第十九話 死の回廊
デスホテルの死配人でありDeathを名乗るその男は映像として届けられる彼らの様子に歯ぎしりし、機材を何度も何度も殴りつけていた。
「なんなんだあの無茶苦茶な連中は!」
一人憤る。ただ一点だけ指摘するなら無茶苦茶なのは海渡一人である。
「畜生! 視聴者にもいよいよ馬鹿にされはじめてるし。何が『本当は毒を仕込んでなかったんだろw?』や『途中で日和ったなこの死配人ww』や『死配人じゃなくて失敗人だろwwwww』だ! 草生やしてんじゃねぇぞこの野郎!」
ふぅふっ、と大きく肩を上下させる。その目は血走り、表情には狂気が宿っていた。
「こうなったら次だ! 次で決めてやる!」
そして、今度こそと次の部屋に向かった一行を再び監視するDeathなのであった。
◇◆◇
『さぁ、次は死の回廊だ! お腹を満たした後はたっぷりと運動してもらうよ! 勿論命を懸けてね!』
「さっきも命が懸かってると言っていたけどな」
『あ、あんなのとは比べ物にならないぐらいだ! ここで全滅する可能性だってある!』
「つまり全滅しない可能性もあるってことだね」
「海渡が言うなら全滅しないんだろうな」
『あ、が――』
何を言っても動じず飄々としている海渡に死配人は一瞬言葉を失うが。
『ふ、ふん、まぁいい。お前たちに一ついいことを教えてやろう。この回廊さえ抜ければ次が最後のステージだ。もっともこのステージを生き残ることが出来たらの話だがな。さぁ何人生き残れるかな!』
「今のところ誰一人死んでないけどな」
『うるさいそこ! 黙れ!』
海渡がやれやれと呆れた様子を見せると、死配人であるDeathが怒鳴った。
「しかし随分と長い廊下だな」
『はっはっは! ただ長いだけじゃないぞ。この死の回廊は迷路のように入り組んでいる。トラップもあっちこっちに散りばめられている。次の部屋にそう簡単には行けやしないさ。何せここはゲームの中でも最も過酷な場所! さっきも言ったが全滅する可能性だってあるのだ!』
「つまり次は迷路のアトラクションか」
『アトラクションじゃねーよ! 舐めてんのか!』
虎島が一人納得したように頷くが、Deathは激しく憤った。しかし死配人がいくらデスゲームを強調しようが、彼らはちょっとしたテーマパーク感覚なのである。
「トラップ付きの迷路だって。ちょっとわくわくするよね委員長」
「スズちゃん、何か楽しんでるね」
「花、俺から離れないようにしろよ?」
「う、うん、じゃあ――」
鈴木が笑顔で委員長に話しかけ、花咲は杉崎の話を聞いてその手をキュッと握りしめた。杉崎はちょっぴり照れくさそうにしている。
「いやぁ、青春だなぁ」
『死を懸けたゲーム中に緊迫感なさすぎだろお前ら!』
海渡が皆の様子を微笑ましそうに見ているとDeathの野次が飛んだ。命をかけた壮絶なゲームのはずなのにまさかここまで笑顔が溢れるとは思わなかったのだろう。
「まぁいいや。とにかく進もうよ」
「あぁそうだな」
そして海渡達が移動を始める。暫くは長い通路が続いていた。
「なんだ何も起きないな」
虎島が呟くがその時だった。背後からガコンッ! という音がし、ゴロゴロと何かが転がってくる。
「おいおい、通路を塞ぐような鉄球が向かってきてるぞ」
『はっはっは! そのとおり! その鉄球は100トンもの重さがある鉄球だ! 押しつぶされれば間違いなく死ぬぞ! しかもお前らが迷路を攻略中、ひたすら追いかけ続ける!』
「そんな、こんな鉄球!」
ふと海渡が驚愕した目で声を上げた。その光景に画面を見ていた死配人がニヤリと笑みを深め。
『ハハハッ! 流石のお前でも重さ100トンの鉄球にはビビったか馬鹿め!』
「まさかこんな漫画みたいなトラップが本当にあるなんて驚いた!」
得々と語るDeathであったが海渡が驚いたのは今となっては古典的とも言えるトラップの内容を見てのことだった。何せこんなトラップ異世界でもそうそう使うものはいない。
「確かに、なんなら今どき漫画でも見ないなこういうの」
「センスが古いんだな。Deathデスとかいうやつは昭和生まれか」
『お前らもっと緊張感持てよ! あと昭和の何が悪い!』
どうやら昭和生まれなのは事実だったようだ。
『ついでに言えばDeathデスじゃなくてDeathですから!』
「だからDeathデスだろ?」
「てか、流石に逃げないとまずくない?」
ゴロゴロと重苦しい音を奏でる鉄球はすぐ目の前まで迫ってきていた。確かに呑気に話している場合でもないだろう。
「ま、問題ないけどね」
すると海渡が鉄球の前まで出ていき軽く拳を前に突き出す。かと思えば鉄球があっさりと粉々に砕けた。
「俺、空手やってたから」
『いよいよ聞く前に先に答えたよ! てかもう空手でどうにか出来るレベルじゃないんだよ! いいかげんにしろ!』
最早驚くより先にツッコミを入れてしまうDeathなのであった。
「いやいや、空手は馬鹿に出来ないよ。鉄筋コンクリートの壁を破壊したり怪盗捕まえるために柱をぶっ壊して建物を崩したりできるんだから」
「そう言われてみると空手が出来れば不思議じゃなさそうね」
『それは最早空手じゃなくてKARATEだよ!』
「上手いこと言ったつもりか」
死配人のツッコミに杉崎が呆れたように肩を竦めた。
「だけど、折角だからもう少し緊迫感を味わいたかったかな」
「なるほど。それは申し訳ないことをしたかな。以後気をつけるよ」
「そんな、結果的に助かったんだから謝ることじゃないよ」
「俺もそんなつもりで言ったわけじゃなかったんだ。逆に悪いな」
「うむ、でも確かに転がってくる鉄球から逃げるというのも中々出来る体験じゃないな」
デスゲームにもかかわらず遂に緊張感を求めだした一行であり、Deathは画面の向こうで機材をドンドンっと叩きながら変な声を上げていた。
「なぁ、もう一度鉄球転がしてくれよ」
『そんなに何個もあるかぁあああ!』
「やれやれ予備もないとはなってないな」
肩を上下させてため息をこぼす杉崎に、Deathは画面の向こうで一人身悶える。
『こ、ここからだ! ここからが本当の地獄だからな!』
死配人はそう言うが、その先でも海渡によって槍が飛び出る床はあっさりと破壊され壁から矢が飛んできても受け止められ吊り天井は元の位置に戻した後、二度と落ちてこないように押し固め、飛んでくる火の玉は氷漬けにされた。
あらゆるトラップが通じていない光景に呆然となるDeathであり。
「ところで道ってこっちで合ってるの?」
「間違いないと思うよ」
『あぁそうだよ! そこのガキが普通に最短ルートで来てるよこんチクショウ!』
Deathが叫んだ。Deathが見ているモニターには迷路の地図もしっかり表示されているが、海渡は全く迷うことなく最適解で進み続けていた。
だがこの程度の迷路、海渡にとってはなんてこともない。異世界にはもっと複雑怪奇な上、トラップも極悪で地下2500層にも及ぶ迷宮だって存在したのだ。秒単位で次元レベルで構造が変わり適応できなければ次元の圧に押しつぶされ即死なんていう迷宮まで存在した。
そういった異世界の迷宮に比べればこの程度なんてことはないのである。
『そこの通路を抜ければ出口だ』
「意外とあっさりだったな」
「誰も怪我もしてないしよかったよね」
「まぁ大体海渡のおかげだけどな」
「海渡くん本当に凄い……」
「本当一緒で助かったよね」
和気あいあいと進む海渡達。だがその時、壁と壁の間に赤い線が張られ直進してくる。
『ハハッ! 馬鹿め油断したな! その光は触れるとどんなものでも切断する! 切れ味抜群な上物理的には破壊できないぞ! さぁどうする!」
「なら避けよう」
海渡はあっさりと向かってきた光を躱した。他の皆も同じように躱していく。
「この程度なら楽なんだが」
杉崎が不安そうに語る。すると今度は線が2本に増える。それも避けるがついに3本に増えた時、佐藤が躱しきれず当たってしまう。
「委員長ーーーー!」
「きゃぁあぁあああああ!」
『はっはー! 遂に犠牲者が一人ーーーー!』
――ブッブー。
「……へ?」
「あ~佐藤委員長引っかかっちゃったね」
「え? あ、うんそうだね」
嬉しそうに声を上げるDeathだったが、しかし佐藤は無事だった。ただブザーがなっただけでまったくもって無傷である。あたった佐藤本人も目を白黒させていた。
『どういうこと!?』
当然死配人が不可思議といった声を上げる。
「これは、海渡がなにかしたのか?」
「うん、このままじゃ危険だからね。ちょっと設定を弄って殺傷力を0にして当たってもブザーがなるだけにした」
『なんで!?』
Deathが素っ頓狂な声を上げた。随分と自信あり気なトラップだったのだろうがこうもあっさり改変されては叫びたくもなるというものか。
「つまりこれは死ぬ心配がないってことか」
「そう、これなら純粋にゲームとして楽しめるよね」
「やったね。それなら食後の運動に丁度いいよ。そうとわかれば私パーフェクト狙っちゃおう!」
「確かにちょっと食べすぎたもんね。パーフェクトは私には厳しいと思うけど……」
「これは男として負けてられないな」
「ふっ、スポーツの申し子と言われた俺の出番が来たようだな」
「杉ちゃん頑張って!」
こうして残りの直線は普通にゲーム感覚で楽しむことにした一行だったが。
「くそ、最後で失敗した!」
「あんなの無理だよ流石に」
「格子状のレーザーが向かってくるって無理ゲーもいいとこだな。結局パーフェクトは海渡だけか」
「私は途中から全然だめだったよ」
「私もさっぱりで」
そんなことを楽しそうに話し合う一行。一方それを見ていたDeathはプルプルと画面の向こう側で肩を震わせていた。
『いいかげんにしろよお前ら! てかパーフェクトってなんだよ! 通路を塞ぐレーザーをどうやったら躱せるんだよ!』
「俺の親戚に昔、川なんとか探検隊にいた人がいたからかな」
「なるほど、それは納得だ」
『出来るかぁ! しかも隊長じゃなくていた人かよ! 親戚って時点で全く関係ないのに!』
「そう言われてもなぁ」
『そもそも何だよブザーなるだけに変えたって! お前このゲームの趣旨わかってんのかよ! ねぇ何でそんなことするの? ルール変わってるじゃん!』
「いやだってそのままじゃ危険だし」
『そういうゲームなんだよ! 血湧き肉躍るような命がけのゲームをこっちは考えてんだよ! それなのに危険だからルール変えただぁ? 常識無いのかテメェは!』
「人の命を弄ぶようなゲームを、強制的にやらせようなんて奴に常識を語られたくはないんだけど?」
『ひゃう!?』
その時カメラに向かって海渡が視線を向けた。カメラは巧妙に隠されていたのだが海渡にはしっかり見破られていた。しかもその瞳は恐ろしいほどに冷たかった。死を運ぶという死配人が逆に死の恐怖を感じ悲鳴を上げてしまう程に。
「……大人しくなったな」
「うん、とりあえずいこっか」
「ま、Deathデスとやらも相手が悪かったな」
こうして一行はその先にある扉を抜けていよいよ最終ステージへと駒を進めるのだった――
死配人涙目(´・ω・`)




