昨夜は、お楽しみでしたね♪ by.システム
カーテンの隙間から入ってくる光に、俺の眠気は強制的に引いてゆく。
昨夜は熱い戦いだった。両手の指では足りないような、死線という戦いを制したのは俺だった。その戦いの相手は、俺の腕の中で満足そうに眠っている。
【何をバカのことを言っているのですか?】
起き抜けにシステムから、毒をいただいた。まあ、哲学っぽいことを考えているが、実際のところ"やることをやっただけ"である。別に別に他意はない。
「(はっきり言って、『やりすぎた』ってことだな)」
【ぶっちゃけ過ぎです! 1枚分くらいは、被せてください!!】
そう言って怒るシステムだが、"あんたも大概だ"と理解しているのだろうか?
俺がシステムと脳内会話をしていると、胸の辺りから動きが伝わってきた。
「うにゅぅ~、おはようごじゃいまひゅ」
かなり寝ぼけているようだが、ルーナが目覚めたようだ。眠そうにしている理由には、触れないで欲しい。
「おはよう。その……体は大丈夫か?」
聞きにくいことではあるが、今日も依頼を受けるつもりだ。問題があれば、1人でクエストに出ていく気だ。
「体の方は大丈夫です。ちょっとお腹がポカポカしますけど」
──そんな返事に困ることを言わないで!
【キチンと責任はとってくださいね?】
システムまで便乗して、俺の精神を追い詰める。返事に困った俺は、無言でルーナの髪をすいた。
「私だけ除け者かい?」
反対の胸元から突然聞こえた声に、ビクンっとしてしまった。驚いてしまったのだから、仕方ないじゃない!
「そんなわけないだろ? メリッサも体は大丈夫か?」
彼女の髪もすく。そんな俺の首に両腕を回し、軽くキスをしてくるメリッサ。
「この程度の痛み、心の満足感からしたら問題ない。ただ、ルーナと同じ感じだが──」
昨夜比20%増しで、色気が増しているように感じる。返事に困る俺に対し、メリッサの行動からキスをしてくるルーナ。ただ、ルーナは熱烈だったけど。
「そんじゃあ、軽く体を洗ったら、朝食にしようか!」
頷いた2人を軽く抱き締め、温もりを堪能すると浴室に向かう。
ファンファンお・う・ちで唯一の利点は、魔石を利用した風呂が付いていることだろう。
メリッサの話では魔石とは鉱石・宝石の1種であり、豊富な魔力が蓄積・圧縮したものらしい。(モンスターのドロップに関しても聞いたが、素材や武具以外のドロップはないらしい)
「(メリッサの話から判断すると、モンスターがドロップする"ビー玉"は【ヤル気セット】が関係するわけだよな?)」
【そうかもしれませんが、私は知りませんし、調べませんよ?】
システムに対し、「仕事しろよ」と言いたい気持ちが無いわけではないが、この世界に来た当初からこんな状態だったのでもう慣れてしまった。
3人で風呂に入りサッパリする。(これだけは、ファンファンに感謝してもいい)
朝食を食べに降りると、カウンターには姉さんが座っていた。此処の食事は美味しいのだが、ファンファンが原因だろう。恐ろしく人がいない。
此処の食堂には、カウンター席5席、テーブル席(4人掛け)が4卓と結構広いが、宿泊と同様にガラガラだ。こんな状況なのは、目の前にいるフリフリエプロンの筋肉の塊のこいつのせいだろう!
「おはよう、姉さん」
「「おはようございます!」」
「おはよう、アス君。2人もおは──あら? もしかして、昨夜はアス君に可愛がって貰ったの?」
ニコニコ笑顔で爆弾発言をしてくる。ギルド内で言われるよりは、幾分ましだが……。その表情には含んだものは無いように明るい。(奴隷にした当日に手を出した以上、文句を言われると思った)
笑顔で頷く2人と、疑問が頭を埋め尽くす俺。
姉さんはそんな俺の表情から何かを悟ったらしく、その表情には「ああ、そういうこと!」と浮かんでいた。
「そう言えば、アス君って"奴隷もいない"田舎生まれよね?」
何か不都合が発生したときの為に考えた、この世界での俺の生い立ちだ。思い起こせば、奴隷についての詳しい説明は聞いていない。
姉さんが説明してくれるようなので頷いた。
「マスター、アス君たちと食べるから、テーブル席にお願いね」
席から立つときにフワリと髪を風に遊ばせ、小さく微笑みながら此方に来る。他の客はいないが、なるべく部屋の隅の方に聞かれないように移動する。
「まず奴隷の原則だけど、
1・主人に害を加えない。
2・主人の命令には、例外を除き従うこと。
3・主人の所有物であり、殺さない限り犯罪者にはならない。
大まかにはこの3つが基本的な奴隷の扱いよ!」
ちょっと驚いたが、これって『ロボット三原則』とかと同じじゃないか? そんな内心の驚きを顔に出さないように注意する。
「もし、奴隷が罪を犯した場合はどうなるんだ?」
「基本的に第1項に抵触するから、主人が命令しない限り不可能よ。もし、奴隷が犯罪を犯したらそれは、『主人の命令である』と公に判断されるから、アス君には問題ないと思うけど、彼女たちとは仲良くね?」
茶目っ気を含んだ顔でウィンクをしてくる。俺自身が奴隷制度に馴染みがないから、酷い扱いとかは無理だろう。
【むしろ、そんなことをしたら引きますよね!】
──人の心のモノローグにツッコミを入れないでくれ!!
システムに口撃された! まあ、こいつから受ける被害の大半が『精神的ダメージ』なのは何時ものことなので、現実的な被害はない。
あくまでも、"現実的な被害"と言うのがポイントだろう。
「他に奴隷に関することって何かある?」
「そうねぇ~」
唇に指を当て、考えている。しかし、姉さんの仕草の色っぽさはどうにかならないのだろうか?
ギルドで冒険者たちからの殺気の籠った視線、その理由の一端を少しだが理解できた気がする。きっと他の冒険者は、姉さんの仕草にヤられたに違いないのだろう。
「アス君に覚えておいて欲しいのは、『奴隷は基本的にお金を所持できない』ってことかしら?」
「"基本的に"ってことは、抜け穴があるってことだよな?」
俺の言葉に姉さんは頷き、それを話してくれた。
「抜け穴ってほどじゃないの……
奴隷制度を知っている人にとっては、当たり前のことで『銀貨5枚まで』なら"主人からの施し"として持たせることが出来るの」
「──銀貨5枚(5,000円)って、高いか安いか分かんないよな?」
あんまり実感がないので、首を捻っている俺に姉さんは言う。
「えっと、アス君には分からないだろうけど、銀貨5枚って結構高額よ? 昨日教えたと思うけど、ランクFは銀貨1枚(1,000円)が大体の1日の収入になるのよ?」
俺を指差し『めっ!』っと注意してくる。実際、昨日の収入で表に出ていない『武器』を含めると、金貨数枚になるらしい。(メリッサ談)
「ああ……そう言えば、そうだっけ?」
完全に頭から抜けていた。昨日の収入自体が変だったから。
メリッサから聞いた話では、ゴブリンソード(仮)が金貨5枚(50万円)くらいするらしい。そうなると、ランクFの収入からすると450~500日分くらいになるだろう。
ちなみに、武器のドロップはまだあり、ゴブリンナイフ(仮)が3本あるのを忘れてはいけないだろう。ナイフの方は、高くても金貨1枚はいかないらしい。
「もう! アス君の昨日の討伐料ですら、ソロの10倍なのよ?
ほとんど無いけど、モンスターって希に武器をドロップすることがあるの」
──ん? 俺は昨日の討伐でナイフ3本、ソード1本を入手したが?
俺がそんなことを考えていたら、ファンファンが朝食を持ってきてくれた。4人前あるのだが、1皿だけ異常に多い!! 軽くみても3人前はあるように見える。
その大盛り──いや、特盛は姉さんの前に置かれた。俺たち3人もしっかりと食べるために、大盛りを頼んでいたが倍くらいはある。
俺の視線、正確に言うなら『3人の視線』に気付いた姉さんは、軽く首をかしげこんなことを言った。
「アス君たちって、"少食"なの? もっと食べないと、体力持たないよ?」
「姉さんは、朝イチからたくさん食べるんだね……」
少し引いた為か、言葉のニュアンスがおかしくなった気がする。
【間違いなく、彼女の食事量は"多い"です! ファンファンくらいの体格の男が食べるなら、この量でも不思議ではありませんが──】
「(たしかに、姉さんの体格からしたら『異常』だよな。)」
──後日、その辺の理由を体験した時、俺と姉さんの関係は少し変わっていた。
「あらあら、ねいちゃん羨ましいわぁん! 若い男と楽しく話せて」
きゃピるんるん♪ とでもいうのだろうか? 目の前で筋肉の塊が、くねくねスネークダンスを立ったまま行っている!?
俺の食欲が少なくなる原因は、『ファンファン』だ!!
【その通りですね! あれは、"歩く目の公害"と言っても過言ではないでしょう】
「ねいちゃんはたくさん食べる方だけど、貴女たちも──あらん?」
俺たちの視線の先に気付いたファンファンが、話に滑り込んで来たのだが、何かに気付いたようだ。
「羨ましいわん! アスきゅんに、たくさん可愛がられたのでしょ!? お肌が、ツヤツヤしているわん!!」
「「ビクンッ!!!!」」
メリッサとルーナの2人は、ファンファンがスリ寄ってきたことに驚いた。「そこまで驚くか?」とは決して言わない。
──いや、俺は『もっと驚きそう』だし!
そんなこんなの、色々ツッコミたい朝食は1時間ほどで終わった。姉さんと話している最中に2人が口を出さなかったのは、奴隷としての最低限の嗜みであるそうだ。
TPOを分けられるなら、俺や姉さんはその辺は気にしない。
準備を整え、俺たちはギルドに向かう。最初にするのは、俺たちのパーティ登録だ。
受付席で待っていた姉さんから、ある依頼を頼まれた。それは、現在ランクCの冒険者が長期依頼で離れていて、居ないからこその話であった。
「俺より、経験のある奴に行かせたらどうだ?」
そう返事した俺だが、姉さんからの返答に驚いた。
「経験があっても、実力が無かったら"死ぬだけ"だから、アス君に受けて貰いたいの。実力だけなら"ランクC相当"だから──」
そう言われると、引くに引けない! メリッサが元ランクCなのは、昨夜聞いた。
この依頼で出逢った、ランクBの冒険者のお陰で、『BとCの圧倒的な壁』を俺は感じることとなる。いや本当、ステータス的に数倍は違うんだ!(体感だけど)
その依頼を引き受け、森に向かう俺たち。まさか今日の依頼が、あんな事態の前触れになるとはこの時点の俺に知る術はなかった。