鑑定眼はたとえ生き物であってもその価値を正確に判定してくれる。
つまりこの男の価値は肉体と魂をあわせても本当に1万円程度でしか無い。しかもこの男の一生分の人生を含めてだ。
「う~ん100億円の価値を引き出すには、100万回分の来世を差し出させる必要があるけど流石にキツいかな」
「何かすごく怖いこと言ってませんか!?」
田中は海渡の底しれぬ力と言動に本気でビビっていた。そして間違いではない。海渡はやろうと思えばその人物が生まれ変わった先の分を含めて対価に変えることも可能だ。だが流石に100万回分の前借りは厳しいだろう。出来たとしてもちょっと神様に申し訳なくも思うし。
「海渡嘘だからね! 100億は嘘だからね!」
「え? 嘘なの?」
「そう、ちょっとした冗談だし。本当は委員長と一緒で特に何もいらないから!」
「100回分ぐらいの来世を利用すれば100万円ぐらいなら手に入ると思うけど本当に?」
「いや、言っている意味がよくわからないけど、流石にちょっと気の毒だからやめておくよ……」
相手は皆に命をかけたゲームを強制した男だが、結果的に誰も被害にあっていないので鈴木はそこまで非情にはなれなかったようだ。
「女の子たちは特に何もなさそうだね。虎島は?」
「本当に何でもしてくれるなら……まぁ、それは無理だろうから俺もいいよ」
虎島がどこか淋しげにそう呟いた。隣で杉崎が神妙そうな顔を見せていたが。
「杉崎は?」
「あぁ、そうだな。ならおっさんちょっと借りるわ」
「え、ちょ、ちょっとまって、そんな乱暴は!」
「いいからちょっと来い!」
そして杉崎が田中の襟首を掴んで近くの茂みの中に連れていった。それから暫くして戻ってきたが。
「あ、あの、何かすみません大したこと知らなくて」
「まぁいいさ。仕方ないな」
見たところ杉崎に暴行を受けたとかそういったことはなさそうだった。話の雰囲気を見るに何かを田中に聞いていたようではある。おそらく杉崎の願いは情報だったのだろうと海渡は判断した。
「後は俺か~」
「う、うぅお手柔らかに……」
最後に海渡の出番が来た。田中からすればもっとも得体のしれない存在であり何を要求されるかと気が気ではないだろう――




