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命の味  作者: Damzel
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命の味

魔王を倒した後勇者はどうなるのだろう。


RPGをプレイした後いつも考えてしまいます。

──ひと昔前の話をしようか。


俺達の国は”魔王軍”ってやつらに脅かされていた。王都周辺の村には魔物が出るわ、作物は盗られるわ、女子供は攫われるわで国王も頭を悩ませていた。


それで、国を救うために勇者を募り始めたって訳だ。

実際は英雄だなんて虚構の栄誉にかこつけた戦力増強ってだけの夢もへったくれも無ェ魂胆だがよ。…まァ残念ながら俺もその英雄って奴に憧れて参加した一人な訳さ。


仲間はみんな死んで行ったね。農民上がりで武器も持たん甘ちゃんを魔物まみれの荒野に放ったらどうなるかなんて、猿でもわかるだろう?だが何とか生き残った数人でチームを組み、魔王軍と奮闘したのさ。勿論その中に俺も居た。いや何、昔傭兵やってたもんでな?武器の扱いは…おっと、話が反れたか。失敬。


まあそんなこんなで魔王の住まう城に辿り着き、無事魔王に致命傷を与えて勝ったつもりで居た。その頃にはチームは3人…いや、2人に減っていたか。トドメを刺す頃には、立っているのは俺だけになっていた。見渡す限りの死体の中で俺は立っていたんだ。忘れもしないね、英雄になった痛みってやつは。


だが、平和に戻った世に危険分子など要らん訳で。魔王を倒し、生きて帰った勇者は平和という括りの中ではあまりにも異質だった。簡単に言おう、俺は救われなかった。国を救い、民を救い、全てを救済した俺は。仲間を喪い、傷つき、疲弊した身体を休ませることさえ許されはしなかったのさ。


厄介者扱いされた俺は辺境の樹海地域の護衛隊長に任じられ、部下の裏切りに会い、事故という名目で両腕を切り落とされ犯罪者扱いされて─────────


「今此処にいる訳で。」


暗い牢獄の中で、俺は雑に巻かれた包帯の上から拘束用の鎖を巻き付けられ、冷たい岩壁にもたれかかっている。鎖がちぎられた腕の傷口に食い込み、鋭い痛みと共に生を訴えてくる。人々を助け、魔物を切り倒し、平和だけを望んで生きてきたはずだった。どこで一体間違えた?


がしゃん、と格子に身体を預ける。町外れの洞窟の中に放置されていた古びた牢に見張りは愚か、生き物すら存在していない。生きているのか死んでいるのか。はたまた俺は元から罪人で、勇者として戦った日々は俺の頭の中での妄想だったのではないか。


「…あァ、腹減った。」


投獄されて5日、傷口から未だ滲み出す自分の血液を啜り、石を舐め、苔さえ喰らってまで俺はいきようとしている。それでも身体を生かすには圧倒的に足りない量である上にこの傷だ。命が消えていく感覚というのはこういうものなのだと、じわじわ絶望が俺を蝕んでいく。


「いっそ今、舌を噛み切ってしまえば楽になるか。」


ぐ、と舌を歯の間に挟み力を入れてみる。しかし舌の表面が少し切れた辺りで、死に対する恐怖というものが頭を持ち上げた。結局口の中に血の味がするだけで終わってしまった。嗚呼、何と臆病な事か。


「…死にたくねェなァ、」


ぽろりと口から零れた声は虚しく牢に響く。どうやったってこのままでは死ぬ。それでもまだ俺は生を諦めきれんらしい。笑える程に脆弱な俺が。栄誉の為に捨てても構わんとさえ一蹴した生に今更執着するなんて。


───ぺた、ぺた、ぺた、



「……ァ?」


何かが此方へ歩いてくるような音がする。例えるならそう、裸足で歩いてくるこどもの足音のような、軽く早い足取り。盗賊か、或いはただ飢えた獣か何かが血の匂いを嗅ぎつけたか。


「あーうー!!」


「…は?」


唐突に響く大きな鳴き声…いや、声?


「あう、あーあーうーあー!!」


ぴんと立った耳と、ふわふわとした尻尾が揺れる。くりっとした金色の瞳とまだ幼さの残る声色の少女が格子越しに、こちらをじっと見つめていた。


「…獣人、か。悪ぃな、血の匂いで寄ってきたみたいだが牢が開かねェんで食わせてやれねェ。」


「うー?…あ、うあうー!!」


こてん、と首を傾げた後ごそごそとポケットを探り出す。しばらくそうした後、彼女が差し出してきたのは小さな木の実らしかった。微かな光を受けて赤い実がやや照るのが分かる。格子に手を差し入れ、俺の方に突き出した。


「…くれるのか。」


「う!!」


こくん、と彼女は頷いた。身体を前へ乗り出そうとすれば、鎖が傷に食い込み痛む。思わず声を詰まらせる。彼女は心配するようにこちらの顔を覗き込み、木の実を差し出す手をよりこちらへ伸ばしてくれた。


「…ん、」


一度奥歯で噛み砕けば、苦みと酸っぱさが鼻を突き抜ける。はっきり言えば不味い。食感はぷちっと弾ける果実にも似るが、味は実に悪い。それでも食べられる物に有りつけただけでも重畳と言えるだろう。彼女は俺が食べる様子を見て満足そうに笑い、尻尾をぶんぶんと揺らしていた。


「あう、あ!!」


もう一つ木の実が差し出される。久々に喉を通る食べ物の感覚に、俺は生きている事を実感させられる。舌を噛み切っていれば二度と味わう事が出来なかった感覚だ。


───死ななくて良かった。


少しだけ、口元が綻ぶ。ぐいぐいと押しつけられた実の苦くて酸っぱい味に再び顔を顰めるが、それでもしっかりと噛み砕き飲み込む。命が消える間際にこんな暖かな気持ちになるなど思っても見なかった。


「お前、名前は?」


「あう?うー…あ、う。」


「…言葉は分からんのか。」


「うあ?」


「…ルシェロ、って名前はどうだ。本当はずっと前に考えといた娘の名前なんだがな…産まれる前に嫁さん置いて出て行った父親に、名付ける権利なんざ無ェ。貰ってくれるか?」


「うしぇ、お?」


「そうだ、ルシェロ。お前の名前だ。」


「うしぇお、るしぇお!!あーうあ、うしぇろ!!」


「んなはしゃぐなよルシェロ、たかだか名前だぞ?…まァ、俺はもう長くねェ。腕無しの木偶に出来んのはこれぐらいだけさね。」


───それから。


俺の元にルシェロは毎日やって来て、食べ物やら水やらを運んできてくれた。さすがに狼やら猪やらを丸ごと取ってきた時は唖然としたが…それでもわざわざこんな死に損ないの為に動いてくれたのは嬉しかった。おかげで体も幾分か楽になったような気はする、傷口は相変わらず痛むがね。


俺は代わりにルシェロに言葉を教えてやった。日常で使う挨拶やら些細な言い回し、自分の名前、それから身の回りの物の名前。覚えが早い分彼女が喋れるようになったのはかなり早い段階だったと思う。


相変わらず格子越しの関係ではあるが、一人でいるよりはずっと良かった。自分がしっかりと存在している事が実感出来たからな。


「レド、おはよう!!今日、ジャガイモあるよ!!」


「…あァ、おはようルシェロ。それはジャガイモじゃなくて野いちごだって何回言えば覚えんだお前は。」


「む、ニンゲン語難しい。」


「覚えは早いんだけどなお前は…。」


「レド、これいつ壊れる?ルシェロ、レドのここ気になる。赤いのたくさん、ニンゲン動く出来なくなるって、レド言ってた。」


こつこつ、と牢獄の格子をつつきながら彼女は心配するように問いかけた。


「…さァ、いつになるだろうな。」


「ルシェロ、頑張って壊す!!それから、レドの言ってた色んな場所、歩く!!美味しいもの食べる、オフトン?で眠る、一杯草の上走る!!全部、レドと一緒いい。レド居ない、ルシェロひとり。」


「…ルシェロ、」



言葉を使わずに通じる関係、そういうものには憧れますね。

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