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7;変わること、変わらないもの(4)

 


 奇麗な夕焼けが西の空を染め上げていた。 風が強く、珍しく乾いて澄んだ空気が視界を広げ、遠くの山々まではっきりと見えていた。 濃い橙から深い黄色まで縞状になった夕焼けと、切り絵で作った影絵の様に見える、山とのコントラストは写真に残したくなるほど美しかった。 同じ様に思う人間も多い様で、橋の上には3人程西にカメラを向けている者がいる。


 監視は2ヶ月ほど前から付かなくなった。 時折、さっと触れるようなアクセスを感じるが、軌道に乗り出したサイキック訓練部隊の生徒ヒヨコが訓練を兼ねて行っているものと思える。 彼も時たま教官を務めているので、ヒヨコは全員知っているし、その『アクセス臭』も分かるので、誰がやって来たのかほぼ分かっていた。 気付かずに連中に『こころ』を抜かれた事などないだろう、と自負している。 『お姉さん』なら自信はないが、最近はアクセスでの思考会話すらしていない。 彼女は釈放以来、『グリック』内の『宮殿パレス』に籠り、文字通り『プリンセス』にかしずいていると言う。 お陰で彼の方も忙しくなって来た。 今日、『朝霞(国防庁)』へ呼ばれて行ったのも、本来ならお姉さん、飛鳥中佐に予定されていた仕事の内示とブリーフティングだった。 あれから1年、どうやら彼の方の自粛状態も解けた様だ。


 彼が欄干に寄り掛かり、珍しく缶ビールを飲んでいると、回転灯を回しているがサイレンは止めている四輪駆動のパトカーが、路肩に停めてある彼のバイクの後ろに寄って停車する。 彼がそちらを気の無い風に見ていると、


「そこの男。 公然飲酒は一般風紀法違反だぞ! 分っているんだろうな!」


 拡声器の声が歪んだ怒りの声を彼に投げ掛ける。 彼は軽く首を振ると、缶の中身を下に向けて捨てようとした。 すると、


「待て! 捨てるな、今そこへ行く。」


 彼が缶を持ち直すと、パトカーのドアが開き、制帽にサングラス、暗緑色の武警の制服を着た、立派な髯に頬から口元まで覆われた男が降り立ち、歩道との間のガードレールを身軽に飛び越えて歩いて来た。


「おい、お前。 風紀法違反の現行犯で逮捕する。」


 彼は肩を竦め、


「見逃してよ、お巡りさん。」


「そこいらの巡邏警官と一緒にするなよ、俺は武警の特別区警護隊だ。 いいから乗れ。 一緒に来い。」


「これでもかい?」


 彼はIDを出すが警護隊の男は首を振り、


「お前が国防長官だろうと首相だろうと構わんよ。 いいから来い。 それとも強制執行されたいのか? 罪を重ねる事になるぞ。」


 彼は諦め、大人しくパトカーに向かう。 中からもう1名、同じ制服制帽の男が降りて来ると、


「おい、お前の『チャリンコ』の鍵を出せ。」


 隼人は鼻で笑うとバイクのキーを出し男に投げ付ける。 男の胸に当たって落ちたキーを、男は無表情で拾うと相方に投げ、


「いいな? 任せたよ。」


 相方は頷くとバイクに歩み寄り、馴れた手付きでヘルメットを取り出すと被り、さっさとエンジンを掛けて西の方へと走り去った。


「ちゃんと返してくれるんだろうね?」


 男は見送りながらぼやく隼人を小突く様に車に乗せると、自分は運転席に乗った。


「お前には黙秘する権利がある。 但し黙秘権の乱用は罪を重くする可能性が高いので、言われた事には正確に答える事を忠告しておく。」


 運転席で前を向いたまま一方的に権利を話し始めた男は、そこで笑い出し、


「とまあ、逮捕者にはこうしてやるんだが、続けるか?」


「ホントに人が悪いな、兼田さんは。」


「飲んじゃえよ、高いビールを勿体ない。」


 まだ手に、想像上の動物を描いたビールを持ったままの隼人に顎をしゃくって兼田は言う。


「いいの? 公務中の警察車両内で飲酒、ってアングラ紙の格好の記事だよ?」


「そんなのに知り合いでもいるのか? 言いたきゃ言ってもいいよ、どうせ誰も信じやしない。」


 隼人は言われた通り半分ほど残っていたビールを一気に飲み干すと、


「久々だね、で、こんな所まで何の様?」


「あんたが一時間前から明日ヒトゴマルマルまで休暇なのは知っている。 来て貰いたい所がある。 ちょっくら遠いが、そこで寝ていてもいい。」


「へえ、ドライブか。 楽しみだな。 で、どこへ?」


「それは着いてからのお楽しみ、と行きたいところだが、あんたに掛っちゃ、ココを読まれるから隠せないな。」


 と、兼田はサングラスを外し制帽を脱いで頭を叩く。 隼人は暫く考える様子を窺わせたが、首を振りつつ、


「いいや、止めておくよ。 兼田さんの頭は何度か見させて貰ったけれど、あんまり気味の良いものがないから、後で落ち込むんだよ。 だから、止めておく。」


「人を化け物の様に言うなよ。 まあいい。 じゃ、いくぞ。 オシッコはしなくて大丈夫か?」


「はい、大丈夫です、センセイ。」


 兼田は武警警護隊専用の三菱製高機動四輪駆動パトカーを、100キロ超えで国家優先レーンに沿って飛ばし、第3次大戦により放射能の廃墟と化した後、漸く復興が急ピッチで進む旧都心部を迂回、高井戸から練馬、赤羽から川口へと抜けて東北方面自動車専用道へ乗った。 これで行先は首都大宮より北、恐らくは栃木より北と思われた。 否応にも隼人の緊張は増して行く。

 更に宇都宮を過ぎ、那須を過ぎると彼は確信する。 この武警の男は自分を彼女の居住先へ連れて行こうとしている。 でも、何故だ?


「・・・理由を聞いてもいいかな?」


「何のだ?」


 兼田はとぼけて聞いた。 兼田の方もそろそろ隼人が切り出す頃合い、と踏んでいたはずだった。


「どうして彼女の所へ連れて行く?」


 兼田はバックミラーに向って笑う。


「彼女って、誰だ?」


「勿論、篠田瑛子の事だ。」


「ほう。」


 兼田がアクセルを更に踏み込むと、四駆のエンジンは重く吼える。 速く走る事を目的としない車だが、パトカーである以上スピードリミッターは付いていない。 時速は150キロを超えていた。


「何故、篠田瑛子の話になるんだ? 俺の頭を覗いたのか?」


「覗いてはいない。」


 兼田はフンと鼻で笑うと、


「どうしてこの先に彼女がいる、と思うんだい?」


 隼人はシートから身を乗り出すと、珍しく苛立った声で、


「白状するよ、僕は知っているんだ、彼女の居場所を。」


 すると兼田は笑みを消すと、エンジン音に消えそうな小声で、


「隼人君。 最初から無理せず俺に言えばよかったんだ。 皆が皆、正論を振り翳して例外は認めない堅物とは限らない。 信用する信用しないはあんたの勝手だが、目的さえ達成すれば、過程における逸脱など、モノの内でないとする、分かっている上もいる。 人さえ選べばこの世もそう捨てたものでもないさ。」


「相変わらず楽天的だね。 そんな事を僕に言っていいの?」


「そのまま返すよ。 彼女の居所を知っているなど、武警の士官に言って良かったのかい?」


 暫くの間、エンジンの音だけが車内に響いていたが、やがて、


「ま、お互い様だな。」


「そうだね。」


「お互い、とんでもないな。」


「ああ。 とんでもないね。」



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