第六話:《祝福を》
「やっと、終わった……!!」
あれから三週間と三日。
私は、異世界のスキル、職業、迷宮のことについてなどを読み漁っていた。
迷宮とは。
異世界での主な稼ぎ場所であり、強い魔物の多くが徘徊する場所である。
迷宮、というのは世界に五つあって、そのどれもが巨大なものらしい。
そこには魔物が沢山いて、それを倒して、この世界の住人はランクを上げる。ランクを上げる際、主にここに来る者を、冒険者、というらしい。
ランクは、生まれた時点で登録され、その時点ではまだ最下位だ。だが、同年代の友達に喧嘩で勝つ、スライムのような雑魚魔物にかつ、などをしていれば自然とランクは上がるらしい。
倒す相手が高ければ高いほど、ランクも上がりやすい、とも聞く。
それから、ランクを上げる方法はもう一つある。
もっとも、これは人間や獣人など、意思の通じる生物限定なのだが。
それは、『闘技場』で自分よりランクの高い相手を倒すこと。
倒すことができれば、その相手のランクを奪い取ることができ、その逆に負けた奴はランクが1000下がり、スキルを一つ奪われる。
もしランクの高い相手に挑んで、ランクの低い側が負けたら、その人はランクが1000下がる。その上、挑んだ相手に、欲しいものを一つ献上しなければいけない。
挑んだのだとしても、挑まれたのだとしても、とてもリスキーな方法だ。
そして、スキル。
私は、異世界へ行く事の恩恵として、ある一つのスキルに目をつけた。
それは、スキル《幸運》。
その名の通り、運を上げるスキルだ。
私はこのスキルを、カンストした状態で貰う。
この一ヶ月程、食事も睡眠も必要でない私は、神様に全く会っていなかった。
おそらく、私が集中しているのを見かねて、気を使って姿を消してくれたのだろう。ありがたい。
「神様、決まりました。出てきてください」
「……カミ、とは呼んでくれないんだね。悲しいな」
ふ、と何もないように見える空間から出てきた神様。
久々に交わす言葉に、う、と喉が詰まる。
カミ、なんてやっぱり安直じゃないか、とよくよく考えて気づいたのだ。様を消しただけなんて、かなり酷いんじゃないか。もっと良い名前にしてあげた方がいいのでは??
「すみません、神様にあんな安直な名前を……。嫌なら、変えていただいて結構ですので」
むしろ変えてくれ、と思いながらそちらを見ると、心底嬉しそうに、君がつけてくれた名前だから、気に入っているよなんて言われて罪悪感が酷くなった。
なんだその理由、純度100%ですか。
「そうそう、ようやく決まったのかい? 僕は何でもいいから、君が望むものを教えてくれ」
「お待たせして申し訳ありません、カミ。私が欲しいのは、スキル《幸運》です」
私がそう言った瞬間、カミがピシッと固まった。
「君、資料はちゃんと読んだのかい?」
「読みましたよ、隅から隅まで」
「じゃあ、スキル《幸運》はとんでもない外れスキルだって事もわかっただろう? 何故それにしたんだい?」
何故、か。
確かにスキル《幸運》は、資料で読んだ限り、あまり良いスキルとは言えない。
レベルが上がるのが異常に遅く、そしてその恩恵は分からずじまい。
だが、私にはそれ以外に選択肢がなかったのだ。
戦闘系スキルは、身の丈に合わないと暴発する恐れがあるため、却下。それに比較的早く手に入れられるらしいから、向こうに行ってから素振りでもして取れば良いだろう。
それから、他のスキル。
これらは、あまり役立つスキルではなかったのだ。
正確に言えば、役に立つものはあるのだが、私が自立して生きるために必要なものではなかった。
スキル《水泳》、《料理》、《縫物》など。
これらは高額の給料を得て生きていけるが、あの危険な世界では死んでしまう可能性が高い。よって、これも却下。
これらを抜かした他のスキルは、所謂外れスキルしかなかったのだ。
その中でただ只管私の目を引いたのが、スキル《幸運》だ。
使い方次第では、どんなものにも化けるスキル。恩恵もわからないが、そこは一か八かだ。
初めから戦闘系スキルを取って暴発して怪我をするのも、自立を諦めて守って生きていくのも嫌だ。
「と、そういう訳で、私はこのスキルを選んだんです」
「なるほど」
真顔で頷いているが、私は心の中で考えただけであって、全く何も言っていない。
やっぱり神様はエスパーでもできるんじゃないだろうか。
「君の考えていることはわかりやすいからね。大方、面白そうだなんて思ったんだろう」
「いや、違いますけど??」
「違わないよ」
断言されてしまった……。
私の決めたことだというに。
「君が本当に安定して生きていたいだけなら、迷わず職業に関わるスキルを取るだろうね。《幸運》なんて不確かなスキルを取っても、自立できない可能性は高い。なら、確実性のある方を選ぶべきだ。そうしなかったってことは、つまりそういうことなんだよ」
えぇ、そうですか……?
不満そうな顔をする少女を見つめ、神をやめた人は思う。
彼女は、自身が思っているよりお人好しで、優しくて、それでいて何処か無防備な人間だ。
そして、あるところではとても傲慢。利己主義だってびっくりの強欲さを、たまに見せることがある。それすらも、人を惹きつける。
彼女は知っているのだろうか。
彼女にどれだけ周りが救われてきたか。
きっと君は知らないんだろう、僕のことだって忘れていたんだから。
大丈夫、なんて。
そう言われて差し出されたあの手を、今でも覚えている。
莫迦みたいに泣いていた僕を、撫でてくれた温もりを覚えている。
怖いのなら、目を閉じれば良い。
知りたくないなら、耳を塞げば良い。
逃げたって良いの。でも、あなたが。
本当に助けて欲しいのなら、手を伸ばして。
怯える僕に、彼女はそう言った。
目を合わせて語りかける彼女に、僕は––––––––。
ふ、と目を閉じ、彼女を強く想う。
言の葉を、紡ごう。
「《運命に逆らえ》《神が愛するのは》《無邪気な少女》」
驚いたような目で、少女がこちらを見る。
きらきら、純粋な目が、僕だけを映す。
あぁ、綺麗だ。
「《祝福を》」
ふわり、彼女の髪が靡いた。