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第十四話:最善策


「君らの頭領は?」

「わからなっあぐっ」

「……どこまで、知ってる?」

「何のことだ? ウガァッ」


 探索を始めて約三十分。

 僕らは交代でアイリを背負いながら、『夜鴉』の情報、頭領を探っていた。


「外れ、外れ、また外れ……。ここは本当に奴隷が多いねぇ」

「幹部以上は、十人にも満たない。他は全て奴隷。口を割らないよう命令されている」

「だろうね。ヴァイス君も趣味が悪い」

「……ヴァイス?」

「ここの頭領だよ」


 そういうと、驚いた顔をされる。知っているのか、とでも言いたげだが、これぐらい知っていなければ【世界を知る者】は名乗れない。


「ちょっと昔馴染みでね。逆らうな、と言ったんだけど、忘れちゃったのかもしれない。確認しなきゃ、ね」

「……あんたに脅されて、まだ逆らう奴なんて早々いないと思うが」

「ねー。驚いちゃった」


 至って軽い口調で言ったが、内心は苛立ちしかない。

 昔あれだけ絞ったというのに、まだ足りないとでもいうんだろうか。もういっそ、火炙りにして回復魔法をかける、という永久拷問でもしてやろうか。


「あーあ、役に立ってたのになぁ。駒を捨てるのは嫌だけど、仕方ないよね?」

「……」

「……すいません、あのぉ」

「だって僕に逆らったんだし。死んでもいい気がする」

「ひぇっ?!」

「……おい」

「あ、でも殺しちゃ駄目か。やっぱ永久拷問でいいや」

「……」

「おい、右」

「気付いてるよ。軽くいじっただけ」

「最早それは脅しですよぉ……」

「あ”?」

「すみませぇぇん!」


 僕の隣に忍び寄り、ぴぃぴぃと耳障りに泣くのはこのギルドの頭領、ヴァイスだ。

 猫の獣人であり、この巨大なギルド『夜鴉』を束ねている。ランクは十万以下、どちらかというと裏から手を回して上にのし上がるタイプだ。だからと言って武力に対抗する手段がないわけではなく、常に自作の強力アイテムを持ち、強者を側に従えている。

 言うなれば小心者で臆病者だ。


「で、君は何をしてるわけ? 僕に逆らう勇気とかあったっけ」

「ちっ違うんですぅ! 僕はテオ様に逆らうとかそういうわけじゃなくてぇ、ただちょっと、」


『欲しくなっちゃった』だけなんですぅ……。

 恍惚の表情で言い切った目の前の猫に、イカれてる、と僕は呟く。それを見ていたウィル君が、あんたがいうか、とまたつぶやいていた。聞こえてるからね?


「だってだってぇ、《選別》に反応したんですもぉん……。それも、すっごく強く。テオ様に反応したと最初は思ったんですけどぉ、ちょっとだけ座標が違くてぇ、もしかしたらって思ったんですぅ」


 ビンゴでしたぁ、と可愛らしい表情で告げる此奴は、目の前に僕がいるということを理解しているのだろうか。

 スキル《選別》。内容は未だ不明なまま、《鑑定》をかけても説明には『選ばれし者を見つける』としか書かれていない。 『選ばれし者』とやらのの定義もわからないし、このスキルの保持者がヴァイスだけであるため、取得条件もわからないままという謎に包まれたものだ。


「過去に反応したのは、料理人、奴隷、あと僕と、誰だっけ?」

「それだけですよぉ。町で働いていた給仕は、この間死んでしまいましたけどぉ」

「……は?」


『選ばれし者』の定義がわかるまで生かしておけと言ったのを忘れたのだろうか。それとも本当に頭が悪くなったのだろうか。


「まぁいいや、あの子がいるし。他の奴らも自由にしていいよ」

「……っ本当ですかぁ?! それなら僕、あいつらのこと、生かして殺して、ふふ……」


 今にも涎を垂らしそうな表情で笑い続けるヴァイスは異常でしかない。アイリが此奴の手にかからなくてよかった、と心底思う。


「その代わり、彼女に手は出さないこと。絶対にだ」

「えぇ?! そんなの、そんなの……ひどいですぅ」

「自分の言動省みて」


 何が酷いものか。

 このままアイリを此奴に預ける方がよっぽど酷い。人でなしと呼ばれても仕方ないだろう。


「テオ様が今持っているのが、『選ばれし者』の少女なんですかぁ? ちょっとだけ触らせ」

「殺すぞ」

「ごめんなさいいぃぃぃ!」


 僕は低くそう言い、伸ばしていた手を切り落とす。それだけでヴァイスが身を引けばいいのだが、謝りながらも手に回復薬をかけ再生させて、アイリをまだ見詰めていた。


「ハァ。あのさ、君は死にたくないんだろ? 役に立つから生かしておいたし、巨大ギルドのコネはいくらでもいるけれど。この子に手を出したら殺す、この子について言及しても言い触らしても殺す。いいね?」

「……はぁい」


 よし、僕は頷く。

 彼は異常者だが、それよりも自分の命を一番とする小心者だ。

 知能が高いだけで、利益を、自分を何よりも優先させる。こういう奴は扱いやすい。


「でもぉ、多分もう話は広まっていると思いますぅ」

「……は? なんの?」

「テオ様の寵愛を受ける方がいるとぉ。僕が見張っていた時、インデル王国、ラドラ王国の使者も一緒でしたからぁ……。隣に『選ばれし者』がいるのは僕しかわからなかったんですけどぉ、『選別』を持つ僕のギルド『夜鴉』が襲われたと知れたら、同行者がいたのでは、と疑うでしょうねぇ」


 あと僕あの時すっごく興奮してましたしぃ、多分あの時から疑われてますぅ。

 笑いながらいうヴァイスに舌打ちをする。

 ラドル王国に、インデル王国。どちらもランク上位者が多い大国であり、【世界を知る者】の情報を欲しがっている国だ。

 ランク500位以下をつけ回すとは暇なのか、それともあの森に珍しい魔物が多くいるからと五年も引き篭もってた僕が原因なのか。

 どちらにせよ、やりにくいことこの上ない。

 僕の情報を強く欲しがるあれらの王国は、弱点があると知ったら真っ先にそちらを狙うだろう。

 アイリの危険が増える。


「あーもう、だから人がいるところは嫌だったんだ。人族ヒューマンは貧弱な癖に知能は無駄に高いんだから」

「テオ様も、人族ヒューマンじゃありませんでしたっけぇ……」

「僕は強いからいいよ」


 話をしながらこれからの事を考える。

 どこに行くべきか、あの子に何を教えればいいのか、追手はどれだけ来るのか。

 今夜は徹夜だな、そう思いウィル君を見ると、同じ事を考えたのか諦念の表情で頷かれた。


「とりあえずラドルとインデルには行けないね。って事は、そこまでの経路を行き来してるのが一番いい」

「……ラドルとインデルの方向に行くのは悪手じゃないか」

「いや、近付いて情報を探れる方がいい。それに、ここは町の隅っこだから、そうじゃないと海か森か魔王城しか選択肢がない」

「絶望的ですねぇ……」


 本当にね。僕らは二人で激弱少女を守らなきゃ行けないし、逃げようとしても逃げ道が一つしかない。

 それに、ラドルには厄介な奴がいる。


「とりあえず、インドルに喧嘩でも売っとく?」

「殺されますよぉ」

「ラドルに見つかる前に混戦状態にした方がいいかなって」


 ラドルには確か、ランク一桁代がいたはずだ。

 それだけで国のステータスとなる、それがランク一桁台。正直戦いたくないどころか会いたくない、同じ世界にいてほしくない。


「いずれは、見つかる……。ランク一桁代を引き入れておくべきかも」

「やだよ僕、彼奴ら頭おかしいもん」

「同意ですぅ……」


 いやまぁ、頭の状態で言えばラドルにいる奴はマシと言えばマシなのだが。

 何を考えているかわからない、弱点がない、誰にも必要以上に関わらず、誰とでも接する。

 そんなラドルの王–––––ルーカス・ラドルに心酔する者は多い。むしろそっちの信者のが頭おかしい。


「泰然自若、冷静沈着、端然不動。知能は高く、戦力もこの世界で一桁代ということから言わずもがな、表情を表に出した事はなく、けれど気遣いはできる。全く、不気味なものですよ」


 それで一国の王という肩書きもあるんだから、余計に。

 確かあの国は、ルーカス・ラドルのために作られたんじゃなかったか。だから、王国の名前が王のファーストネームと同じ……。


「寒気するよね、彼処は。信者とか、悪口一つでも言ったら殺しにかかってくるし」

「……今はまだ、王が止めているからいい。手付かずになったら、彼らは王に逆らう人々を襲い始める……」


 そうなのだ。

 彼らのタチの悪いところはそこだ。

 熱狂なファンと言うだけなら返り討ちにすればいい。だが彼らは、一律でランクが高く、統率が取れている。一般市民も、子供でさえまるで軍隊のように殺しにかかってくるのだ。


「確か、彼処の法律は……」

「『ルーカス・ラドルに従う事』。これ以外は何をしてもいい、実質無法地帯だね」


 そう、これが思いの外厄介だ。

 ルーカスが何を求めているかわからない以上、あの国ではどう振る舞うのが正解なのかわからない。

 堂々と奴隷を売るし、娼婦だっている。喧嘩だってお手のもの、むしろ国中で行われている。けれど、何かの拍子でいきなり信者全員で襲いかかってくるのだ。意味わからん、二度と行きたくない。


「テオ様は一度行ったことが」

「やめて今記憶を抹消してる」

「……思い出して……どんなことでも、断片的にわかれば情報になる……」


 いや、そう言われてもこれ以上情報なんて出せな……あ。

 一度だけ、おかしいことがあったかもしれない。

 本当に小さい頃に一度母と行って、その次に一人で行った。その後は行ってないけど、母と行った時、何かおかしいことがあったような……。


 小さな少女がいた。ルーカスがいた。

 あの時、僕が七歳だったから……ルーカスは十四か。十四?! そんな歳で建国してたのか。ここまで完璧だといっそ不気味だな。


「待って、もうちょいで思い出す……」


 あの時、少女が魔物に襲われて、それにルーカスは……。

 頭がズキズキと痛む。この感覚を僕は知ってる。

 スキル《喪失》で記憶を奪われた時に起こる現象だ。


「《状態異常解除》」


 僕のレベルで足りるか……?

 頭の中で思いっ切り火花が散る。失敗した、僕は膝をつく。


「大丈夫ですか、テオ様ぁ?!」


 ヴァイスが悲鳴をあげる。こんなのでも世話をしてきたから、情をうつしてくれたのだろうか。それともただの演技か。


「あーくそ、見えないなぁ」


 母と国に行った記憶はある。織物を売って、ブローチを買った。国の宿に泊まって、ふわふわのベッドに埋もれて寝た。

 だが、帰りに門を通った記憶がない。馬車の中で目を覚ましたところからしか。


 それだけ隠したいことなのかなぁ。

 彼は、オリジナルの戦闘系スキルを編み出すことには長けているが、バフ・デバフ系のスキルを伸ばすのが得意ではない。少なくとも、僕よりはスキルの伸びが遅かったはずだ。

 まぁバフやデバフが使えなくても、圧倒的な強さがあることには変わりがないのだが。

 そんな彼の《喪失》が、僕の《状態異常解除》のスキルレベルを超えた。《喪失》は伸びにくいスキルだし、何より一時的に奪うことを目的としたものだから、十五年も持つはずがない。

 えぇと、僕の《状態異常解除》がLv.64で、それに【世界を知る者】で+500だから……。

 564以上。なんてことだ、新記録じゃないか。

 今スキル《喪失》の最高レベルは426だから、百以上上まっていることになる。


「清廉潔白、みたいな顔した彼が秘密を持っているなんてねぇ。ふふ、面白いなぁ」


 僕は笑って、勝利を確信する。

 心配するような目で見られたけど、大丈夫。これは破れる。


 単純なスキルレベルでは負けるけど、ブーストかけるなら問題なし! むしろ勝てる!


「というわけで、ジャジャーン! こんな時に便利なアイテム、スキルブースト! これは+500、10と書いてあるから、スキルレベルが+500した状態を10分間続けることができます! 副作用は気にしないでね!」

「……それ、合法?」

「見るからにやばそうですけどぉ、テオ様死んじゃいませんよねぇ?」

「いけるいける、多分。んじゃぐびっと」


 ごくり、と一気に口に入れる。あ、意外と美味しい。

 特に体に変化は……ないな。うん、大丈夫。


「《状態異常解除》」


 パチリ、という音がして、僕の記憶が戻ってくる。成功だ。


 目を瞑り、あの頃の情景を思い浮かべる。

 門を出た僕と母さんは、魔物に襲われる。小さな少女と一緒に。

 そこにルーカスが出てきて、少女を守って魔物を蹴る。


「何してる、ゴミクズが」


 此奴に触れるな、彼はそう言った。少女を左手に抱え、狂気を瞳に宿し、ただただその魔物を串刺しにする。

 完全には殺さず、回復魔法をかけ、それを森まで転移させた。

 見たことのない怒りを浮かべたまま、彼は少女に心配そうに問いかける。


「大丈夫か?」

「もう、大袈裟ですね! あれぐらい二秒で倒せましたのに」

「遅い。精進しろ」

「え、まって普通にボケたつもりだったんですけど。私倒すとか無理なんですけど」


 ルーカスに微笑みかけた少女は、戯けたように笑顔を振りまく。

 ルーカスはそれを、愛おしそうに見詰める。


 こちらに少女が振り返り、顔が見えた。

 青い髪に同色の瞳、首には黒いチョーカーをつけている。将来は多くの男に言い寄られそうな美形だ。


 話をする二人は、不意に周りに気づく。


「……まずいな」

「まずいですねぇ」


 ふふ、優雅に微笑み少女は言う。

 多分まずいのは、彼が少女を守るために激情を露わにしてしまったことだ。少女が弱点と知られれば、この世界で生きにくくなる。


「姉様、私が《喪失》をかけましょうか?」

「この場の全員にか?」

「はい。……大丈夫ですよ、カンストしたら多人数に強くかけることができるんです。下がっててくださいな」


 え、何それ初耳。てかカンストしてたんかい。

 現実の僕がそう考えていると、少女が空に手を掲げた。


「《過去を奪え》《潜めたのは》《彼の愛》」


 魔法を詠唱する。

 少女の周りに黒い粉が舞い始め、それに触れた瞬間、僕は意識を失った。


「成る程、そういうこと」


 所詮弱点のない人間などいない、ということだろうか。

 一人の少女のために激情を晒したルーカスを思い浮かべる。


「……何か、わかったのか?」

「あぁ、特ダネがね。行き先はラドル王国だ、ここからだと一週間はかかるよね? さっさと準備しよう」

「あ、あのぉ、ラドルに行くのは得策ではないかとぉ……」

「最善策、だよ。目的が同じ奴とは組みやすい」

「……同じ、目的?」

「そ」


 僕はアイリを守るために。

 彼は青髮の少女を守るために。


 協力関係、というのは建前で、実際脅しに行くわけだ。彼女の存在をバラされたくなければ協力しろ。それを言いに行く。


「仕掛けを施さなくちゃね。念入りに」

「悪い予感しかしない」

「同感ですぅ……」


 失敬な。

 ただちょっと、命の覚悟をして欲しいだけなのに。


「どうする、もうここ出る? この子が気がかりだけど」

「休ませた方がいい……。明日出よう」

「わかった。部屋用意して」

「今すぐにぃ」


 ヴァイスは上に潜んでいた部下に命じ、部屋を空けさせる。ごめんね、寝床奪っちゃって。


「明日からまた忙しくなるし、今日はここで解散。お疲れー」

「……ちょっとまって」


 ウィルくんに肩をがしっと掴まれる。なぁにウィルくん、もう寝ようよ。

 非常に何か言いたげな目をして僕に抱かれているアイリを見ていたものの、諦めたのか、それ以上何も言わずに去っていった。


 や、ここで襲撃されたら困るから一緒に寝るだけだよ? 他意はないから、安心して。……多分。


 部屋の扉を開け、天蓋付きのベッドにアイリを横たわせる。

 僕はベッドの隣の椅子に座り、アイリの髪を撫でた。


 困ったなぁ。

 研究対象だから守る。そうだったはずなのに、あまりに純粋な彼女に惑わされているのかもしれない。この少女を守りたい。守れて、頼られて、それに満たされた。


「責任とって欲しいぐらいだよ。……おやすみアイリ、いい夢を」


 僕は彼女の額にそっと口づけを落とした。


 軽率にフラグを立てていくスタイル。

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