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3;彼方〜あちら(1)

 

*3


 2人は暫く当たり障りのない世間話をした後、闇が迫り、既にすっかり夜に取って代わられた橋の袂で別れる。 別れ際、彼女がふと思い付いた様に、

 

「貴方、通信端末ケータイ、持っている?」


「いや、持ってない。」


「そう、残念ね。 じゃ、私は夕焼けの日は、いつもここで空を眺めているから。」


 そう言うと、彼のバイクのハンドルを握る左手に右手を触れて、


「よかったら、また話しましょう。」


 そして軽く手を振って、土手下の道へ降りて行った。


 彼女が下の道へ降りて振り返ると、もう彼は見えなかった。 グローブ越しでも彼のしなやかな指の感触が分かった様な気がした。 結局彼は彼女が口走った、夕焼けの『彼方』については尋ねもしなかった。 単なる戯言と思った可能性が高いが、こんな事を彼女が見知らぬ他人の前で呟いたと知ったら、彼女の上司は卒倒ものだろう。 彼、もしかして知っているのだろうか、『ファイブA』なのか? 


― 一体、どうして話す気になったのだろう?


 赤の他人に話し掛けようと思ったのは、随分と久々だった。 ちょっとかわいい男の子だからだったのかも知れない。 全てを失った自分は、あと十数年で死ぬ。 もう他人に深く関わって嫌な思いをしたり、余計な痛みを背負い込んだりするのは沢山だと思って来たのに。 だから今の仕事に就いて10年余り、障りのない、しかしひたすら個を殺して生きる同僚たちよりは、余程刺激的な生活を送って来たつもりだ。


 人には合わせ、かと言って集団の中に埋没するのではなく、どこか気安く群れる事が出来る如才なさと、個人主義者と捉えられない程度のユニークな発想。 人は、彼女は屈託が無く奔放だが、根は真面目、堅苦しくない明るい性格、と思っている。 当てはまらないピースだらけのジグソーの様で捉え所が無いが、異性関係以外、保安部署がマークするほどの危険は無い。


 仕事振りは熱心で有能、友人も多く、有力者の愛人だった事もあり・・・とにかく世渡りは彼女自身が思う以上に上手にやって来た。


 このまま赤ん坊に向かってどんどん幼稚化して行き、やがて一人では何も出来なくなり、記憶も知能も徐々に失われ、最後には昏睡して死ぬ。


 老醜を晒して死んで行く普通の人間に比べ、リバーサーの死は美しい、などと言われるが死ぬ事には変わりが無い。

 老いを知ることなく奇麗なまま死ねていい、2度目の青春を迎える事が出来ていい、などと言われるが、若さは愚かさも兼ねるのだという事を忘れている。

 いくら頭では分かっていても身体が持て余すのだ。 あの思春期の辛さをもう一度味わうなど、彼女は御免だと思っていた。


 とは言え、仕事に習熟したまま身体は若くなって行き、体力・気力が増すのでリバーサーはどこでも引く手あまただった。 大概は監視下で集団生活を送る者が多いが、彼女の様に有力者のつてがあり、保安上も問題ないとされた者には一定の自由と生活基盤を与えられ、個人で生活出来る。


― 私は離婚したし、逃げ帰るところも無いし・・・。


 『エンジェル』と呼ばれるテロリスト集団がリバーサーを拉致し、何処かへ連れ去ると噂されるが、リバース直後に現れる事が多いと言われる彼らは、結局彼女の前に現れる事はなかった。


 だから彼女は今もこうしている。 現状に不満はない。 独り身の寂しさはあるが、それも馴れた。 それに、彼女の行動的な性格や少々奔放な性格も手伝って、異性との付き合いに困った事はない。 許される範囲で大人の付き合いを許した男は10人程、どの関係も長いものではなく、数ヶ月続く事もなかった。 しかし慎重に相手は選んだので、それなりの生活向上やコネを得る事は出来た。 関係が終わっても友人関係でいる実力者の男も数人いる。

 そう、この国では恵まれた生活だと言えるのだが、それでも・・・幼児になる前にやりたいことがある。


 あの夕焼けの向こう、リバーサーのいない、核の冬も分裂国家の歴史も持たないという、幸せなユートピアを見てみたいのだ。


                         *


 彼女は内務省の国家情報センターに勤めていた。 初期のコンピューターが導入された当初からオペレーターとして働いて来た彼女は、今や指折りのコンピューターの使い手で、与えられた分析や資料収集・ファイリングなどをてきぱきとこなし、重宝がられていた。


 ある日、几帳面に積み上げて台車に乗せられた、ぶ厚いファイルボックスの山が彼女のデスクの前に運ばれ、センターの資料室長から索引インデックス付きのマイクロフィルム化を求められた。 時折依頼される骨が折れる作業で、ざっと見たところ、警察から政府機関へ送られた十数年分の、何かの事件の報告書の山の様だった。


 職務上極秘LEVEL-AA(機密)から極秘LEVEL-AAAA(極秘)までの様々な書類に目を通さなくてはならないため、彼女は保安レベル最高度のLEVEL-FIVE(ファイブA)の所有者だった。 その彼女が、書類の左上に赤い縁取りの白星5つを目にして息を呑む。 今までお目に掛った事が無かったので、存在することを疑っていた5つの☆。 

 それは最高機密のLEVEL-AAAAAウルトラと呼ばれる書類だったのだ。


 彼女だけでなく機密事項に接する秘書や記録事務員は、耳にしたり眼にしたりする国家機密は覚えない様に訓練されている。 しかし、人間である以上、自身に関係する内容や興味のある内容に反応しない方がおかしい。 そのため、防諜や保安関係を司る部署では、こうした人員の身上調査で趣味や生い立ちを徹底的に調べ上げ、少しでも彼・彼女に関連する情報を含む機密事項には触れないようにリスト化し、関係各部署に極秘ファイルとして配布していた。


 当然彼女の上司や資料作りを頼んだ室長も、そのファイルの山が最高機密に属し内容が彼女の興味を引くものである事は承知していた。 しかし、膨大な資料を短時間でファイリングする腕では彼女の右へ出る者はいなかったし、何しろこの資料の出所からせっつかれてもいた。 何事も例外はある。 それに彼女はファイブAとして不定期に調査対象になってもいる。 漏れる心配はないだろう、そう考えた室長は彼女に託したのだ。


 勿論ファイブAなど滅多にいない。 国家の秘密の巣窟とも言われる国家情報センターでさえ両手に満たない。 この資料作りはたった一人でやるしかないだろう。

 彼女は極力顔色に出ない様に気を付け、室長が差し出した受け取り書類に署名・捺印すると、事務的に言う。


「5日、否、6日下さい。」


「他の仕事はやらなくていい、係長に言っておく、やり掛けの仕事はデスクの横に積んでおきなさい、誰かにやらせる。 いいね、これだけやってくれ、4日でな。」


 それだけ言うと室長は、彼女から受け取りを奪う様にして取ると、見向きもせず足早に部屋を出て行った。 彼女は室長の後姿を見送ると、軽く吐息を吐き、まずは『愛機』を保留にするとやり掛けの仕事を掻き集め、言われた通りデスクの横に積み上げ、反対側に置かれたファイルボックスの山を切り崩しに掛った。



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