第8話 魔法覚醒
第1章 求めるもの求められるもの
第8話 魔法覚醒
ミスターSの手によって呪いの除去が出来たことで颯太は過去との切り離しに新たな希望を持とうと思ったが、自身の魂に宿るもう1つの呪いとの付き合い方を考える必要があると思い直し、新たな課題を抱えた。
天界生活2日目は、ほぼ眠ったまま過ごし、帰ってからもすぐ眠った。
そして今、朝の4時である。あまりに早く起きてしまった。
仕方がないので顔を洗って、頭にしまっておいた数学の整数問題を解き始めたが、気分が乗らずすぐにやめた。
外を見て今日も天気が良かったから、運動着に着替えて外へ出た。
昨日確認したランニングコースから3km遠回りする道を頭の中で確認し、リズムよく走り始めた。
鼻呼吸で空気を吸うこと2回、口呼吸で息を吐くこと2回。
脚も呼吸に合わせて回転させる。かかとを地面のレンガに引っ掛け、つま先で更にレンガを後ろに蹴り飛ばす。
前腕は地面と平行で、手を後ろに振るときはぶら下がった縄を引っ張るようなイメージ。
いつも通りの動きをしていると、嫌でも体の軽さがわかってくる。
新しい体に慣れるには時間が必要だと思ったが、そうでもなかったらしい。
流石に大通りには誰もいない時間帯。
試しにこの直線を全力で走ってみた。
空気抵抗で上体が起こされそうなところを、今まであまりなかった腹筋や胸筋を使ってとにかく前へ体を倒した。
右足を蹴った瞬間に左足を蹴る。水の上を走る想像をしてとにかく速度を高めた。
あまりに早すぎて笑いすら出てきた。
20秒走り終わるころには、500mの大通りを走り終えていた。
ミスターS、絶対この体に何かしただろ。
いい汗を流した後、大浴場へ着替えを持って入った。
この寮の風呂は24時間空いている。時間を気にせず入ることが出来るのはとても良い。
今回は残念ながら朝帰りの酔っ払いが複数人いたから風呂の占領はできなかったが、無視して体を洗って湯船に突っ込んだ。酒の後の風呂って大丈夫なのか?
ついでに良い体を貰っていることにさっき気づかされたので、脚と腕のマッサージをしておいた。
朝飯を胃に入れ終えて部屋に戻って時間は5時30分。
昨日の帰り際に、マリアさんが俺に今日の8時になったら王宮の方へ来るように言ってきた。
だいぶ時間が余ってしまっているから、腹筋と腕立て伏せをすることにした。
風呂に入った後でまた汗をかくことになってしまうけれど、また風呂に入ればいい。
当分空いた時間は体を鍛え続けよう。
7時50分、以前顔を合わせた王宮扉前の番人さんに通してもらい、王座の方へゆっくり歩いた。
周りには護衛者4人とマリアさんとミスターSがいた。
護衛者の数が減った理由は、警戒心の薄れか忙しい日なのか。
「1日ぶりだなソウタ。生活に不便はないか?」
「はい。快適な暮らしをいただき、感謝の言葉のみです」
「そうか。それならよかった」
今日もブリッツ氏は王らしく王座が様になっている。
やっぱり40には見えない。かつて見た少々年を食った国民的アイドルを思い出させる。
「今日は魔法の覚醒のためにここに来てもらったことは分かっているだろう」
「はい」
「軽く魔法の説明をした後に目の前の石を使って魔法覚醒を行う。マリア、説明しろ」
「承知いたしました」
目の前にある透明な石は普通の石とは雰囲気がだいぶ違っている。
形が何かの動物の頭を模った形をしており、髪や髭がない様子なので骸頭骨を真似た形か、そもそも髪や髭のない動物の頭を真似た形だろうと推測した。
透明な石の頭を持つ動物を捕まえて断頭したとは考えにくいけれど、木が動くような世界なのでそんな生物も存在するような気もしてきた。
ただ透明すぎてこんなもので魔法が使えるようになるとは考えられなかった。
そこで前世界で有名な、保存料と着色料がたっぷり入った飲料水を思い出し、自分が見ているものが全てではないことを自分に言い聞かせた。
見れば見るほど吸い込まれそうな目をしている石から目を逸らし、マリアさんの目を見た。
「この世界の魔法には、火、水、風、光、闇の5種類の魔法属性が基本として存在し、人によって得意な魔法属性は異なります。殆どの方が火、水、風を得意としています。光を扱ったり肉体の回復が出来る光属性はかなり希少です。また、人間を歪める力があると言われている闇属性は、全世界共通で異物として扱われています」
魔法の種類は思っていたより少なくてよかった。
魔法の得意不得意に限らず全部の魔法を使うことが出来るならば、ぜひそうしたい。
「稀にですが、氷属性や対象を選ばない回復のみに特化した回復属性、霧を扱う魔法を得意とする人もいます。魔法も翼の色と同様に、遺伝の違いも関係していますが、人の精神や心と密接して影響います。今からこの魔法覚醒の石を使って色で得意な属性の魔法を判別します」
得意な魔法を希望して選ぶことは出来ないらしい。
マリアさんが闇属性の話をしているとき、王の顔が微妙に歪んだのを確認してしまった。
厄介ごとは嫌だし、闇以外ならなんでもいいと思っている。
ブリッツ氏は王座から立ち上がり、3段の階段を1歩で降りて石の前に立った。
「さて、私が手本を見せよう」
そう言って王は右手を突き出し、手の平で抑えつけた。
頭の形をした石は一瞬濁って、その後かなりの光力で輝き始めた。
目が痛いと感じる直前に、王は右手を石から離した。
「こんな風に強く光る理由は、示した色の魔法の瞬間発動量と体内の魔力量どちらかが大きいからだ。私は努力して両方伸ばした結果がこれだ。異世界から来た人間は初めから魔法に優れているようだから、少々期待している」
王は天界のトップらしいイメージをした光属性に特化している。
なおさら闇色を当ててしまったらその場で浄化されそうで、今も石を睨みつけて余計なことをするなと念じている。
心の準備を整えて、石の前に立った。
遠目からだとわからなかったが、頭の形をしたその石には、うっすらと肉をしわくちゃに押しつぶしたような、つまり脳のような模様があることに気が付いた。
右手を石の上に置き、石と目を合わせた。
どうか変な属性だけはやめてくださいお願いします!
そう念じているうちに、右手から体の中に水より少し粘性の高い液体が体の中を駆け巡る気持ち悪い感覚に襲われた。
これが魔力だと確信し、昨日ミスターSにアドバイスされた通りに循環させるイメージを作った。
すると体内であちこちに飛び散っていた勢いは収まり、体の隅々まで綺麗に回り巡っている。
石を見てみると、薄い青色を示していた。
ただ何かがおかしかった。
ミスターS以外のその場にいた人間は、異世界人にしては弱めの魔力に少々がっかりしている様子。
結果がわかった後に王が口を挟んだ。
「弱めの水か氷かのどちらかだな。まあ一生懸命に魔法を練習していればこの色も濃くなる。それに重要になってくるのは扱い方の方だ。これから訓練に加わってもらう。精進したまえ」
颯太はすぐには反応できない。
王のフォローに対して感謝を述べないといけないのに。
なんだよこれ、目に見えるもの全てがおかしい。
距離 4.52m
ヘイト値 23
それが王の頭の右上に見えていた。
マリアさんの方を向いた。
距離 2.60m
ヘイト値 9
周りの護衛者を見回すと、ヘイト値はそれぞれ56、62、57、32。
距離も離れていれば数値が大きくなっている。
このヘイトを俺に対しての敵対心と解釈すると、護衛者のヘイト値が高いことは納得いく。
そして距離の数値が俺から離れるほど大きくなっていることから、俺の中に原点があるのだろう。
自分の体を確かめると、心臓に小さな光があった。
今他に見えているものは、立体の座標平面。
原点を通る太い軸は見当たらないが、1m間隔で左右前後上下の線が見える。
石の方を凝視すると、それよりも細かい線が見え、距離は1.0397m、ヘイト値は0だった。
原点の移動ができないか試すと、どの位置にでも固定できるみたいだけれど、相変わらず人の右上に見える数値は原点基準。
試しに左目に原点を置いてみた。
「痛っ!」
「大丈夫ですか!?」
原点は今のところ心臓安定だろう。痛いというより熱かった。
マリアさんに心配されているときに周りを見ると怪しい目で見られ始めていることに今更気づいた。
気を取り直し、王へ返事をした。
「失礼しました。これから護衛者の一員として人々の平穏を守れるよう尽力します」
「ああ、無事ならいいが。その心意気を確認した。私からは以上だ。マリア、訓練場までの案内よろしく頼むぞ」
「承知いたしました」
妙な力を手に入れてしまった。
別れ際に見た王のヘイト値が変動していないことに安心した。
水属性の魔法を考えるまでもなく今はこの目を色々と試してみる必要があると思った。
まずわからないのはヘイト値の上限と下限、距離の上限だ。
便宜的に今はヘイト値を0~100として見ている。
訓練場に行くまでの道のりで物のヘイト値を見ていると、全て0だったから下限はほぼ確定だろう。
上限は目の前のマリアさんを全力で怒らせてみて試そうかと思ったが、王のお気に入りであることを思い出しやめた。
距離については、見たいと思ったものに対しては大体分かるが、空という曖昧な対象の置き方だと数値が出なかった。
けれど、空のどこら辺までの距離を計りたいかという指定の仕方だと、距離が表された。
この時、計りたいところの点が輝く。かなり見やすい。
1.02kmと記されたところでもう少し手前、1.00kmと表示されたところで、意味もなく「よしっ!」と頭の中で言った。
歩きながらだと計測が難しい。
空の計測に夢中になっていると、前を歩いていたマリアさんにぶつかってしまった。
「おっと」
転びそうになったマリアさんの横に周り、腰と手を支えた。
体が軽くなった分動きやすい。動きすぎるのも問題だ。
「あのぉ......」
マリアさんと顔の距離がとても近かった。その差わずか15.297cm。目を測定した。
マリアさんは一瞬顔を赤くしたかと思えば、何か違和感を覚えたように少し顔を歪め、驚いた顔に戻った。
ずっとこの体勢も悪くないが、立て直して誤るのが先だろう。
「すみません。ぼうっとしていました。マリアさんお怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です」
マリアさんと初対面をしたとき、今と同じような反応をされたことを思い出した。
表情の忙しい人だと当時は見ていたが、昨日ミスターSと話していた魂と結びつきのある呪いの影響だったと考え直した。
マリアさんは心配そうな顔で顔を除いてきた。
「ソウタさん、先ほどから様子がおかしいですが、お体に異常がありますか?」
「はい大丈夫です」
純粋に心配してくれるマリアさんありがとう。
これがもし建て前でも言ってくれるだけでも口先だけでも嬉しい。
「魔法が使えるようになって、興奮しているだけです」
また軽く冗談を言っておいた。間違ったことは言っていない。
マリアさんはお母さん風の優しい顔を向けて言った。
「私、初めてソウタさんの子供っぽいところを見た気がします」
気兼ねなく笑っておいた。
この座標の力は視界から消すことも出来ると分かった。
見えなくなってからは目の疲れが格段に違うことをよく実感した。
マリアさんと話すときは、これは使わなくていいだろう。
訓練場と聞いて、クラウド・フォレスト志願者が睨み合って競うギスギスした空気を想像していた。
いい加減自分の先入観や想像があてにならいことを自覚した方がいいと思う今日この頃。
「マリアさん、今訓練に参加している新人さんは何人いますか?」
「今は10人です」
何故人数を聞く必要があったかというと、人が分散して集団行動をとっていなかったからだ。
数え方があるとすれば、ベテランらしき人から付きっきりの指導を受けている人だろうか。たしかに15人くらいいる。
訓練場に屋根はなく、左右に休憩や観覧で使うような小さな階段4段分が横長く伸びている。
そして床は雲、ここは舗装されていなかった。
地上での活動が多いならば、砂地にしてもいいと思うのだが、難しいのだろうか。
雲の範囲を計るために、座標を展開した。
原点を左手前隅に置き、さっきまで動かしていた対象点を右手前隅に置く。
距離 250.16m
ヘイト値 0
対象点を左奥の隅まで飛ばして大体のところで止めた。
対象点が人で無ければ、数値は共通のフォントサイズで表示されて凄く助かる。
点の操作は神経を擦り減らし、目を乾燥させる。目薬を貰えるようにミスターSに頼んでおこう。
距離 250.78m
ヘイト値 0
大体正方形の、訓練場にしてはとても広い場所だと思い、使用用途が訓練以外にもあると考えた。
ここに着いてから数十秒の間に、マリアさんに気付いた訓練場内の制服姿の人たちが、気づいた順に元気よく挨拶をしていた。
「それではソウタさん、頑張ってください」
「はい。あとそれから、ミスターSにもし次会ったら、ソウタは目薬とバッテリーが欲しいと言ってくださいますか?」
「メグスリとバッテリーですね、わかりました。それでは」
「ありがとうございました」
もしかしたらあのじいさんは今もどっか別の世界に行っている可能性があるから、マリアさんに伝言を頼んでおいた。俺より遭遇しやすいだろう。
訓練場の方に振り変えると、少々色黒の筋肉質な強面の男性が立っていた。
でかい。身長は2.0740m。ヘイト値は22。
怒っているように見えるけれど、敵対心は王と同じくらいか、問題ない。
「お前がソウトか?」
「私はソウタです」
「ソウタか。すまんな、名前を覚えるのが苦手でな」
「珍しい名前ですし、問題ありません。そちらのお名前をお聞かせいただけますか?」
「オレはガスパールだ。一応ソウタの指導役になった。ガスでいいぞ。あと硬い話し方は無しだ。それと一人称に私を使わない方がいい」
「では遠慮なく。私って言うとどんな不都合があるの?」
「オレが新人のころ、滅茶苦茶に笑われたからな。ここの奴らは何でもかんでも口に出しすぎる」
ガスパールの外見で私と言われたら俺も違和感を持つな、うん。
いじられたのはガスパールだったからだろう。
新人の緊張を解してくれるいい先輩じゃないか。
それにしても良い印象の指導役だ。
ガスのヘイト値も10まで下がっている。
「これからよろしくお願いします」
「よろしくな。それから硬いのは無しだ」
「一応こういう挨拶はしっかりしておくべきと思ったんだけど」
「そういうところをここでは周りがいじってくるんだぜ」
そうなのか。寮の食堂でごちそうさんを言った時の厨房の人の顔を思い出して理解した。
こうして颯太はこれから護衛者として機能するために訓練に参加することとなった。