爽やかな朝は、奴に汚される!
姉さんから奴隷に関する、レクチャーを受けながらの朝食が終わった。特に注意されたのが、奴隷である彼女たちを1人、若しくは彼女たちだけで行動させるときだ。
奴隷という立場は、社会的地位は恐ろしく低い為、事件に巻き込まれても"自己防衛"としても力を振るえないのだ。
「ねえ、アス君たちもこれから、ギルドに行くのよね? よかったら一緒にどうかしら?」
顔の横に当たる髪を、指で耳の上に流しながら俺たちに聞いてくる。たぶん昨日のザコリオン? だったら『俺に気があるんじゃねぇ?』と、勘違いしているだろう。
俺か? 俺は姉さんの仕草に、誘っている意味がないことをある意味で知っている。というか、同じ宿で寝泊まりしていると、もっとキワドイ艶姿(本人にそんな意識なし)で、この2日間に幾度となく遭遇している。
「そうだね、2人も問題ないか?」
俺の問に2人は笑顔で頷く。姉さんとの出会い自体は昨日だが、ある意味宿の中で濃ゆい時間を過ごしているからこそ、仲良くもなる。それでも2人はあくまで、奴隷としての節度で行動している。(夜は違うけど)
外に出ると朝陽はすでに姿を見せ、町の住人は仕事を開始している。ふと視線を路地の方に向けると、10才に満たない女の子が重そうに木製のバケツをヨタヨタと下げている。
宿屋では魔石が使用されていて関わらなかったが、住人のほとんどは井戸から水を汲み上げ、生活に利用しているようで、子供の仕事は小説に出るように、水汲みなんだろう。
「やっぱり、これが普通の光景なんだろうな……」
便利な現代社会から異世界トリップしてきた俺としては、違和感というか……簡単に受け入れられない感じだ。
そんな俺の口から漏れ出した言葉は、幸いにも隣を歩く2人には届かなかった。今は腕を組んでいないので、少し離れた位置を歩いているから当然だろう。
【当たり前じゃないですか! これ以上、おのぼりさん的な行動をしないでくださいね!】
システムに注意されながらも、姉さんの店紹介を聞きながら歩いて行く。
【反論されないと、何か物足りないですね】
少しシステムがグレた気がしないでもないが、基本的に仕事をしないので、グレたところで問題はない。それでも口に出さないのは、辛辣な返しを受けたくないからだ。
ガヤガヤと元気な町並みを、ギルドに向かって行く。軒先に木箱を並べ机がわりにして、その上に大きな布をかけるガタイのいいおっちゃん。
寸胴鍋だろうか? それを火にかけ、スープっぽいものを煮込んでいるおばちゃん。それを手伝っているのは、娘さんだろうか? 少し面影を感じる。朝食は食べたが、美味しそうな臭いに食欲が刺激される。
そんな風に、町中をゆっくりと歩いて行くとギルドに着く。入り口に近付き、扉に触れたときに『なんかヤな予感』を感じたんだ。
「どうしたの? アス君」
姉さんが扉に手を当てて、立ち止まった俺に声をかける。俺は返事することも出来ないくらい、その『ヤな予感』に心をかき乱されていた。
俺は意を決して扉を開けた。
「待っていたわん!」
両手を広げ、『この胸にカモン♪』と言わんばかりにY字で飛びかかってくる。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
ドガス!
遠慮無しに真っ直ぐ蹴り出した。その姿を同郷の者が見たら『ヤクザキック』と言っているだろう。
綺麗に顔面に靴底がメリ込んだキャンキャンは、真っ直ぐ5mほど後ろに飛び、頭から床に突っ込んだ。
「何するんだよ!?」
ハァハァと肩で息を吸う俺と、あらあらとキャンキャンを見る姉さん、そして──汚物を見るような目で、キャンキャンを見ている、メリッサとルーナ。2人の眼光は鋭く、冷たい印象を受ける。
「(変態さんには、ご褒美かもな──)」
【今のところ、なじられたい人には会っていないのがせめてもの救いでしょう】
俺とシステムはそんな感想を持った。実際に、目の前のキャンキャンは変人であるが、変態ではない。
ビクンッ!!
俺じゃなく、キャンキャンだよ? (まあ、俺も驚いたのは事実だが)何度かお腹を上下に動かし、逆Uの字になり起き上がる。
「(何故に"ブリッジ"をしているんだ?)」
【さあ? でも方向的にこれ以上、この場所にいたくないですね!】
そうシステムと相談して、俺はキャンキャンを迂回して受付に向かおうとした。その時に突然「ピクピク」動き出した。(気持ち悪いから、ガニ股で膝を動かさないで!!)
「流石だわん♪ このワタシが、選んだ男だけはあるわぁ」
顔を見たくないが、漫画であるように『パァァァァァ』といった感じになっているのだろう。本来なら無視して済ませるところだったのだが───。
【〈ヤル気〉LV2 が発動しました】
無情にも、スキルが発動しやがった!!
「──んなわけ、あるかい!!」
キャンキャンのシックスパックの腹に向けて、上から脚を叩きつけた! ○○スタンプと言うのだろう。
ズビシィン!!!!
足を中心に、放射線状のヒビが入るかと言われるほどの衝撃と、音がギルド内に響いた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁん♪」
不気味な叫び声を上げ、何処か満足そうな顔もそうだが声も同じ印象を受ける。それを気味悪く感じた俺は、反射的にその場を飛び退いた瞬間、『ドゴス!』と鈍い音が響き渡った。その音の発生源は、キャンキャンのお腹であり、姉さんの拳だった!!
「ちょっ──姉さん!?」
「全く。ト・モ・グ・イ・ン・様? 何度もご注意なさいましたよね? 『ギルド内でハレンチな行動をなさらないで』と──」
姉さんの突然の変化に俺は戸惑っているのだが、メリッサとルーナは平然としている。
「な……何なんだよ!? 2人もそうだし、姉さんの拳の重さと音もだけど──誰か説明してよ!?」
【無理ですね! ありのままを受け入れてください♪】
「(あんたは本当に、平常運転だよね!!)」
周囲を見回すが、皆驚いているのか動きがない。そう思いじっくりと顔を確認してみると、『男どもは明らかに、安堵した表情』を『女たちは姉さんに対し、"見惚れています"と言わんばかりの表情』をしている。
男たちにとって、キャンキャンは"天災にして、害獣のようなもの"らしい。その認識が間違っていない為、その厄介さを伝え、より際立たせている。
「(姉さんの強さが、このギルドにいる受付嬢の平均以下で無いといいんだけどな……)」
俺は気付いたことを、システムに漏らした。
【もし、平均的なステータスだったらどうします?】
──それはそれで、怖いよねぇ?
【何故、疑問系なのですか?】
──だってさぁ、現状の俺より"強い"んだぜ? 受付嬢としての嗜みだったら、粗相は出来ないだろ?
言葉を濁すが本音は別にある。それは、『説教を受けたくないし!』という心の声であり、きっちりと漏らさないように封印する。
「「「「キャンキャン姉様!!!!」」」」
キャンキャンほどではないが、引き締まった『細マッチョ』が4人駆け込んできた。それを見て、ビクンッとするのは男どもであり、この場にいる女性の視線は"いけない光"と灯しているように感じる。
俺か? 細マッチョどもに驚きはしたが、女性の視線にゾクッとして、背中に冷や汗をかいていた。
──腐女子がいるのかよ!?
俺の心の叫びは闇に消え、辺りはある種のカオスとなっていた。気を失ってグデェっとしているキャンキャンを、弟分?(もしくは、妹分?)が片腕・片脚と1人ずつ"慈しむよう"に担ぎ上げた。
──ワッショイ! ワッショイ!と掛け声をかけさせたら、面白いかな?
冗談半分でそう思っていたら……
「「「「逝くわよん! そ~ら、ワッショイ! ワッショイ!
キャンキャン姉様のお通りよん♪」」」」
ガン! ゴン! ガガゴン!!
キャンキャンの頭が、天井の梁にぶつかり、床に逆さまに突っ込むその姿は酷刑だ! 違った、滑稽だ!
──胴上げを行いながら歩くってどうよ!? 俺、間違っている??
【答えは、誰も知らなウ!】
──何なんだよ!? "知らなウ!"って何よ!!?
たった10mほどの距離を移動するのに10分。その間にキャンキャンが頭をぶつけた回数、50回オーバー……。
──受けたダメージ、"プライスレス♪"って要らねえよ!!
その様を見ていた俺は気付いた! 俺の攻撃や、姉さんの1撃よりも『こいつらの移動方法が1番多くのダメージを与えていないか?』と言うことだ。
【ゲームならコンボやら、チェインがあったなら『50Hit!』をオーバーして、追加ダメージが発生しているでしょう】
現実逃避するかのように、受付を何気なく見ると、そんなキャンキャンたちを無視して、受付業務とパーティ登録の準備を終わらせた姉さんが、俺たちを笑顔で手招きしている。
「(姉さん……貴女にとって、キャンキャンたちはどうなっていてもいいことなの?)」
「「行きましょう、アス様(アス殿)」」
俺の疑問を無視して、2人は俺の手を軽く握り、受付に向かって歩いて行く。ゆっくりとだが、止まっていたギルド内の時間が動き出した。
先程感じたことは棚に上げ、気にしないことにした。