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6;なにも、いらない(1)

*6



 朝の5時半。 男の通信端末が鳴る。 


「はい。」


「来て頂けますか?」


「どうした?」


「AO2(エーオーツー)に問題があります。」


「直ぐ行く。 15分後に。」


「お待ちします。」


                        *



「何があった?」


 男は部屋に入るなり、整然とラックに収められた機器の前に立つ女に声を掛ける。


 男が連絡を受けてからちょうど15分が過ぎようとしていた。 その濃灰のスーツ姿の中年女は、折畳みテーブル前のパイプ椅子を勧め、自分も男の前に座ると、


「今からおよそ一時間前までに録音されたAO2と対象Sとの会話を聞いて頂きますが、最初に説明させて下さい。

 録音の最初30秒のノイズは比較のため残した原音です。 闇で流通している盗聴防止装置が奏でる音楽と言った所です。 次の3分は処理をした後のもので、AO2とSとの会話が入ります。 その後、会話がなくなり、衣擦れなどの音が1分続き、最後に1分30秒ほど再び2名の会話となります。

 ちなみに会話と会話との間は実際には1時間10分あり、その最初の1分を入れてあります。 もし会話のない1時間10分全てお聞きになりたい場合は、これをお聞きになった後で仰って下さい。」


 そこまで言うと女は機器の前に座る若い男に合図し、技師と思われる白衣の若い男は、長いコードの付いたヘッドフォンを2つ女に渡す。 女は黙って男に一つ渡して自分も被り、男が被ったのを確認すると、


「よろしいですか?」


 男が頷くと女は白衣に頷き、白衣はテープをスタートさせた。


 最後まで一通り聞いた後、男はノイズ部分を除いてもう一度再生させ、更にもう一回、装置を自分で操作して会話の部分を所々止め、巻き戻しながら聞く。

 ヘッドフォンを白衣に返し、椅子に座り直すと、女に、


「真ん中のブランクは70分続いた、と言ったな。」


「はい。」


 男は立ち上がり、部屋の窓際に行くと、常に閉じられているカーテンを指で細く開き、朝日が林立する高層ビルをまばゆいオレンジに照らし出すのを見つめた。


「『あなたを信じる・・・今の話が本当だと信じるわ』、か。」


 男が感情を込めず平板に、対象Sの録音最後の言葉を呟くと、女は、


「サイは思考会話を話す相手に、普通会話と思わせたまま操ることが出来る、と聞きましたが。」


「君の言う通りだ。 ゲームを止めさせる時が来たな。」


 男は振り返ると、


「現在の2名は?」


「お待ちを。」


 女は白衣に合図し、白衣はコンピューターのキーボードを叩き、モニターに2分割された映像を出した。 それぞれがリアルタイムの街頭監視カメラの映像で、片側は混雑する駅が、もう片側は四車線の道を俯瞰した映像となっている。

 

 映像は次々と切り替わり、赤い円でマーキングされた人物とスクーターとが画面から消えると映像が切り替わり、再び赤い円が現れる。 


「2人共出勤途上ですね、AO2はおよそ5分、Sは15分で勤務先に到着します。」


「Sと会う。 その前に上へ行ってボスに報告する。 承諾を貰って来るから手配の準備をしてくれ。」


                        *



「篠田君。」


 両側をターミナル式の米国製最新モデルのコンピューターに挟まれ、その谷間でモニター画面に映る英数字の羅列を睨んでいた彼女が呼ばれた方を振り返ると、そこに立っていたのは部長だった。 いつもは筆頭オペレーターの彼女に、へりくだらんばかりの態度の彼が仏頂面で見下ろしている。


「なんでしょう?」


 微かに語尾を上げた彼女に、


「ちょっと来て貰いたい。」


 それだけ言うと、さっさと電算室から廊下へ出て行く。 彼女は表情に表れない様気を付けて心の中で舌を打つと、パスワードを打ち込んでマシンをスタンバイにする。 そして静かに席を立ち、隣の区画コンパートメントで打ち込みをしていた部下の注意を引いて、


「ちょっと呼ばれたから行って来る、後よろしく。」


 そして、入り口横の持ち場で椅子に座ったまま、半分 転寝うたたね状態の警備官が座る回転椅子の脚を思い切り蹴飛ばし、男がびっくりして椅子から転がり落ちる前に自動ドアから廊下へ出て行った。


 この施設には窓はない。 たまたま電算室は地下にあるが、それが理由ではなく、この建物は地上部分も含め、窓のない強化鉄筋コンクリート造りの要塞の様な建物だった。

 彼女が廊下に出ると、少し先のエレベーター前にあるベンチから部長が立ち上がる。 彼女が前に来ると部長はエレベーターのボタンを押す。 視線はエレベーターの扉を見つめ、彼女を見ない様にしているのが良く分かる。


 やがてドアが開き2人が中に入ると、部長は音声認識装置に向かって「じゅう、ご、かい」と言う。 彼女は最上階に行くと知って少々驚いた。 最上階の15階はお偉方の階で、別に立ち入り禁止ではないが用も無いのに立ち入って良い場所でもなく、彼女は覗いた事すらない。


 エレベーターは途中階で何回か止まり、数人の男女が乗り込んだが誰もが最上階に辿り着く前に降りて行く。 漸く15階に着くと部長は緊張した面持ちで降り立ち、彼女は黙ったまま無表情で付いて行く。 部長は階層の中央部にあるエレベーターホールから右へ進み、両側に部屋のドアが続く廊下の中程、仕切りの木壁と小卓の前に立つ警備員の所へ行くと、IDカードを差し出し、


「1501に呼ばれた。」


 警備員はIDをカードスロットに差し込み、表示された9桁のナンバーとボードの来訪者名簿と照らし合わせると、


「1501はこの先突き当たりのドアです。」


「ありがとう。」


 2人が廊下を進み出すと警備員は内線電話の受話器を上げ、何事か告げていた。


 5分後。 彼女は4人の男を前に一人座っていた。 部長はその会議室の隅、椅子を引き出して座り、視線を彼女から逸らせている。


「新開隼人を知っているね。」


 リーダー格と思われる男が聞く。


「誰ですかそれは。」


 彼女はとぼける。 まずは相手がどう出るか、試そうと言うのだ。



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