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6;なにも、いらない(4)

                     *


 人を操り、人を支配し、あたかも国家が一つの意思を持ち、思うがままに動かす。


 それは洗脳ではない。 社会のシステムが既に、それを受け入れないと社会人として生きて行けない様になっている。 人は我慢しているのではなく、それが現実で、それ以外を想像出来なくなっているのだ。


 その外で生きる事を厭わない者だけが、一種のアウトローとして世間から孤絶して存在するが、そう言う人間は監獄にいるか、どんな世界にも必ず存在する裏社会にいるかのどちらかだった。


 そんな世界では、路線を外れた行動はすぐに露見する。 その監視の徹底振り・偏執振りは、彼と彼女の例を見れば良く理解出来る。


 3、4回目の橋上での雑談、デートとも呼べない知り合い同士の世間話の様な一時を、橋にある定点監視カメラが捉えていた。

 ランダムにフィルムを再生していた警察庁の巨大な外局、監視局の地域定点監視部の担当官が、同じ様な時刻、同じ様に佇むこのカップルに興味を抱き、2人の映像を調査に回した。

 僅か2時間後、まだ当直時間が明けていなかった彼の元に2人の素性が報告されるや、担当官は直ちに2名の所属組織の保安部へ通報、同時に保調へも情報が送られた。


 一方がサイである事を考慮した公安関係各部署は、尾行や住居侵入しての盗撮・盗聴を諦め、元より彼女の部屋に仕掛けてあった盗聴器と、国土に張り巡らされた監視カメラによる遠隔監視のみで観察を開始、次に彼らが夕暮れ時に会う頃合いには、空軍の協力を仰いで長距離偵察機を飛ばし、偵察機は高度二万メートルを旋回しながら監視を続けた。


 さすがに一般人ならここまではしない。 もし2人が一般人で、その恋愛が国家にとって不都合であったのなら、警官が2人ほど派遣され、諭される、それで当事者は悔い改め改心し、何事もなかったかの様な、誰にとっても都合のよい結末を迎えた事だろう。 しかし彼らのケースはかなり上層まで巻き込んで大きくなる一方だった。

 彼女もそれなりに国家の秘蔵と呼べる存在だったからこそ事は大きくなったのだが、最大の理由は、出来得る限り速やかに忘れてしまいたいと政府上層部が考えている、あの呪われた竹崎のチームに2人とも参加していた事、2人は当時面識がなかった事が事実と認定されてはいても、片や国家機密のサイ、片やリバーサーでは彼らも胸騒ぎで落ち着かなかったのだ。


 それぞれが属する組織は、当初彼らの行動を通報された時には、個人的交流の範囲と気にも止めなかった。

 彼女の上司は、優秀な部下の風紀上好ましくない行動、実際、過去幾度もあった彼女の異性交友を思い出し、再び慰みに男漁りをした位にしか考えなかったし、彼の組織の方はむしろ、人見知りの見られる彼らのエースが、やっと一人前に女を作ったか、程度に考えていた。

 彼を産み出した『中央研究所』という、何ともとぼけた名前を持つサイの開発・研究機関に至っては、彼らの優秀な『製品』が知能指数の高い女リバーサーと関係していると聞き及ぶと、二世誕生に思いを巡らせて色目気立った位だったのだ。 


 しかし、そんな浮かれ騒ぎも、彼が堰を切るように自身の秘密を彼女に暴露した事により、秘密を守る事に生涯を賭けた人々の逆鱗に触れ、終焉を迎えたのだった。


                     *


 翌日は誰もが反省の日になった。


 昨夕、新開隼人を監視しながら見破られ、監視要員のレシーバーにアクセスされたエージェントが、言い訳の限りを尽くした報告書を書いていた頃、当の隼人は朝一で室長に呼ばれ、室長の将軍、彼担当の管理官、そして初見の男女に囲まれていた。


 まずは会議室の中央に置かれた20センチ四方、高さが10センチ、銀色の棒アンテナが四本突き出し、まるで金属の生け花と言った感じの黒い装置が作動される。


 これは先年正式化された盗聴防止装置で正式には『82式音声(思考)盗聴防止装置』と言うが『バルーンメーカー』と言う実験段階での秘匿名が有名となり、大抵はこちらで呼ばれる。 この頃は装置から半径3メートル以内が密室状態となり、この円内の音声は物理的な盗聴手段では記録出来ない。 ただ雑音が聞こえるだけだ。 これだけでは大したことはないが、この装置は更に、人間の心の動き・思考への侵入も防いでくれる。 能力者が複数活動する様になった世界では密談するのに不可欠となりつつある。

 欠点としては装置の有効範囲内でもサイ同士、またはサイと非能力者ノーマルとの思考会話が出来なくなる事だった。 逆に言えば装置の前ではサイをほぼ無力化出来る事となり、当時はアンチ・サイ兵器としても有効だったが、やがてサイの一人がその方法ぬけみちを見つけ出し、有効範囲内でも思考潜入が可能となってしまい、防護兵器としての意味は消失する事となる。 しかし、範囲外からの潜入は相変わらず困難で、あらゆる意味での盗聴防止装置としてはハイエンドと言え、その後も各方面で使われる事となる。


 装置のスイッチを入れた後、グレイのスーツ姿の男がその装置を裏返し、4ヶ所ネジ止めにされたバックパネルに張られた封印紙を確かめ、破られていない事を視認する。 彼は装置を元通りに置くと、トグルスイッチの上にある小さな赤いランプが点灯するまで暫らく皆が黙って向かい合った。 装置は始動後有効になるまで1分掛かると言われているのだ。 漸く赤いランプが点灯すると室長は咳払いし、


「では紹介しよう。 こちらはサタケ少佐とヒノ中尉。 所属は情報通信省だ。 いいかね?」


「初めまして新開中尉。」


 佐竹は身を乗り出すとテーブル越しに手を差し伸べ、義務的に差し出した隼人の右手を力強く握った。 若い日野は有能な女性士官らしくさっと一礼するに止める。 隼人はこれにも義務的に礼を返すと着席しながら隣の管理官の横顔を見つめる。 彼は今朝会ってから目線を合わそうとしない。 今も無表情で前を眺めているが額が光っている。 初冬の部屋で薄っすらと汗をかいている事が彼の精神状態を示していた。

 それも無理はないだろう。 軍・警察関連の反乱に目を光らせる『首相の猟犬』、情報通信省保安調査局、通称『保調』が目の前にいるのだ。


「よろしいですか、室長。」


「どうぞお進め下さい。」


「では、改めまして。 我々はある事件の背景を調査しています。 調査の過程で、この重大事件に、軍の国家的プロジェクトに参加していたある者が関係し、このプロジェクト自体が危機に瀕しているとの疑いが浮上したのです。 


 このプロジェクトは国防庁の極秘計画ブラックとして長い年月を経て、当初の目的の完結まであと一歩のところまで来ている。  この事件の被疑者はテロリストグループの暗躍と密接な関係があり、つい半年ほど前に逃走を図り成功した。 この逃亡にプロジェクトの成果たる一員が関係した、との疑惑があった訳です。  私の同僚がこの者の捜査をしましたが、今のところ容疑に結び付く直接の証拠は何もない。 多分、現在保護拘束されている者はまもなく釈放される事になるでしょう。」


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