3;彼方〜あちら(2)
まずはソートの基準を決めるため、ざっと件名を眺める。 ファイルボックスは一部を除いて年度毎にまとめられている様子で、几帳面な人間がファイリングをしている年もあればいい加減な人間が適当に突っ込んだ年もあり、ボックスに付属する目次やタグもソート方法は50音順やら地域毎やら様々。
資料を保管したり記録したりする部署は、地味で報われることの少ない部署なので、年金間近の人間や組織から爪弾きにされた人間などが溜まり易く、こうしたいい加減な保存がまかり通っている場合が多い。 特にファイブAなど上層部の人間だった者が多い筈。 人にやらせる事に慣れている人間が、仕事をきちんと全うする事は稀である。
このファイルを作った人間は悔し涙を浮かべながらタグをつけたのだろうか? 彼女は頭を振って雑念を振り払うと作業に没頭した。
― 75年4月9日、宮崎・・・家族共に行方不明・・・妻の日記から幻歳睡眠3日目と思われ・・・届け出無し・・・指名手配・・・79年1月19日、島根・・・姉も行方不明・・・幻歳睡眠中・・・届け出無し・・・指名手配・・・83年9月9日、秋田・・・家族共々・・・置手紙によると男女2人が訪問し・・・届け出無し、近所の通報・・・指名手配・・・これは!
幻歳者の拉致に関する犯罪報告、と走り書きされたメモが張り付けられたファイルボックスの山。 日付、地域、項目、内容、目を通すにつれ、驚愕の内容がどうしても頭に入って来る。 そして・・・
― 『エンジェル』?
こうして彼女は国家の敵『エンジェル』を知ることとなった。 リバーサーを拉致し場合によっては官権とも戦うテロリスト集団。 その方法が・・・
ビー・ビー・ビー・ビー!
はっとした彼女が手を伸ばしてブザーを切る。20時50分になっていた。 21時からは夜勤の時間帯で、昼勤の彼女がその時間を超えて働くのには許可がいる。
確かに緊急で仕上げねばならない仕事だったが国家の一大事という訳でもなく、夜勤は許可されない。 立ち上がって彼女の区画を出て広大な電算室を見廻すと、夜勤組の3人が隅で仕事をしているだけで、昼勤組は彼女しか残っていなかった。
彼女は、はぁ、と大きな吐息を吐くと自分の区画に戻り、振り返って天井を見やる。 そこには丁度彼女の区画を狙うカメラが設置してあり、彼女はそれに向かって、両手を上げ、左右の人差し指でXを作って見せる。 その方が内線より早い。 昼勤組が誰も残っていないのならこの時間、必ず見ているはずだ。
案の定、1分も経たない内に2名の警備員がやって来る。
「終了しますか?」
「ええ、ファイルを仕舞います。 お願いするわ。」
すると一人が抱えて来た紺色の厚手のビニールカバーを広げ、カバーの裏側に何も細工の無い事を彼女に示した。
「これで全部ですね? デスクに残っていませんね?」
「全部よ。」
「サインお願いします。」
彼女は警備員が差し出したクリップボードの書類にサインをし、警備員が台車に掛けたカバーのファスナーに張り付けた封印に自分の印を押した。
警備員はそのまま台車を押して行き、部屋の反対側の壁にずらっと並んだ大型金庫風の扉の一つの前に行く。 ついて来た彼女が組み合わせダイヤル錠の一個を操作して離れ、後ろを向くと、彼女の作業を見ない様にしていた警備員が振り返って、もう一つを操作し解錠して扉を開く。 中はがらんどうで、警備員は台車をそのまま中に納め、扉を閉じて両方のダイヤル錠をくるくると廻して鍵を掛けた。
「お疲れ様でした。 今、20時58分です。 21時にSゾーンのシャッターが自動的に締まりますが、中央監視に報告してありますからご心配なく。 シャッター横の非常口でお待ち下さい、案内が来ます。」
「ありがとう、助かります。」
「では、おやすみなさい。」
その日から3日間、彼女はリバーサーを奪還するというエンジェルなる組織と、その先に見え隠れする不思議な状況の知識を蓄積して行った。 書類を整理してマイクロフィルムに撮影し、それを専用容器に納めて行きながら、目は新たな情報を求めて書類の上を走っていた。 こうして読む量が増える毎、パターン化された情報がヒントを与え、状況が沁み込むように理解されて来る。
― 発生年月日;1982年6月19日。 福井県敦賀市。 39歳男性。 勤務先・エヌ電子光学工業福井営業所敦賀工場、第2設計部課長。 家族構成;妻37歳、長女4歳、長男2歳。 両親は死亡、義母が福井市に居住。 同年6月8日、職場に妻から連絡、家族の問題で1週間ほど休むとのこと。 本人は電話に出られないとのことで、受けた上司が不審に思い自宅を訪問したのだが、敦賀市内の一戸建て自宅は不在。 1週間後の14日月曜日も出社せず、自宅を訪問するが不在、福井の母親に連絡、こちらも不在だった。 6月16日、勤務先総務部より福井県警敦賀署に捜索願。 同日、所轄署により自宅を捜索したが、ア;家財道具一切そのままの様子 イ;置手紙に訪問者の言及 ウ;義母を含む家族全員の蒸発、などの特徴からエンジェルが介在した幻歳者拉致と断定。 状況から幻歳者は男性本人と思われる。 6月19日。 福井県内08-A04-395に於いて不審者通過を記録。 当該地区はエントランス潜在度A重点区であるため、直ちにKM経由該当パターンREDで彼方の担当当局へ通報。 同日回答有、通過記録該当有、員数大人6子供2。 よって本件はER指定事件B08206154と認定さる。
― 『エントランス』・・・『彼方』の担当当局へ通報? カナタって・・・
思い当たる節はあった。 覚えるな、と訓練され興味も無かったので、記憶の奥底に澱の様に溜まって行った過去、このセンターのために記録した様々なファイルに忍んだ言葉の断片。
彼方、あちら、此方、こちら、ゲート、帰還門、往還、渡る、書簡通信、通行通報、通過記録、物資交換、戦略物資輸送・・・そしてエントランス、エンジェル・・・
それらは一見繋がりや関係の無い膨大な報告や記録の中に潜んだヒントだった。 それが今、巨大なジグソーパズルが組み上がるように姿を現していた。
彼女は確信した。 世界は2つある、と。