第16話 告げる気持ち
無表情のジークフリードがフェルナンデスを見据えていた。
「フィーリアを返して頂きたい。リントン殿。」
「リトラル子爵…カトレアはどうしました?」
「ご自分の妹ぐらいご自身でお探しください。
それよりも、彼女は自分の婚約者だ。フィーリアを何処へ連れて行く気でしょうか?」
「フィーリア嬢が疲れたようで風に当たりたいと申しておりましてね。」
「そうですか。そんなに疲れたようなら、もう帰らせて頂こうと思いますので、まずその手を離して頂けますか?」
フェルナンデスがフィーリアの手を離すと、すかさずジークフリードはフィーリアの手首を掴み歩きだした。
ジークフリードの足の進みは止まらず、フィーリアの手首を掴む力は緩むことなくエントランスホールへ向かう廊下を無言で歩いていく。
「ちょっ…ジークっ…待って…
ねぇ、ジーク!待って…ジークお願いっ!
痛いっ…」
ちょうどエントランスホールへ辿り着いた時とフィーリアが叫んだのは同じであった。
しかし、そんなフィーリアへ目を向ける事もなく、ジークフリードは掴んでいたフィーリアの手首から手を離すと肩を抱き、そのまま乗ってきた馬車へフィーリアを乗せ御者へ帰るように告げた。
何も話さない状態のまま暫く馬車が走る中、ようやくジークフリードが口を開いた。しかし、その声は普段よりも低くジークフリードが怒っていることがよくわかった。
「何故、あの男と踊る事を了承した?」
フィーリアは、ジークフリードが怒っているのはテラスへフェルナンデスに連れていかれそうになって騒ぎを起こしそうになった事が理由だと思っていたが、ジークフリードが聞いてきたのはそれよりも前のダンスを踊るとフィーリアが言った事だった。
「だって、断ってしまったら角がたってしまうじゃない。」
「そんな事はどうでもいい。俺は言ったはずだ、あの男と関わってほしくないと。
俺の話も聞かずにあの男に関わるから、あんな事態が起きるんだ。あのままテラスへ連れていかれていたらどうなっていたのかわかっているのか!?」
フィーリアは何故こんなに自分ばかり責められなければならないのか悔しくて悲しく感じた。
自分の迂闊な行動があのような事態を起こした事は自覚はしていたが、フェルナンデスから酷い言葉を投げ付けられ傷付き、そして目の前のジークフリードには他に想う相手がいて、自分の気持ちの置場所が何処にもないような憤りを感じた。
もう、冷静に考えることも出来なくなっていたのだ。
「どうして…?」
「フィー?」
「どうして、そこまで言われなければならないの!?」
「え…?」
「私だって喜んで政略結婚したい訳じゃない!!
そんなに、私の事が邪魔だったら、初めからこんなジークの本意でない婚約なんて結ばなければよかったでしょう!!」
「政略結婚だと?」
「そうでしょう!?
父様とヴィクター様とで結んだ話でしょう!?
ジークだって、他に愛している相手がいるのにどうしてこんな政略結婚の話を了承したのよ!!」
「何を言っている?俺の愛している相手?」
「誤魔化さないでよ!!
私だって知っているのよ!ジークがカトレア様と恋仲だって!その事でどうして私がフェルナンデス様からあんな酷い事を言われて酷い事までされそうにならなければいけないの?
私の気持ちはどうしたら…いいのよ…
こんな上辺だけの優しさなんていらない…こんな優しくして期待させたって、ジークの心は私には向いてくれないのに…カトレア様にしか本当の想いを向けられないのなら、初めから優しくしないで!これ以上私のジークへの気持ちを報われないものにしないでよ!!」
フィーリアの大きな瞳から沢山の涙が零れ落ちていく様子を茫然と見詰める事しかジークフリードは出来なかった。
その時、いつの間にか止まっていた馬車の外側から声がかかった。
「お着きになっておりますが…扉をお開けしても宜しいでしょうか?」
「開けてっ!!
ジーク……これは…受け取れない…
こんな見せ掛けだけの気持ちなんていらないわ!!」
そう言うとフィーリアは今夜の夜会の為に贈られた首飾りを外してジークフリードの手へ無理やり押し付け、執事のイアンが開けた馬車のドアから一人降りると走って邸の中へ帰っていった。
フィーリアが走り去って入っていったエントランスの扉をジークフリードが茫然と見ている時、ウェストン家の執事頭であるイアンが口を開いた。
「リトラル子爵殿、立場を弁えず御無礼ではありますが不敬な発言をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「不敬など思わない。何だ?」
「お言葉に甘えまして御無礼ではありますが昔のお小さい頃の時と同じ様に話させて頂きます…
馬車が屋敷に到着なさってからのお二人のお言葉しか聞こえませんでしたが…
ジークフリード様、このようにご立派なお姿に素晴らしいお力もお付けになりましたが、フィーリアお嬢様への関わり方はお小さい頃と変わらずひよっこでございますな。いえ…お小さい頃の方がまだ、フィーリアお嬢様のお気持ちを汲んでいらっしゃいました。フィーリアお嬢様をあのようなお顔にまたさせてしまうようでしたら、ウェストン家の使用人全てを敵に回したとご理解くださいませ。
御無礼な発言失礼致しました。なんなりとこの年寄りのイアンを罰してくださいませ。」
「罰する訳がないだろう…
お前にはレオンやフィーリアと同じ様に幼い頃から立場を怖れず俺の至らない所や間違っている所を教えて貰って感謝しているよ。
イアン爺…お前の言う通りだ。俺はあの頃よりもどうしようもない…
何も気がついていなかった…
この事は宰相へ言い付けて貰って構わない…」
「そんな事をなさいましたら、旦那様は二度とフィーリアお嬢様をジークフリード様には会わせませんよ?
お嬢様の事を諦めますのでしょうか?」
「こんな不甲斐ない俺を見逃すのか?」
「今後のジークフリード様の御行動次第でしょうか?」
「お前も甘いな…」
「私にとってジークフリード様はレオン坊っちゃまや、フィーリアお嬢様と同じように可愛いですからな。」
「諦める訳がないだろう?十六年愛しみ、妹のようではないという想いを自覚してからは愛おしさは増すばかりだったんだ。
明日また会いに伺うとフィーリアへ伝えてくれ。」
「お会いになりたくないと仰有られましたら?」
「会えるまで毎日通うだけだ。」
「仰せつかりました。」
ジークフリードはフィーリアから突き返された首飾りを握り締めた。
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