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7;変わること、変わらないもの(1)

 

*7



 その夜、彼は尾行する監視車両2台をお供に、久し振りに自分のバイクで多摩の丘陵地帯を飛ばした。


 制限地帯と呼ばれる国有地は自然が残され、今は紅葉の終り、散り始めた落ち葉の絨毯が奇麗な時期だったが、この地に立てるのは限られた人間だけだった。 


 6車線の立派な国道が走り、研究施設や軍の秘密組織などの本部が点在するこの地は、この国の影の部分を代表する場所と言えた。 深夜には外出制限が実施されるが、元より若くして軍人の彼には関係はない。 ただ、彼の監視を割り当てられたこの地の保安関係者は、運が無いと言えるだろう。

 

 彼は監視カメラのない脇道へ入り込むと、監視の四駆でも入る事が出来ない山道へとバイクを駆る。 モトクロスであるかの様に急な非舗装の坂を登り、過酷な扱いにエンジンが悲鳴の様なかん高い音を発する中、漸く監視を置き去りにした。 別に悪意を以て監視を撒いたのではない。 独りになりたかっただけだ。


 悪路の果ては、ざっくり割られた山肌が垂直に近い崖となった場所で、最早道とは呼べない山道は、登り勾配のまま中空に登って行くかの様にそこで断ち切られた。


 彼は崩れ易そうな縁を避けてバイクを停めると、熊笹の覆う斜面を崖に沿って歩いた。 

 空に映える地上光のハレーションで、闇に慣れた目には物の輪郭が分かる程度の照度があった。 とは言え半月の沈んだ深夜、普通の人間なら崖から転落してもおかしくない中、彼がまるで昼間にハイキングでも出掛ける様に歩いたのは、特殊部隊に所属する士官からか、能力サイの賜物だからだろうか。 

 やがて足元が緩やかになり、笹の茂みも途絶え、背の低い枯れ草が一面に覆う空き地に出ると、彼は一本の楢の根元に歩み寄り、座り込み、幹に寄り掛かって夜空を見上げた。


 そこから見上げる夜空は満月の夜に匹敵しそうに明るい。 制限区に点在する研究所や工場などの施設が、保安のために夜も徨徨と外灯を点け、構内を昼間の様にしているからだ。

 勿論こんな事をすれば、決して友好的でない近隣諸国や北の大国の偵察衛星に、夜も良い仕事をさせる事になる。 夜は民家の明かりが消えるので、重要施設の判別もし易い。

 しかし、真っ暗闇のリスクを考えれば明るくした方が良いに決まっている。 今は奇襲で空爆を受ける程近隣とは緊張していないからだ。


 彼は一つ深呼吸すると、始めた。


 精神を空高く飛び立たせ、彼の目標を、たった一人の心を探す。 

 無駄な事は分かっている。 運に恵まれれば探し当てる事も出来るだろうが、それも限りなくゼロに近い確率だろう。

 何しろ彼女を彼から遠ざけた者たちは、彼の能力を熟知している。 そして、人間の行動パターンや思考のメカニズム解析に関しては、この世界は悪魔的に進んでいるのだ。 彼の行動は彼らの想定の範囲内の筈だ。


 2時間が過ぎ、3時間が過ぎた。 疲労でがっくりと項垂れた彼は、それでも集中を持続しようと必死になり、砂粒を数える様な虚しい行為を続けていた。

 しかし、何度サーチしようと見当あたりも付かないのでは、たった独りの探索の事、自ずと限度がある。 それに、幾ら彼の存在が貴重であったとしても、国の威信を踏み付けにしてまで続けることなど出来る訳がない。 この位で諦めないと、彼だけでなく、人造のサイたち全体が影響を被る事となるだろう。


 結局自分たちは兵器なのだ。 兵器は使う者を裏切らない。 もし使う者の意に沿わないのなら壊されるだけだ。 これで終わりか、と思うと、自分でも驚く程の衝撃がやって来た。


 彼はそれまで、喪失感というものを今ひとつ理解出来ないでいた。


 非能力者ノーマルに思考潜入すると、大抵の者が心の傷として持っている感覚。 厳しい歴史と現状は人々から様々なものを奪うが、それを悔い、惜しみ、懐かしみ、悲しむ、その想いのカケラ。


 彼には家族はなく、父母すらない。 兄弟と呼べるサイの先輩後輩はいたが、血が繋がっている ―― 遺伝子レベルの話だが ―― とはいうものの、実際兄弟と呼び合う関係ではない。

 今まで軍に育てられるがまま、感情を抑制し常に冷静でいる様に教育され刷り込まれて来た。 何か大切なものを無くすという喪失感は、感情を抑制する事で個を殺し、集団に馴染ませる事に血道を上げる軍にとっては忌避すべき感情だった。 例えば戦友を失う事に耐えられない兵士を持つ事は軍の、ひいては国の弱体に繋がるからだ。 ましてや兵器であるサイはそんな感情を持て遊んではならない。 そんな危険な感情を彼は今、生まれて初めて持ったのだった。


 東の空が白み、凍えそうな程澄んだ空気に、息が真っ白な湯気に変わるのがよく見えるようになった明け方に近い時間、哨然として山道を下る彼の姿があった。

 道が車両でも通行出来るようになる幅を持つ、昨夜彼が監視する者たちを置き去りにした場所には、赤い回転灯と白と黒のツートンカラーが目立つ高機動四輪駆動車が2台停まっていて、周りには軍とは違う迷彩服姿にキャップを被った兵士たちが屯していた。 全員拳銃を腰ホルスターに収めているだけでライフルなどはない。 非常に落ち着いた雰囲気は逆に彼らがプロ中のプロ的な存在である事を窺わせる。 彼が手ぶらで小道を歩いて来ても、誰一人驚いた様子を見せず、ただじっと彼の動作を見つめるだけだった。


 彼は道が広がるその手前で立ち止まり、待った。 緊迫した瞬間は一瞬で、兵士の中でたった一人髭を蓄え、無帽の男が彼に近寄ると、誰かが止めていた息を吐き出す音が聞こえた。


「おはよう、中尉さん。」


 男はまるで近所の知り合いに挨拶をする様に、気さくに声を掛けると、砕けた敬礼をしながら、 


「首都圏第4制限居住区警護隊のカネダ、と言う者です。 少しよろしいですか?」


 彼も敬礼すると、


「仕事は8時半からなので、一度着替えに官舎へ帰りたいけれど、ダメかな?」


「いや、大丈夫でしょう、別にあんたを逮捕する訳じゃあないですからね。 ただ少し話をしたいだけですよ。」


 兼田は横に停まっていた四駆のドアを開けると、


「まあ、立ち話もなんだからね。」


 彼を後部座席に誘い、自分は後から乗り込んだ。 ドアを閉めるなり兼田は、


「バイクは? どうしたの?」


「まだ上に置いてある。」


「壊したのかい?」


「いや。」


「そうか。 後で人を遣って回収しておくよ。 官舎へは俺が送る。 お宅の保安部には通してあるから大丈夫だ。 着替えたら仕事場へはウチのモンが送ってく。 帰りには乗れる様にバイクも届けておくから。 ああ、ちゃんと修理屋に届けさせる。 武警がどうしたんだ、なんて職場の人が驚かない様気を使うから、心配しなくていい。」


「それはどうもご親切に。」


「なあに、人より最先端で働いている方への好意だよ、中尉。 ああ、俺も中尉だから余計な気遣いは無用だ。 まあ、武警の階級は軍の一ランク下だとお宅ら朝霞の方々はお考えの様だがね。」


「僕はそんな風に考えてないから、兼田さん。」


「ありがとう、きちんと話が出来そうでうれしいよ、新開君。」


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