第二十二話 最後の大仕掛け
海渡達の前には仰向けになり腹を見せ、ちんちんのようなポーズを見せながらゴロゴロと喉を鳴らすキングレッドの姿があった。
あれだけ死会者が自信満々に言い放った最強最悪にして獅子の帝王たる威厳はそこにはもはや無い。ガタイはデカいがやってることは愛嬌のある猫と一緒である。
「ゴロゴロ」
「結構可愛いなこいつ」
「いや、本当最強とか何だったんだよ」
「見るもの全てが餌なんじゃないのか?」
海渡が喉を撫でていると、虎島と杉崎が珍妙な物を見るような目を向けそう言った。一方で鈴木と佐藤はどこかムズムズした様子であり。
「ね、ねぇ海渡、私も触っていい?」
「わ、私も出来たら……」
「杉ちゃん私も触ってみたい!」
「え? いや、でも、危なくないのか海渡?」
「大丈夫だよ。こいつからはもう戦意も感じられないし」
海渡が答える。すると赤き獅子は女の子たちに向け媚びるようなポーズを見せて平気だよとアピールしてきた。最早この獅子に絶対的強者たる自覚はないのだろう。
「本当だ大人しい」
「すっごいモフモフしてる~」
「毛も柔らか~い。杉ちゃんも触れてみたら?」
「え? う、う~ん……」
どうする? という目を虎島に向けようとした杉崎だったがすでに虎島もモフりメンバーに加わっていた。
「虎もいいけど獅子もいいもんだ」
そんなことまで口にしている。どうやら元は虎派だったようだが獅子にも心移りしたようだ。もっともどちらもネコ科だし両方を好きになったとしてもおかしくはない。
「そういえば、何か声が聞こえなくなったな」
「うん? あぁそういえば」
「この子が懐いたのみて、改心したのかも知れません」
「いや、それは流石に楽天的過ぎるだろう」
佐藤委員長が希望的観測を述べるが、虎島は苦笑いだ。
「むしろ海渡が常識外れすぎて今頃震え上がっているのかもな」
「え? 俺って常識はずれ?」
キングレッドに構いながら虎島が言うと、海渡が驚いて自分を指差した。
「え? 今更?」
「う、う~ん常識はずれという言い方はちょっと失礼かも、え~と非常識?」
「いや、花そっちのほうが失礼だぞ」
「人よりちょっとだけ変わってるかもしれないけど、か、海渡くんは凄い人だよ!」
「すごい人か、違いないな」
そして全員が笑顔になる。獅子もずっとゴロゴロしていた。ただ海渡としては複雑な思いである。これでも女神に言われてから大分常識的に行動していたつもりだったからだ。
しかし、同じように彼の存在を脅威に思っている人物がいることも事実であり。
◇◆◇
『マジかよ! 散々もったいぶった結果がこれって』
『最強の赤い獅子が聞いて呆れる』
『むしろ愛嬌たっぷりだしな。赤い肌もどうせスプレーで塗ったんだろう』
『ひよこかよ!』
『ま、どっちにしろこれでこの配信者も終わりだな』
『そうそう、こんな醜態を晒したらね』
『ご愁傷さま』
『初めてのデスゲームで配信者がゲームオーバーとか笑えるw』
画面の中では視聴者からの自分勝手なコメントがつらつらと流れ続けていた。それを焦点の定まっていない目でぼんやりとみていたのはこのホテルの死配人Deathだった。
彼は考えていた、何をどう間違ったのかを。だが答えは至極簡単であることに気がつく。
「そうだ、あの海渡とかいう奴が非常識過ぎたんだ……」
それはまさに、今更な解答だった。正直な話、彼は海渡が最初に安々と壁を破壊し巻き込まれた宿泊客の大半を逃したときに気づくべきだった。
だがデスゲームを始めた死配人としての意地がそれを阻んでしまっていた。それにデスホテルの仕掛けに絶対的自信があったのも大きいだろう。
事実、古臭いなどとダメ出しはされたものの、これだけのゲーム、普通はクリアー出来るものではない。あわよくば最後のステージまで生き残れたとしてもキングレッドに食われて終わるはずだった。
だが、最大の誤算は切り札のキングレッドが結果的にまるで使い物にならなかったことだろう。
しかしそれがあったからこそ彼は気がつけたと言える。
「あ、こりゃ無理だ」
そう気づいた。そしてその結論に至った。途端に全身の毛穴が開き嫌な汗が大量に溢れ出す。
「く、くそ! あんなたった1人の高校生に台無しにされるなんて、だけど、あいつはヤバい! 逃げないと……」
そしてDeathはすぐさま逃げる準備を始め身支度を整えた。もうこの場にはいられない。いつここまでやってくるかわからないのだ。
それに危険なのはあの高校生だけではない。視聴者も言っていたが、こんな散々な結果を見せてしまっては色々な意味で命が危ういのである。
「だが、せめて最後にこれぐらいはやらせてもらう。通じてくれよ!」
そしてDeathはモニターの近くに備わっていた蓋を開き、赤いボタンを押した後で急いで部屋を出ていくのだった。
◇◆◇
「ところでこれからどうする?」
「そういえばこれが最後のゲームって言っていたよね」
虎島がなんとなくに言うと鈴木が思い出したように言葉を続けた。すでにあのDeathからの声が途切れてしまっているが、この獅子になつかれる直前には確かに最後と言っていた。
「ゲームはクリアー出来たってことかな?」
「そうだろうけど、それで終わりってわけにもいかないよね」
結果的に誰一人として怪我を負ってないが、相手が殺す気満々でこのゲームを始めたのも確かなのである。
その時だった、突如警告音があたりから鳴り響き、かと思えば通路に次々とシャッターがおりてくる。
「な! ま。まずい閉じ込められたぞ!」
「何だ? いったい何をするつもりなんだ?」
『自爆装置が作動しました。15分後にこの施設は爆発します。自爆装置が作動しました――』
何事かと海渡以外が焦っていると、突如どこかからブザーと自爆を警告するアナウンスが流れてきた。
「は? 自爆装置?」
「おいおいマジかよ」
「自爆装置とか本当あるもんなんだねぇ」
周囲から流れてくるアナウンスに杉崎や虎島は勿論女の子たちも驚いている様子だ。ただ海渡はどこか他人事のようだった。
「お前なぁ。とは言え、確かに俺も本当にやるやつがいるとは思わなかったぞ。こんな無駄に金と手間暇かかる割に何のメリットもない仕掛け」
「普通は途中で欠点しかないことに気がつくもんだがな……」
虎島と杉崎は呆れ顔で語る。
「いやいや、そんな呑気なこと言っている場合じゃないから。無駄だろうと何だろうとここにいたら死んじゃうよ!」
「だ、駄目ですシャッターがびくともしません」
佐藤委員長が押したり引いたりしているが確かにシャッターは開きそうにない。
仕方ないなと海渡が何とかしようとしたがそこでキングレッドが動きを見せ。
「ガウ!」
「え? 何か伝えようとしている?」
「俺に任せてと言ってるようだな。委員長ちょっとどいてみて」
言われた佐藤委員長がシャッターから距離を取ると、キングレッドがあっという間に爪で切り裂いてしまった。
「おお~やるなお前」
「ガウガウ!」
キングレッドは得意げに頷いてみせる。かと思えば今度は身を屈めて、ガウ、と鳴いた。
「どうしたんだ?」
「きっと乗れって言ってるんだと思うよ」
「え? 乗るの?」
「確かに大きいからな。これなら全員で乗っても大丈夫そうだ」
そういうことなのだろう。キングレッドはちょっとしたマイクロバス程度の大きさはあり力も強いため、6人乗っても大丈夫なのである。
「なら折角だから乗せてもらおうか」
そう言って先ず海渡が背中に飛び乗った。本来なら魔法でどうとでもなるし、転移でもしたほうが早いだろうが、まだ時間にも余裕があるし折角の厚意に甘えてみてもいいだろうと思ったのだ。
「よし、委員長乗ろう!」
「う、うん! お願いね!」
「ガウガウ!」
「花も早く」
「う、うん!」
「はっは、ライオンに乗れる日が来るとはな」
そして全員が背に乗ったのを認めた後、キングレッドが猛スピードで疾駆するのだった――




