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2;リバーサー

 

*2



 彼女の夫は浮気をしていた。 それは気付いていた。


 夫婦として7年過ごした。 子供は1人、男の子だった。 絶望はなかった。 それまでの半生で、十分に絶望していたからだ。


 この結婚も上司のたっての頼みで逆らえなかった。 夫は政府職員で中間管理職、彼女は知る由も無いが、多少軽薄なところも散見されるが根は真面目な性格、と考課表に書かれていた。 つまりは可もなく不可も無い、と言う事だ。

 それは彼女も感じていて、同僚との浮気に感付いた時に怒りより驚きを感じたのもそのせい、この人がそんな器用な事を、と思ったものだ。 けれど、離婚どころか浮気を暴露して夫を取り戻す事もしなかった。 そんな事をしてもお互い破滅だ。 公務員が国民の3分の1にも及ぶ国の事、規律と風紀は厳しかった。


 正にそんな時、彼女はリバースした。 41歳の誕生日を一週間後に控えた時だった。


 彼女の夫は、彼女がリバーサーとなった事を喜んだ。 当然別れる口実になるからだった。 リバーサーは国家に収監され家族と別れる。 勿論籍は残してもよいが、この先一緒に暮らせる可能性は低い。 従って離婚するケースが多かった。


 彼女もそうなった。 当時6歳の、たった一人の子供とも生き別れた。


 彼女が目覚めた時、昏睡後、既に3ヶ月が過ぎていた。 彼女にしてみれば、遅い夕飯の支度で台所に立ち、時計を見上げ8時数分前と確認した直後、気が付くとベッドの上、白い天井を見上げていた、と言う事になる。 その間の記憶は一切ない。


 点滴がなされ、計測機器のパッドが腕や胸に付けられている。 辺りを見渡すと正に病院の個室と思われ、枕元の目覚まし時計は12時丁度を示していた。

 眩しい位に陽が降り注ぐ窓は角度が悪く外は見えなかったが、そちらに目を遣った瞬間、サイレンが鳴り響いた。


― お昼か・・・


 朦朧とした意識で現実感が喪失していた彼女はぼんやりとそう思うと、半身を起そうとしたが酷い眩暈を感じ、再び枕に頭を落とす。 すると看護師がドアを開け、続けて白衣姿の医師が入室した。


「目覚めましたね。」


 医師は彼女に笑い掛けると、彼女が尋ねる前に、


「貴女はリバースしました。 リバース睡眠に入って今日で・・・95日目、ああ今日は5月19日です。 桜がほころび始めましたよ。 満開までには退院出来ます。 眩暈がするでしょう? 3ヶ月も眠っていたんだ、無理もありませんから心配要りませんよ。 あと2日もすれば起き上がれるでしょう。」


 医師は彼女が口を挟む間もなくしゃべり続ける。


「ご家族には連絡を入れました。 今夜にもお逢い出来ますよ。」


「でも・・・リバーサーは・・・」


 口が粘張ついて話辛かった。


「そう、『幻歳者の保護管理に関する法』ですよね? それについては明日、幻歳者擁護支援中央委員会・グリックの方が来て説明すると思いますよ。」


 その夜。 病室に現れた夫は上機嫌だった。 限りなく優しく、妻がリバースして離れ離れにならなくてはならない悲劇の夫、それでも国のためを思い耐える夫を演じていた。

 彼女が眠っていた3ヶ月間、一体何を言い含められたのか子供は笑顔もなく、無言で母親を眺めるだけだった。 それを見て、彼女はもう、どうでもよくなった。


 翌朝現われたグリックの2人連れは、妙に明るく彼女に接して明るい未来を語った。 自動的に国家公務員となり、資格を学び、それぞれの得意分野でスペシャリストとして活躍する未来。 昇進と栄誉、カネ。 全て本人の努力次第で叶うという。

 彼女がぼんやりと生返事をし、よく読みもしないでびっしりと文字が埋められた書類に2,3か所署名と捺印をすると、男たちは数日後の再開を約して帰って行った。


 それから数日、ベッドでぼんやりと過ごした後、約束通りグリックから迎えが来て、その瞬間から彼女は国家の『所有物』になった。 結局夫と子供は現れず、数日後にグリックに夫の判が押された離婚届が郵送されて来た。


 夫は結局浮気相手と再婚したらしい。 あの子は、今頃継母の作った夕飯を食べているのだろうか? 好きな子はいるのだろうか? やがて結婚し、子供・孫が生まれるのだろうか。


 妄想も、考えるのも嫌になる位、重ねた。 それはいつも最後に虚しさを募らせるだけの結果に終わる。 しかしそれにも、もう慣れた。 仕事に疲れ、家路を辿る時、彼女は必ずひと駅手前に降りて、歩いて橋を渡った。 歩きながら、何時でも自分の半生を振り返り、その痛みを、悲しみを繰り返し思い返し、涙も枯れた心に憤りを、恨みを刷り込んだ。


 ただそうする事だけが彼女の生きている実感、精神こころに鈍い痛みを感じることだけが自分の生の証しだったのだ。


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