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計り知れない力~魔法の目に映るもの~  作者: 終久りむ
第1章 求めるもの求められるもの
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第2話 タクシーの中にて

     第1章 求めるもの求められるもの

     第2話 タクシーの中にて




 時間が停止した世界に違和感を持った一瀬颯太(いちせそうた)は、アパート付近に止まっていた妙なタクシーに乗った。

 

 

 タクシーは大通りに出て、ひたすら新宿方面に向かう様子だった。

 かなり乗り心地が良く、車の良さよりも運転の良さだと、全身に伝わる微妙な振動で感じ取れた。

 そもそも車は乗りつぶしている感じがする。よく見る車なのにそう感じさせない何かがあるんだと不思議に思った。

 妙に落ち着いた雰囲気の車内で、一旦空気が平たくなったと感じ取った颯太は先手必勝の如く口火を切った。

 

 「僕は一瀬颯太と申します。あなたはどなたですか?」

 「私はこの車でいろんなところへ行く者じゃ。まあそんな固い口調はよしなされ。その嘘くさい笑顔もじゃぞ」

 

 おじいさんは極めて棘のない話し方で答えた。いつも通りの一定のトーン、完璧な笑顔で問うたはずだが。やっぱイレギュラーに緊張してたのか。口調を少し緩めた。

 

 「おじいさんはこれから何処へ行くのですか?」

 「君が望む場所じゃ」

 

 名前がわからないからおじいさんと呼称することにした。なんだろう、この話しているのに会話していない感じ。

 それに僕が望む場所とはどこなのだろうか。祖父の家がある田舎町は、生きてきた中で一番心を寝かすことが出来る拠所だが、ここで言う望む場所とは別の意味の含みを込めた言葉だった。

 

 「何処です?それ」

 「楽しい所じゃぞ」

 

 一々僕を見透かしたような口ぶりで話しかけてくることに、体に虫が入ったような気持ち悪さを感じ続けてしまう。

 気になることがたくさんあるが、とりあえずこの空間だけでも落ち着かせたい。

 いや、落ち着いていないのはさっきから僕だけだから、まず精神統一を......。

 

 「君のことは全て知っている。だから安心したまえ。他に知りたいことはあるかね?」

 

 おじいさんは軽く笑いながらそう言った。

 全然安心できねえ。

 聞きたいと思っていることは3つほどあるから、落ち着いて話していこう。

 

 「......この時間停止は、おじいさんがやったこと?何のために?」

 「わしがこの現象をやったのは事実じゃ。何のためかと言われると、君をこうして送り届けるためじゃぞ。んあと、これは少し話が逸れてしまうが、正確には時間停止じゃなくてのぅ。"こちら"の世界にある10個の世界の時間と空間と未来を少々預かっているだけじゃ」

 「じゃあ別の世界から来た人?未来を預かったって、今あるこの世界は無くなるの?10個って何?」

 「あぁー。順を追って話そうかい」

 

 早口で質問攻めしたので、お互いに整理するべきだろう。

 なんだか非現実的な言葉の連なりで、動揺が再び荒波になった。

 興味や関心というものを久しく感じたような気がする。なんせ自分が生きている世界の捉え方が変わるのだから。

 現状聞くべきだと考えた3つのことは、この時間停止現象、何処へ向かうのか、なぜ自分なのか。

 正直どこまで信用できるかわからない。けれど、おじいさんの話の続きが気になって仕方がない。きっとこれは知らないことへの不安からくる自己防衛でもあるのだろう。

 

 「まずはこの世界からじゃ」

 「はい」

 「この世界には10通りの平行した地球という場所を舞台とした世界があり、それら全部が別の次元にある。別の次元というのは、ここでは単純に、宇宙が10個あるから地球も10個あると考えたら良いじゃろう」

 「それで?」

 「わしの所属する世界にこちらの住人を送るためには、一旦こちらの10個の世界全ての時間空間を止めてなきゃならんのじゃ。あと未来を預かるというのは、連れてくる人間が"この世界からいなくなった"という事実を植え付けるための一時的な処理じゃからあまり気にせんでよい。細かいことは説明しずらくてすまんの」

 

 ずいぶん話しづらそうに話してくれた。

 多分一般化して話しているからだろう。

 平行しているということは、俺が合計10人いるということだろうか。

 全く同じ人間がいると思うと、少し怖い。

 別世界でも、今の自分のようにタクシーに乗っているのだろう。

 そのことを軽く聞いてみると、おじいさんはこう答えた。

 

 「10個それぞれの世界にに自分が1人ずつ計10人いるという発想は正しい。しかし、それぞれが全て()()というわけではないんじゃ」

 「人間じゃないとか?」

 「あっはっは、それは大胆すぎる発想じゃぞい。そこまで()()が歪む例は稀すぎる。例えば名前が違ったり、親が片方違ったり、学歴が違ったり、性別が違ったりだとかのぅ。色々あるのじゃよ色々」

 「世界が違えば人間のステータスが違っていることは分かった。10人の内の1人の選別方法が違ってくるということなのもわかった。じゃあなおさら1個の世界だけでいいのでは?」

 

 目的がどうであれ、どこの世界のどいつをおじいさんの世界に送り込むか決めているならば、その世界1つを扱うだけでいいはずなのではないか。どんな原理か知らないがそう推測した。

 するとおじいさんは声のトーンを少し下げてこう話した。

 

 「この世界には、かなり少ない割合で、10個の世界の10体の自身それぞれがほとんど同じという人間がいての」

 「さっき言った運命ってのがほぼ一致ということ?」

 「そういうことじゃ。そしてそういった稀な人間を連れ出すには、10世界で相互作用する呪いとも言う運命力に対しては慎重になる必要があるんじゃよ。最悪死ぬからの。じゃが、一遍に10世界全部を止めれば、異常なくわしの世界に来れることは実証済みじゃ」

 

 特異な話だけれど、そんな体質の人間は、確率を考慮するとありそうな気がする。考慮するといっても計算できるわけではないが。

 ていうか先駆者いるんだな。

 

 「それが()ってこと?」

 「そうじゃ。そして、10個ある内の1番目の世界の君が、この日にわしらの世界に来ることは向こうの王様のハンコ付きの決定でのぅ」

 「何故に1番目?」

 「同時に生成され、同時に動いている10の世界といえど、オリジナルと呼べるものがあってなぁ。1番目と言ったのはそのことでじゃ、おぬしの()()()()するために、わしらの世界で訓練や儀式等を一通り終わらせた後、適切な地位と衣食住を与えて、向こうで暮らしてもらう」

 

 いつの間にか純粋無垢な僕キャラを崩してしまった。

 何故そんなことするのか、と聞こうとしたが、愚問だと思いとどめた。

 世界を操作できる人間にとって厄介者というわけだ。

 今の話が本当だとしたら、1つ気になることがある。

 これからの自分は正直どうでもいい。

 自分のこれからよりも気になることがあった。

 それよりも奇妙な存在だという俺の周りにいた人は、どういう運命なのか。

 

 「なら......」

 「ん?なんじゃ?」

 「(りん)は...俺の妹は、他の別次元の世界で生きているのか?」

 「君の妹か......」

 

 少し家庭のことを思い出す。

 妹の一瀬鈴(いちせりん)は中学1年生の時、交通事故で居眠り運転のトラックに撥ねられ、人間の形を残さず死んだ。

 突然だった。それまで互いに、屑みたいな親から離れて早く自立して自由に生きることを目標に、色んなことを学んでいた。

 俺の母は、若くして亡くしていた。

 当時5歳だったからか、よく覚えていなかった。

 それから日々、情緒不安定になった親父からの虐待に耐えながらも、はやく自立しようと将来のために勉強した。

 2年後、親父は再婚し、7歳の俺は、5歳の妹の鈴とであった。

 親父の精神状態は安定したかと思えば、前よりも質が悪かった。

 父はロリコン、義母はショタコンの屑人間だった。

 家庭内は、両親の喧嘩、義母から鈴への暴力、親父から俺への暴力、義母は隙あらば俺を犯そうとするし、親父も鈴を犯そうとしていて、かなりカオスだった。

 誰が何に対して怒っているのとか、理解する価値もなく、言葉も通じず、常に湿度100%のような気持ち悪さだった。

 それでも、そんな家庭で楽しさを見出せたのは鈴のおかげだった。

 互いに助け合い、家出という名の旅に出たり、共に図書館に籠ったり。

 妹は動物が好きで、動物園や水族館に行くのが好きだった。

 そのたびに、はしゃぎながら動物に絡まれる姿は、とても幸せそうだった。

 

 混沌とした思い出を軽く思い出していると、いつの間にかぼうっとしていた。

 おじいさんは全てを知っていて、察して黙っていた。

 

 「あの、少し窓開けていい?」

 「はいよ」

 

 外の景色を見ると、東京都とは思えないような緑の量に囲まれていた。

 多分新宿を超えて八王子方面に行っているのだろう。

 外はもちろん風がない。

 走る車と空気の相対位置が作る風に、顔を埋めるようにしてあてた。

 蛇口の水で顔を洗うような気分だった。

 

 「君は、妹さんが亡くなったことも、自分が原因だと考えているのだね」

 「...はい」

 「自意識過剰と注意はしたいものだが、できなくてな。君に宿るの呪いの1つは、おそらく"人間関係に真剣になるほど双方が不幸になる"ものだと思われる。まあ精密な検査は後々わしが行おう」

 

 曖昧な言い方だが、想像通りだったと一応理解した。

 呪いが複数あることのかという疑問よりも、妹と真剣に向き合っていたこと、それで妹が死んだことが、受け入れがたい現実だった。

 まるで俺が妹を使っておもちゃのように遊んで、そして壊したような感覚。

 7年分の重みが、何倍もの重力になって覆いかぶさる。

 もっと早くに来てくれれば。そうおじいさんに言おうとしたが、さっきまでの話を聞いてない俺ではない。

 多分この日この時間にここに俺を向かいに来ることは確定していたのかもしれない。

 それに、何もかもが終わってしまった後に口先だけ動かすことなど......。

 どうでもいいと思っていた自分の人生が、さらにどうでもよくなった。

 だがこの時、色んなものが吹っ切れた。

 

 

 続いていた会話は静まり、何十分か経った後、車は山を登り始めた。

 窓に向けていた顔を前に戻し、再び質問を始めた。

 

 「じいさんの世界はどんなところなの?」

 「永遠を約束された世界。といっても、寿命はあるがな」

 

 あまりに抽象的すぎてわからなかったが、そもそも具体的な内容を聞くつもりもなかった。

 行けば何とかなるだろうというやつだ。

 以前のように、適当に食いつないで適当に生きていくつもりだ。

 それでも、最低限の情報は必要だった。それを問うておく。

 

 「金貨と時間感覚と言語はどうなってんの?」

 「金貨は実際に向こうで現物を見せよう。時間はこちらの世界と同じ、言語は当然場所ごとの言語違いや方言はあるが、勝手に翻訳されるから安心せぃ」

 「どんな仕組み?」

 「言葉は伝えようという意志とともにある」

 

 人間関係に難を置く俺でも、人間は1人では生きていけないことは分かっている。

 故に言語及び会話の心配をしたのだが、仕組みがどうあれ(聞いておいてなんだが)、翻訳されるなら問題ないだろう。

 この年齢からの言語学習は辛いものがある。

 

 再び窓に顔を向けて数分がたった頃、山頂に着いた。

 一旦車を止め、水分補給とトイレ休憩をすることになった。

 現在、木の長いベンチに並んで座っている。

 こんなにゆっくりしていてもいいのか?

 早くこの世界から出ていきたいとか、向こうの世界に行きたいとか、焦っているわけではないが。

 ここまで移動した理由が、会話の時間確保以外にもあるのだろうか。

 そう聞いてみた。

 

 「流石は察しがいいのぉ。今から行くところは雲の上にあって、全くの別世界と言えど、高い位置からの移動の方が便利でな。あと、景色がきれいじゃろ?」

 「後半の方がメインじゃないの?」

 「おっ、ばれたか!」

 

 そう言っておじいさんは笑った。

 こんなに長く話すのが久しぶりだった。心が落ち着いているのは、きっとこの人が漂わせているゆったりとした雰囲気がそうさせているのだろう。

 重ねた年齢の重さより、この人特有の余裕の雰囲気だ。

 そのせいか、今までにないほど口調は砕けた。

 それもこれも俺を騙して何かしようとするための演技だとは考えなかった。そう感じた。

 騙されようがどうでもいいとも思っているが。

 缶のココアの温かさを両手の指で隙間なく堪能していると、おじいさんから質問をもらった。

 

 「向こうに行ったら何をしたいかい?」

 「行ってからでないと分からないが、食いつなげたらそれでいいと考えている」

 「夢が小さいのぉ」

 「うるせ。今から行く世界...というか、その雲の上の名前は?」

 「天界クラウドじゃな」

 「まんまかよ。んで、じいさんみたく天界と地球との間を行き来することは可能?」

 「普段は不可能じゃな。地球に戻ることができる機会があるとするなら、わしからの誘いがあるときだけだと考えてもらって構わんよ」

 「なら衣食住そろえてもらえるとしても、色々と調べることが多いな」

 「天界に行った後に、地球にある品で欲しいものがあったら、わしが取りに来るぞ」

 「それは多分助かる。あと、適切な地位とか言っていたけど、奴隷とかじゃないよね?」

 「奴隷制度自体向こうでは許されないことじゃな。むしろ、そういう事に手を付ける輩を取り締まる立場じゃな」

 「警備員のバイトなんてしたことない。あと、武力行使もあんまり知らないんだが」

 「そのための訓練じゃ」

 

 今までの話を聞く限りだと、優遇されすぎて怪しい部分もある。

 けれども、もし存在するなら未知の世界に行きたい。

 新しい人生を送れる機会が舞い降りた。

 こうやって期待して、絶望したことなんてたくさんある。

 しかし、今回は違う。

 残った親族は別居中の屑両親のみ。

 一緒にいた妹はもういない。

 バイト先や学校に無断で欠席してしまうことは少々気がかりだがこの際どうでもいい。

 ボロアパートももういらない。

 残されたのはこの体のみ。

 失うものはない。

 どうにでもなれ。

 自暴自棄になりそうなのは認める。

 しかし理性は失っていない。

 楽しみにしていないわけではない。

 妹が死んで、自分だけが新しい人生を歩むことに、本当に良いのかとも悩んだ。

 しかし、そんな自己嫌悪すらも贅沢で甘えだとわかった。

 妹の分まで楽しもうなんて言わない。

 頭の中をクリアにして、自分の意思のみで前に進む。

 覚悟を決めて、立ち上がった。

 

 「さて、行くかのぅ」

 「うん」

 

 俺が望む場所とやらが充実していることを願おう。

 タクシーに乗ると、目の前に巨大な光の門が現れた。

 門が開き、俺たちは光に飲み込めれるように進んだ。

 そのあと、地球は問題なく4時51分になった。

 

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