第十話:アイリ
「ハーブティでいいよね?」
「紅茶がいいで……なんでもありません」
逆らったらすぐに矢を手に取るの、やめた方が良いと思うの。友好関係築きましょうよ。
ん、とハーブティを手渡される。受け取る。飲む。美味しい。
ほっと息をつく。
ようやく一息つくことができた……。
空からスタート、30分ぐらい慎重に滑空して、降りたら歩きまくって。
心身ともに限界だった。これは嬉しい。
「さて、と。本題なんだけれど」
にっこり笑って告げられる。
本題とか嫌な予感しかしない。
「その前に、忠告」
「僕に逆らったら命はないと思って。君はただ質問に答えるだけで良い。余計なことはしないこと」
脅迫じゃないですかやだー。
友好関係築くつもりとか、こいつには最初からなかったんや……。
あっはい頷かないと殺されるんですねわかりました。
ぶんぶんと頭を縦に振る。
「よろしい。では、第一に君の種族は?」
「……人間、です?」
「なんで疑問系なのさ」
呆れたように言われる。
すいませんね、種族すら把握してなくて。
多分、角とか獣耳とかついていないから人間だと思うんだけど……。ちょっとよくわからない。
「羽があるし、鳥人族だと思ったんだけど。人族なの?」
「あ、これは飛行の補助具です。スキル《飛行》を手に入れたらついてきました」
「あの低確率で? よく取れたね。というか外しなよ、それ」
「……どうやって外すんですかこれ」
「頭大丈夫?」
頭の心配をされた。酷い。
「あぁ、スキルポイントを使って手に入れたんなら、わからないか」
「スキルポイント?」
「……まさかそれも知らないんじゃないよね」
「いや、知ってますけど」
資料で見たことがある。
ランクが1000上がるごとに手に入るもので、多くスキルポイントを使って取ったスキルほど、強いスキルなんだとか。
「でも、私スキルを使って手に入れたわけじゃありませんよ? さっき、ここで手に入れたんです」
「……さっき、ここで?」
あ、ここっていうよりは空でか……。
「スキル《飛行》の取得条件は、1000メートル以上上から落ちること。ここ、高台とかなんもないけど、どうやって取得したわけ? それから、自然取得スキル欄、まだ埋まってないの? 見た所十八ぐらいでしょ」
へぇ、スキルに取得条件とかあるんだ。1000メートル以上って……そんな落ちたのか。怖っ。
それから、自然取得スキル? なんですかそれ、資料にはなかったんですけど。
「……君と話してると混乱する」
「奇遇ですね、こちらもですよ」
「無駄口叩かない」
「はい」
理不尽だ……。
「まずさっきの話、どこまでわかった?」
「全部わかりません」
「正直でよろしい」
よろしかったらしい。その割に疲れてそうですけど、大丈夫ですかね?
何事かを考える少年。私が暇になるので放置はやめていただきたい。
……いや、逆に良いのか? 私も考える機会を与えられたってことで。
まず、取得条件。これはそのままで、スキルを手に入れるために必要なことだろう。次に、自然取得スキル。これは、えぇと……。
なんやこれ?
字の通り、自然に取得できるスキル……本人の意思に関わらず取得できるスキル、ですかね? 条件達成したらって言うあれ。
本当なら、スキルポイントを使わないと手に入れることができないスキルを、条件を達成することで取得可能になる。これが自然取得スキルかな。
『スキル《思考》のレベルが上がりました』
それから、スキル欄があるんですっけ?
ってことは、自然取得できるスキルには限りがあるってことか。それもかなり少なくて、大体は小さい頃に埋めてしまうんじゃないだろうか。だから、年齢を確認された。
『スキル《思考》のレベルが上がりました』
スキル《飛行》は達成条件をクリアするために命を投げ打つようなものだから、自然取得の可能性は低いと考えられ……おっと。
ばちっ。
最早慣れてしまったあの違和感を拒否する。まだなんかしようとしてますねこいつ。
「……ちっ」
「舌打ちされた」
「してないしてない」
笑顔で躱された。説得力欠片もないですよ少年。
「えっと、少年」
「何、その少年って」
「名前わかんないんですもん」
「テオ」
「……少年」
チャキッ。
「テオ様」
「様とかキモいね」
「理不尽」
様呼びしなきゃいけない雰囲気だったじゃんさっきまで。
「えっと、テオさん」
「ハイなんでしょう」
「自然取得できるスキルっていくつぐらいあるんですか?」
一瞬そんなことも知らないのか、と言う顔をされた。
はー。溜息も吐かれた、泣くぞおい。
「自然取得できるスキルは、人によって数も種類も違う。数は運で決まって、種類は才能によって決まる」
言われた後、また違和感。拒否。違和感。拒否。
「何回やるんですかこれ?」
「君が受け入れるまで」
「怖っ」
「いや、冗談抜きにね。ちょっと気になるものだから」
そう言いながら彼が出したのは、銀色に輝くバッチだ。何これ。
「多分君は知らないだろうから言っておくけど、銀徽章。ランクが1000より上の生物に与えられる徽章。ちなみに一桁台がダイヤで作られた徽章で、100以内が金、10000以内が銅、それ以外はナシ。それから、僕の職業は考古学者だよ」
うわ、待って待って。情報量が多すぎる!
この人はランク1000以内。総人口がわからないから謎だけど、なんか凄いのはわかった。
「腹立つなぁ、その『なんかよくわからないけど凄いんだな』って考えてるマヌケヅラ」
「めちゃくちゃ言いますやん」
「こっちは考えるのが本業だからね、思考放棄した顔とか見慣れすぎて吐き気する」
あぁ、考古学者って言ってたな、そういえば。なんで言ったのかわからんけど。
「……マジでなんもわかんないんだね」
思考能力が足りないのか、それとも単に知識がないだけ?
大真面目に言われるが、それ両方とも私原因じゃないですか。
「多分世界中誰もが知ってると思うけど、僕の職業は、スキル《鑑定》とか《隠密》がかなり優れてる。その僕が君を《鑑定》し続けたのに、全部弾かれた。何、君は強力な《抵抗》スキルでも持ってるわけ?」
「いや、今のところそんなスキルは持ってないはずですけど……」
「……そ」
ふぅん、目を細めて私を見る少年……テオさん。
そんなじろじろ見ないでください照れちゃいますきゃっ。
……おえ。
「取引、しない?」
「はい?」
いきなりどうしたんだこの人は。
取引も何も、私を脅したいなら命令すればいいだけだろう。
「僕は君に手を出せない、退っ引きならない事情ができてしまったからね」
「事情、ですか」
「そ。でさ、君って徽章の存在知らないあたり、弱いでしょ?」
「……これから、強くなります」
「でも弱い訳だ」
痛いところを突かれた。
確かに今の私は弱い。これからスキル上げに勤しもうとしているが、その前に、知識もなく、強くもない私が誰かに淘汰されてしまう可能性も高い訳だ。
私は今、この人に絶対服従しなければならない。
「そんな怖い顔しないで。取引、そう言ったでしょ?」
「……内容によっては拒否しますが」
「いいよ、今の君にはその権利がある」
そう言ってテオさんは話し始める。
「まず、僕から君に要求するのは、スキル《鑑定》を君に受けてもらうことだ」
スキル《鑑定》……相手のランク、所有スキル、職業などを全て把握できるスキルだ。自分の全てを見透かされると言った方が良い。
当然、拒否だ。
「あぁ、待って。まだ続きがあるんだ」
「どんな条件を受けても、これだけは嫌ですよ」
「そう言わずに。……条件、っていうのは、僕が君に僕の全てを暴くこと。それから、君の鑑定結果を誰にも言わないこと。あと、そうだね……。弱いまま一人でいるのは不安だろうから、君が強くなるまで護衛してあげよう」
「貴方が言わないでいる絶対の保証がありません」
「疑い深いなぁ。じゃあ良いよ、成る可くこの手は使いたくなかったけれど」
す、手を構えるテオさん。
後ろに下がる私。
苦笑して、危ないことはないよ、と言ってくるが、どうだか。
「じゃあ、唱えるね」
「《汝の心に》《神に誓え》《此の約を》」
テオさんの手から、禍々しく闇の靄のようなものが広がっていく。後退るが、何かにあたって阻まれる。
後ろを振り返ると、見えたのは大蛇。
ぐるり、私とテオさんを守るように囲んでいる。
守っているみたい、なんて考え、可笑しいだろうか。
手を伸ばし、大蛇の頭を撫でる。
「綺麗ですね」
ポツリと呟くと、大蛇がこちらを見た。
次の瞬間、思いっ切り小指を噛まれる。
「痛っ」
触るのは無遠慮だったか……。
「……《契約完了》」
『称号【永遠の誓い】が追加されました』
『称号【蛇神の加護】が追加されました』
……称号? 一瞬そう思うが、契約完了という言葉とともに広がった光に気を取られる。あれ、もう終わったのかな。
さっきまでいた、綺麗な蛇もいなくなってるし……。少し残念だ。
「……呆れた」
「何がですか?」
「蛇神に触るとか、死んでても仕方なかったよ。……で、称号は獲得できた?」
「あ、そういえば言ってたような」
「称号【永遠の誓い】、効果は二人で誓った約束を破れないってものだよ。ちなみにこれは、一人と契約したら片割れが死ぬまで一生背負うから気をつけてね」
破れない? なんだろ、破ったら罰とかじゃなくて、破れないのか。
体が勝手に動く、みたいな?
というか一生解けないって……サラッと言いましたね。
「これで、僕が君にした約束を破ることはできなくなった。さ、どうする?」
どうする、か。
この場の決定権はどうやら私にあるらしい。この人が私を殺せなくなったから。
この人は私を護衛する。ってことは、危害を加えられないってことだ。
まだ私すら把握していない鑑定結果を見られることは抵抗を感じるけど、この人のも見れるのならイーブン。
それに、多分私の情報よりこの人の情報のが重要だ。
資料には、ランクが高い者はスキルやステータスを隠蔽するって書いてあったし、ここで私がテオさんの全てを把握できたなら、こちらがより優位に立つことができる。
悩んだ末、私はこくりと頷いた。
「よかった、受け入れてくれて。早速誓うよ。一、僕は君に危害を加えない。二、君を全力で守る。三、僕の全てを教える」
「えっえっ。えっと、私は貴方に全てを教えます……?」
「そ。それで良いよ」
そういうと、彼はまた何やら準備し始めた。
「《記録》《複写》……《転送》」
「ふぎゃっ?!」
何かスキルでも使ったのだろうか。
膨大な量の情報が頭をよぎる。
『世界を知る者[テオ・ラドル]の情報を取得しました。スキル《記録》を獲得しました。記録を開始します』
『世界を知る者[テオ・ラドル] RANK:562
種族 人族
称号 【世界を知る者】
【古代龍討伐者】
【完全偽装】
【永遠の誓い】
適正 考古学者
才能 考古学者・賢者
職業 考古学者
副業 吟遊詩人
スキルポイント:420 pt
スキル 《鑑定》Lv.128
《記録》Lv.104
《隠密》Lv.84
《恐怖耐性》Lv.73
《偽装》Lv.73
……………』
痛い痛い痛い! 頭が割れそう!
嘘でしょこの人どんだけスキル持ってるの?! しかも高レベルだし……!
『スキル《記録》のレベルが上がりました』
『ステータス:HP 4020
MP 4320
…………』
『スキル《記録》のレベルが上がりました』
同時に言うな! こんがらがるでしょうが!
「あー、うん。今やっちゃったほうがいいかもね」
「はい?」
感じるのは、あの違和感。鑑定しているのか……今!?
抵抗してしまわないよう、必死で体を抑える。
自分の中から何かを失うような感覚がして、足が震えた。
『スキル《恐怖耐性》のレベルが上がりました』
「《記録》《複写》っと。終わったよ」
「おうふ……」
「大丈夫、ではないか。情報捌ききった?」
「終わったには終わったんですけど、まだ頭の中を文字が踊っているような」
「末期じゃん、ちょっと休んでて」
切り株を指差されたので、ありがたくそうさせてもらう。
休んでいる間、彼は虚空を見つめたまま黙っていた。多分、私の情報を見ているんだろう。
「……少ない。こんなことって、でもHP、MPは多いんだよね。って、は?」
「何かありました?」
「何これ……スキル《幸運》レベル999!前人未到だよこれ!」
あ、そういえば。
スキル《幸運》とか外れスキルで誰も取らないんですっけ。それに、スキルレベルの上がり方が異常に遅いから、驚かれたのか。
でも、神様のこととか転生のことは言いたくないな……。
ぐるっとテオさんがこちらを向く。何かを聞きたそうだったが、多分知らないだろうな、という顔をして自分で調べ始めたようだ。ひどいな。
「スキル《幸運》を《走査》……うっわ」
「何してるんです?」
「レベルカンストしたスキル《幸運》の効果を見てるの。これやばいね、吐きそう」
「……効果?」
「知らないのか、知らないんだろうね、うん」
スキル《幸運》レベルカンストの効果。大雑把にまとめるとこんな感じだ。
・自然取得スキル欄が無限
・他スキルのカンスト(デバフ系)を99.8%の確率で弾くことができる
・スキルの持ち主に危機が迫った時、確実に発動される
・スキルの持ち主の求める物が高確率で手に入る
うん、チートだな。
特に三番目、私に危険があったら、なんやかんやで助かる確率が高くなるってことでしょ? 神じゃん。
それに、効果はこれだけじゃないみたいだし……。情報量の多さに舌打ちしているテオさんを見れば、まだ全て見切れていないことがわかる。
「まだ続くの……? 正直一旦止めたい。休ませて」
「ハーブティいります?」
「頂くよ」
おぉ、一気飲み。かなり辛そうだ。
私も見たいけれど、多分スキル《鑑定》がなければ見れないんだろうな。
「やっと、終わった……」
「お疲れ様です。ちなみに効果はどれぐらいありました?」
「ざっとこのぐらい」
そう言ってテオさんは三本指を立てた。
「三十ですか、凄いですね」
「三百だよ……。ご丁寧に細かい所まで説明してくれたからね。僕がINT高い考古学者じゃなかったら失神してた」
「さん、びゃく」
ふむ。多すぎだな。
え、え、三百って何。そしてそれを使う私が一番把握してないって何。
「説明を求めます!」
「面倒。後々から把握して」
「……」
でしょうねー。
しょんぼりとして肩を落とすと、テオさんはとんでもない爆弾を落としてきた。
「これだけ効果のあるスキルだし、バレたらランク上位者に狙われるね。というか、ほぼ生きる実験体のようなものだし」
「え?」
狙われる……?
ちょっとこれからの生活に関わってきそうなので真剣に話をきく。
「当たり前でしょ。これの効果には身近な奴へのバフも含まれてたし、絡まれるだろうね」
「ふむ」
スゥ、と息を吐き、テオさんの肩をガシッと掴む。
「言わないように、しましょうね……!!」
「う、うん。そのつもりだったけど」
「よし、もしバレたら貴方の存在抹消しますからね」
「何それ怖」
「ていうかさ、もうこれ存在自体をランク一桁台とかに教えて、守ってもらえばいいのに」
「嫌ですよ。守られるだけとか」
「……あっそ」
ふん、と鼻を鳴らすテオさん。
頭を振ると、私の腕を掴んで無理やり立ち上がらせる。
「もうそろそろ暗くなる。町で宿を取るよ」
「へ」
「《導け》」
テオさんの言葉に反応して、木々がザァッと動き出す。
左右に分かれた木の向こうには、町が見えた。まさかこんなに近かったとは……。
私たちは町に向かって歩き出す。
* * *
「そういえばさぁ」
「はい?」
「君の名前の欄がなかったんだけど。事情とかいいから、とりあえず名前つけてよ」
「……」
「……」
「アイリ、でお願いします」
「そ。いい名前じゃん」
「はい。私の親愛、ですから」
「何それ」
「ふふ、内緒です」
愛莉は、私の親友の名前だ。
格好良くて、男勝りで、でも少しだけ泣き虫だった、私の憧れ。
ごめんなさい。
勝手に死んでしまってごめんなさい。
本当は泣き虫な貴方を、一人にしてしまってごめんなさい。
貴方のように生きたいと思ったから。貴方のことを忘れたくないから。
この名前をつけて、過去の私と別れることを許してください。
アイリ。ね、素敵な名前でしょう?
ーーーーーーーー
異世界の放浪者[???] RANK:10000000~
種族 人族
称号 【神に愛されし者】
【永遠の誓い】
【蛇神の加護】
適正 賢者
才能 暗殺者・治癒師
職業 なし
スキルポイント:0
スキル 《幸運》Lv.999
《飛行》Lv.3
《恐怖耐性》Lv.6
《自己暗示》Lv.1
《思考》Lv.3
《記録》Lv.3
ステータスポイント:50
ステータス:HP 1026/1026
MP 2400/2400
SP 204/204
STR 12
VIT 10
DEX 23
INT 602
AGI 14
CHA 52
状態異常:なし
今回本当に長くなってしまってすみません。手が止まりませんでした。