第3話 天界の踏み心地
第1章 求めるもの求められるもの
第3話 天界の踏み心地
眩いといっても目を傷めるような光ではなかったため、門をくぐる終始目を開けていた。
門をくぐった先に見えたのは、白を基調とした巨大な大陸だった。
タクシーは門を通ってすぐ近くで止まった。
ドアを開け、足を床に着けようとしたとき、とても戸惑った。
なんせ雲の上。タクシーを支えることが出来るのだから、人間も大丈夫なのだろうが、雲がただの水であるという元世界の知識がそうさせてしまった。
んー、大丈夫だよね?
勢いよく踏み込むと、少しだけ柔らかかった。
低反発マクラほど柔らかいわけではないが、砂のグラウンドほど固くもない。そんな感じ。
掴めるかどうか、綿菓子みたく掴み取ろうとしたが、どうも失敗に終わった。
タバコを吸い始めたおじいさんを傍らに、もう一度周りを見渡してみた。
ある程度文明の発達した風景。
具体的には、木や鉄や石の建造物がたくさんあって、いくつかある大通りらしきところには人が賑わっている。
奥の方を見ると、街の中心あたりには白と灰色が気色の大きな石製建物が質量感を主張している。
もっと奥の方を見ると、森もあるみたいだ。土がなさそうなのにどうやって育つのだろう。
そして何より、さっきから気になっている空。
青くて広い空に、様々な形の雲の装飾が良い感じに綺麗。
そして、人々を照らす太陽は、見た目ほど暑さを感じさせていない。
その違和感と心地よさは分かるのだが、なんだあれ?
人が白い翼を広げて飛んでいる。
翼の大きさは人それぞれのように見える。
ただ、大きめの人が小さな翼を広げていたり、小さな人が大きな翼を広げていたり。
つまり、人間の身長や体重に依存している用には見えなかったのが不思議だった。
鳥みたいにパタパタ頻繁に揺さぶっているようでもないし。
原理が一切わからない。
遠目での観察だから間違っている可能性もある。
疲れているのかもしれない。
色々と知りたいことが多い。調査の必要があるな。
そのためには色んな人と関わらないとだな。少しだけわくわくしていた。
あーでも、目標は適当に食いつなぐだから、必要最低限だ。
少し興奮していた自分を制御するように言い聞かせた。
とりあえず、違う世界に来たことは確信したのだった。
現在地は街を眺めることが出来るくらい、離れで少々高い階段の上にいた。
後ろを確認したら、通ってきた門と同じ形と柄の門を確認できた。
どうやらここからの移動は徒歩のようだ。
ゆっくり一服しているおじいさんにひとまず質問した。
「これからどうするの?」
「一応、迎えが来るみたいじゃから、その誘導通りに」
らしいので待つことにする。
5分後、1人の気配を階段の方から確認した。
「お待たせしました。ミスターS、お久しぶりです」
「おぉ~久しいなマリア、元気そうで何よりだ!ローズは元気か?」
「はい。とても元気ですよ」
丁寧な挨拶とともに現れたのは、少し身長が高めのすらっとした綺麗な女性だった。
目は優しいイエローアイ。白い髪に、純白の翼。その翼は綺麗に折りたたまれており、綺麗な曲線を描いていた。
ふんわりとした雰囲気の人だ。おじいさんの知り合いらしい。ミスターSってなんだよ。
軽い挨拶が終わったようで、その方と目が合った。
こういう時は、先手必勝である。
「私は地球から参りました、一瀬颯太と申します。とてもお美しい翼ですね」
以前のように顔が笑いすぎていると露骨なので、微笑むように心がけた。
先手の挨拶は相手に安定した印象付けが出来るから早く且つ丁寧にだ。
「あらっ、ええっと...ご丁寧にありがとうございます。私はマリア。天界クラウドの王宮の窓口及び案内人です。以後よろしくお願いしますね」
頬を赤くしたかと思えば、一瞬何か違和感を覚えたように顔を歪め、またすぐさま立て直し事務的な挨拶をしてくれた。
表情の忙しい人だな。初対面でお美しいは嘘くさかったかな。
ミスターSがフォローするように割って入った。
「人妻を口説こうとは良い趣味いとんじゃなあ~!」
「んなんじゃないよ。あの、ということはローズさんというのはパートナーでありますか?」
「はい。数か月前に結婚したばかりでして」
「それはそれは喜ばしい事です。良き結婚生活をお祈りいたします」
「ありがとうございます。では早速移動しましょうか」
今度は普通の反応をしてくれたマリアさん。悪印象を持たれていないようでよかった。
というわけで、階段を降り3人は移動することにした。
移動手段は、馬車?のような乗り物のようだ。
前にいる2匹の動物は、首の長いモフモフしたラクダ系の動物
リャマにすごく似ているが、地球のリャマより筋肉質であることに目を見開いた。なんかアンバランス。
人がいっぱいの大通りとは違い、運搬や高速移動用の道を確保しているようで、我々もそこを通っている。
よく見たら、人が多い大通りは地面の整備がされていて、それも見た目はレンガの集まりに見えた。
今通っている道は整備されておらず、リャマ(仮)は雲を踏み走っている。
雲の上は平たいおかげか乗り物は殆ど揺れない仕様で、寝心地よさそうだと目を閉じかけてしまうほどだ。
向き合うように座ったマリアさんが、案内人らしく話をしてくれた。
「まずはようこそ天界クラウドへ。道中暇でしょうから、質問は何なりとお申し付けください」
「ありがとうございます。では早速、今向かっている場所は王宮ですか」
「はい、私は王様の命令でこのように迎えに来た次第です。ソウタさんとの面会のためですね。準備はできています」
なんで面会する必要があるかは、先のミスターの話でなんとなくわかる。
てことはミスターSも王宮の人間なのかな。でもさっき久しいとか言ってたし。
「一応言っておくが、わしは王宮の人間ではないからの」
頭の中を読むなじじいめ。まあもう慣れた。
王宮のことは行けばわかるだろう。
それよりざっと気になることは2つあるから順に聞こう。
「では次、この雲の上の国は、いくつもの場所に分かれていたりしますか?」
「基本はこの大きな雲1つです。人口はおおよそ40万人。あと無人の島雲はたくさんありますね。大抵は子どもの遊び場になっています」
なるほど、大体市町村単位の規模であることは把握した。
案外情報収集は早く済むのかもしれない。
「では最後に、その翼は何でしょう?私の元居た世界ではなかったものでして」
「これは我々が天界の人間であることの証です。代々国王様の血筋には、人々に翼を与える力があり、8歳になる年の12月に国王様から翼を与えられます」
「空を飛ぶことは可能ですか?後、向こうの通行人の背中には翼がないように見えます」
「飛べますよ。それから、この翼は見えないようにすることもできます」
「収納が可能とは。不思議です」
「証なんて大層な言い方をしましたが、今は翼は便利なツールの1つと捉えている国民が殆どなのです。大昔はもっと神聖な意味があったことは確かみたいですよ。それに、国の方で歩いて移動することを勧めているのです。飛んでばかりだと筋力がなくなりますからね」
他人事のように言っているマリアさん。
翼は正直羨ましい。誰しも空を飛びたくなるものだ。
この外見で8歳と言い張ることは難しいから諦めよう。
もう1つ追加で質問してみた。
「マリアさんはとても綺麗な純白ですよね?空を飛んでいる人の中には、灰色や黄色や橙色が混ざった色をしている人もいるみたいですが、個人差は遺伝ですか?」
「大きさや色の違いは遺伝の違いも関係していますが、その人の精神や心と密接して影響します」
「つまり?」
「私はその...割と...ええっと...純粋な方でして」
「ぶはっ」
「ちょっと! 珍しい質問で形容しがたかっただけじゃないですか!もうっ!」
突然笑い出した隣の爺に、わざとらしく怒るマリアさん。
いやまあさっきから隣でニヤニヤしてたのは分かってたけどね。
無垢なマリアさんはこれからなにかと頼りになりそうだ。
この話題も締めようとしたが、そういえばとミスターに聞いた。
「おじいさんの翼は?」
「ないことはないが、わけあって出せんのじゃ」
「仕事の関係?」
「そうじゃそうじゃ」
謎多い人だが、聞いても答えてくれないだろうと思いやめた。
それからは細かい質問をしていった。
食事や睡眠や通貨や繁栄方法まで。
主に元の世界と比較するために大体の概要を聞いていった。
すると、あんまり変わりないことがわかり、少し残念だった。
違った点と言えば、水道や電気が魔力によるものだということぐらい。
基本的生活習慣が同じだと、時差ボケ調整のような面倒なことはなさそうだ。
質問の仕方が悪かったというのもあるかもしれないが。
ミスターが言ってた永遠を約束された世界の意味を今になって気になり始めた。
そんなこんなであっという間に王宮に着いたのだった。
階段を上った先に、石でできた大きな門と扉があり、周りは色とりどりの花で飾り付けられていた。
マリアさん曰く、元世界出身の人がここを通るのはこれで4人目らしい。
3人とも俺と同じような境遇でこちらに来たとミスターSは言っていた。
連れてこられたと言う方がしっくりくるかもしれない。
3人とも今も生きているようなので、いきなり斬首ということはないだろうと気を落ち着かせて扉まで行った。
もしそうになってもそれはそれで楽しい境遇だとも考えていた。
扉の両端の厳しい顔の番人に念の為止められたため、マリアさんと俺は止まった。
マリアさんがいるから顔パスで通してくれると思ったが、案外しっかりしているところもあった。
「マリア嬢、襟元が乱れておりますよ」
「あっ、ご指摘ありがとう」
王宮内に入るのだから、身なりは大事だろう。
俺も自分の服装を整えた。ブレザーは礼服っぽいから、失礼じゃないよな。
エチケットブラシでゴミを取っていると、ミスターがずかずかと歩み進み、扉を豪快に開けた。
「よお~!元気じゃったかブリッツよ!」
「また貴様か、導者はお前以外にいないのかぁ」
「足腰動かさにゃすぐ植物になるからの!まあよいではないか!わしとおぬしの仲じゃろう?」
「はぁ、まあよい」
急いでついていくと、ミスターSと王らしき人が親しげに?話していた。
王宮内はとても広く、一言で言うと洋風だった。
両壁はガラス張り、柱が何本も立っていて、その付近に騎士団らしき人が計10人ほど立っている。
王は王座に座り、片手を頭に押さえ、絵に描いたような困り顔をしていた。
導者というのが気になるが、ミスターは王と同等の立場で話している点で結構な権力の立場にあるのだろうと考えた。
もしくはミスターのキャラが陽気で愉快であるせいか、王が寛容だからか。
まずはいつも道理の挨拶をしよう。
「私は一瀬颯太と申します。年齢は16歳であります。こうしてお目にかかれたことを光栄に思います」
「私は天界クラウド王国の王、ブリッツだ。年齢は40。まあそんなに固くならなくてよい。こいつぐらいで構わんよ」
そうミスターを指さした王は、とても若く見える優しそうな男性である。
とりあえず斬首を回避したと確信した。王というものへの先入観は捨てた。
これからどうするのか、それのみを考えようと頭を切り替えると、王もそのつもりのようだった。
「ソウタ君、早速だが君には私の国の護衛者、クラウド・フォレストの一員になってもらう」
「はい」
「そのためにはまず、君の呪いを除いてもらうための儀式を行い、その後から護衛者としての基礎訓練を行ってもらう」
「はい」
「呪いとやらは導者らの担当だから何日かかるかは人それぞれだが...」
「あした1日で大丈夫じゃぞ!」
「らしい、ということで明後日からおよそ5か月間の訓練後、正式な団員として働いてもらう」
「承知しました」
「衣食住はこちらで用意している。リーナ、引き続き案内を頼む」
「かしこまりました」
あっという間に話は進み、働く場所が決まったのだった。
何をするかは分からないが、それはやってみてからの楽しみだ。
しかし、警戒なく他人の俺を国の使いにする態度が気になった。
恐らく、導者と王との間でコミュニケーションが深くなされていたことが予想できる。
導者、次元を超え、元世界の運命を操る。
本当に何者だろう。
おじいさん、ミスターSについては考えだすと可能性が多すぎる。
けれど、多分今後の自分の人生にはあまり関わりはないだろう。
そう思い直し、これからの情報収集の予定を組み立てるのだった。