第4話 住処確保
第1章 求めるもの求められるもの
第4話 住処確保
クラウド王国の王と軽く面談し、護衛者クラウド・フォレストの一員になるための訓練を行うことが決まった。
マリアさんに連れられ、護衛者らが使用しているという寮にやってきた。
王宮からはおおよそ500メートルくらい離れていると思う。
道中マリアさんに急な質問をされた。
「ソウタさまは夢とかございましたか?」
質問の意図をなんとなく察したような気がした。
「元の世界では、平和な暮らしを確保することでした。その夢は何とか掴み取りました。こちらでもその夢は変わりませんよ」
まだ何も知らない場所に来たわけだが、店を開いたり、冒険をしたりという特別なことをしようとは考えていない。
当面はここでの生活リズムを整えることが最優先だ。
随分と夢のない夢だと思われるかもしれないが、その平和な暮らしの貴重さを知っているからこそのこの夢である。
隣を歩いているマリアさんの顔を覗くと、妙に深刻な顔をしていた。
「いえ、そういうことではなくてですね。実はクラウド・フォレストに所属するということは、とても重いことなのです」
「急ですね。どういうことですか?」
「あれに所属すれば、夢など語れる間はありません。護衛者の護衛対象は天界のみではなく、この雲のもっと下に存在する地上、ブロード大陸も含まれます」
マリアさんは多分、これから抱く自由な夢も無駄だと言いたいのだろう。
仕事一筋になるということかな。
確かに市町村単位の警備兵が国又はそれ以上の規模を監視するとなると、忙しくはなりそうだ。
「やることありませんし、大丈夫だと思いますよ」
「それが...忙しさというより、責任の方が重いものでして」
「ああ、確かに責任は重要ですね」
どんな仕事であろうとこなそうとは思う。
しっかり手順を踏まえ、手本を見れば大抵は何とかなってきた。
マリアさんは足を止めて話し始めた。
「私は、ソウタさんと同じ世界から来た方のご家族の話を聞きました」
「日本国の方ですか?」
「はい。今はクラウド・フォレストの一員です。彼の家族は、火事で亡くなったそうです」
「それは......」
とても不幸な話だ。俺と同じような負の呪いがあったのだろうか。
マリアさんは今他人の不幸を他人に話すという、あまりよろしくない行為をしている。
そうしてでも伝える大事なことがあるのだと思った。
「僕のいた世界では、事故死は珍しくはありません。けれどとても悲しいです」
「そうです。私は、人が焼け死ぬということ自体、その話を聞いて初めて知りました」
ここはよっぽど平和な国なのだろうなと安直に考えそうになった。
話の流れが繋がってきた気がする。
「詰まる所、教えてください」
「この世界では、事故死も他殺もありません。焼けたら痛いしぶつかっても痛いです。でも死にません」
マリアさんは続けてこう言った。
「この世界で亡くなる原因といえば、寿命のみ。けれど人々は日々のどこかで苦しむ場面に訪れる可能性があります。それを救うのがクラウド・フォレストです」
初めて以前の世界とは大きく異なる事を聞いた。
ミスターSが言ってた、永遠を約束された世界とはこのことだったのだろうか。
「こちらの世界の人間にも感情があるなら、犯罪を犯そうとする人は絶対いるはず。死よりも恐ろしいことをする人もいるはず。そんな時、どうするのですか?」
「犯罪が起こる前に護衛者が止めます。非道な人間も護衛者が押さえます。それ相応のやり方がありますが、それは護衛者になれば分かってしまうでしょう」
まるで完璧に監視していなければ難しいようなことを、クラウド・フォレストは行っているらしい。
見られ続けているというのは案外不快で、余計人々に不満が溜まらないかと思ってしまう。
俺は、痛みと天秤にかけるなら別に不快にはならないかと考えていた。
「正直驚くばかりです。ご忠告ありがとうございます」
人は死なない。もしこれが基本ならば、人は命の儚さを感じにくいことになる。
問題は山ほどありそうだ。改めて気を引き締めた。
「いえ、私は、ソウタさまがまだ16歳という若さで人生を定められてしまったことが、納得いかなかっただけなのです」
手を前で結び、少し俯いたマリアさんはそう言った。
根っこから良い人だと思った。もし、この人が自分の母親だったならとも。
呆気にとられた顔を直し、こう答えた。
「これから生まれるであろうマリアさんの子供が羨ましいです」
この世界に来て初めての率直な意見だった。
寮の1010号室に案内され、ドアをノックし、ゆっくり入った。
しかしそこは誰もいない広い1人部屋だった。
家具は一通り揃っており、ベッドはまあ普通の大きさ。
机があることには驚かされた。こちらにも座学があるということだ。
「食堂及び大浴場は1階に、お手洗いは偶数階にあります」
「承知しました」
「私は勤務中はこの宮殿内にいますので、いつでもお声掛けください」
「はい。お世話になりました」
どうやらマリアさんとはお別れのようだ。
そういえば聞き忘れていたことがあった。
「1つよろしいですか?」
「はい、どうぞ?」
「ミスターSって何者ですか?」
「さあ、私もよく知らないのです。面倒見がよくていい方ですよ」
本当かな。マリアさんは付け加えるように言った。
「導者達は、ソウタさんの元居た世界だけでなく、我々の世界も救ってくれる存在だと王は仰っていました。案外神様の1人なのかもしれませんね?」
「話の通じない神よりはましですね」
互いに軽く笑いあった。
導者が俺の味方をしてくれることを願おう。
今度こそマリアさんは勤務に戻り、俺はベッドに突っ伏した。
腕時計を見ると時刻は11時30分。意外と時間は進んでいた。
ひとまず何故ここに入らされたか考えを巡らせた。
どうもベッドに転がると考え事をする癖があるらしい。
まず単純に考えると、余計なことをさせない為だろう。
別の世界から来た人間はつまりイレギュラー。
俺のことを良く調べているとはいっても、何をするかわからないという点で、不安要素。
ならいっそ懐に入れて扱き使おうというのが理由だろう。
もしかしたらそれ以外の理由があるかもしれない。
俺以外の3人の護衛者を見ればわかることだろう。
そうだ、今日のこれからの予定だ。
食堂で飯を食った後、人通りの多い所へ行ってみよう。
モノの値段はそれほど元世界と変わらないと聞いていたが、元世界にないものがあると思うから見てみよう。
ベッドを降り、ミスターSから別れ際に貰った金とお守りをポケットに入れて部屋を出た。
大きな食堂に着くと、空腹な様子の人たちがチラホラいた。
学校にあった食堂より大きいような気がする。
人がそんなに多くないせいか風通しのよさが気になった。
基本静かな場所だとわかると心が落ち着いてくれるというものだ。
寮を使用している人が少ないのか、実家暮らしが多いのか、まあ後々わかるだろう。
なんとなくの流れで飯にたどり着けたらなと思ったが、歩み進むにつれて視線が少しずつ俺に集まり、先とは違った静けさが広まった。
ただそれは敵意ではなく、歓迎でもなく、疑問の視線だった。
そりゃそうだ。見慣れぬ恰好が自分の領域に入ったんだ、当然だろう。
否定的な目で見ないあたり、皆の余裕や気前の良さを感じて俺としては好印象だった。
良く思うことはいいが、食事の邪魔は良くない。手っ取り早く自己紹介でも......。
と思っていたら、1人の男性が俺の方にゆっくり歩み寄って生きた。
「こんにちは。もしかして日本人かい?」
その声は、自動翻訳を通していないような綺麗な日本語だった。
年齢は、20代前半といったところだろう。
細い体ながら、鍛えられていることは一目瞭然だった。
「はい。恐らくあなたと同じ日本人です。明後日から護衛者の訓練を受けることになっています」
「そうかい。俺は河渕拓也だ。君は?」
「一瀬颯太です」
俺の名前を確認した河渕さんは、すぐさま180°振り返った。
そして右腕で俺を包むように肩を引き寄せ、こう言った。
「俺と同じとこ出身の一瀬颯太だ!これから俺たちの仲間になるから、よろしくしてやってくれ!」
「よろしくお願いします!」
流れに便乗するように一言添えると、ぞろぞろと笑ってよろしくと言ってくれるおっさんらの声が重なった。
それからは通り際に手を挙げてくれたり、近寄って声をかけてくれたりと中々の歓迎っぷりだった。
たとえそれが社交辞令や気分や牽制だとしても、ある程度頭の回る人の集まりだと分かっただけありがたい。
ぴりぴりした空気は一切なかったから、どの対応も歓迎だろう。
皆言いたい放題言ってたな。若いと言われるのはいいが、おチビはないだろう。
高校1年で170cmはチビではないと思うのだが。もしかしたらこの世界の平均身長は高いのかな。
あまり考えすぎず今のうちにチヤホヤされておくかと慣れない笑顔をしておいた。
優しそうな人も多くいて、護衛者生活の人間関係は問題なさそうだと一旦安堵した。
勿論、呪いが取り除けたらということが前提である。
河渕さんに感謝だな。
「河渕さん、ありがとうございます」
「構わんさっ。俺がして欲しかったことをしたまでだ。困ったことがあれば声かけな。勤務時間外は505号室だ」
「承知しました。またお話ししましょう」
「俺らは一度元に戻るから、ゆっくり飯でも食ってな。手に握ってる金は必要ないぜ。じゃな!」
色々と話したいことはあるが、これから会う機会は増えるだろうという意図を交わし、解散した。
ぞろぞろと人はいなくなり、この場は俺合わせて5人くらいになっていた。
昼休憩はここに来る時間くらいはあるといことか。残った人たちは有給か単に休日か。
とにかく飯を食おう。河渕さんが指さした方向に行ってみると、着いて10秒ほどで皿が出された。
どうやらメニューは決まっているらしい。何かの肉と野菜を甘辛く炒めたものと、その隣にはパン粉のようにパラパラしたもの。
絵に描いたカレーのように盛り付けられていて、食べる道具はスプーン。早食いのために作られたようなメニューである。
既視感のあるものを別の盛り付け方にしただけの様子だったので、素材の種類を問わず、抵抗なく食べることが出来た。
このパン粉のようなものは、甘い匂いがきついが、口の中に入れるとその匂いは消え、おかずとうまみを引き出しあった。
肉がスプーンに乗りにくいことに苦戦しながらも、わずか5分ほどで完食した。
味は普通だったし、そもそも感想を言うべき飯ではないかと思った。
俺が忙しくなったときにはよく通うことになるだろうとは確信した。
食器を片付ける場所があったので、返すついでに厨房の一番近い位置にいるひとに"ごちそうさま"と言っておいた。
そのひとは振り返りながら俺の顔を確認すると、何だか変に顔を歪めていた。
あまり下手なこと言わない方がいいのかも。
ここに慣れてきたと思うことは勿論錯覚であった。
手洗いと簡単なマウスウォッシュの後、外に出て男子寮と女子寮の間を抜けて37歩歩いたところにもう1つの門があったのでそこから外を覗いた。
目の前は舗装されていない人通りの少ない道だが、左折して突き当りが来た道だと分かったので人の多い方へ進んで行ってみることにした。
右折計3回、左折計4回したところで、遠くから眺めた商店街のように人の多い大通りに来た。
もしかしたらこれが数少ない休日の1つになるかもしれないし、大事に見回ろう。
イルミネーションを見に行った自分を心の中でバカにしておいた。