第二十一話 キングレッド
紅蓮の獅子は生まれたときから強者であった。食物連鎖において最強とされる百獣の王ライオン。
そしてライオンをベースとし更に遺伝子改良を加え母体にいるときから徹底管理の下、生まれ落ちた灼熱の如く紅き肌を有した獅子。彼にはキングレッドという名が与えられた。
生まれたときから彼は自らが他のライオンと異なる存在であることを認識していた。そしていつしか自らが最強の存在であることを悟るようになった。
成長するに連れより肌は赤味が増していき体格も他のライオンとは比べ物にならないほど成長した。鬣も王者の風格漂う程に立派になり爪と牙もより鋭くより強靭なものへと成長する。
ある時彼は、100匹の同胞の群れの中に放り込まれた。周囲にいた獅子の瞳はやたらとギラギラとしており一斉にキングレッドへと襲いかかってきた。
だがそれも彼にとっては何の脅威にもならなかった。ライオンをまるで子ネズミでも相手しているが如く、その爪と牙で蹂躙し、気がついたら全てのライオンを殺しそしてその肉を食っていた。
それを見ていた博士と呼ばれた男が随分と喜んでいたのを覚えている。その男は自らの生みの親とも言えた。
キングレッドはその頃から自らが全ての生物の王だと自覚するようになった。もう自分に勝てるものなどこの世にいないと思っていた。
キングレッドはあるときは戦争にも利用された。生物兵器と呼ばれていたのをよく覚えている。キングレッドは肉体だけではなく頭も他のライオンより良く人の言葉をある程度は理解できていた。
戦争では多くの人間を狩り喰らった。武装した兵士も彼にとっては恐るるに足らずだった。
そしてその後は今度は囚人とやらを相手に狩りをすることになった。囚人とやらは武器を与えられ自分に勝ったら外に出られるというゲームとやらをさせられているようだった。
だがそんな連中もやはりキングレッドの相手にはならなかった。マシンガンとやらもアサルトライフルとやらも手榴弾やバズーカでもキングレッドを倒すことは叶わなかった。
風のように素早く動くキングレッドを奴らはなかなか捉えることが出来ず、その上ちょっと弾丸が当たった程度ではその鋼のように硬い皮膚に弾かれてしまう。
そうしてキングレッドは囚人相手のゲームを何度か繰り返しそして全て勝利してきた。そのたびに目の前にはご馳走が並ぶようになった。ご褒美だと博士は言っていた。
暫くはキングレッドもその暮らしを満喫していた。だがいつしかそれも退屈へと変わっていた。自らが圧倒的強者になるとこんなにもつまらないものになるのか。
狩りをしても全く魂が揺さぶられず、心は常に満たされなかった。その上常に腹が減る。いくらご馳走を食べても心も腹も決して満たされることはなかった。
「次のゲームが決まった。今回からは囚人相手ではなく普通の人間を相手してもらう。お前にはこの後、日本という国に行ってもらう。そこで怯える人間相手に遊んでこい」
キングレッドはある日そんなことを博士から言われた。そしてこの国へ渡ってきた。そこはキングレッドからしてみたら随分と退屈極まりない場所であった。
その上、次の相手はこれまでの相手より随分と劣る人間らしい。しかもできるだけ甚振れとさえ命じられた。キングレッドは辟易としていた。
こんなことがいつまで続くのか。そもそも圧倒的強者の自分が檻に入れられて自分よりも劣る人間に従っている意味がわからない。
そう、この頃にはキングレッドの中には強者としての自我が芽生えていた。百獣の王の中の百獣の王たる自負があった。
だからキングレッドは心に誓った。次のゲームとやらが終わったら外に出ようと。こんな下らない場所に縛られることのない自由を求めて。
その日はやってきた。彼にとって不自由な中の最後の狩りの日だ。妙な機械に乗せられ床が昇っていく。
このような仕掛けも最初は驚いたが今ではすっかり慣れた。寧ろこんな面倒なこと何故するのか、と最近は滑稽な人間を嘲笑うようにもなっていた。
そして檻の中から今回の獲物を見る。なんとも弱そうな連中だった。しかも人間で言えばまだ若い。子どもとも言える連中だ。
こんな奴ら全く相手にならないだろうなとキングレッドは考えていた。特に一番前にいる男など気だるそうにしていてやる気の欠片も感じられない。
全くふざけたゲームだ。最強のこの俺にこんな奴らを狩れとは、そう思うと段々と怒りがこみ上げてきた。
何なら今すぐ檻をこの爪で切り裂き秒で始末してやろうか? そう思い殺気を込めようとしたその時だった――さっきまで気だるそうにしていた男と目が合った。
その瞬間、紅蓮の獅子の全身に怖気が走る。心臓が鷲掴みにされたようだった。呼吸が荒くなり全身の毛がざわめき自慢の鬣がヘナヘナと垂れ落ちそうになった。思わず目を背けそうになる。だがそれをしたら殺されると思った。全身の毛穴から嫌な汗が吹き出る。
キングレッドは今自分がどういう状況に置かれているのかを察するのに多少の時間がかかった。もっともそれは現実世界では数秒かそこらだが、しかしそこで生まれて初めてキングレッドは知った。
それが恐れであり恐怖であることを。そして絶対的と思われた自分の力など実は大したことがなく所詮は井の中の蛙であったことを。
(駄目だ、こりゃ勝てないわ……)
そしてキングレッドの胸中ではもうその時点で勝負がついていた。
だって仕方ないじゃないか、と心のなかでつぶやいた。一応は彼にも百獣の王を超えた帝王として生きてきた自負がある。故にこの男にどうやったら勝てるかを頭の中で何通りもシミュレートしたが結果は全て瞬殺で終わるだった。勿論やられたのはキングレッドだ。どうあがいても勝てないし勝てる光景が想像できない。
そこまでに力の差は歴然だった。悲しいかなキングレッドはあまりに強くなりすぎたため、逆に相手の強さに敏感になってしまった。野生の勘というのも関係しているだろう。
結局キングレッドはそこから怯えた目で相手を見ることしかできなかった。だがしかし。
『とにかく、そいつは凄まじく凶暴で見るものは全て餌とみて襲いかかる。常に腹だって減らせている。この檻から放った瞬間、お前ら全員に問答無用で襲いかかる。慈悲はない! 目につくもの全てが餌! それがそのキングレッドだ!』
そんな声が死会者から発せられた。
「グルルルルゥ!」
おい馬鹿ヤメロふざけるな殺すぞ! とキングレッドはDeathの紹介文を聞いた時、本気で死会者に殺意を覚え唸り声を上げた。今やキングレッドにとって大事なのはいかにこの相手から逃れるかであった。正直全く勝てる気がせず目をそらすことすら危ぶまれた。海渡の一挙手一投足に注目し目をそらせずにいた。
にもかかわらずDeathは無駄にハードルを上げてきた。しかもDeathは自分の舌の裏に鍵を仕込んでいるからそれを奪えなどと言い出した。
殺す気か! とキングレッドは本気でそう思ったし、頭をもがれ鍵を持っていかれる自らの姿を想像し恐怖した。
そういえば直前に口を開けさせられて妙な物が入ってきた気がしたがそれだったとは。こんなことならあの時そのまま噛み殺しておけばよかったと後悔する。
そしてそうこうしているうちにDeathがゲームを始めるなどと言い出した。
ちょっと待て心の準備が! とキングレッドの全身から冷や汗が滲み出してきた。
どうするどうするどうする! 動揺が収まらない。ゲームが始まれば何もしなければ殺されるのは自分だ!
そしてキングレッドは必死に知恵を絞りその結果導き出した答えは――
「ガオオオォオオオオオ――ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロニャ~ン」
そう、必死に媚びることだった。檻から飛び出すと同時に距離を詰めそこからひっくり返ってからの腹みせ! 今まで一度たりとも見せたことのない姿だったが本能でそれが服従のポーズになると理解し、そしてゴロゴロととにかく必死に相手に媚びてみせた。
そこにはもはや王者の風格など何もなく、ただただ海渡に媚を売りじゃれ付く猫のような紅蓮の獅子の姿があったという――




