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終;深い霧の先へ(3)

 


 やがて隼人は彼女を降ろすと、あちらの彼女に、


「彼女を宜しく頼みます。」


 深々と頭を下げた。


「いえ、ある意味、自分の世話ですからね、それって当たり前でしょ? これ以上迷惑は掛けられませんからね。」


 老女はそう言うと隼人に歩み寄り、優しく背中に手を廻し、彼を抱き締めた。 彼が驚く間もなく身体を離すと、


「『分身ドッペルゲンガー』とは言っても、全く同じ身体つくりでなく、同じ人生を歩む訳でもない、と伺ったわ。 だから私の半生はこの人の様にドラマチックではなく、とても平凡だった。 私も貴方の『分身』と彼方あちらで恋仲になれば幸せだったのかしらね。 きっと貴方の分身も彼方にいるのだから・・・あ、それは無理ね、私は普通に歳を取っているから、『彼』はこんなお婆ちゃんに興味が湧くはずがないわ。 ほんと、この子が羨ましいわ。」


 場を明るくしようとする彼女の心使いが嬉しかった。 皆、一仕切り笑った後、准将は、


「隼人。」


 真剣な面持ちで彼を見る。


「お前も来ないか。」


 辺りの時間が止まる様な一瞬。


 隼人は准将を見、光蓮を見、2人の彼女を見る。 全員が息を止めて彼の次の一言を待っている。


 ふと、彼は微笑する。 そして言った。


「非常に残念ですが。」


 准将も一瞬だった。


「そうか。」


 プロがプロを口説いたのだ、結果断られたらそこまで。 元・准将、竹崎進はそう思った。


 竹崎がリバースして十数年、彼に残された時間も少ない。 10年もすればこの女の様に少年となる。 それまでに自分を助け、『天使エンジェル末裔こうけい』になる者を見付けなくては。 隼人は適任に見えた。 しかしダメだった。


「自分には、後ろに続くサイがいます。 僕が離脱したら彼らに害が及ぶでしょう。 もはや個人の心情だけでは裏切る事は出来ません。 それに私はこの国が好きなので。」


 海外で戦った後、帰国の途に就いた時、機上からこの国が見えると無性にうれしいのだ。 こんなにも非情な世界なのに。


「そうか、残念だ。」


 竹崎はそう言うと、突然、ククッと笑い出す。 呆気に取られた皆が見つめる中、竹崎は何とか笑いを沈めると、


「いや、すまない。 なあに、兼田とそっくり同じことを言うなぁ、と思ってね。 知っているんだろう? 兼田勝利の事は。 5、6年前まで君に纏わり付いていたらしいじゃないか。」


「ええ。 あなたが国を離脱する時、一緒に来ないかと誘われたが、彼はあなたを一喝したんですよね?」


「ほう。」


「あなたから『ファイブA』に指名されエライ迷惑だったと。 お陰で落ちこぼれのサイを監視するはめになった、とぼやいていましたが。」


「そう言ったのか? 彼が。」


「いいえ、覗いたんですよ、頭を。」


「そうか。 いや、つくづく私はスカウトに向いてないな、とね。 君たちこそ本物の愛国者なんだがね。」


「こうして反逆者エンジェルたちと親しげに話し、リバーサーの逃走を黙認する愛国者なんかいませんよ。」


「そうかね? そんなことはないさ。」


 ふと竹崎は憂いの表情を浮かべ、


「私は、君たちの事を思うに付け劣等感に苛まれるのだ。」


 すると隼人は、


「人は置かれた環境で、それぞれの身上を試しているのです。 それを恥じる必要などない、と私は思いますが。」


「なるほどね。」


 竹崎は苦笑すると、


「では、君の置かれた『環境』が、君の『身上』を発揮するに相応ふさわしく変わる事を祈るよ。 私はそれに期待をする事が出来なかった。 自ら変えるしかない、と思った。 君は違う。 国を捨てた私が言うのもおこがましいが、この国を、頼む。」


 隼人はそれについては何も言わず、ただ敬礼する。


「お元気で。」


 竹崎は一瞬、淋しそうな笑みを浮かべたが、今度はきちっと答礼すると、


「君も元気で。」


 隼人は頷くと、つと視線を隣の少女に移し、まだ涙が止まらない彼女の目線までしゃがむ。


「これで本当のさようなら、だけど・・・」


 彼はそこでにっこりと笑う。


「幸いにも、僕は電話じゃなくても遠く離れて会話をするすべを知っている。 君に『鈴』が付いていた時はそれも無理だったけれど、今は無力化されている様だね。」


 それには光蓮が頷き、彼は軽く頷き返すと少女の目を覗き込む様にして、


「君が淋しくて仕方がなくなった時、僕はきっと会いに行くよ。 色んな話をしよう。」


「うん。待ってる。 勿論あなたが淋しくなっても、来ていいのよ?」


「勿論だよ。 約束する。」


 彼は微笑みながら彼女の頬に唇を当てると、お返しにひんやりと冷たく潤んだものが彼の頬にも当てられた。


 そう、これでいい。 これでもう、離れても大丈夫だ。


 彼は2つ大きく頷くと立ち上がる。


「では行こう。」


 それを合図に竹崎がそう言うと、老女が深々とお辞儀をし、彼も深く頭を下げた。


 光蓮は、じゃ、と手を上げ、竹崎は頷くときびすを返した。 少女は老女に手を取られ、歩き出したが、ずっと振り返ったまま引きずられる様にして霧の中へと消えて行く。


 4つの後ろ姿はそのまま影となり、薄れ、消えた。


「さよなら! ハヤト!」


 少女の声が霧の中から聞こえたのを最後に、後は静寂が彼を押し包み、砂利を踏む音もたちまちにして消えてしまった。


 彼は暫く無情な霧を睨んでいたが、ゆっくりときびすを返した。


 公園を迷うことなく横断し、入り口まで戻った。 生け垣沿いに歩いて行くと霧の中、彼のワゴン車がフォグランプに縁取られ黒く浮かんで見えて来る。

 彼が近付くと、生体認証ロックが彼を認知し、ロックは解除され、彼が冷え切ったリアシートに身体を沈めると、再びロックがカシャンと閉じた。


 そのまま彼はざっとサーチを行なうが、あの4人や、姿は現わさなかったが周囲にいたはずの天使テロリストたちも掴む事が出来なかった。


― さすがだな。


 彼は一人納得すると、今の自分を見つめ直してみる。


 これは美談なんかじゃない。 そう彼は思う。


 竹崎准将は ―― 無論反逆者の身、今は階級も剥奪されていたのだが、彼をスカウトしたいがために彼女の脱出などと言う、危険で手の混んだ作戦を展開し、自ら虎穴に戻ったのだ。 そこにあるのはおきまりの誘惑、策謀だ。 竹崎や国にすれば隼人は駒に過ぎない。 盗られれば相手の強力な駒となる。 彼らはそんなゲームを戦っているのだ。 それにゲームはこれで終わった訳でない。 


 現に彼は揺れている。 いつかはこの霧の向こうへ、彼女を追って歩き出す時がやって来るのかも知れない。 そんな予感に怒りすら覚える。

 竹崎は、今日の出来事を、彼の『こころ』が疼く、そんな可能性の『傷』にして彼に残して行ったのだった。


 それでも、と彼は思う。 彼女はこれで、やっと念願の夕焼けの向こうへ行ける。


 サーチでは探れないが、彼にはありありと今後を思い浮かべる事が出来た。


 ・・・黒いワゴン車の車列、途中の詮索好きの目や耳は、光蓮たちの国のサイたちが目眩ましを仕掛け暗示で逸らし・・・


 ・・・やがて山へ入り、指定の時刻、エントランスが開くのを待って・・・


 ・・・警報は鳴るだろう、しかし誰一人間に合いはしない。 駆け付ける武警の機動隊を尻目に一人また一人、穴へ入って行き・・・


 ・・・彼女の番となると、分身の老女に引かれ、最後に振り返り、戻る事はない祖国を一瞥し、別れの言葉を呟き・・・


 ・・・ ― 大丈夫だ、安心してお行き、その先に自由があるから・・・


 ・・・次に入るサイに促され、もう振り返る事無く穴の中へ消えて行く。 後は手際よく後衛が続き、やがて最後の人間が見えない穴へと消え・・・


 ・・・エントランスは間もなく閉じて、後は駆け付けた者たちには足跡だけが残されて・・・


 そう確信すると、彼はそっと息を吐き目を開く。


 ワゴンの横を突然車が通り過ぎ、間を置かず正面にヘッドライトが現れ、車の姿になると彼の横をかなりの速度で過ぎて行く。 後には渦を巻きながらも消える事がない霧が乱舞する。


 一日が始まっていた。 彼は体を起こすとフレシキブルマイクに向かって話す。


「なあ、どこでもいいが、霧のないところへ向かってくれないか?」


≪認証出来ません。 ゆっくりと、おおきな声で、もう一度、はっきりと、お話ください≫


 彼は溜息を付くと、


「オートモード解除。 コード。 なな・さん・にい・ごう・よん・いち。 エンド。」


≪オートモード解除しました。 只今、手動モードです。 左右を良く見て、安全運転を心がけましょう。≫


 操作表示灯が緑から黄に変わる。 フロントシートに移った彼はサイドブレーキを外し、マニュアル運転で車を道路へ出すと、霧など無いかの様にアクセルを踏み込んだ。


 ワゴン車は道路の先に出来た霧の壁を突き抜け、一瞬の内に白い空間の中へと消えて行ってしまった。



 =終=





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