第65話 暗転
ジークフリードとフィーリアとルークはヴィクターとレオンがクリストファーを連れていく様子を何も言葉を発することなく見送った。その後、ルークが気をきかせてくれたのか、石造りの建物内にはフィーリアとジークフリードは二人きりになった。
クリストファーの言葉はジークフリードの心を抉るように突き刺さり、様々な思いがジークフリードの胸中を渦巻いた。
「ジーク…あの…これから…どうなるの…?」
「……まだ…何もはっきりとした事が言えない…公に出来ない事柄も多く、王妃陛下と兄上が当事者であり…これからそれぞれの尋問に入ると思う。王妃陛下は既に罪をおかした王族を幽閉する白の間に入っていると思うが、実際に手を下した訳でもないからそこまで厳しい沙汰にはならないのではないだろうか…
兄上は…
事が事なだけに…陛下や宰相は…廃太子を進めるとの事だが、そうなればそれなりの理由がなければ第一王子派の貴族達は黙っていないだろう…国が荒れる事は避けられないかもしれない…」
「そんな…」
(そうなってしまったら…ジークは…ジークの立場はどうなってしまうの…?あんなに自分の位に振り回されてきていたのに…
ジークの気持ちは…?
だけど…そんな事をジークへ聞いてしまってもいいのか…わからない…)
そんな複雑な思いがフィーリアの胸中を占める。
その時、ジークフリードがポツリと呟いた。
「俺は…何も兄上の事をわかっていなかったのだな…」
「ジーク…?」
「俺は兄上の穏やかな俺への関わりかたが幼い頃から嬉しくて慕っていたんだ…誰に対しても差別する事がなく、様々な者達から慕われている姿に国王になる素地を持って生まれたのだと兄上を見ていてずっと思っていた。
だが…そんな俺の思いも兄上へ理想を押し付けていたのかもしれない。
俺が居る事で様々な人間を苦しませてきて…
俺が居なければ…皆苦しまなく平穏な道を進む事が出来たのかもしれないのかと思うと…」
「それは違うっ!!」
「フィー?」
「少なくとも私にとってジークはなくてはならない存在よ!
そんな事を言わないで…
居なくていい人なんていないわ!
ジークは居てくれなければいけないの!!」
フィーリアの瞳からは涙が溢れていった。
ジークフリードのいない世界を想像するだけで恐ろしくなる。
「フィー…そうか…フィーがそう俺の事を見てくれるだけで俺の存在意義があるのだと思えるよ…
ありがとう……」
フィーリアの言葉はジークフリードにとって何よりも救われるような言葉であった。
ジークフリードはフィーリアをそっと引き寄せ抱き締める。
久しぶりのジークフリードの存在を近くで感じてフィーリアはほっとした。
ジークフリードの温もり、息遣い、匂い、全てが自分を包んでくれているような感覚をフィーリアは感じた。
その時、ジークフリードの指先がフィーリアの唇をなぞる。
「こんな状況なのに、兄上がお前に触れた瞬間怒りが溢れた…
もう…二度と誰にも触れさせやしない…フィーに触れていいのは俺だけだ…」
そして、二人の唇が重なり合う。
フィーリアにとっても、無理やりクリストファーから口付けられた先程感じた嫌悪感をジークフリードの唇が上書きしてくれるような安堵感を感じていった。
そんな二人の甘い一時を殺気が打ち消す。
「……っ!!」
フィーリアより先にその殺気に気が付いたジークフリードがフィーリアを庇うように立ち位置を咄嗟にずらす。
突然の事にジークフリードの腕のなかからフィーリアが目線をあげると二人の側には王太子妃であるセフィーヌが短剣を持って立っていた。
セフィーヌの持つ短剣の刃からは血が滴り落ち、それを見たフィーリアはジークフリードへ目を向けた。
脇腹を押さえているジークフリードの指の間からは血が流れ落ち、表情を歪めるジークフリードがいた。
「え…」
ジークフリードはセフィーヌの手首を押さえて短剣を床に落とし遠くへ蹴り飛ばした後叫ぶ。
「マーヴェスっ!!近くに居るなら入ってこいっ!!」
その声に踵を返そうとしたセフィーヌを取り抑えようとしたジークフリードだったが、刺された痛みで動きが遅れた。
動揺していたフィーリアは気持ちを切り替えセフィーヌの動きを封じた時、外からルークが駆け込んできた。
「何が…
妃殿下っ!?何故こんな所に…
それよりも、子爵っ!その怪我…」
「少しばかり…油断…した……ッ…
……何故…貴女がこの…ような…事を……」
「……この国の…世継ぎは…何人もいらないわ…
貴方が居なければ…あの方は…狂うこともなく…この子の事も認めてくれたかもしれないのよ…」
「子…?…妃殿下……貴女は…兄上の子を宿して…いるのですか…?」
「ジークっ!もうこれ以上喋らないで!血が…」
「フィー…俺なら大丈夫だ…それよりも…何とも…ないか?」
「私の事よりもっ…!!私は何ともないわっ!」
「子爵、フィーリア。取り敢えず王城へ妃殿下を連れていこう…
それに、子爵は傷を早く処置をした方がいい。」
「ああ……そう…だな……」
フィーリア達はセフィーヌを連れて王城へ向かった。
その道すがらジークフリードの傷口から流れる血は圧迫し押さえても止まる事はなく転々と血の跡を残していった。
どんどん顔色の悪くなっていくジークフリードの様子にフィーリアの心臓はどくどくとしきりに音を立てる。
(どうして…こんな事になっているの?
何故ジークが傷付けられなければならないの?)
王城へ着き妃殿下をレオンへ引き渡した直後荒い息遣いのジークフリードの意識が途切れていく様にフィーリアの胸の中を嫌な感覚が襲う。
「ジークっ!!」
◇*◇*◇*◇*◇
ジークフリードの状況に、駆け付けたウォルター、ジョゼフ、ヴィクター、ロッソ、ユーゴは言葉を失った。
そして、国王であるウォルターが言葉を発する。
「何が…起こった……」
側にいたルークが答える。
「王太子殿下の隠れ家で潜んでいた妃殿下が子爵へ短剣を向けて子爵の脇腹を刺してしまわれました…
出血が多く…侍医からは…何とも……」
「何故!?妃殿下がジークを刺したのだ!?」
「妃殿下が事を起こした後、呟かれていた言葉から…
妃殿下は王太子殿下のお子を身籠られており…王太子殿下とそのお子のお立場が失くなる恐れからではないかと…」
「何て事だ…」
取り乱す国王を宥めるジョゼフに、顔色を失くすユーゴとロッソがいるなか、ジークフリードが横たわる寝台の横で涙を流し続けながらジークフリードの手を握り締めるフィーリアの肩を抱き寄せているレオンの姿があった。
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