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8;さようなら(2)

 

 尋問は12時を廻ったところで最終段階となり、兼田の手帳は走り書きされた記述で真っ黒になっていた。 冷めてしまった紙コップの茶の残りを飲み干すと兼田は、


「さて、あと2つ3つでおしまいです、もう少しですよ。 疲れましたか?」


 兼田の問いに、どうとも取れる曖昧な笑いで応じた彼女は、


「いえ、大丈夫、です。」


「よろしい。 では、被疑者の交際相手の噂についてですが、貴女は――」


 隼人は背筋を伸ばし膝に両手を置いたまま微動だにせず、真っ直ぐ彼女を見つめていた。 彼女は兼田の問いに答えながら、時折隼人が気になるのか、ちら、ちらっと彼の方向へ視線が揺らぐ。 そして彼の視線と絡むと、つと視線を外し、暫くは彼の方を頑なに見ない様にした。 しかしやがて、彼の自分に向けた動かない視線を意識するのか、再び彼の方へと視線が泳いで行く。 この一時間程、そんな事の繰り返しが続いていた。


 彼女は彼の記憶の彼女とも精神こころが映した彼女とも違っていたが、今の彼女は以前の彼女にあった蠱惑的こわくてきな魅力が薄れた代わりに彼女が本来持っていた誠実さ、真面目さが表情に出ていて、それはそれで好ましいものに見える。 元来童顔で、目と口が大きくよく動くところは変わっていないが、1年経ってその分『若く』なった彼女は益々魅力的に見えた。 これから彼とは身体的に年齢が離れて行くのだ。 まだ老いを考える齢でもないが、確実に自分は老いて行くのに対し彼女は若く、若くなって行き、背が縮み体重が減って行く。 彼女を見つめる彼にはその事実が、とても現実とは思えない。 そして今も彼を見る目には怯えと戸惑い、不審が見えている。


 兼田に警告され止められた思考潜入アクセスや思考会話は試みなかった。 彼の言う通り彼女には『鈴』が付いているはず。 投薬で精神こころを曲げ、彼に纏わる一切の記憶を消去した『ウエ』の事、彼や他のサイによる思考潜入に備えて『思考解析報知器』、隠語で『鈴』と呼ばれる生体送受信機マイクロタグを彼女の脳に埋め込んでいるに違いない。 


 『鈴』は『レシーバー』と呼ばれる思考兵器対応兵アンチサイキッカーの脳に埋め込まれている強力なタグとは違い、単なる警報器に過ぎない。 アクセスを察知すると特定の周波数で微弱な電波を発する。 それを受聴装置が受け取り『鈴』を付けた対象者が心理攻撃やアクセスを受けている事を知らせるシステムだった。 兼田が言う様に隼人が彼女に『話し』掛ければそれこそ方々で『警報』が鳴り厄介な事になるはずだった。 それに・・・


 この部屋には彼以外にもう一人、自らアクセス出来る者がいる。 隼人はそれに気付いた後、防御シールドを2重に張り、内部に引き籠った。 彼女の前で自分の未練など抜かれてなるものか、と思った。 


「以上です。 長時間、また日付が変わるまでお付き合い頂きありがとうございました。」


 いつの間にか尋問は終わった。 元村が椅子を引き、


「では、これで?」


「はい、結構です。 ありがとうございました。」


 元村は頷くと彼女に、


「遅くまでご協力して戴き申し訳ありませんでした。 朝はウチの者に送らせます。 1時間程遅刻なさるといい、その様に職場に伝えますからご安心下さい。」


 すると彼女は戸惑いながら、


「よろしいのですか? 私なら大丈夫ですけれど・・・」


「いいえ、その位はさせて頂かないと。 急に済みませんでしたね、では部屋までお送りします。」


 元村はちらっと兼田を見ると、兼田は頷く。 彼女は立ち上がり、一礼すると先にドアを開けた加藤の方へ向かう。


「ああ、篠田さん。」


 何かを思い出したかの様に兼田が呼び掛ける。 彼女が振り返ると、


「篠田さんは、夕焼け、お好きですか?」


「兼田さん!」


 思わず加藤が彼女を庇うように前に出て、険しい表情で詰め寄ろうとしたが、横に立った元村がその腕を取って止める。 元村は加藤に首を振ると、


「どうしました? 兼田中尉。」


「いえ、『関係者』が、篠田さんは夕焼けを眺めるのがお好きだった、と言っていたものでね。 他意はないですよ。」


「あ、ええ。 好きです。」


 彼女はお愛想に微笑む。


「そうですか。 そうそう、先程警備の方に伺ったが、スクーターに乗って走るのがご趣味とか。 大型のスクーターをお求めになったとか。」


 彼女は顔を赤らめ、目を伏せる。


「前はそんな趣味はなかったのですが、『病気』になって、職場を変わってこちらに引っ越した後、何故か無性にスクーターに乗りたくなりまして・・・何なのでしょうね?」


 兼田は目を細め、大きく頷きながら、


「よろしいではないですか。 お見受けするところ、篠田さんは内に引き籠るより外で行動された方がお似合いですよ。 羨ましいですな、これからはいい季節だ、どうか安全運転でお楽しみ下さい。」


 彼女は何かほっとした様な表情を浮かべ頭を下げる。


「ありがとうございます。 そうですね、私も病気の後、何か自信が無くなってしまって。 どうせあと5年で引退です。 御国のためにしっかり最後まで働くためにも前向きに行く様、頑張りますわ。」


 彼女はそう言いながら、どこからそんな科白が湧いてくるのだろう? と自分を訝ったが、表情は晴れやかだった。 兼田は益々満面に笑みを浮かべ、加藤の鋭い非難の眼差しを平然と受け流し、にこやかにいう。


「では、重ね重ね、ありがとうございました。 お休みなさい。」


「お休みなさい、兼田さん。」


 すると、今まで一切発言しなかった、陸軍のかなり若く見える中尉が軽く頭を下げながら、


「お休みなさい。」


 彼女は改めて、暗緑色の作業衣姿というラフな格好の青年に目を遣る。 尋問中、彼女をじっと見つめ続けていた彼は、陰の部分を強く感じ、不気味でもある。 どことなく凄味を感じるのは、この若い士官が実戦を経験しているのでは、とも思わせる。 彼女は過去、戦闘で人を殺した人間を数え切れないほど見て来たし、これはその者たちに共通した特徴だった。 しかし今は、何故か思い詰めた様な表情を浮かべる彼の目に、優しい労りの様な、否、どちらかと言えば恋人を見つめる情熱の様な色があった。 彼女はそれに戸惑いを覚えたが、嫌な感じはしなかった。 むしろ胸が締め付けられる様な高揚感を覚え、驚く。 初対面の、少々ハンサムな青年士官に一目惚れでも仕掛っているのかも知れない。 彼女はそこまで考えると、自分がまじまじと彼を見つめているのに気付き、慌てた様に言った。


「お休みなさい、中尉さん。」


 すると、彼は静かに言う。


「さようなら。」


 彼女も静かに返した。


「さようなら。」


 加藤がドアを開け、彼女が続く。 その後ろから慈父の様な微笑みを浮かべた元村が2人に敬礼し、続く。 部屋に残った2人も答礼し、ドアが静かに閉じられた。


 隼人は暫くの間、何も言う事が出来なかった。 兼田は集会室の窓に歩み寄り、夜半過ぎ、上って来た下弦の月を見つめる。 やがて隼人はポツリと、


「兼田さん。 ありがとう。」


 兼田は月を見つめたまま、静かに言う。


「礼なら言う必要なんかない。 こいつも命令だからな。 

 誰かは知らん。 雲の上の方さ。 その彼の秘蔵っ子がどこかは知らんが、厳しいところにでも出張する事になったが、何かグズグズ昔の傷を嘗めてばかりいる、と報告を受けた。 ちょうどタイミング良く彼女が尋問される事となった。 白羽の矢が、普段その秘蔵っ子が一般の場で無茶しない様に目付けている、薄給の中尉に当たったのさ。 さっきの2人だって言い含められているに決まっている、俺がわざと正直に所属を言ったのに顔色ひとつ変えなかった。  制限区のゴリラが何で一級捜査か、ってな。」


 兼田は窓に手を当てると、その冷たさに思わず手を引っ込める。


「な、これで良かったんだよな?  ウエはあんたが気持ちよくその力を使うのを期待している。 なにせ『こころ』を使うんだ、ココが元気で無くっちゃ、せっかくの力も発揮出来ないだろうからね。 ギブ・アンド・テイク、あんたが上手く仕事をやって貰えるようにした、って、それだけさ。 そういうことだから、あんたは俺に感謝する必要はないのさ。」


 隼人は何も言わず頭を下げ、兼田を見つめた。 兼田は振り返ると、その顔を見て、微笑む。


「そういえばあんた、休暇だったよな。 この先少し走った所で俺の古い知り合いが漁師をやっている。 この辺は夏でも牡蠣がうまいんだ。 行くか?」


「まだ夜中だよ、兼田さん。」


「バッカだな、漁師の朝は早いぜ。 着く頃には漁に出る頃合いさ。」


 兼田は歩き出すと、隼人の肩を抱く様にして、


「この辺りは、朝焼けも奇麗だぜ。」


「・・・ありがとう、兼田さん。」







※読者の方へ


 作者にも分かりませんが、多分、後2話程度でこの作品も幕を閉じます。

 作者は作品の終了直後にモノを言って余韻を壊すのが好きではありません。 そこで、ここでごあいさつ致します。

 お付き合い頂き誠にありがとうございます。 後少々、付き合ってやって下さい。


 本当にありがとうございました。




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