第一話:かみさま
なんだかなぁ、と釈然としないまま目の前の天使を見上げた。
きらきらと輝く金の髪、同じ色の瞳、頭の上の輪っかと背中に生えている翼は、全て天使と呼べるものだ。
この世のものとは思えない美貌も、もしかしたら天使になるための条件だったりするのだろうか。
顔の造形は、こんな状況なのに見惚れてしまうぐらい綺麗だった。
「……気付いた?」
にっこり、目の前の彼女……彼?は笑う。
性別がどちらなのか、そもそも天使に性別はあるのかを考え、どうでもいいかと頭を降る。
今考えるのは、そんなことではないというのに。
「ここはどこで、貴方は誰なの?……ですか?」
そう、それが一番大事。なにせ、目覚める前の記憶がない。今なんでここにいるのかもわからない。
というか年下だからと思って敬語を使わなかったが、よく考えたら、天使に人間の歳が通じるわけがない。いや、常識的に考えて天使なんていないはずなんだけれど。
働かない頭でいくら考えても、わからないものはわからない。混乱する私を見て、天使様は苦笑して口を開いた。
「敬語じゃなくったっていいよ、距離を感じるじゃないか。私は神だけれど、所詮私欲をもった、少し長生きするだけの人間にかわりはないのだから」
「……かみ、さま」
「だから、敬称なんてつけなくていいよ。様付けなんてしてほしくない。なんなら勝手にあだ名もつけてもらって構わない」
「あ、いえ、」
「……ごめん、まだ混乱しているのかい?二週間も眠っていたからね」
「に、二週間?!」
驚いて大声をあげてしまう。二週間なんて、寝てるというか、もう死んで……う。
そう考えると、頭がズキリと痛んだ。健康良児であることぐらいしか長所がなかったのに、情けない。
唇を噛み締めて痛みをこらえていると、目の前に来た神様が、すっと頭を撫でた。すると、みるみるうちに頭の痛みが治まり、だんだんと落ち着いてくる。
「あ、ありがとうございます……?」
「敬語は要らないかな」
またもや苦笑されてしまう。すみませんね、お手数お掛けして。
神様にせめてとぺこり、頭を下げると、神様の顔に浮かんでいたのは苦笑ではなく、困ったような笑みだった。
なにか失礼をしてしまったかと焦るが、それに神様はまた苦笑し、また慌ててしまう。
「ごめん、やっぱりきちんと説明した方がいいかな。君が何故ここにいるのか、何があったのか」
「え、あの、知っているんですか?」
「神様、だからね」
そう言われて少し納得してしまった。
全知全能、慈悲深くて、思慮深い。それが私の神様のイメージだ。
私は今まで神なんて信じていなかったけれど、本当にいるのなら宗教にでも入っておけば良かったかもしれない。
「……なんとなく君の考えている事はわかるけど、止めた方がいいと思うよ。僕らは、なんでも神のせいにして行動に責任を持たない人間は好きじゃない」
……さいですか。
結構ズバズバいうなこの神様。神様のイメージから慈悲深いを抜いておこう。
「今、なにか失礼なこと考えたでしょ」
「……いいえ?」
神様は、やっぱりなんでもわかるらしい。私の考えも、お見通し。
「言っておくけど、私は君の考えることはわからないよ。……でも」
わからなかったのか。
……でも、なんだろう?
首を傾げると、神様は観念したように口を開く。
「僕は、君をずっと見ていたから」
「見ていた?」
「そう。……藍川 歩弥、十九歳。八十八歳の誕生日、老衰で死す。それが、僕らの知っている君のこと」
いや、ちょっと待って。ツッコませて頂きたい。八十八で死ぬ?成年もせずに死んでるんですがそれは。
そう思っていると、神様がクスクスと笑い出した。いや冗談じゃありませんよ、私死んでるんですけど。
「ごめんね、気分を悪くさせるつもりはなかったんだ。ただ、君があんまりにも素直だから」
素直ねぇ。
世渡りが下手って意味じゃなくてか?
「本当にごめんよ。笑って誤魔化したいところなんだけど、それは君に不誠実すぎるね。私も一応は神。きちんと、話すよ」
不意に真顔になった神様は言う。
不穏な空気だし、頭もまた痛くなってきたしで逃げたい。具体的にはもとの場所に帰りたい。
「君はね、死ぬはずじゃなかったんだ。……僕が、ころしてしまった」