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破界の魔王と吸血少女  作者: めらめら
第10章 在りし日の歌
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コダマの子守歌

「メイ……? メイ……? メイ……!」

 呆然とした声でそう呻きながら、コダマは私に抱かれたメイを見下ろしていた。

 飛礫で傷ついた私の手の中で、メイの小さな身体からは、急速に命の炎が失われようとしていた。

 その身体がぐったりと弛緩していた。脈拍が徐々に弱まっていくのを感じる。体温が下がってゆく。

 と同時に、メイの全身が薄っすらと緑色に輝き出した。

 メイの全身から緑に輝く無数の薔薇の蔓があふれ出すと、銀色の月が顏を出した夜空にむかって伸び上がり、広がってゆく!


「ああ、メイ……!」

 私は絶望の呻きを上げた。

 メイの身体に封じられた大天使の剣の力が、失われてゆくメイの命とともに、世界に流出し、拡散しようとしていた。

 力を失った私が、再び『裂花の晶剣』を取り戻す機会は、これで永久に失われてしまうだろう。


「剣の力が……消える!」

 地に塗れたバルグルもまた、蠢く蔓を見あげて呻く。

 14年後に再び『大接界』を引き起こすという彼の望みも、これで叶わなくなる。

 

「吸血鬼リーリエ。何故メイを、メイを……!」

 コダマの緑の瞳が憤怒の業火を滾らせながら私を見据えていた。

 辺りの気温が再び急速に下がって行った。傷ついたシュライエから迸る魔気が私とメイの方に集中してゆくのを感じた。

 

「う……あ……コダマさん……メイちゃんは……」

 私はコダマの気迫に圧倒され、その場から動くことが出来なかった。

 蝶に変じる暇も無く、コダマの魔氷は、私に残された身体を一瞬で砕き散らし、消滅させることだろう。


 だが、そうはならなかった。

 次の瞬間、


レイカさん(・・・・・)。メイをこっちに……」

 コダマは有無を言わさぬ口調で、私にそう命じたのだ。


「え?」

 驚いてコダマを見あげる私の手から、彼女はメイの身体を抱き上げた。


「メイ。私とキョウヤさんの子……。こんなところで死なせたりしない……!」

 コダマの魔気が高まってゆくのを感じた。

 バルグルとの戦いで傷付いたコダマの全身が、青白い輝きを増していく。


「ああ!」

 コダマの真意に気付いた私は、驚きの声を上げた。

 コダマの身体から溢れた魔気が、メイの身体に注がれてゆく。

 貫かれたメイの傷を繕い、その身体を癒してゆく。


「馬鹿な……シュライエ! 何を……!」

 バルグルが悲痛な叫びを上げた。

 コダマの6対の光の翼が、色を失い、コダマの背からハラハラとはがれて行った。

 しなやかな四肢を覆った白銀の鱗が、黒ずみ、こぼれ落ちて行った。

 磨き上げられた氷のような肌に、無数の亀裂が走って行った。

 コダマの魔気がメイに注がれてゆくのと同時に、コダマの自身の身体は急速に崩れ去り、消え去ろうとしていたのだ。

 コダマは傷ついた自身の身体も顧みず、失われた命を呼び戻すほどの大量の魔気をメイの身体に注いだのだ。

 メイの身体から伸び上がった緑色の薔薇の蔓が、再びメイの身体に収縮していった。

 世界に拡散しようとしていた大天使の剣の力が、再びメイの内に……封じられてゆく!

 と同時に、


「うあああ うあああ……」

 コダマの腕の中で、火が付いたようにメイが泣き出した。

 命の炎を取り戻し、痛覚も再生させたのだろうか。

 手足をジタバタさせながら、貌を真っ赤にして泣き止まないメイに……


「泣かないでメイ。私の子……」

 コダマに向かって優しく微笑むと、崩れゆく自身の両手をゆっくり揺らして、メイをあやしはじめた。

 空に伸び上がった薔薇の蔓を目にして、コダマはメイの正体に気付いていたのだろうか。それともメイを、最後まで自分とキョウヤの子だと信じていたのだろうか。

 今になっても、私にはわからない。


 そして、コダマはメイに歌をきかせた。

 コダマの澄んだ歌声が、夜風を渡り、月に照らされた廃墟の空を流れた。



 おやすみなさい メイ 冷たく凍った腕に抱かれて

 栗鼠も眠りました 兎も眠りました 狼も 梟も 蛙も 椋鳥も 

 雪虫たちの飛び交うここで 覚めているのは あなたとわたし ふたりだけ

 おやすみなさい おやすみなさい メイ わたしの凍った腕に抱かれて


 日が暮れました 鐘がなりました 

 真白の夜がふかまりました みながみな わたしに抱かれて眠っています

 だからあなたもお眠りなさい 悲しい事は全てわすれて 過ぎてしまった 夢を孕んで

 おやすみなさい おやすみなさい メイ わたしの凍った腕に抱かれて



「まぁ……んま……?」

 メイが不思議そうな貌で目を見開き、コダマを見あげた。

 あ。私は気づいた。私を模して漆黒だったメイの瞳が、コダマの魔気を注がれて、今はエメラルドのような深みのあるグリーンへと変わっていた。

 やがてメイは泣き止むと、コダマの腕の中でスヤスヤと小さな寝息を立てはじめた。


「コダマ! コダマ!」

「キョウヤさん……」

 焦燥した男の声がコダマの名を呼んだ。

 コダマが声の元を向くと、月に照らされた廃墟に立っていたのは、秋尽キョウヤの姿だった。

 コダマの魔気を辿り、今この場に辿り付いたのだろう。


「コダマ。なんて姿に……! まってろ今……」

「キョウヤさん。私はいい。この子を……メイの事を頼みます……!」

 コダマに駆け寄るキョウヤに、コダマは手の中のメイを差し出した。

 メイを抱くコダマの手が、急速にひび割れて、崩壊し、青白い氷片になって地面に落ちてゆく。


「私はもう、一緒にはいられないけど、キョウヤさんとメイは、いつまでも、一緒に……幸せに……」

「何言ってんだよコダマ! まだこれからなのに、これから、メイとコダマと、一緒で家族を……!」

 コダマに手渡されたメイを抱きながら、精悍な顏をクシャクシャにしてキョウヤは泣いていた。


「ごめんなさいキョウヤさん。でも私、幸せだった。思い出したんだ。何かから逃げるようにして氷のお城に閉じこもって、いつも周りの敵に目を光らせて戦いながら、怯えながら生きていた。でもこっちに来て、あなたと出合って私は変われた……」

 キョウヤを見るコダマの頬にもまた涙が伝っていた。

 緑に光る瞳から流れた涙が、煌めく金平糖のような氷片になって、ポトポトと地面に零れた。


「あなたは私に、メイをくれた。家族をくれた。笑うことを、泣くことを教えてくれた。性を……生を……人生をくれた。あなたに会えて、本当によかった……」

「コダマ……!」

「さようならキョウヤさん。いつかまた会いましょう。果て無き時の流れの果てに、死もまた死ぬ。その時には……」

「コダマ……!」

「それまでメイと、幸せにね……」

 そしてキョウヤとメイを残し、コダマの身体は消滅した。

 砕け散ったコダマの身体が、銀色の月を反射した無数の光の燦爛になって夜の廃墟を舞い、やがて消えた。


「魔王シュライエ……! 魔影世界(シャテンラント)最強を誇った吹雪の女王が……! かくて逝ったか……」

 コダマの魔氷に貫かれたバルグルが、コダマの散った夜空を仰いで呻った。

 その時だ。


「うおおおおおお!」

 コダマの消えた空に、キョウヤの絶叫が鳴り響いた。


「お前がメイを……! お前がコダマを……!」

 キョウヤの視線の先にはコダマの氷に裂かれた異形の男。

 ついさっきまで、空中のコダマと死闘を演じていたもう一人の魔王。

 メイの身体を地面に寝かせ、キョウヤの目は地に座したバルグルを睨みつけていた。

 キョウヤの目に宿っているは、絶望の闇。憤怒の炎。

 シュラン。キョウヤが腰に下げた鞘から自身の武器を抜き放った。

 月の光を受けて銀色に輝いた一振りの日本刀。

 キョウヤの魔器『鬼哭月(おになきづき)』。


「ぬうう、来るか人間!」

 バルグルが厳しい形相で唸った。

 獣王の灰色の瞳が、キョウヤを睨みつけた。


「待って……待ってください。キョウヤさん!」

 私は咄嗟に、バルグル向かって歩みを進めるキョウヤの前に立った。


「お前は……? 退け!」

 私がレイカの変じた姿であることに気付いていないのだろうか。

 キョウヤは戸惑った顏で私を見たが、すぐに私を振り払い、獣王に刀を構えた。


「バケモノが! よくも、よくもコダマを!」

「シュライエの連れ合い……秋尽キョウヤ……!」

 怒りに燃える目でバルグルに詰め寄るキョウヤを、獣王は悲痛な顏で見据えた。


「滅ぼしてやる! バケモノ! バケモノ! バケモノ!」

「……いいぜ。お前さんの剣。お前さんの怒りと絶望。俺が受けきってやる!」

 ザワザワザワ……。バルグルの蓬髪がざわめくと、幾本もの銀色の刃に変じてキョウヤを向いた。

 次の瞬間、獣王の刃が、一斉にキョウヤに向かってはなたれていた。

 だが……ギン! ギン! ギン!

 刃はキョウヤに達さない。

 獣王の刃の幾本かは確実にキョウヤの肩の肉を削ぎ、右足を掠り、左上腕の表皮を切り裂きキョウヤの身体を赤く血に染めている。

 だが、彼の体幹めがけて飛んでくる、致命に及ぶような刃の一撃は、全て彼の振う日本刀に払い落されてゆくのだ。

 キョウヤの足運びは、バルグル向かって一直線。

 その動きには微塵の迷いも感じられなかった。


「ぐうう、見事な……」

 キョウヤの動きにバルグルが呻く。

 獣王の身体はコダマとの戦いで傷付いていた。その上体は魔氷に裂かれて、もはや彼の足がこの場から飛び退ることは適わない。


「死ね!」

 獣王の刃の雨を自身の刀で断ち割るようにしてバルグルの目前に達したキョウヤが、彼に向かって日本刀を振り上げた。

 だがこの場所はまだ、バルグルの終わる場所ではなかった。ここで彼が死ぬことを、私は許さない。


「キョウヤさん。ごめんなさい……」

「グッ! ガッガッ!」

 次の瞬間、キョウヤの刀に払われて彼の背後の地面に散った獣王の刃の一本が、キョウヤの背中を抉っていた。

 私がキョウヤの背に、バルグルの刃を突き立てたのだ。


「グアアアアアアア!」

「我慢してねキョウヤさん。痛みは、すぐに和らぐ……」

 何が起きたかも理解できない様子で、膝を着き地面でのたうつキョウヤに私はそう囁き、自分の手首に私の牙を突き立てた。


「う……ああ……」

 甘く腐った果実のような私の血の香がその場に立ち込め、血を失い消耗したキョウヤを昏い眠りの淵へと誘ってゆく。

 キョウヤが地面に伏して、意識を失った。

 背の傷は深いが、致命傷は避けた。私はメイを抱きかかえ、キョウヤの傍らに寝かす。

 器が容を整えるまで、メイを守り、育てる人間が必要だった。


「リーリエ……なんて真似を……!」

「お邪魔立てして申し訳ありませんバルグル……。ですが、あなたは此処で死んではならぬ方。この地で傷を癒し、次なる接界を待つのです……」

 忌々しげに顏を歪める獣王に、私は跪きそう詫びた。

 キョウヤの怒りを受け切れぬならば死んでも構わない。バルグルはそう思っていたのだろうが、そんなことはこの私が許さない。

 秋尽メイの身体には、コダマに注がれた魔気による強固な剣への封印が施されていた。

 時がきて、メイが容を成した時、圧倒的な魔王の力で彼女の封印を解き放つ存在が必要だった。


 私は地に伏したキョウヤを向く。


「キョウヤさん……。あなたとコダマさんには、酷い事を強いてしまった……」

 それは私の本心だった。


「だからせめて、次の執行の時までは心安らかに……。あなたの心から、憂いの種を消しましょう。此処での記憶も、コダマさんとの思い出も……」

 私はキョウヤの上体を抱き起こす。自身の牙で私の唇を噛み裂く。

 キョウヤの記憶を消すために、彼に貌を寄せ私の血を含ませようとした、その時だった。


「待ちな!」

 獣王が鋭い声で私を制した。


「バルグル?」

「この男の記憶を……シュライエとの記憶を消すつもりだな。だったらリーリエ……」

 私はバルグルを見た。

 私を見る獣王の顏が、悲痛だった。


「それはならねえ……。その記憶は、失くしちゃあならねえものだ。わかるなリーリエ……」

 バルグルの灰色の目の奥には、キョウヤへの憐れみと、私の行動への決然たる否認があった。


「わかりました獣王よ……」

 獣王の意志を察し、私はキョウヤの元から立ち上がった。

 キョウヤへの記憶の操作は一部に留めよう。コダマの仇バルグルは、この場でキョウヤ自身が討ち果たしたという記憶に。


「ふん。随分と素直だなリーリエ。俺は当分、ここで休むぜ。後の細かい事は……お前に……」

 満身創痍のバルグルが、心底困憊した様子で、私にそう告げた。


  #


 こうして人間世界に落ちて来た魔王シュライエ、人の世での名を秋尽コダマは、その数奇な人生をこの地で終えた。

 コダマの魔気はメイの身体に注がれ、その瞳の色を緑へと変じたメイは、目覚めたキョウヤと、秋尽の家へ帰路をともにした。


 傷ついた獣王バルグルは最後の力を振り絞り、トロポサイトの廃屋の一棟にその身を潜めると、結界を張り自身の魔気を隠し、次の接界まで束の間の眠りについた。


 私がもう秋尽の家に戻れることは無かったが、二界を巡る彷徨の折々、私の眼差しは、かの家の者たちを向いていた。

 キョウヤは、ユウコとメイを残し旅に出た。

 魔影世界に現れた得体の知れない魔造生物(ホムンクルス)、通り名を『怪盗シュヴェルト』の正体が彼であると知った時の私の驚きといったら。

 メイの異変の理由を知るために、キョウヤは人間世界の秘術を収め、魔影世界で作られたホムンクルスに自身の魂を転送していたのだ。

 魔影世界の各地を探って様々な宝具を手にした彼の探索の域は、この私のかつての居城『狭間の城』にまで及んでいたのだ。

 城に残した私のストック、メイドのコチョウの目を通して見るキョウヤの姿、ひたむきにメイを救わんとする彼の情愛に、私の魂は再び悲痛に震えた。


 だが、既に運命は動き出していた。

 やがて時が流れる。次なる接界が始まる。


 あれから14年。

 私は再び『夜白レイカ』の姿を成して秋尽の家に接近する。

 ユウコ。キョウヤ。メイ。

 かつて私の愛した者たちと、最後の決着を着けるために


 裂かれた二界の運命を決するために。


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