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8;さようなら(1)


*8



 官舎は標準乙1型と呼ばれる造りで、全国どこでも見られるタイプだった。 施設に常備される共有の備品調度も全く同じ設えで、都市部と地方の差別などは存在しない。


 この事については面白い話もある。

 大宮から神戸へ転勤した男が間違えて、以前住んでいた部屋番号と同じ部屋に入ったら ―― 鍵が同じだった事は言うまでもないだろう ―― 自分と全く瓜二つ、同じ人間がいた、と、あるSF作家が掌編をものにしているのだ。 

 これは地域格差をなくす一つの方法だったが、実際は個性を出来る限り封印する一貫でもある。


 2人は警備員を案内に集会室へ向ったが、当然ながら兼田も隼人も案内なぞはいらなかった。 警備員 ―― これも総務省傘下の公務員だ ―― が付いているのは2人が余計な事を、例えば盗聴器などを密かに仕掛けたりしない様、見張るために他ならない。


 隼人の官舎は標準甲2、以前篠田が住んでいた多摩川縁の官舎は甲4、ここは乙1型と微妙にタイプは異なっているが、集会室などの施設は全く同じ位置にある。 警備員がその部屋のドアをノックし、中を覗くと、どうぞお掛けになってお待ち下さい。 2人はどこにでもある折畳みのテーブルを前に標準備品のパイプ椅子に腰掛ける。 立ち去った警備員と入れ代わり、ほとんど間を置かずにノックがあり、入って来たのは頭が禿上がった小男だった。


「よくいらっしゃいました、この官舎群の管理をしておりますノダ、と申します。お茶はそこの給茶機をご自由にお使い下さい。紙コップは横に、」


「篠田瑛子は?」


 話を遮り、サングラスを掛けたままの兼田は、一般人が武警に抱くイメージそのままに高飛車に問う。


「いや、それはもう、直ぐに参ります、何分寝ていた様ですので。」


 集会室の壁に掛かる時計も11時を回っている。 独身寮では消灯時間だ。 と言っても廊下や階段が半分消灯されるだけ、部屋からの出入りを謹むと言う意味合いだった。


「5分だ。 様子を見て来て頂きたいが。」


 兼田が野田に命令口調で言うと、噂をすれば、の例え通にノックがあり、男が2人、続けて紺のトレーニングウェア上下にクリーム色のカーディガンを羽織った彼女が入って来た。


「いや、お待たせしました。 私は東北管区第71地区警護隊、モトムラという者です。 こちらは同僚のカトウ。」


 兼田と隼人は立ち上がり、


「初めまして、警視庁第4制限居住区警護隊、兼田です。 こちらはオブザーバーとして陸軍から参加して頂いている新開中尉です。」


 お互い敬礼を交わすと元村が、


「時間も遅いので進めましょう、ああ、野田さん、よろしいですよ。 篠田さん、こちらへお掛け下さい。」


 野田が逃げる様に出て行ったのも、加藤が茶を紙コップに注いで皆に配り、隼人の前に紙コップを置いた時、一瞬鋭い視線を送ったのも彼には見えていない。 彼は彼女しか見えていない様だった。


 彼女の印象が全く違う。 戸惑った曖昧な笑み、ぎこちなく緩慢な動作、椅子を引いてテーブルから少し離れて浅く腰掛ける様子。 そのどれもが彼の識る彼女ではなかった。 幾夜も精神こころが見ていた彼女とも違い、寝付かれぬ様子に寝返りを打つ仕草にさえ、目の前の彼女ならゆっくり静かにしそうに見える。

 この差は一体なんだろう? 彼は落胆と共に首を傾げる。 だが、本当の理由は彼にもはっきりしていて、それを意識的に認めたくなかったのだ。


 精神を分離し他人の精神こころを見る場合、五感は本体に置いてあるため使えない。 いわゆる六感で感知する。 六感が働くからこその能力サイだが、所詮六感も人間である能力者サイが扱う感覚、主観や体調に大きく左右されてしまう。 しかも元来他の感覚と違い、かたちにならないもの、記憶や夢、希望や想い等を他の五感に置き換えて見せる感覚のため、現実を描写するのを苦手とする。 遠隔から精神を通じて実存の物を『見る』ためには、本人の知識や記憶を利用するのだ。


 実際、未知の事象を描写するには、かなり想像力を駆使しなくてはならない。 経験と知識が能力を高め、遠方の事象を『色付け』し実際に近付ける。

 彼女の印象が精神の遠隔視と違っていたのは、若い彼が見たくない現実を無意識に嫌い、彼の精神こころが実像を歪め、思い描く理想に沿って拡大解釈で示していたのに違いない。


 座ってこちらを伺う彼女は緊張が透けて見える程で、全く以て彼の識る彼女らしさがない。 彼女の両側に2人の地元武警士官が座り、隼人と兼田は3人と向かい合った。


「私は、」


 と元村が切り出す。


「参考人尋問の立ち会いとして同席させて頂く。 加藤は弁護士でもあるので、臨時に彼女の弁護人として参加する。 では始めて下さい。」


「分かりました。」


 兼田は手帳を取り出すと、


「こんな遅い時間に済みませんな、篠田さん。 これはある事件の捜査の予備尋問となります。 最初にお断わりして置きますが、貴女は被疑者として手配されたり、疑われたりしているのではありません。 偶然、事件の背景に関連しておられるだけです。

 但し、質問には出来る限り正確に、正直にお答え頂きたい。 もし、記憶になかったり記憶が曖昧になっていたりする場合は、記憶にありません、や、はっきりと覚えていません、などとお答え下さい。 また、答えたくない場合は答えなくてもよろしい。 答えたくありません、と言って下さい。 但し、後日、こちらが貴女にどうしても答えて頂かなくてはならなくなった場合、再度尋問に伺うか出頭して頂きます。 勿論、その時はどんな事にも答えて頂きます。

 貴女の話した内容は証言として採用される事がある。 しかし、プライバシーは捜査上やむを得ない場合以外保護され、貴女が話した内容は捜査関係者以外に流れる事はありません。 ご理解頂けましたか?」


「あ・・・はい。」


 元村に促され彼女が答える。 隼人の目には、その顔は、暴漢に追い詰められた女の表情そのままに見えた。


 それからおよそ一時間、兼田の尋問は続いた。

 内容は情報漏洩に関するもので、彼女の前の職場、国家情報センターで起きたスパイ事件の捜査だった。

 兼田は手帳に記された質問を一つずつ尋ね、容疑者である彼女の元同僚の女の人間関係、噂、行動などを明らかにしていった。 彼女は恐れ戸惑いながらも小さな声で答え、時折考え込んで、覚えておりません、と答える事もあったが、ほぼ完全に知っている事は話している、と、見ていた3人のプロは考えた。


 その1人、隼人はずっと彼女の顔を眺めていたが、彼女の視線がこちらに流れても、その瞳には彼に対する感情を伺わせる何らかの輝きは一切感じられなかった。


 理解していても辛い事には変わりはない。


 隼人は我知らず肩を落し、落胆の表情を浮かべたが、正面に座った加藤という武警の若い男が興味深そうに彼の顔を眺めている事に気付き、目を擦って表情を改め、その後は何時ものポーカーフェイスを崩さなかった。





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